第193話 我が家へ一時帰宅
「……グラファルト、大丈夫か?」
リビングの掃除を終えて、グラファルトを起こした。
話を聞けば一時間くらい前まで飲んでいたらしい。寝ぼけた様子のグラファルトにとりあえずミラと結ばれた事を報告したんだけど……頭を揺らして目がとろんとしているグラファルトからは、気の抜けた返事しか返って来なかった。
「ふぁぁ~……うむ、聞いておる……聞いておるぞ……」
「眠そうだなぁ。朝食は?」
「……たべぅ」
今にも眠りそうなグラファルトの頭を撫でながら聞いてみると、呂律の回らない声でグラファルトは朝食を食べると言った。
よし、言質は取ったぞ。
その後はお風呂に入っていないと言うグラファルトに”浄化魔法”を掛けて、キッチンの様子を見に行こうと思いグラファルトにそのことを伝えると、着ていた黒い半袖のシャツの袖を掴まれた。
「わりぇもいく……」
「歩けるのか?」
俺の質問にグラファルトは首を左右に振った後、掴んでいた袖を放して両手をこちらへと伸ばして来た。
ええ、抱っこですか……? 別に良いけど……。
そうしてグラファルトに望まれるまま、要望に応えてソファに座っているグラファルトと一度ハグをして、そのまま持ち上げる為に尻の方へと左手を回し――てぇえ!?
「ちょっ、グラファルトお前……下着は?」
「んー? あぁ……いらない」
「いや、要るよ!? 少なくとも俺の心の平穏を保つ為には必要だ!」
正直、グラファルトの抱っこには慣れていたので、普段ならそのまで意識することなく抱えられる。しかし、今日のグラファルトはいつもと違い、支える為に尻あたりに手を回した時の感触がいつもより柔らかく感じた。
……うん、持ち上げてみて確信した。
本当に履いていない。しかも当たり前のように上にも何も着けてないし。
うーん……いくら気心の知れた三人しか居ないからと言って全裸にオーバーサイズの黒シャツと言うのはいかがなものかと思うぞ?
そう思って一応注意してみたのだが、グラファルトは抱きついたまま気持ち良さそうに眠ってしまっていて、俺の話を全く聞いていなかった。
若干の苛立ちを覚えたので、このままソファに叩きつけてやろうかとも思ったが、昨日はミラの為に我慢をしていたみたいなので溜息を零しつつもグラファルトの我儘を甘んじて受け入れることにした。
グラファルトはグラファルトでミラの抱えている問題を解決しようとしていたのは確か出しな。まぁ、そのやり方の粗暴さには少しだけ辟易してしまったが。それも含めてグラファルトということだろうか。
「さて、それじゃあミラの様子でも見に行くかな」
そうして、俺は胸の中で眠るグラファルトの背中を撫でつつ、廊下へと足を進めてキッチンに向かった。
キッチンルームに向かうと、奥にある調理場の手前にあった広めの空間には、いつの間にか木製のテーブルとその四方に木製の椅子が置かれていた。
「あら、大きな赤ちゃんね」
「起こしたんだけど、どうやらグラファルトも朝まで起きてたらしく――て……」
その声に視線を向けると、調理場から大皿を両手で抱えたミラがやって来た。
抱えられた大皿には、サンドイッチが乗っている。よく見ると、ミラはドレスの上からエプロンを付けていた。
エプロン姿のミラにグッと来るもの感じるが、とりあえずはサンドイッチだ。
「……普通だな」
「何よ、失礼ね」
おっと、言葉のチョイスを間違えた。
「ごめんごめん。ほら、お袋の料理を食べた事のある身としては、一体どんなサンドイッチが出来上がるのか不安で……」
そこで俺は過去にあったサンドイッチ事件の内容をミラに話した。俺の話を聞いていたミラの顔は徐々に不満顔から苦笑へと変わっていく。そうして大皿をテーブルへと置いたミラは溜息を吐いて肩を落とすのだった。
「あの子の料理の腕は相変わらずなのね……」
「そう言った経験を踏まえているから、ちょっと心配でさ」
「娘の話を聞いた後だと、何も言い返せないわね……でも、私の作ったサンドイッチに関しては、魔導冷蔵庫に入っていた材料しか使っていないから安心していいわよ」
ミラはそう言うと重ねる様に大皿に盛られたサンドイッチの一つを手に取り、中身を見せてくれた。
食パンを丸ごと二枚使ったサンドイッチの中にはレタス、BBQソース味の牛肉が不揃いな形で乗せられており、その上にはマヨネーズが掛かっている。うん、普通に美味しそうだな。
見せびらかす様にサンドイッチを前へと押し出してくるミラに「疑って悪かった」と謝罪をして、その後でご飯を作ってくれた事に対してお礼を伝えた。
懸念していた朝食が安全だと分かって一安心した俺は、抱えていたグラファルトをミラの右隣りのテーブル席へと座らせて、二人の正面の席へと腰掛ける。
