第206話 詠唱文、感謝を込めて
(――藍様、お待たせしました。改変が終了し、スキル【女神召喚】で私を呼び出せるようになりました)
(お、おお……本当に改変されてる)
ウルギアによる改変には、そんなに時間は掛からなかった。
ミラが出してくれた紅茶とお茶請けのクッキーを飲み食いしていると直ぐに声が掛かり、ステータス画面を確認すると確かに【女神召喚(ウルギア・黒椿・ファンカレア)】と書き換えられていた。
(お疲れ様。今まではそんなに意識してなかったけど、【改変】ってそれなりに時間が掛かるものなんだな?)
(…………)
(ウルギア?)
あれ、なんか不味い事を聞いちゃったかな?
もしかして、文句を言っていると勘違いされちゃったとか……?
(ご、ごめん! 別にウルギアのスキルに文句を言っている訳じゃないんだ。ただ、今まで【改変】についてはウルギアに任せっきりだったから、大変なんだなぁって思っただけで……)
(ああ、いえ。藍様に謝って頂く必要はありません。それに、【女神召喚】の改変に関しては直ぐに終わっていたのです。時間が掛かったのは、私の個人的な事情でしてたので)
(個人的な事情?)
話を聞けば、どうやらウルギアは【女神召喚】の改変を終えた後、自分の肉体の再構築を【改変】を使って行っていたらしい。
少しだけ時間が掛かったのは、ウルギアが納得するまで自身の体を【改変】し続けていたからだった。
(少しでも、藍様に近い形の方が良いかと思いまして。まあ、肉体と言っても守護精霊――黒椿や創世の女神――ファンカレアと同様に魔力と権能を使って創られた体ですので、不自由があった訳ではないのですが)
それでも、ウルギアの容姿は俺とは相当違うらしく、少しでも近づける為に俺が地球で暮らしていた頃の記憶や、アルス村で出会った人たちの容姿を参考に改変し続けていたらしい。
そこまでしなくても、見た目だけでウルギアを嫌いになったりしないのにな。まあ、本人が気にしてる様子だから納得できる結果に収まったのならいいんだけど。
(それじゃあ、ウルギアを呼ぼうと思うんだけど……やっぱり、詠唱は必要なのかな? だとしたらちょっと考えるから時間を――)
(いえ、必ずしも詠唱を用いなければならないという訳ではありません)
(え、そうなの?)
黒椿に聞いた話だと、一度は詠唱を用いて呼び出す必要があるとの事だったが……違ったのか?
その事についてウルギアに聞いてみると、ウルギアは口調こそは変えなかったがその声音を呆れたものへと変えて説明してくれた。
(あれは黒椿が詠唱をして欲しかったが為に吐いた嘘です。本当であれば【精霊召喚】、及び【女神召喚】にあんな長文の詠唱は必要ありません。藍様がスキルの発動を念じるだけで召喚することが出来るのです)
(ええ……じゃあ何であんな嘘を……)
(それは、藍様に呼ばれる事が嬉しかったからでしょう。私達の様な存在にとって、敬愛する御方から呼ばれる以上に嬉しい事はありませんから。詠唱とは、言わば願いです。召喚主がどれだけ召喚者を求めているのか、それを言葉として表す意味合いがあるのですよ)
(へぇ……)
そんな意味合いがあったのか……。
まあ、求めているっていうのに間違いはない。俺は黒椿も、そしてファンカレアも、どちらの事も大切に思っているし”いつまでも共に居たい”と願い続けていたから。
(ですので、必ず詠唱が必要かと言われれば答えは否です。自身よりも高位の存在、それも面識もない相手などを呼び出す際には消費する魔力量を抑える為に敬意を込めて長々と詠唱をする事もありますが……。私や黒椿、それにファンカレアは藍様と面識がありますし、それに藍様自身も私達を召喚する為に必要な魔力を十分に有しておりますので、詠唱は必要ない訳です)
(そうか……)
うーん、ウルギアの説明を聞いて詠唱をする必要がない事は分かったけど……。
(では、早速私を召喚しますか?)
