第201話 ライナからのご褒美
――闇の月1日の朝。
アルス村での生活から時間は過ぎていき、今日で光の月から闇の月へと月替わりした。
正直、アルス村から帰ってきて俺自身に何か変化があったかと言われると微妙なところだ。もちろんミラとの関係が変化してたまにミラが俺の部屋で寝る様になったりとかはしてるけど、本当にそれくらい。
俺以外の変化で言えば、ミラがロゼを連れて十日に一度くらいの頻度でアルス村に行っていたということくらいかな?
元々が自分の建国した大国の避難民――アルヴィス大国の末裔であるのが関係しているんだと思うけど、最初の内は色々と心配みたいで暇を見つけてはロゼに頼んで一緒にアルス村へと向かい細かな調整をしているらしい。
本当は俺もついて行きたかったんだけど、俺にはやる事があったので一緒に行くことが出来なかった。
正確には、『我と同じ志を抱えておる筈のお前が、この戦いから逃げる事は断じて許さぬ!』と言う妻であるグラファルトによって行く手を阻まれていたのだ。
最初にアルス村から帰ってきて変化があったかどうかの説明をした時に”微妙なところだ”という曖昧な回答をした理由がまさにこれで、生活サイクル自体に変化はないのだが、その熱量には変化があった。
まあ、主にグラファルトの熱量がなんだけど……。
何の話をしているのかというと、ライナとの戦闘訓練の事だ。
グラファルトは何度挑んでもライナに勝てない状況を悔しいと感じるようになっていた。俺からすればライナには勝てていないけど、成長していない訳ではないのでそこまで気にしたこともなかったけど、グラファルトはずっと気にしていた様だ。元々戦う事が好きな人種のグラファルトにとって、二人掛かりで挑んでも勝てないと言うのは納得がいかないのかもしれない。
ライナはライナで、そんなグラファルトの姿勢を嬉しそうに見守っていて、今までよりも”
そうして、以前よりもやる気を見せるグラファルトは、光の月45日目の戦闘訓練の際に”光の月が終わるまでに我と藍の二人で一勝する”という目標を掲げて、それをライナに宣言した。巻き込まれた。
慌てて訂正させようとしたのだが、その宣言を聞いたライナが『面白い!!』と高らかに声を上げ始めて――
『もし、本当に光の月以内に僕に一度でも勝てたのなら……ご褒美をあげるよ』
と、グラファルトを煽り出した。
その言葉にグラファルトは俄然やる気を出して、その日の戦闘訓練が終わった後で居残り練習を始める。
もちろん、相手は俺です。だって、断ろうとしたら泣きそうな顔をして上目遣いで見上げて来て『わ、我と一緒に居るのは嫌なのか……?』とか言い出すんですよ!? お前、そんな技どこで覚えたんだ……まさか、モルラトか?
結局、あざといとは思いつつも可愛い奥さんのお願いを断れず、俺はグラファルトと共に”打倒ライナ”という目標を掲げて特訓を続けた。
それから46、47、48……と日々は過ぎて行き、特訓の成果が現れ始めたのは光の月56日目の時だった。
”
それは数多の武器を魔力が続く限り生成し続ける事が出来る、ライナのオリジナル魔法。
その対抗策として今までは俺達も亜空間に大量の武器をしまっておいて、ライナの武器が変わる度に俺達はアイコンタクトで牽制役と武器を変更する役に分かれて対応していた。しかし、その戦い方では一向に勝てる兆しが見えないと判断した俺達は、亜空間から武器を取り出すという戦闘スタイルを変える事にした。
ライナに対抗する為に、ライナと近しい戦闘スタイルで戦いを挑んでいたその考えを捨てて、俺達はそれぞれの得意とする武器に絞りその武器自体を強化する戦闘スタイルに変えた。
その結果、グラファルトが超近接型のガントレット、俺がリーチが長めの刀を使った中距離型になり、有り余る魔力を利用して武器に”硬質化の魔法”を掛け続ける事にしたのだ。
――そうして、新しい戦闘スタイルになって初めての戦闘訓練が行われたのが56日目。
始めはまだ慣れていない戦闘スタイルに戸惑う事もあったが、一時間も続けていると慣れてくるもので、中距離から長距離の武器の時は俺が、近距離の武器の時はグラファルトがライナの相手を務めて、どちらかがライナの相手をしている間に、手の空いている方がライナの周囲に展開された待機状態の武器を破壊する事に専念する。
戦い続けていると、いつもとは違うライナの様子に気が付いた。
いつもは楽し気に微笑みを浮かべて戦っているライナの顔に焦りが見え始める。特に超近接型となったグラファルトの対応に苦戦している様子だった。
ガントレットで腕を守りながらも全力でぶん殴るスタイルは、元々が頑丈な竜種であるグラファルトには向いていた様で、ライナが手に持つ武器を次々と破壊しては一撃をお見舞いしようと肉薄して行っていた。
いつもとは違うライナの様子に、俺は行けるかなと思い始めていたのだが、その直後に今までの三倍程はある数の武器がライナによって生成されて、その一つ一つが俺とグラファルトに襲い掛かって来る。
