第221話 代償の天秤⑤




 漆黒の魔力で攻撃を繰り返しながらも、【漆黒の略奪者】の怒りの籠った言葉は繰り返される。

 俺はウルギアのお陰で無傷で済んでいるけど、そのウルギアの表情はあまり優れない。


「大丈夫かウルギア!?」

「申し訳ありません……想定よりも【漆黒の略奪者】の力が強力だったようです。ですが、決して藍様には手を出させません!」

『はっ! 元神だか何だか知らねぇが、お前はただそいつに宿るだけの存在だ! そいつの魂の一部から生まれたオレとは格が違うんだよ!!』

「舐めるなよ……偽物風情がッ!!」


 煽る様に叫ぶ【漆黒の略奪者】にウルギアが怒りの眼を向けて夜空の様に煌めく魔力を解放する。

 その両手は今までの人肌とは違い、黒いシルエットへと変わっていた。そして、その腕から流れる様に人間そっくりだったウルギアの体がその美しい黄金の瞳と宇宙の様に煌めく髪以外、黒に染まっていく。


「ウルギアッ!?」

「――藍様の前でこの姿に戻るのには抵抗がありますが、今は手段を選んでいる場合ではありません。私は、私を取り戻すことにします」

『嗚呼ッめんどくせぇ!! こいつ、神格を取り戻しやがった……ッ』

「神格を、取り戻した?」


 【漆黒の略奪者】の言葉に俺はその意味が分からず聞き返す。


『そいつはなぁ……唯のスキルじゃねぇ!! 知ってるぜ? お前が神格を――ッ!?』

「……貴様が私について話すことなど許さない。そこでしばらく大人しくして居ろ」


 【漆黒の略奪者】の方へ視線を向けていると、左からそんな声が聞こえて来た。

 そして――視界の左端に禍々しいオーラを放つ黒い腕が姿を見せる。その腕は真っ直ぐに【漆黒の略奪者】を捉えると、手先から煌めく星空の様な魔力を放出し、その膨大な魔力によって【漆黒の略奪者】は覆われて行き、やがて大きな球体へとその姿を変えてしまった。


 その光景を目の当たりにした後、俺は恐る恐る体を左へと向ける。


「ウルギア……なのか?」

「はい」


 全身は禍々しい黒色のシルエット。その頭上には細かな凹凸のある黄金の輪っかが浮いていて、時より赤を帯びた黒い稲妻が迸っている。

 人型のシルエットは俺の方へと振り向き、その黄金の瞳を俺の瞳と合わせた。


「――私が、怖いですか?」

「……いいや、怖くないよ。びっくりはしたけどね」


 嘘だ。

 本当は、少しだけ怖かった。

 でも、そんな恐怖よりも勝る物があったから、俺は怖くないと口にした。

 禍々しい黒のシルエットに染まったウルギア。

 そんな彼女の黄金の瞳が、寂しそうに……悲しそうに、その綺麗なアーモンド型を歪ませてたんだ。

 その瞳を見た瞬間、自然と恐怖なんてものは消え去っていた。


「それが、ウルギアの本当の姿なのか?」

「……はい。私は神々の中でも異質な存在――自らの力で神格を消す事も、また創り出す事も出来るのです」

「それじゃあ、今のウルギアは元神ではなくファンカレアや黒椿みたいに神族って事になるのか」

「はい、その通りです」


 そう話すウルギアに一歩近づくが、ウルギアは俺が一歩近づくと自分から一歩距離を置いてしまう。


「ウルギア?」

「……私は、本当は貴方様の傍に居られる資格など無いのです」

「一体どうして?」


 俺から距離を取るウルギアは、黒いシルエットから覗かせたその黄金の瞳を伏せる。


「――かつて、一つの惑星を滅ぼした女神がいました」

「……」

「憎悪を以て惑星を滅ぼした女神は、次第に周囲の神々から恐れられる存在へと変わり、最後は数多の銀河を統べるとある神によってその力の半分を消されて、遥か彼方の宇宙へと飛ばされました」