先に席についていたミラは、隣に座らせたグラファルトの肩を揺らして起こしていた。肩を揺らされたグラファルトは眠そうに目を擦りながらゆっくりと目を開く。
「…………んん? 随分と四角いな」
「何か文句でもあるのかしら?」
テーブルに置かれているサンドイッチを見てグラファルトが一言そう呟くと、隣に座っていたミラが不穏な気配を放ちながらグラファルトに笑みを向け始めた。
そこでサンドイッチを作ったのがミラだと察したのか、グラファルトは背筋を伸ばしてミラから視線を逸らし始める。
「い、いや、別にぃ……」
「ふぅ~~ん?」
「二人とも、村の片付けを手伝うんだから早く食べないと」
いまにもひと騒ぎ起こしそうなミラとグラファルトを抑える為にそう声を掛けた後、俺は「いただきます」と言ってサンドイッチを食べる。
うん、ちょっとサイズは大きいけど味は美味い。中身は俺が作って置いたものだから当たり前だけど。
俺がサンドイッチを食べ始めると、ミラとグラファルトも「いただきます」と声に出してサンドイッチを食べ始めた。
ミラは亜空間から小皿を取り出して、食べやすいサイズにカットしてから食べている。出来る事なら全部そうして欲しかったな……。
一方、グラファルトはというと……。
「ううむ…………」
サンドイッチを一つ手に取って、食べるでもなく唯々唸りながら見つめていた。
どうやらミラの手料理と聞いて食べるのを躊躇しているらしい。
いや、早く食べないと……ほらぁ!! 隣ですっごい睨んでる人がいるから!
いつまで経っても食べようとしないグラファルトに、ミラが怪訝そうな顔を向けていた。このままだと本当にひと悶着起こりそうだな。
そう思った俺は念話を使い、グラファルトに”中身は俺が作った物とマヨネーズしか使っていない事”を伝えた。
すると、グラファルトは歪めていた顔を満面の笑みへと変えてサンドイッチを口へと運び始めた。そうしてあっという間に一つ目のサンドイッチを平らげると、二つ目のサンドイッチへと手を伸ばしパクパクと食べ続ける。それを隣で眺めていたミラは怪訝そうな顔を元に戻して、自分のサンドイッチへと目を向けた。
二人が何事もなく食べ進めているのを見てほっとした俺もサンドイッチを口へと運ぶ。
こうして、揉め事を起こすことなく無事に朝食を食べ終える事が出来た。
朝食を食べ終えた俺達は家から出て村人達と一緒に歓迎会の片づけを手伝った。
最初は遠慮気味だった村人達だったが、俺達がせっせと片づけを始めると慌てた様に自分達も動き出し、最後は軽く談笑できるくらいにまでなっていた。
そうして一緒に片づけをしていた村人達と立ち話をしていると、ボルガラとモルラトが農作業をしていた数人の村人を引き連れてやって来る。
「ミラスティア様、グラファルト様、そして藍様、おはようございます」
「片づけを手伝ってくださり、ありがとうございました」
ボルガラが挨拶をすると、それに続いてモルラトから感謝の言葉を口にする。
俺達がやりたかっただけだと伝えると、モルラトは笑顔で頭を一度だけ下げた。
「それで、二人はどうしてここに?」
「ええ、実は……ミラスティア様に封印の件でお話がありまして」
「私達と昨日の内に決めて置いた村人の代表である数名とで話し合った結果、封印を解いてもらおうと言う結論に至りまして。つきましては、ミラスティア様からご提案がありました通り、まずは大人である私達だけ封印を解いてもらい”魔法”についてご教授して頂ければと……」
「ああ、その話ね」
申し訳なさそうに話す二人にミラは納得したように頷いた。
そう言えば、そんな話を昨日の夜にしてたような気がするな。
封印……まぁ本当は呪いなんだけど。ミラの話ではアルス村の全員に掛けられている呪いを解除すること自体は簡単で、そこまで時間は掛からないらしい。
それよりも大変なのは、呪いを解いた後の方なのだとか。
呪いを解いた事で、今まで制限されていた魔力が活性化され意思に関係なく体外へと溢れ出てしまう。それ自体はフィエリティーゼの子供などに良く起こる現象なので、本来であれば問題はないらしいのだが。幼い頃に教わるはずの魔法に関する知識を持ち合わせていないアルス村の住人にとっては危険が及ぶ可能性があるという。
普通ならば親や師から教わるはずの魔力操作。しかし、アルス村には当然魔法に長けている者など居るはずがなく、そんな状況で魔力操作の訓練なんてしようものなら、魔力の暴走や魔法の暴発などが起きてしまった場合それを止めることが出来ず、下手をすると死人を出すかもしれない自体に陥る可能性だってある。