その対応に追われていると、直ぐ近くまで転移して来たライナに一撃をお見舞いされて、俺は意識を失ってしまった。56日目になっても、ライナには勝つことが出来なかったのだ。
ただ、今回の敗北は決して無駄なものではなかった。
戦闘訓練が終わって直ぐ、ライナは俺達の前で片膝を着く。
『ふぅ……ちょっと、魔力を使い過ぎたみたいだね』
そう話すライナは苦笑を浮かべており、その体には大量の汗を搔いていた。
どうやら、魔力欠乏症に近い状態へと陥っていたらしい。症状自体は軽い物だったようで直ぐに落ち着きを取り戻していたが、その日は毎日の様に行っていた自主練も控えて大人しく自室で休むと言っていた。
俺とグラファルトはこれまでとは比べ物にならない程の成果に”これなら、勝てるかもしれない”と思い、ライナが休んでいる間も地下施設へと残り特訓を続けることにした。
最初は別に勝てなくても良いと思っていた俺だったが、一生懸命に勝とうとするグラファルトの様子を見続けた影響なのか、グラファルトと同じく……俺もライナに勝ちたいと思う様になっていた。
そして――光の月60日目。
光の月の最後の日に、長い激戦を終えて……俺達は初めての勝利をこの手にした。
『――僕の負けだ。もう指の先も動かせないよ』
その一言を聞いた瞬間、汗だくにも関わらず俺とグラファルトは抱き合い喜んだ。グラファルトに至っては本当に嬉しかったらしく、その目に涙を浮かべて『勝った……我らは勝ったんだ……!!』と俺の胸の中で言い続けていた。
こうして、俺とグラファルトは初めての白星を掲げる事ができ、更には光の月が終わるまでにライナに勝利する事が出来た為、約束通りライナからご褒美をもらう事となったのだ。
ただ、お互いに疲れているし、ご褒美には色々と準備が必要な様で明日まで待って欲しいと、地面に寝転がるライナに言われた。
グラファルトはちょっとだけ残念そうにしていたが、お互いに疲れているのは確かであり、納得した様子でその日は大人しく休む事にした。
そして、現在。
「おはよう、藍。いい朝だな」
「…………夢か」
寝室から居間へと出た俺を迎えてくれたのは、左奥にある二人掛けのソファで寛いでいたグラファルトの声だった。
あれ、今って朝の6時だよな?
「む、まだ寝ぼけておるのか? 全く、お前という奴は……」
「いや、いつも9時くらいまで寝てるお前が、この時間帯に起きている事が信じられなくてつい……」
まあ、大体理由については想像できるけど。
「我だって早起きすることくらいある。それに……今日は閃光の奴からご褒美がもらえる日だからな!!」
「ですよねぇ……」
いや、子供か!!
まあ、グラファルトとしては勝利の証みたいな物だろうし、記念として早く欲しいのかもしれないけど……それにしたって、6時は早すぎると思うぞ?
俺が心の中でそう思っていると、徐にソファから立ち上がったグラファルトは目を輝かせて廊下へと繋がる扉へと向かい歩き始めた。
「よし、では早速行くとしよう」
「待て待て待て」
嬉々として俺の前を通り過ぎようとするグラファルトの服を掴み、俺はその歩みを止める。止められると思っていなかったのか、黒いノースリーブの後襟を掴まれたグラファルトは「ぐえっ」という喉が潰れた様な声を漏らしてその場に転んでしまった。
「な、なにをするんだ!!」
「こんな朝早くに行っても迷惑だろ?」
「むぅ……だが……」
俺の言う事を理解はしている様だが、それよりも知りたいという欲望の方が少しだけ勝っている様子。
そんな子供の様な性格のグラファルトに苦笑しつつも、俺は転んだグラファルトを抱きかかえてキッチンへと連れて行った。
「まあ、まだ時間はあるし軽く朝食でも作ってやるから。それでも食べて落ち着け」
「ッ!? そ、そうだな!! ご褒美は逃げたりしないのだ、別に焦る事もない!!」
抱きかかえたグラファルトをテーブル席へと座らせながら料理を作ると口にした途端、口元に涎を垂らしてグラファルトは高らかにそう言った。
まあ、気になる気持ちは分からなくもないけど、準備が出来たらライナから声が掛かるらしいし、それまでは大人しく待っているしかない。
こうして、少しだけ騒がしい朝を迎えた俺は並べられた料理を美味しそうに食べるグラファルトの正面へと座り、同じく朝食を食べ始めるのだった。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
いつも応援コメントやハート、レビューなどありがとうございます!
この度、皆さまの応援のお陰で17万pvを突破しました!
これからも、適度に休みながら投稿を続けて行きますので、よろしくお願いいたします!
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!
ご感想もお待ちしております!!
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます