第198話 アルス村の改革―設備編―








――もし、お前が選択をしなければならない時が来たら……お前には、選ぶことが出来るのか?


 聞き覚えのある声が、前方から聞こえてくる。


――選択とは、誰しもが必ず経験する事だ。それは、お前であっても例外ではない。


 責める訳では無い、諭すような声。

 嗚呼、そうか……どこかで聞き覚えがあると思ったら、これは俺の声だ。でも、なんで前方から俺の声が……?


――その時は、もうすぐ側まで来ているぞ?


 ……ダメだ、何も見えない。

 前を見ようとしても、周囲は暗闇で目を凝らしてみるが全く意味をなさなかった。


 選択の時が、すぐ側に……?

 一体、お前は何を言っているんだ?


――待っているぞ……か、それとも……か。お前が選ぶのは、一体どちらだろうな?


 おい、待て!!

 重要な部分が聞こえ……な、い……。


 そうして俺は、再び意識を失ってしまう。













「――おい、藍!!」

「……グラファルト?」


 体を揺すられる感覚に目を開けると、そこにはグラファルトの姿があった。

 いつの間にか二人掛け用のソファに横にされていた俺の体にグラファルトは跨っている。見下ろすグラファルトの頬に手を添えると、確かな温もりを感じることが出来た。


「大丈夫か? 随分とうなされておったぞ」

「……うーん」


 そうか、魘されてたのか……どんな夢を見ていたのか思い出せないんだよな。何となくだけど真っ暗な空間で何かを言われた様な……うん、駄目だな。思い出せない。


「なんか変な夢を見ていた気がするんだけど……」

「ふぅ~ん」

「ま、思い出せないし大した夢じゃなかったのかもしれないな」


 苦笑しながらそう言うと、グラファルトは小さく笑みを溢して顔を近づけて来た。


「グ、グラファルト?」


 グラファルトは俺の額に自分の額をくっつくけ始める。

 一瞬キスされるのかと思って動揺してしまった。


「あの、グラファルト」

「いいから、大人しくして居ろ」


 動く俺の頭をグラファルトは両手を使い抑えてくる。そうしてグラファルトはその目を閉じて唯々額をくっつけ続けた。


「……うむ、もういいか」


 しばらくの間、額を合わせ続けていたグラファルトだったが、そう呟くとゆっくりと額を離して開いた朱色の双眸を細めて、俺に微笑みかける。


「どうしたんだ?」

「……閃光の奴と訓練をしていた時にな、呼ばれた気がしたのだ」

「え、一体誰に?」

「――お前にだ」


 俺がそう聞くと、グラファルトは真っ直ぐと俺の目を見てそう答えた。


「俺に?」

「ああ、訓練の最中に確かにお前の声が聞こえた気がしたんだ。いつもは安心する筈のその声が、その時ばかりは我を不安にさせた……まるで、お前が遠くへ行ってしまう様な、そんな気がしたんだ」


 俺の顔を抑えているグラファルトの両手が微かに震えている。不安だったと語るグラファルトの顔は陰りを帯びていた。


――俺がグラファルトから離れる訳がないだろう?


 そう伝えようとして右手をグラファルトの頭に乗せ、撫で始めたのだが。


「ッ……」


 どういう訳か、軽々しくその言葉を口にしてはいけない気がした。

 頭の中ではそう思っているのに、言葉にしようとすると声が詰まる。その後も何度か試してみたが、どうしてもグラファルトの言葉を否定する事が出来なかった。


 一体、俺とグラファルトの身に何が起こっているのだろうか?


 そもそも、俺はグラファルトの名前を読んだ覚えはない。

 寝言で呼んでいたのだとしても、物理的に届く距離だとは思えないんだよな。無意識に念話を使っていた可能性もあるけど……。


(ウルギア、俺は寝ている時に無意識に念話とか使ってた?)

(いいえ、私が知る限りでは藍様がおやすみの間に念話が使われた形跡はありません)


 やっぱりその可能性もないか。

 スキルや魔力などの管理はウルギアにしてもらっている為、ウルギアが使われていないと言うのならそうなのだろう。


(ですが……藍様と駄竜――グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルの魂を繋いでいる魔力に微かな揺らぎを感じました)

(揺らぎ?)


 真相はわからず仕舞いなのかと思い始めていた時、ウルギアから思わぬ事実を知らされる。

 詳しく聞いてみると、俺が眠り始めてから一時間くらい後、微かに俺からグラファルトへと魔力が流されていたらしい。ただ、それが何を意味しているのかはウルギアでもわからないのだとか。


(一瞬だけでしたので、詳しく解析する時間もありませんでした。そもそも、藍様と駄竜の共命という状態自体が異常なので、藍様の御身体に異変が起こらない限りは特に何かをするつもりはありませんでした)

(そうか……わかった、ありがとう)


 一通り説明してもらったところで、ウルギアにお礼を言って会話を終了した。


 うーん、つまりはこういうことか?

 眠っている俺は、無意識にグラファルトへ魔力を通して名前を呼んだ。

 その声を聞いたグラファルトは説明できない不安に襲われて急遽俺のところまでやって来た。理由や原因は不明。


「うーん、わからないな」

「まあ、こうしてお前と触れ合っていたら不安も消えたのだから、別に大した問題ではなかったのだろう。我はもう考えるのはやめた。分からぬ事を悩み続けていても仕方がないからな」


 それもそうか。

 俺が頭を撫で続けていると、心地好さそうに喉を鳴らすグラファルト。そんなグラファルトの気持ちよさそうにしている顔を見ていると、不思議ともやもやが消えていく様な気がする。

 そうしてグラファルトの温もりを感じながら、俺はソファの上でグラファルトとじゃれ合い続けていた。


 まあ、その様子をミラに見られてしまい『そんな所でイチャイチャされては、村の人たちが集中できないから他所へ行きなさい』と言われたから直ぐにやめる事になったけど。






 そこからお昼休憩を挟み、午後からはロゼ達の様子を見に行く事にした。

 いや、本当は明日にでも見に行こうかなと思っていたんだけど、ミラとフィオラにロゼ達の方に行っていなさいと言われてしまったのだ。

 どうやら、授業中に俺たちの方を見て集中力を切らしてしまう村人が何人か居たらしい。悪い事をしてしまった。


 そういった経緯があって、俺とグラファルトはお昼休憩の時にやって来たライナと入れ替わる様に中央広場を後にして、ロゼ達が居る西側……鳥小屋や鳥の世話を任されている村人達の住居がある区画へと向かう。


 道中で左右に広がる住居を見ながら足を進めて、中央広場から西へ伸びる道の先に目をやると、そこには鳥用の飼育施設が建てられていた

 道を中心に左側には地面からある程度の高さまで木板で塞がれた柵がぐるっと四角く設置されていて、右側にある鳥小屋へと続く様に右側面の中央には鳥が出入りする為の扉がつけられている。

 俺たちは右側にある鳥小屋へと足を進めて、鳥小屋の中で飼われている白いモコモコとした鶏に近い鳥を眺めていた。


「おお、結構多いんだな」

「繁殖力が強い鳥らしいからな。だが、こやつらは骨が多くて牛よりも食い甲斐がない。藍の料理でないと食べる気にもならんな」


 いや、そんな然も当然とばかりに言われてもなぁ……。

 そう言いながらグラファルトが一歩鳥小屋へと近づくと、撒かれた餌を食べていた鳥達が、グラファルトを見るや否や一目散に奥へと逃げ始めた。

 俺とグラファルトの視線の先には、奥の方でぎゅうぎゅうに固まる白いモコモコの団体の姿がある。彼らは決して俺たちが居る手前側には行こうとはせず、全員がこっちにお尻を向けて俺たちとは反対である正面奥を見ていた。


「おい、グラファルト……」

「いや、我は何もしておらんぞ!? 大体、我にこやつらを恨む理由などありはしない! こやつらは臆病で、周囲の気配に敏感なのだ!!」

「ええー、本当にそれだけかなぁ……」


 また脅したのかと思いグラファルトを軽く睨むと、慌てた様子でグラファルトは首を左右に振り始めた。

 本当にぃ? 俺が見ていない隙をついて睨み付けたりしたんじゃないか?


