第220話 代償の天秤④




 目の前の長方形の漆黒に、突如として映し出された映像。

 そこに映るプレデターと黒椿の姿を見た俺は、その映像にくぎ付けになってしまう。


『こいつは今まさに起きている出来事だ』

「――貴様……こんなものを見せて何のつもりだッ」

『あ? んなもん、こいつがあのガキについてしつこく聞いて来たからに決まってんだろ?』

「やはり、貴様を信用することなど出来ない。藍様の心を掻き乱す様な行動に出る貴様など……!!」


 隣に立つウルギアが、正面に立つ【漆黒の略奪者】を睨みつけている。

 だが、【漆黒の略奪者】は特に気にした素振りも見せず、俺の事を見ていた。


『別にてめぇに信用されようがされまいがどうだっていい。ただ、宿主であるお前は知りたいんじゃないのか? どうしてこうなったのか、一体何が起きているのか……そうだろ?』

「……ああ」


 その言い方に少しだけ腹立たしさを覚えるが、【漆黒の略奪者】の言う通りだ。俺は、今何が起きているのかを知りたい。

 プレデターを縛るあの鎖は何なのか、そして何故プレデターはあんな状態で吊るされているのか、プレデターを見て叫ぶだけの黒椿の事も気になる。


「教えてくれるんだろうな?」

『まあ、元々そのつもりで【神装武具】の管理者権限を奪ったんだ。お前自身が魂の回廊へと入る事が出来る場面は限られているからな。今回は【神装武具】の”自分自身と向き合う”という特性を利用させてもらったって訳だ』

「そんな事の為に、わざわざ私から管理者権限を奪ったと……いい度胸をしていますね?」

「ウルギア、今はあいつの話を聞きたいんだ。悪いけど」


 そこまで言うと、ウルギアは一度だけ頭を下げて半歩後ろへ下がった。

 俺は小さく「ありがとう」と呟いて、再び【漆黒の略奪者】と向き合い先を促す。俺の意図を理解したのか、【漆黒の略奪者】は『ふん』と鼻を小さく鳴らしてからその口を開いた。


『さて、どっから話す?』

「そうだな、出来れば最初から――いや、それよりも……俺をプレデターの居るあの場所に連れて行ってくれないか?」


 話を聞きたいのもそうだが、何よりも二人の事が心配だった。

 だからこそ【漆黒の略奪者】に映像に映っている場所へ連れて行って欲しかったんだが……


『そいつは無理だ』


 俺の要望は断られてしまった。


「ッ……理由も聞いてもいいか?」

『そう睨むなよ。オレだって意地悪で言っている訳じゃねぇ。あの場所には、お前も……そしてオレも近づけねぇんだ』

「近づけない?」


 そうして、【漆黒の略奪者】は語り始める。


 プレデターという存在が生まれた時の事を、【漆黒の略奪者】がプレデターの存在を見つけた時の事を。

 【漆黒の略奪者】の誕生と共に突如として生まれた小さな存在。それがプレデターだったらしい。

 【漆黒の略奪者】が見つけた時には既に消えかけており、【漆黒の略奪者】は延命処置として自身のスキルの管理権限を一部譲渡した様だ。それにより何者でも無い存在だったプレデターは【漆黒の略奪者】の庇護下に入る事が出来て、魔力供給を受ける事が出来るようになったのだとか。


『そんな訳で、オレの庇護下にあったあいつは必然的にオレと共に行動する事が多かったんだ。オレの呟きにやれ”言葉が汚い”だ、”パパはそんなことを言わない”だ、散々喚いていやがったけどな』


 プレデターについて話す【漆黒の略奪者】は、相変わらず口は悪いけど何処か楽しそうで……何より、時より寂しそうな顔をしていた。その姿はまるで、娘を想う父親の様でもある。



