第202話 それは、邪神を滅ぼす為の力
あれから一時間が経過した朝7時頃。
グラファルトと早めの朝食を終えた後、グラファルトと一緒にみんなが居る二階へと移動する。
玄関ホールに設置されている転移装置を使い二階へと移動すると、そこには左にキッチン、右にリビングといつも通りの風景が広がっており、キッチン寄りのリビングに置かれている長テーブルには既に先客が二人座っていた。
「ん? やあ、二人ともおはよう」
「あら、おはよう。藍が遅れてくるなんて珍しいわね」
向かい合う様に座っていたのは、ライナとミラだった。
転移装置に立つ俺達から見て奥に座るライナは、いち早く俺達の姿を目にして爽やかな笑顔を浮かべる。それに続くように、俺達に背を向けるように座っていたミラが椅子から腰を浮かせて、俺達の方へと体の向きを軽く変えて微笑んだ。
俺は二人に挨拶を返した後、グラファルトが俺よりも早起きしていた事を伝えてみんなの朝食を作り始める。
うん、グラファルトが居ること以外はいつも通りの光景だ。
この家の住人であるミラ達の中でしっかりと起きて来る時間が決まっているのはこの二人だけ。
ライナとミラは基本的に早起きで、大体朝の6時頃に俺がキッチンで料理をしているとミラがやって来て、それから三十分くらい経過するとライナがやって来る。
ライナの場合は朝5時から日課の自主稽古を行っている為、それを終わらせてやって来るのが大体6時半頃なんだとか。
ミラの場合は目覚まし時計を使って6時前に起きる様にしていると言っていた。理由を聞いてみると……『朝ならグラファルトも寝ているし、藍を独り占め出来るでしょう?』と、なんとも返答に困る事を言われてしまった。
いや、そう言われて嬉しかったけど、それを直接言うのは流石に恥ずかしい。でも、そんな俺の心情も見透かしているのであろうミラは、俺にそう告げた後ニヤニヤと笑みを浮かべていた。その顔が可愛らしくもイラっともする絶妙な表情をしていて、思わず料理の手を止めてデコピンをしに行ったのを覚えている。
その後、大体7時くらいになるとロゼとリィシアがやって来て、ロゼは九割近くを徹夜した状態でやって来るので、全員が揃うまでそのままテーブルの上で眠っている事が多い。リィシアはそんなロゼの隣に座って、ミラから貰ったという紫のウサギのぬいぐるみを抱きかかえて遊んでいる。
そうしてロゼとリィシアがやって来てから三十分くらい経過すると、朝が苦手だというフィオラがやって来るのだった。
フラフラと少しだけ寝癖のはねた髪を揺らしながらミラの左隣へと座り、眠そうに目を擦っている。普段とは違うフィオラの様子はこの時間にしか見れないのである意味貴重でもあった。
アーシェに関してはその日によって変わる。
早い時にはロゼを引き連れて俺の自室前へと来て、マスターキーで鍵を開けるや否や寝室へと突入して来る。そう言う時の決め台詞は「おはよう! いい朝だねっ」だ。遅い時は大体フィオラの後くらいに寝癖のついた頭で「寝すぎちゃった~」とあくびをしながら朝食を食べにくる。
ちなみに今日は中間くらいだった。俺がみんなの朝食を作り始めたくらいの時に「おはよ~」と目を細めてながら二階へと上がって来た。
ここで、ファンカレアや黒椿もやって来たりする時もあるが、今日は事前に来る連絡がどちらからもないので、用意しなくて大丈夫そうだ。
というか、黒椿からは全く以て連絡が来ないけど、大丈夫なのかな……。
流石に長すぎる不在を不安に思い何度か念話を飛ばして見たりしたのだが、全く以て返事は返って来なかった。
ファンカレアやカミールにも聞いてみたりしたけど、特に連絡は来ていないとの事で分からず仕舞い。ウルギアに聞いても分からないと言われてしまい、文字通り黒椿は行方不明だった。
”悔しいですが、黒椿が本気で自身の行方を隠そうとすれば、元神である私であっても探すのは難しいのです。あれは、元は精霊であっても現在は女神……それも神々の頂点ともいわれる”創世の女神”ですから。まあ、そこまで心配する必要はないと思います。あの女神がそう簡単にやられたりはしませんから”
そう言うウルギアの言葉を信じて、黒椿が帰って来るのを待つ事にはしたけど……大丈夫かな……。
帰って来たらお説教だ。心配したんだぞとか、何処に行くかは事前に言えとか、色々と言いたい事があるからな。
あまり話題には出さないが、みんなも心配している様子だったし、帰って来たらいつもよりも真剣に叱る事にしよう。
閑話休題。
