第199話 故郷と呼べる場所




――光の月37日の昼。



 本来であれば35日の昼には死の森へと帰る予定だった俺達だが、アルス村の設備の大改修であったり、村人達への魔法訓練であったり、本来の目的とは別にやる事が満載になってしまった為、二日程長く滞在する事になってしまった。


 本来の目的である俺の魔力に対する反応に関しては、初日に達成済みだ。もうかれこれ六泊もしているが、村人達が俺に怯えたりする様子もなく良好な関係を築けている事からミラはじめとする”六色の魔女”全員の合格を貰うことが出来た。


 だからと言って、自由行動が許された訳ではないけどね。

 行く場所は事前に”六色の魔女”の誰かに伝えて、グラファルトと”六色の魔女”の中から一人以上の付添人を連れて行かなければいけない。ミラ曰く、理由としては”この世界の事について詳しい人を一人は連れた方が良いでしょう?”との事だったが、実際には監視役なんだと思う。だって、外出についての説明の内、八割くらいが”もしも、トラブルが起きた場合の対処について”だったから。


 俺、そんなにトラブルメーカーなのかな?

 いや、この場合は俺とグラファルトか。グラファルトも人里には竜の渓谷に住む様になってから長い事降りていないと言ってたし。

 まあ、それでも外には出れるみたいだから、試しにレヴィラがいるエルヴィス大国にでも行くかな? その場合はフィオラに頼むのが無難だろう。

 いや、待て。

 そう言えば付添人の条件って……”一人以上”なんだよな? まさかとは思うけど、希望者が複数人いたら、全員連れて歩かなきゃいけないのか!?

 いや、まさかね…………?


 閑話休題。


 とにもかくにも、本来の目的は達成済みなので、やる事が無くなった俺は残りの滞在期間の全てをロゼたちと共に行動していた。

 みんなには家でゆっくりしてて良いと言われてたけど、寝不足だった時ならまだしも、特に理由も無しにみんなが働いている間、自分だけぐうたらしてるのもちょっと……。そんな訳で、改修工事に使う素材の運搬やアーシェと一緒に村の子供達のお世話をしたりして残りの村での生活を過ごしていた。


 ロゼによる村の大改修は、二日間という短い期間内にも関わらずあっという間に終わった。ロゼの言い分によれば、人口も少なく範囲も狭いのでそこまで時間は掛からないらしいが、多分それはロゼだから言える事なんだと思う。

 だって、自信満々にそう言い切るロゼの隣でフィオラとライナが苦笑を浮かべていたから。

 村人達も驚いていたし、やっぱりロゼの制作スピードは、この世界においても異常なんだろうな。

 本当なら俺の手伝いなんかも要らなかったと思う。魔法の授業では俺は全く役に立てなさそうだったので、ロゼに頼んで無理やり手伝いを行っていた。




――そして現在。


 俺達はアルス村の南側、村と外を繋ぐ唯一の出入り口に集まっていた。


 アルス村の改修工事で大きく変わったのは、間違いなく外壁だろう。

 今までは外から見るとむき出し状態だった村の畑や、牛や羊・山羊を放牧している敷地も含めたアルス村の全体を囲うように聳える石の外壁。外壁の高さは10mを超えており、ロゼの”付与魔法”によって硬質化していてその硬さはミスリルをも上回るらしい。ライナが試しにミスリルソードで斬り付けてみたが、傷一つ付いた様子は無かった。

 ちなみに、石をミスリルよりも硬くしてしまうこの”付与魔法”、使用者はロゼたった一人だけでありその術式も公開されていないらしい。理由としては、ただの石をミスリルよりも硬くする技術が広がってしまえば、鉱石の価値を大幅に変えてしまう可能性があるから。だからこそ、ロゼもあくまで個人的にしか使用していなかったようだ。

 今回は、村の外壁という事でミスリルなどの高価な鉱石を使うわけにもいかず、特別に使ったらしい。


 畑や放牧スペースを眺めながら足を進めて行くと、外壁である石壁に一つだけ付けられていた大きな木製の両開きの門へと辿り着いた。

 この門は魔力で反応する様になっていて、魔力を登録したものが門の側に設置されている認証パネルに手を付けると、手を付けた人物の魔力を読み取り、触れた人物が登録済みの人物であれば開閉できる仕組みになっている。