そういった懸念がある事をミラから聞いていたボルガラ達は最初は呪いをとくことに対してあまり前向きでは無かった。
しかし、そんなボルガラ達にミラは『あなたたちは別に魔法を使えなくても構わないと思っているかもしれないけれど、子供達には多くの選択肢を残しておくべきだと思うわ』と言ったらしい。それに加えて、ミラが直々に魔法について教えるとも言ったのだとか。
最初は消極的だったボルガラ達だが、ミラの話を聞いて考えを改めたらしい。そうして未来の子供たちには広い選択肢の中で自由に生きて欲しいと願い、その手助けをする為に自分たちも最低限の知識は身につけておくべきだという結論に至ったという事だ。
「藍、グラファルト。そういう訳だから、私はこれから村長たちと今後の打ち合わせをしてくるわ」
ボルガラ達の話を一通り聞いた後、ミラは俺たちの方へと振り返りそう言った。
それ自体は特に問題なかったので、「分かった」と返事をしたけど、俺達は一緒に行かなくていいのかなとも思いその事について聞いてみることにした。
「大丈夫よ。打ち合わせと言っても、いつから始めるかとか、何人ずつにするかとか、そう言った内容だけだから。それよりも、あなた達にはお願いしたいことがあるのよ」
「俺たちにお願いしたいこと?」
「ええ。いくら大人だけとはいえ、教える人数が多いから私以外にもあと数人は講師役が必要よ」
えっ、もしかして俺とグラファルトが講師役を……? 一瞬、そんな考えが浮かんで身構えていると、ミラがふふふと小さく笑い首を左右に振った。
「安心しなさい。別にあなた達二人に頼むつもりはないわ。藍に関してはまだ教えるレベルまで達していないし、グラファルトに関してはそもそもやる気もないだろうしねぇ」
「そ、そっか……責任重大な役目っぽいから、頼まれたらどうしようかと思った……」
「ふふふ、あなた達には森にある我が家に戻ってもらって、あの子達を呼んできて欲しいのよ」
あー、そういう事ね。
ここでミラが「あの子達」と言って、明確な名前を出すことを控えたのは、俺たちの会話を聞いている村人たちを驚かせない様に考慮してなのか、それとも単純にサプライズを演出しているからなのかは分からないけど、俺たちへのお願いについては理解した。
要はフィオラ達をここに連れてくればいい訳か。まぁ、当初は素性を隠すために大人数で行く訳にはいかないから、他のみんなにはお留守番してもらってたけど。ミラの正体がバレてしまってる今となっては関係無いもんな。家に関してもロゼなら直ぐに改築するだろうし。アーシェとかリィシアなんかも喜んで来てくれると思う。フィオラとライナに関しては半々ってとこかな。仕事があれば無理だろうから。
そんな訳で、俺とグラファルトはフィオラ達を呼んでくるようにミラに頼まれた為、一旦アルス村の拠点へと戻ることにした。ミラはこれから村長宅にて打ち合わせの為、ここで別行動となる。
そんなに遅くなる訳ではないが、一応念の為という事でミラに昼食用に作り置きのおにぎりとおかず数品を多めに渡しておいた。これでボルガラ達が食べたいと申し出た場合でも大丈夫だろう。
「ありがとう、それじゃあ頼んだわね」
「わかった。まぁ直ぐに帰ってくるよ」
こうして俺とグラファルトはミラと別れて、家へも戻る為に足を進める。
さて、何だかんだでフィエリティーゼに転生してからはみんなと一緒に居たから、こうして一日置いて再会するのは初めてだな。
なんだろう……一日しか経ってないのに、もうみんなの顔が懐かしく感じる。それくらい、みんなと居る生活が当たり前になっていたという事だろうか?
そんな気持ちで足を進めていたせいか、いつもより早足になっていた。グラファルトから「速い」と怒られてしまったので、みんなと会えると思ったら……と言い訳をしたら呆れられてしまった。
「全く……たったの一日でそれでは、この先の生活が思いやられるな」
そんなお小言をグラファルトから貰いつつ、俺達は無事アルス村の拠点へと帰ってきた。
一日ぶりの我が家か……みんなは元気にしてるかな?
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恐らく後2,3話程でアルス村のお話は終わると思います。
本当はもっと短いお話の予定だったのですが、思ったよりも長く続いていました。
この後にはしっかりと神装武具についてのお話が始まりますのでご安心ください。
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!!
ご感想もお待ちしております!!
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