いつもなら料理を作り終えたタイミングでグラファルトを起こしに一階へと向かうのだが、今日はグラファルトも早起きだった為その必要はない。
ライナとミラには説明をしたから大丈夫だったが、後からやって来た面々はグラファルトがテーブルの席に座っているのを見て驚いていた。
中でもフィオラは驚くと同時にグラファルトよりも遅く来てしまった事実にショックを受けていた様だけど。
いや、泣くことは無かったんじゃないかな……ほら、グラファルトもなんて声を掛けていいか分からなくなってるし……。
まあ、そんな風にちょっとしたハプニングがありつつも、完成した朝食を囲んでみんなで料理を食べ始めた。
ちなみに今日はお米と味噌汁、焼き鮭に甘くないだし巻き卵という和食スタイルです。一応それぞれの前に一人前ずつよそって並べてはいるけど、うちには大食らいが三人いるので、中央には焼き鮭、だし巻き卵……そして念の為にと、暴れ牛をスライスして野菜と一緒に炒めた牛肉で作る回鍋肉もどきを各大皿へと盛り付けて置いてある。
一皿で十人前はある筈の各品が、いつも朝食が終わる頃には空になってるんだよなぁ……フシギダネー。
俺は自室で軽く食べて来ていたから、いつもよりは量をセーブしている。まあ、それでも一人前は食べるんだけど……。
自画自賛する様で恥ずかしいからあまり声を大にして言えないけど、フィエリティーゼにやって来てからの食事がまあ美味い。スキルの影響で腕が上がったからか、食欲がない時なんかでもパクパクと口に入ってしまう。それくらいに美味しいのだ。
そう考えると、グラファルトがアルス村で”飯抜き”と言われて泣いていた気持ちも少しは理解できるかも……。
そんなグラファルトはいつも通りのペースでもりもりと朝食を食べていた。
おやおやグラファルトさん? あなたさっき一階の自室でテーブルいっぱいの料理を平らげていませんでしたか?
量的には五人前は越えていたんだけどな……。どうやらグラファルトにとっては然程お腹に溜まる様な量ではなかったらしい。
そう言えば、朝食の後も自室にあるキッチンの冷蔵庫とか漁ってたな……今度からもう少しだけ朝食の量を増やした方が良いのかもしれない。
まあ、それ以前に十人前を超える量の食事が、その胃袋の何処に入っているのかという疑問もあるんだけど……女性に聞く話ではないので気にしない事にしよう。
そうして全員での朝食は無事終わり、俺とグラファルトはライナとフィオラが食器を洗い終わるのを待つことにした。
「――さて、それじゃあそろそろ約束を果たすとしようか」
「ッ!!」
食器を洗い終わったライナが俺達の元へと戻って来て、開口一番にそう口にした。
その言葉を聞いて、グラファルトは朱色の瞳を輝かせて椅子から立ち上がる。
グラファルト程ではないけど、俺は俺で楽しみにしていたのでグラファルトに続くように椅子から立ち上がった。
そんな俺達の様子を見て微笑んだライナは、うんうんと二回ほど頷いて話し始める。
「僕に勝った君たちにご褒美を……と言っても、期待を裏切る様で申し訳ないけど、何かをあげる訳じゃないんだ」
「ん? どういうことだ?」
何かを貰えると思っていたのか、グラファルトは怪訝そうな顔をしてライナの言葉に首を傾げる。
そんなグラファルトに苦笑を浮かべながらも、ライナは話を続けた。
「うーん、なんて説明すればいいのか……僕があげる必要もないというか、そもそも僕からあげる事は出来ない物だから、僕が今回ご褒美として出来る事と言えば、その一端を見せてあげる事くらいなんだ」
「「……??」」
「あはは……まあ、言葉で説明するよりも見て貰った方が早いだろうから、早速移動しようか」
ライナから説明を聞いてもいまいち理解できなかった俺とグラファルト。
そんな俺達の様子を見ていたライナは、その右手に魔力を溜めると俺達に背を向けた後、その視線の先に雷の様な魔力が迸る亜空間を開いた。
ライナに促されるままに、俺とグラファルトはライナの後に続いてその亜空間へと足を進める。
亜空間を抜けた先に広がっていたのは、自然豊かな草木が生い茂る空間だった。
俺達の周囲には草原が広がっており、少し視線を正面奥へと向ければ大きな山々が聳えている。
見慣れない景色に忙しなく首を動かしていると、俺達の背後から誰かが転移して来た気配を感じた。
その気配に視線を向けると、そこには見覚えのある人物の姿が。
「ライナ、貴女の要望通りに白色の世界の一部を隔絶した空間を創り出しましたが、これで良かったですか?」
「……うん、問題ないみたいだね。ありがとう」