 登録されているのは、この門が完成してから新たに出来た門番係である村人10人と緊急時用に村長であるボルガラとその妻のモルラト、そして製作者であるロゼのみだ。

 新たに登録者を増やす場合はロゼがミラと共に定期的に訪れる時に、門のメンテナンスと共に行う事になっているらしい。


「あ、こんにちは。もう、御帰りになるのですね……」

「流石に六泊もしてるから、これ以上迷惑は掛けられないよ」


 門へと近づくと、今日の門番係であるロンドが眉尻を下げて俺達に挨拶をする。

 惜しんでくれるのは嬉しいけど、流石に長居し過ぎたしな。村の人たちにも生活がある。ロンドは「迷惑なんてそんな……」と食い下がってきたが、また直ぐ遊びに来ると約束をして納得してもらった。


 そうして俺とグラファルト、”六色の魔女”であるミラ達で門を背にするように振り返り、アルス村の代表として見送りに来てくれたボルガラとモルラトへと視線を向ける。


「ここでお別れですね……皆様には本当にお世話になりました」

「儂らは皆様から教わった事、頂いた物、そして何よりも皆様と出会えた事を……決して忘れません」

「あなた達ねぇ……」


 物凄くしんみりとした雰囲気を醸し出すモルラトとボルガラの言葉にミラは大きく溜息を吐いて口を開く。


「別にこれが今生の別れになる訳じゃないのだから……少なくとも、私とロゼは一月に一度の頻度で来る予定なのよ?」

「我も、モルラトとはまだまだ話したい事があるからな。そう悲しむ必要はないと思うぞ?」

「うふふ、申し訳ありませんミラスティア様、グラファルト様。分かってはいるのですが……」


 まあ、モルラトの気持ちは何となくだけど分かる。

 なんだかんだでこの七日間、モルラト達とは毎日顔を合わせていた。だからこそ、これからしばらくはモルラト達の顔が見れないと思うと、ちょっとだけ寂しく思えてしまう。


「……俺も外出許可が下りた事だし、また直ぐに会いに来るよ」

「外出許可ですか……?」

「そう言えば、皆様どうしてこの村に……」


 あ、しまった。

 モルラト達には元々夫婦で旅をしているとだけしか伝えていなかったんだよな。

 ちらっと左を見れば隣に立つグラファルトを筆頭にミラ達が俺の事をジト目で見ている。ご、ごめんて……。


「はぁ……実はね――」


 俺がモルラト達にどう答えるべきか悩んでいると、またまた盛大な溜息を吐いてからミラはモルラト達に俺の事について説明を始めた。


――俺は死の森にて暮らしていたミラの血縁にあたる存在。

 生まれつき保有している魔力量が多い為に世界から隔絶されて過ごしていた。

 いまから約三年前、死の森を抜けだした俺は突然現れた魔物に驚いて魔力を暴走させてしまった。

 そうして起こったのが三年前の大惨事である。

 この事態を受けて、ミラを含めた六色の魔女達は俺の魔力制御に全力を尽くす事に決め、その成果を確認する為に今回アルス村へ訪れた。


 まあ、転生者と言う部分を含めて言えない事もあるから、そのほとんどが作り話だけどね。

 二人に嘘を吐かないといけないのは心苦しいが、要らぬ混乱を生む必要はないだろう。それに、理由は違うけど三年程前に引き起こした事件の主犯である事や、アルス村へ来た目的については合っているので全てが嘘って訳でも無い。