 一度だけ、俺がプレデターと会ったあの時の事について聞いてみると、どうやらあれは、魂の回廊の中でプレデターが黒椿と出会った事によって起こった出来事だったらしい。


『元々はオレが直接お前に挨拶しに行く予定だったんだ。だが、あのガキが黒椿に見つかっちまってな……あそこでオレが出て行けば余計な混乱を生むだけだし、んなもんめんどくせぇから見つかったあいつの責任って事で諸々の事をあいつに任せる事にしたんだよ』


 『あいつから何も聞いてねぇのか?』。そう聞かれたが、プレデターからは特に何も聞いていなかったので首を左右に振ると、【漆黒の略奪者】はがっくりと肩を落とした。


『たくっ……まあ、しゃあねぇか』

「……ありがとう」

『あ?』


 俺がお礼の言葉を述べると、【漆黒の略奪者】は気味悪そうな顔をして短くそう口にした。

 そんな【漆黒の略奪者】に苦笑しつつも、俺は続けて言葉を紡ぐ。


「……お前がプレデターを守ってくれてたんだろ? だから、ありがとう」

『まあ、あんなチンチクリンでも、退屈しのぎにはなったからな。別に礼なんていらねぇよ』

「素直じゃないなぁ」


 この数十分のやり取りだけでも、俺は確信することが出来た。

 【漆黒の略奪者】は、悪い奴じゃない。

 口も悪いし、直ぐに睨んでくるし、ワザと煽るような事を言って来るけど、ちゃんと話してみれば良い奴なんだと言う事が良く分かった。


『いや、本当に礼なんかいらねぇよ……』


 【漆黒の略奪者】が良い奴だと分かって安心していると、少しだけ顔を伏せた【漆黒の略奪者】がそう呟いた。


『オレは、お前に礼を言われる資格はねぇからな』


 そうして【漆黒の略奪者】は頭上に浮かぶ漆黒のモニターへと視線を移す。

 そこには相変わらず鎖で吊るされた状態のプレデターと、怒っている様子でそんなプレデターと会話をしている黒椿の姿があった。


『――あいつは今、”呪い”によって体を蝕まれている』

「呪い?」


 映像を見つめていた俺の耳に、そんな【漆黒の略奪者】の声が聞こえて来た。

 呪いという単語が気になり【漆黒の略奪者】の方へと顔を向けて聞き返すと、【漆黒の略奪者】は小さく頷いて俺の左……ウルギアの方へと顔を向けた。


『お前なら心当たりがあるんじゃねぇか? 【改変】』

「そうなのか? ウルギア」

「…………確かに、不思議に思っていた事はあります」


 僅かに顔を顰めたウルギアは、【漆黒の略奪者】を睨みつけながらそう言った。


「藍様が暴走した時の事です。藍様は【漆黒の略奪者】の力を使い、およそ500人にも及ぶ人間の命を、その魂ごと奪いました。しかし、私や黒椿はその魂に関して一切関与していないのです」

「関与していないと、何か問題があるのか?」

「藍様、魂とは一つの肉体に複数存在する事が困難な代物なのです。私や黒椿、【漆黒の略奪者】と言った通常の人間とは異なる存在ならばまだしも、藍様と同じ人間である転生者の魂が既に”藍様の魂”が宿る、”藍様の肉体”へ留まる事は出来ないのです」


 それも、500人にもなる数の魂が俺の肉体へ留まる事は不可能に近い。

 もし、そのまま放置してしまうと肉体が拒絶反応を起こし、激しい激痛に襲われるのだとか。


「あれ、でも俺は特に痛みとかは……」

「恐らくですが、藍様がプレデターと呼ぶ存在が何かしらの手段を用いて藍様に異変が起こる前に手を打ったのだと思います。本来であれば邪神の時に行った様に、私や黒椿が魂を魔力へと変換するのですが、今回はそれをする前に500もの魂が一気に行方をくらましたので。そうだな、【漆黒の略奪者】?」