 そこまで話すと、ウルギアは伏せていた視線を俺へと向けた。


「その者の名前は、ウルスラギア。”落星”の二つ名を持つ女神であり――それは私の事です」

「ウルス……ラギア……」

「ッ……不思議ですね。貴方様にその名を呼ばれると、何故だか昔を思い出してしまいます。愚かで、何も知らなかったあの頃の私を」


 そう話すウルギアの瞳には、一粒の涙が零れていた。


 ……俺は、なにを勘違いしていたんだろう。


「ッ!?」


 お前の事を、もっと……ちゃんと見ているべきだったんだ。


「藍、様?」


 逃げようとするウルギアを手繰り寄せる様に、その黒い左腕を掴み引き寄せる。そして、ゆっくりとウルギアの事を抱き寄せた。

 幸いにも、その姿は変化してしまったが触れる事は出来るみたいだ。不思議と温度を感じる事は出来ないが、しっかりとその柔らかな感触は伝わって来る。


「落星の女神だという事を知って、お前が過去に何をしたのかを知って、俺がお前から離れると思ったのか?」

「……はい」

「そんな訳ないだろ!! お前はもう”家族”なんだから……ッ!!」

「!?!?」


 俺の言葉を聞いたウルギアの体が僅かに震える。

 その後に、震えた声が俺の右耳に聞こえて来た。


「私が、家族……?」

「当たり前だろ!! 俺がお前にどれだけ救われたと思ってる……お前という存在にどれだけ感謝してると思っているんだ!? お前が居ない世界なんて考えられないくらいには、お前の事を大事に思ってるよ……ウルスラギア、いや――ウルギア!!」

「ッ……嗚呼、そうか……私は、既に手に入れていたのですね……」


 ウルギアを抱きしめる両腕に力を込めて、俺はウルギアへの想いを叫んだ。

 すると、俺の背中に暖かな温度が伝わって来た。

 その温度を感じるのと同時に、抱きしめていたウルギアの体から温度を感じる事に気が付く。背中に伝わる温度の正体は、ウルギアが回した両手の温もりだった。


「貴方様からの信頼も、傍に居続ける為の資格も、私は――ウルギアは、全てを手に入れていたのですね……」


 そう呟いた直後、俺の視線の下に映るウルギアの黒い右肩にヒビが入り始めた。


「ウルギアッ!?」


 慌ててウルギアから体を離してその全体を見渡すと、そのヒビは右肩だけではなく全身に渡って黒いシルエットに刻まれている。

 不安が募る俺が驚いて声を上げると、ウルギアは優し気な声で「大丈夫です」と口にした。


「もう、この体は必要ありません。ウルスラギアとして存在したこの姿は、過去の記憶として……あの御方の姿と共に私の心の中で生きて行きます」


 その言葉を合図に、ひび割れた禍々しい黒いシルエットは砕け散る。砕けた黒いシルエットの先には、女神が立っていた。


「――私はウルギア。あの精霊と被ってしまうのは少々癪ではありますが、貴方様をお守りする……貴方様だけの女神です」


 星々が煌めく夜空の様な美しい髪と、それに合わせる様な色合いをした後ろが長いフィッシュテールのドレスを纏い、そのドレスには黄金の粒子が光り輝いていた。そして、ドレスでは隠せない細く綺麗な白い両腕に、陶器のように美しい顔には神々しい黄金の瞳が静かに光を放っている。

 自らを”ウルギア”と名乗る女神の頭上には、凹凸の無い……綺麗な黄金の輪っかが浮かんでいた。


「えっと、一体何が――」

「申し訳ありません。その説明をするよりも先に、片付けるべき事があります」


 ウルギアがそう言って直ぐに、右側で何かが砕ける音が響いた。

 視線を右へと向けると、先程まであった筈の大きな球体は瓦礫と化し……瓦礫の上には漆黒の魔力を纏う、漆黒の騎士――【漆黒の略奪者】が立っていた。


『あぁ? オレがちょっと目を離した隙にどうなってんだ?』

「藍様にも説明していない事を、貴様に話す筋合いはない。もう一度囚われているがいい」


 そうして、ウルギアは細く白い左腕を俺達の視線の先に居る【漆黒の略奪者】へと向けて、腕の先にある左手から黄金の粒子が星となり煌めく星空の様な魔力を放出する。


『はっ!! 同じ手を喰らうかよ!!』

「チッ、学習能力はあるようだな」


 星空の様な魔力が【漆黒の略奪者】へぶつかるかと思ったその時、一瞬にして右側へと移動した【漆黒の略奪者】は星空の様な魔力の上から漆黒の魔力を大量に放出して、星空の様な魔力を全て飲み込んでしまった。