 そう思いグラファルトをジト目で見続けていると、右側から複数人の足音が聞こえてくる。


「――グラちゃんの言ってる事は本当だよ? 私も初めましてをした時は逃げられちゃったんだぁ〜」

「ロゼもー」

「……私も、駄目だった」

「ほれ!! 我の言った通りであろう!?」


 その声に顔を右へと向けると、そこにはアーシェ、ロゼ、リィシアの三人が立っていた。三人の言葉を聞いたグラファルトは必死な形相で俺に詰め寄ってくる。


「わかったわかった、俺が悪かったから」


 しがみついてくるグラファルトの頭を撫でて謝罪すると、満足そうな顔で頷きグラファルトは俺から離れた。


「ふぅ……。それで、ロゼ達はここで何をしてたんだ?」

「うーんとねー、村の外周についてはー、ある程度の目安を建て終えたからー、今は村の中にある建物をぜーんぶ調べてるー」

「とりあえず、午前中に入り口がある南側と村長の家がある東側が終わったから、午後からは鳥小屋があるこの西側と最後に私たちのお家がある北側を調べて終わりなんだ〜!」


 そうして、二人は午前中にしていた事について説明してくれた。

 実際に改修作業を始めるのは明日からということらしく、今日はその事前調査だけで終える予定だったらしい。

 何が不足しているか、魔力を扱える様になったから今までは置けなかった大型魔道具を置く事もできるので、大々的な改修工事を行うらしい。

 とはいえ、いきなり全てを変えるのではなく、段階を見て変えていくとの事。いきなり今までの生活から変わると、あらぬ問題が起こる可能性もある。そういった小さな懸念をなるべく無くしていく為にロゼは色々と試行錯誤している様だ。


「ミーアに頼まれたからねぇ〜。今後もミーアと一緒に定期的にアルス村に来るんだー」


 そう語るロゼの表情は楽しそうで、俺に説明をしながらもその両手を動かして小さな紙の束に色々と書き込んでいた。

 俺に手伝える事があればと思ったけど、今日は特に無さそうだな。

 本格的に手伝えるであろう力仕事は明日からだろうし、今日はこのまま家に戻るか。


 その事をロゼ達三人に伝えると、なぜか不満の声が漏れた。


「ランもー、一緒に行こーよー」

「そうだよ〜! 折角なんだし、一緒に村を見て回ろうよ〜」

「……むぅ」


 手伝える事なんてないと思うと言ったのだが、それでもいいからとせがまれてしまった。うーん、実はこのあとの予定についてグラファルトと相談してて、家に帰ってゴロゴロしようと思ってたんだけどなぁ。でも、三人の誘いを断るのも気がひける……。


 悩んだ俺はグラファルトへと視線を送ってみた。すると、グラファルトはやれやれと言う様にため息を吐いた後、その首を縦に振り始める。


「まあ、どうせ暇なのだから良いのではないか? また昼寝をして魘されるかもしれないしな」

「……そうだな」


 そんなグラファルトの一声があり、俺はロゼ達と一緒に村の下調べを行う事にした。俺たちが一緒に行く事が決まり、大喜びの三人に連れられて俺とグラファルトは鳥小屋が設置されている西側を後にする。

 そうして五人で歩きながら談笑して、夕方になる頃にはアルス村全体の下調べが終わった。

 後は今日調べた事を参考にして、ロゼが簡易的な設計図を作り明日にはお手伝いの運搬係である村人達に配るのだとか。


 今日の作業は夕暮れと共に終わり、みんなで家へと帰る。


 明日も朝から動くので、今日は夕食を終えて直ぐに床についた。







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 恐らくですが、明日でアルス村でのお話は終わりです……終わらなかったらごめんなさい。


 

            【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


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