 ミラの話を聞いたモルラト達はその目を見開き驚いてはいたが、他ならぬミラからの話という事で納得してくれた様だ。

 いずれは全てを話せるといいな。


「――そう言った理由があったのですね……」

「これは、驚きですなぁ」

「まあ、そう言った理由があるから出来ればこの事は……」


 ミラがそう言うとモルラトとボルガラは小さく一度だけ頷き口を開く。


「はい、もちろん内密にさせていただきます」

「貴女様に誓って」

「ありがとう」


 二人はミラの顔を真っ直ぐと見つめて誓いの言葉を口にする。二人の言葉を聞いたミラは優し気に微笑みを浮かべると感謝の言葉を口にした。


 ふぅ……ミラのお陰で何とか誤魔化せたな。






 その後は各自が別れの挨拶をしていき、ボルガラとモルラトは一人一人にしっかりとした挨拶を返していった。

 左から右へと続いて来た挨拶はグラファルトの番を終えて最後……一番右端に居た俺の番になる。


 俺の前へと移動したボルガラとモルラト。

 二人は、俺の顔を見て微笑んだ後……おもむろにその頭を下げ始めた。


「ラン様、この度は本当にありがとうございました」

「儂らは、ラン様に出会えて、本当に良かったと思っております」

「おいおい、二人とも……俺はミラ達とは違ってそんなに大した事はしてないぞ?」


 いきなり頭を下げ始めた二人にそう告げると、二人は下げた頭をそのままに首を左右に振り否定し始めた。


「ラン様には、私達の問題を解決して頂きました」

「ご先祖様の代から続いていた儂らアルヴィスの末裔の問題を解決し、ミラスティア様との仲を取り持って下さいました事、いくら感謝しようとも足りませぬ」

「いや、それだって最終的に決断を下したのはミラだから! 頼むから頭を上げてくれ!」


 そう言って頭を下げ続ける二人にやめる様に説得していると、グラファルトの隣に立っていたミラが俺の名前を呼んで話し始めた。


「藍、ここは素直に二人からの感謝を受け入れなさい」

「いや、でも本当に俺は――」

「あなたは何もしていないと言うけれど、当事者であるボルガラやモルラトにとっては、本当に嬉しい出来事だったのよ。それは、私も同じ」


 そこまで言うと、ミラはボルガラとモルラトの隣へと立ち俺の方を向いて――


「藍、本当にありがとう……あなたのお陰で、私は過去のしがらみから救われたわ」


 その瞳を潤ませて綺麗な所作でその頭を下げた。

 うーん、本当に感謝される様な事をしたつもりはないんだけどな……。

 でも、ここで俺が否定し続けても三人は納得してくれなさそうだ。


「わ、わかった! わかったよ!! 三人の感謝の気持ちは受け取ったから、頭を上げてくれ」


 そうして、感謝の気持ちを受け取ると宣言した後、俺は三人に頭を上げる様に頼みこんだ。


「くっくっく……感謝の言葉くらい、素直に受け取れば良いものを」


 そんな俺達の様子をグラファルトは笑みを浮かべて見ている。

 そうは言うけどなぁ……だって、照れくさいし……。


「ふふふ、ランくんはもっと自分のしてきた行動について考えてみるべきですね。貴方の行動で救われたと感じている人は、とっても多いのですよ?」

「そうだよ~! わたしだって、ランくんには感謝してもしきれないくらいに大きな恩があるんだから!」

「そうだねぇ、僕もランのお陰でまだまだ自分が強くなれると気づけたし」

「ロゼもー、ランには沢山の幸せを貰ってるよー?」

「……お兄ちゃんは、照れ屋さん」


 うっ……。


「レヴィラもあなたに感謝していたわね? それに、シーラネル第三王女も」

「うむ! 我も皆と同じ気持ちだ。藍、我らはお前に救われたのだぞ」

「……そ、そうですか」


 駄目だ、真っ直ぐに感謝の言葉を言われ続けると普通に恥ずかしい。

 俺は全員から視線を逸らす様に振り返り、門へと顔を向けてそう呟いた。俺の言葉を聞いたミラ達は少しの間をおいて一斉に笑い出す。


 くっ……人が恥ずかしがってるのを面白がりやがってぇ……。


 快晴の空の下、俺達の間には暖かな雰囲気が流れる。

 こうして、俺達は悲しみに暮れる事無く笑顔のままお別れをすることが出来た。







 異世界からやって来た俺にとって、初めての森の外での生活。



 不安を抱えながらやって来たその先で――俺は故郷と呼べる場所と、また会いたいと思える人達に出会えたのだった。









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 これにて、アルス村でのお話はおしまいです。

 次回からは、ほのぼのとした雰囲気とは一変してシリアスな展開が繰り広げられるかもしれません。


 NEXT……呪われし娘と神装武具

 

            【作者からのお願い】


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