「藍様、こうなっては仕方がありません。私が【漆黒の略奪者】の相手を務めますので、藍様はその間に黒椿とプレデターという娘の所へ向かってください」

「だけど、俺は二人の場所を知らないんだ……」

「心配は要りません。この場所も、そして二人が居ると思われる場所も、全ては藍様の魂の回廊の中なのです。つまり、藍様が強く望めば――」

「ッ!! 二人の場所に、辿り着けるのか!?」


 俺がそう言うと、ウルギアは笑顔で頷いてくれた。


「でも、大丈夫なのか?」


 直ぐにでも二人の元へ行きたいが、だからと言ってここにウルギアだけを残して逝くことに不安があった。

 しかし、そんな俺に対してウルギアは、余裕の笑みを見せて「大丈夫です」と言い切る。


「ご安心を。今までの戦いで消耗している【漆黒の略奪者】とは違い、私は覚醒した女神です。その魔力は無尽蔵に生み出すことが出来ますので負ける事はありません。長期戦に持ち込めば、制圧する事が出来るでしょう」

「……分かった。それじゃあ頼んだぞ。俺は――『良いのか? そいつを行かせちまっても』――どいうことだ?」


 俺達のやり取りを聞いて、不敵な笑みを浮かべる【漆黒の略奪者】は何やら引っかかる言い方でそう口にした。

 その言葉には俺だけではなく、ウルギアも眉を顰めている。


「なんだ? 言いたい事があるのならはっきり言えば良いだろう?」

『忘れたのか? あのガキが身代わりになってまで受けている”呪い”は、そいつ狙っているんだぜ? 今のそいつがガキと黒椿が居る部屋まで辿り着いたとしても、何も出来ない。寧ろ、状況を悪化させるだけかもしれないぜ? 今のそいつは、

「ッ……そう言う事か」

「なんだ? どういうことだ、ウルギア?」


 二人のやり取りをいまいち理解できないでいる俺は、隣に立つウルギアへと聞く事にした。俺が質問すると、ウルギアは少しだけ言いにくそうにしながらもその口を開く。


「……もし、藍様が二人が居る場所へと辿り着いた場合、間違いなく”呪い”は藍様へとその対象を移すでしょう。その結果、プレデターという娘は助かると思います」

「ああ、俺もそう思ったからこそプレデターの元へ向かうつもりなんだ。俺が呪われたとしても、俺には耐性があるから多少は堪える事が出来るだろうし、その間にウルギアや黒椿が何とかしてくれるんじゃないかとも思ってる」


 元々呪いは転生者達の魂から生まれた物らしいからな。ウルギアと黒椿は俺の中に居た邪神の魂をその神格ごと魔力に還元したと言っていたし、今回もそれで何とかなるんじゃないかなと思っていた。

 しかし、俺のやろうとしている事を聞いたウルギアは更にその表情を曇らせて、その首を左右に振る。


「残念ですが、そのやり方で上手く行く可能性は限り無く低いと思われます」

「そう思う根拠は?」

「まず、私や黒椿の力を以てしても、一度に魔力へと還元できる魂の数は2~10人分と言った所です。500にも及ぶ魂……それも”呪い”を宿した物となれば、かなりの時間を有する事でしょう」


 そう言う事か……。

 ミラから聞いた話では呪いは麻痺や眠気と言った状態異常ではなく、精神を汚染する攻撃という部類らしい。【状態異常無効】を持っていても意味はなく、俺が持っているのは【精神汚染耐性S】だけだ。