(ああ、召喚はするけど……ちょっと時間を貰ってもいい?)
(……何か不都合が? 私に何か問題があったのでしょうか?)
あ、しまった……どうも俺は自分の考えばかりに没頭してしまう癖があるらしい。
碌に説明もせずに言われたら、そりゃ不安に思うよな。
(いや、ウルギアが悪い訳じゃないから! その、詠唱を考えるから、少しだけ時間が掛かるよって言いたかっただけで……)
(詠唱を、ですか?)
俺が詠唱を考えると伝えると、ウルギアには珍しく戸惑っている様な声を上げた。
確かに、ウルギアの説明によれば俺が詠唱を唱える必要はないんだろうけど……。
(さっき、ウルギアが説明してくれただろう? ”詠唱とは、言わば願いです。召喚主がどれだけ召喚者を求めているのか、それを言葉として表す意味合いがあるのですよ”って)
(はい、ですが、私は黒椿とは違って詠唱の有無を気にしたりはしません。藍様はあまり詠唱を口にするのを好ましく思っていない様子でしたので……)
(あー……まあ、地球で暮らしていた俺にとっては、詠唱を口にするのって凄く恥ずかしく感じるんだよ。だから、好ましく思っていない訳じゃなくて、単に恥ずかしかっただけ)
地球で暮らしていて、ゲームや漫画なんかを嗜んでいた俺にとってはなんか漫画の世界に入り込んでしまってるイタい奴みたいで、ちょっとだけ恥ずかしかったんだよな。
ただ、それに関してはこの世界に来てから数年が経って大分慣れて来た。
通常の魔法を発動する際にも大掛かりな魔法なんかを発動する際には詠唱が必要となる。殲滅級と呼ばれるような魔法なんかは、通常であれば十人以上で詠唱をしなければならないとフィオラから教わった。
そう言う話を聞いたり、実際にフィオラとミラが詠唱を唱えてから魔法を発動する様子なんかを見て、自然と俺も詠唱についての考え方に変化が起こり始めていた。
それでも、召喚する際の詠唱に関しては自分で考えないといけないから、ちょっとだけ恥ずかしいと思っちゃうけどね。
(それにさ、ウルギアは気にしないって言ってくれたけど、黒椿とファンカレアは詠唱を唱えて呼び出したのに、ウルギアだけそれをしないって言うのは俺の中では無しかな。黒椿とファンカレアだけが特別な訳じゃない。ウルギアが見えない所で沢山動いてくれているのは知ってるし、俺がフィエリティーゼで生活するにあたって色々と配慮してくれていたのも知ってる)
(……)
細かいことまでは分からないけど、魔力制御が上手くできなかった最初の方なんかは、ほとんどをウルギアに助けられていた。スキルについても通常スキルを【改変】して特殊スキルへと纏めてくれたり、便利なスキルを生み出してくれていたのもウルギアだ。
(――俺にとってはウルギアも、大切でかけがえのない存在だよ。まだ直接会った事はないけど、ずっと俺の傍に居てくれた……大事な存在だ)
(藍様……)
(だから、少しだけ時間をくれないか? 詠唱を考えたら、直ぐに召喚する。そして、一番に感謝を伝えたい)
今までずっと、俺の中でサポートしてくれてありがとう。
その言葉を直接伝える為に。
俺の言葉を聞いたウルギアは、少しの間沈黙してしまう。
しかし、その沈黙はそんなに長くは続かなかった。
数分程待っていると、普段よりも少しだけ高い声音が響く。
(……わかりました。藍様から召喚されるのを楽しみに、私はいつまでもお待ちしております)
柔らかく、優しい口調。
普段とは違う雰囲気を醸し出すウルギアに、一瞬ではあるがドキリとしてしまった。
こうして、ウルギアの許可を得た所で、俺はウルギアを召喚する為の詠唱文を考える事にした。
楽しみにしてくれている様だし、黒椿やファンカレアの時みたいにしっかりと考えないとな……。
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【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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