「なら良かったです。藍くん、それにグラファルトも、三日振りですね」
ライナとの会話を終えて、俺達に笑顔を向けるファンカレア。
どうやら、この空間は白色の世界にあるものらしい。そして、この空間を創り出したのはファンカレアであり、それをお願いしたのがライナって事か。
ファンカレアに挨拶を返して軽く談笑をした後、会話が終わったタイミングでライナからこの場所へ転移して来た理由について説明がされた。
「さて、ここに連れて来た理由について説明しようか。まず、この空間についての説明からするね? ここは白色の世界の一部――つまりはファンカレアが管理する空間という事だね。ここではどんなに強力な攻撃を放ったとしても、外への影響は全くでないんだ。それに加えて、ここには僕達以外の生命は存在しない」
ライナの言葉に再び周囲へ首を動かしてみると、確かに青々とした草原が広がってはいるけど、動物や虫がいる様子はない。この空間を創造する時に、ファンカレアがそう設定した様だ。
「では、なんでわざわざこんな空間を創り出したかというと……それは、ご褒美として君達に見せたい物があったから。先に種明かしをしてしまうけど、僕がこれから君達に見せるものって言うのは、女神様――つまりは僕達<神の使徒>の主たるファンカレアから授けられた力の事なんだ」
「ほう……」
「へぇ……」
ライナの言葉に、グラファルトは不敵な笑みを浮かべてファンカレアの方を見ていた。グラファルトにつられる様に俺も視線をファンカレアへ移すと、ファンカレアは俺達から注目されていることに気づいたのか、少しだけ顔を赤くして俯いてしまった。
嗚呼、今日も今日とてファンカレアは可愛いなぁ……。
おっと、そうじゃない。
「えっと、ライナが見せてくれる力については理解したんだけど、わざわざファンカレアにこの空間を創ってもらう意味があったのか? 地下施設には強固な結界が張ってあるし、なんなら”結界魔法”のエキスパートであるフィオラも居るから、ここまで大がかりにする必要があるのかなって」
「確かに、それについては我も考えていた。どうなのだ、閃光の」
俺達がそう質問をすると、ライナはうんうんと頷いて「確かに、二人の言いたい事も分かるよ」と言い話し始める。
「フィオラ姉さんの”結界魔法”は確かに強力だけど、それでもこれから見せる力の前にはちょっと厳しいかな。だって、これから見せる力は言ってしまえば、神の力を行使する様なものだからね。地上で使ったりなんかしたら、それこそ世界が壊れてしまうかもしれない。地上で使うのは、人智を超えた存在が生まれた時――つまり、邪神が地上で暴れたりした時だけだから」
「ッ……」
ライナの言葉に、グラファルトが少しだけ反応を見せる。
多分、少し前の自分の事を思い出してしまったのだろう。俺と出会う少し前、邪神に囚われていた自分自身の事を。
「……グラファルトの時は、地上で暴れる事無くそのまま神界へと向かったから僕は力を使わずに済んだ。今となっては本当に良かったと思ってる。君に剣を向けるなんて、考えたくもないからね」
「もう、グラファルトは邪神に囚われる事はないでしょう。その神格は藍くんのお陰で綺麗に取り除かれたのです。まあ、囚われる前と全てが一緒という訳ではないでしょうけど、それでも……もう暴走する事はないでしょう。私はそう思います」
「ほら、みんなもこう言ってくれてるんだし、あまり過去の出来事を気にしすぎない様にな? 大丈夫、何があっても俺がお前を守るから」
すっかり落ち込んでしまっていたグラファルトを囲む様に、俺達三人はグラファルトへと近づいてそれぞれにその小さな白銀の頭を撫で始めた。
「~~ッ!! ええい! やめんか!!」
みんなから優しい言葉を掛けられ、尚且つ頭を撫でられ続けていたグラファルトは顔を真っ赤にしてその場で暴れ始めた。
その顔には先程までの暗い陰りは見えず、怒りながらも小さく微笑みを浮かべていた。
そうして、暗かった雰囲気は和やかなものへと変わり、グラファルトの不安を消すことにも成功したのだった。
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グラファルトには暗い顔は似合わない!!
出来れば笑っていて欲しいですね。
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
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