『まあ、おおむねはその通りだ』


 俺に話し掛ける時とは違い、少しだけ低い声音で【漆黒の略奪者】に声を掛けるウルギア。

 そんなウルギアに【漆黒の略奪者】は、拍手を数回しながら合っていると答えた。


『付け加えるとするならば、500にも及ぶ魂はお前の事を相当恨んでいたみたいでな、魂の一つ一つが穢れて呪いを宿しちまってたんだ。そのまま放置していれば確実にお前の魂は500にも及ぶ呪いの怨嗟でやられちまってただろうな』

「……ちょっと待ってくれ。という事はあれか? 俺や、俺にそっくりの姿をしているお前がプレデターの所に行けない理由は……まさか……」


 プレデターを見て”呪い”に蝕まれていると口にした【漆黒の略奪者】の言葉を思い出し、俺は今までの話と合わせて最悪だと言える答えを導き出していた。

 否定して欲しいという願いを込めて、震える声で【漆黒の略奪者】へと聞く。

 しかし、俺の願いは虚しく消え去り――【漆黒の略奪者】からその真実が語られる。


『そうだ。お前を襲う筈だった呪いはいま……あいつが身代わりになって封じ込め続けている』

「ッ……!!」

「お待ちください!!」


 【漆黒の略奪者】の言葉を聞いて直ぐに、俺はウルギアの制止を振り切り【漆黒の略奪者】の直ぐ側まで近づいてその両肩を強く掴んだ。


「頼む……俺をあそこへ――プレデターの所へ連れて行ってくれ!!」

『……駄目だ』

「頼むッ……俺の身代わりになってプレデターが苦しんでいるんだろう!? そんなの認める訳にはいかない!! 頼むから、俺をあそこへ連れて行ってくれ!!」


 必至になって何度も頼むが、【漆黒の略奪者】は首を縦に振ることなく、俺の腹部を蹴り飛ばした。


「グッ……」

「藍様!!」


 転がる様に地面に倒れた俺にウルギアが駆け寄って来る。

 ウルギアの手を借りてゆっくりと起きあがった俺は、【漆黒の略奪者】を睨みつけた。


「何でだよ……お前だって、プレデターが大事なんだろう!? あんなに楽しそうにプレデターとの思い出を話してくれてたじゃないか!!」

『……』

「失いたくないと思ったからこそ、お前はあの子を延命させたんじゃないのかよ!! 自分の管理者権限を譲ってまで……生きて欲しいと願ったんじゃないのかよ!!」

『――まれ』

「途中で投げ出すくらいなら、最初から手を差し伸べてんじゃねぇよ!! 守ると決めたら最後まで――自分という存在が消えるその時まで守り続けろよ!!」

『黙れぇぇぇぇ!!!!』


 八つ当たりにも近い怒りを【漆黒の略奪者】へとぶつけると、【漆黒の略奪者】は怒りの形相で俺の方へと漆黒の魔力を放出する。

 漆黒の魔力が俺の目の前へと迫って来てぶつかると思った瞬間、左から伸びる右手によって漆黒の魔力はその軌道を右へと変えて俺にぶつかることなく流れて行った。


「ウルギア……」

「あの者からの攻撃が私が防いで見せます。ですから、藍様は自らが望むままに行動してください。大丈夫です――私が貴方様の盾となりましょう」

「ッ……ありがとう」


 俺の隣に立ち、微笑みながら語るウルギアに俺は強く頷いて答えた。


 そうして、正面へと視線を向けて……俺は漆黒の騎士と対峙する。


『てめぇに何が分かる? あいつの覚悟も、想いも、何も知らねぇてめぇが……口出ししてんじゃねぇよ!!』

「悪いが、俺はお前と違って諦めが悪いからな。何が何でもプレデターを助けて見せる!!」


 憎々し気にこちらを睨む【漆黒の略奪者】に、俺は毅然とした態度で言葉を返す。


 誰も失いたくない……絶対に、プレデターを救うんだ!!







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            【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


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