 時間が掛かってしまう分、俺への負担が大きくなる。だからこそウルギアは、時間が掛かり過ぎるこの作戦では上手く行く可能性が低いと言ったんだろう。


「それでも、俺は……俺だけが苦しむだけなら、それで構わない。それで、プレデターが救えるのなら、呪いになんて負けはしない!! だから」

「藍様、それだけではないのです」

「え……?」


 だから、僅かでも可能性があるのならやらせて欲しい。

 そう口にしようとした時、悲し気に首を振り続けるウルギアから告げられたのはそんな言葉だった。

 どういうことか分からず困惑していると、【漆黒の略奪者】が立つ方向から揶揄う様な笑い声が聞こえて来た。


『お前は何にもわかってねぇんだなぁ?』

「……何がだよ」

『いいぜ、教えてやるよ』

「待てッ!!」


 笑い声が止んだ後、鋭い視線で俺を睨み付ける【漆黒の略奪者】。

 そんな【漆黒の略奪者】の発言を止めようとしたウルギアだったが、既に遅かった。


『思い出せよ――お前はいま、誰と繋がっているのかを』

「誰と……繋がる……」




 ――ほれ、ここに書いてあるであろう?




 【漆黒の略奪者】の言葉を聞いて、ふと頭の中でそんな声が響いた。

 そして、俺は全てを理解する。

 理解するのと同時に、【漆黒の略奪者】の声が答え合わせをするかのように俺の耳にはっきりと聞こえて来た。


『――お前が呪いに掛かった場合、”共命”で魂が繋がっているグラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルは、どうなるんだろうなぁ?』

「俺が呪われれば……グラファルトが……?」

「貴様ぁッ!!」


 怒りを露わにして【漆黒の略奪者】へと攻撃を仕掛けるウルギア。

 その攻撃をかわしながらも、楽し気に笑う【漆黒の略奪者】。


 二人のやり取りを聞きながら、俺はその場に膝を着く。


 プレデターを救い、グラファルトを危険にさらすか。

 グラファルトを守り、プレデターを見捨てるか。


 ”代償”と言う名の天秤は――いま、俺の脳裏で揺れ動いていた。







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 ステータスの一部を修正しました。

 と言っても、【叡智の瞳】を付け加えただけなので、そこまでいじっている訳ではありません。


 ↓ステータスです。


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名前 制空藍 


種族 人間(転生者)


レベル ―――


状態:”共命(グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニル)”


妻 グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニル

妻 黒椿

妻 ファンカレア


スキル:~非表示(30568)~


固有スキル:【竜の息吹】【竜の咆哮】【人化】【竜化】【眷属創造】【地脈操作】【水流操作】【火炎操作】


特殊スキル:【改変】【漆黒の略奪者(一部制限中)】【白銀の暴食者(使用不可)】【魔法属性:全】【叡智の瞳】【スキル合成】【スキル復元】【創造魔法(神属性の魔力が不足しています)】【神性魔法(神属性の魔力が不足しています)】【神眼】【千里眼】【隠密S】【不老不死】【精霊召喚(黒椿)】【女神召喚(黒椿・ファンカレア・ウルギア)】【状態異常無効】【精神汚染耐性S】【物理耐性EX】【神速】【神装武具】【全域転移】【万物鑑定EX】【武術の心得EX】【家事の心得EX】【浮遊】【空歩】【錬金の心得S】【鍛冶の心得S】【魔導の心得EX】【審判の瞳EX】【スキル封印】【詠唱破棄】【並列思考】【封印耐性EX】【威圧EX】【冷静沈着】【スキル複製】【気配察知EX】【ステータス隠蔽EX】【魔力察知EX】【スキル譲渡】【遮音】【偽装】【スキル成長値増加】【修練の賜物】


称号 【精霊に愛されし者】【黒椿の加護】【異世界からの転生者】【女神の寵愛を受けし者】【魔法を極めし者】【魔竜王の主】【略奪の主】【運命を共にする者】【厄災を打ち砕く者】【超越者】【料理の達人】【カミールの加護】【魔竜王の伴侶】【女神の伴侶】【精霊の伴侶】

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



            【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!


 ご感想もお待ちしております!!


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