第192話 挟むだけなら、私でも出来る。
――朝です……おはようございます。
陽の光が差し込むベッドの上、右へと寝返りを打つと、そこにはもうミラの姿は無かった。亜空間から懐中時計を出して魔力を流すと、長針と短針がぐるりと回り、現在の時刻を表示する。
朝、6時35分。
昨日眠りに着いたのが確か4時頃だったから、まだ二時間ちょっとしか眠れていない。
正直、眠いから二度寝したいけど……村の手伝いがあるからなぁ。
そうして、起きる決意をした俺は眠い目を擦ってからベッドを降りて、寝室の扉を開き居間へと移動する。
「あら、おはよう……ふぁ……」
居間に出ると眠そうなミラの声がお出迎えしてくれた。右側の廊下へと繋がる扉があるひらけた空間に顔を向けるが、そこにはミラの姿はない。そのまま浴槽へと繋がる扉、トイレへと繋がる扉と左へ視線を流していくと……居間の左側、一階にあるのと同じ楕円型のテーブルを囲む様に四方に置かれているソファの一つ。一番奥に置いてある二人掛け用のソファで、ネグリジェから普段着であるドレスに着替えていたミラが膝から上の体をソファへと倒して横になっていた。
「……眠そうだね」
「……それはお互い様でしょう?」
本当に眠そうにしてたから言っただけなのに、ジト目で返されてしまった。
まあ、俺も眠いけど……ふぁ~あ……。
「こんな事を言うのもなんだけど、少しだけ楽観視してたのよ。私はそういう経験があるから、大丈夫だろうってね。でも、自分の経験の浅さを思い知らされたわ……」
「いや、自慢じゃないけど俺の初体験はグラファルトで、経験人数で言えばミラで二人目だぞ? 俺だってそんなに経験がある訳じゃない」
「本当かしら……? それが事実だとしたら、同じ経験人数の私よりも元気そうなのはどういう事なのかしら?」
おやぁ? 何故か雲行きが怪しくなってきたぞ?
いやいや、なんで俺が経験人数で嘘ついてる疑惑が生じているんだ!?
「本当に経験人数はグラファルトとミラの二人だけだよ……」
「じゃあ、どうして私があんなに……~~ッ」
そこまで言うと、ミラは顔を赤くしてソファの端に置いてあったクッションに顔をうずくめた。
昨日……というより夜中か。ミラは”経験者であり年上でもあるから”とリードしてくれようとしていたのだが、直ぐさま俺にリードを奪われて先にダウンしてしまった。多分その事を思い出して身悶えているのだろう。
自爆したミラに苦笑しながら手前にある二人掛けのソファに腰掛けてミラの正面へと移る。
うーん、嘘は吐いてないんだけどなぁ………………あっ。
「もしかしたら、なんだけどさ」
「……なによ?」
可能性の話ではあるが心当たりがあった俺がそう呟くと、ミラは顔の半分をクッションに埋めつつもジト目で俺を睨みつけていた。なにそれ可愛い。
会話なんかやめてミラの頭を撫でたくなる衝動を抑えつつ、俺は続きを話す事にした。
「もしかしたら、初めての相手がグラファルトだったからかもしれない。それも、かなり重めの発情期になっていたグラファルトが相手だったから……その……」
「…………ああ、そう言う事ね」
俺がミラから視線を逸らしながらそう説明すると、ミラから納得した様な声が漏れる。
グラファルトとの初夜……それは、もう……悲鳴を上げそうになるほどに凄い物だった。具体的に話すとちょっと生々しくなるので省略するが……引っ掻かれたり、噛まれたり、押し倒されたり、それがグラファルトが満足するまで続くのだ。しかも、グラファルトの発情期は少しだけ特殊な物らしく、通常は年に数回という頻度なのだがグラファルトの場合は年に十回以上。それも、理性では抑えつけることが出来ない状態にまで陥る重度の物がだ。
まあ、そんなグラファルトの相手をしていたら、普通の人が経験するよりも濃い経験をするわけで……経験人数が同じでも差が出るのは仕方がないと思う。
そこら辺の事情をかいつまんで説明すると、ミラは「なるほどね」と頷いてクッションから顔を離す。それでもやっぱり疲れているのか体は倒したままだけど。
「考えれば当たり前の事だったわねぇ。私は子作りの為に数えるくらいしか経験してないから……って、どうしたの?」
「ん~……いやぁ……」
ミラとの夜を過ごしてから改めて考えると……やっぱり……。
「ああ……もしかして、蓮太郎の事?」
「……うん、まあ、改めて考えるとね?」
ミラの前夫――制空蓮太郎。
転生者ではなく、異世界の勇者として地球からフィエリティーゼに召喚された……俺の祖父である人物だ。
俺が生まれる前に亡くなっていた為、そこまで思い出がある訳ではないが、無理やり何処かの小国に召喚されてしまった祖父はフィエリティーゼで相当無理をさせられていたらしい。それが原因かは分からないけど、俺のお袋である制空雪野からは『”若い頃に無茶したせいで、長生きできないと思う”と常日頃から言っていたの』と聞いたことがある。多分、その無茶というのがフィエリティーゼでの出来事なんじゃないかな?
そんな祖父の奥さんだったミラと、俺はこれから夫婦として生きて行く。
うん、やっぱりちょっとだけ違和感があるかもな。
体の構造は地球で暮らしていた頃とは全く違うらしいけど、見た目は変わらないし、それで俺の中の認識が変わる訳でも無い。
「まあ、そんな思いを全部受け入れる覚悟でミラに想いを伝える事にしたんだから、今更元のさやに戻るつもりは無いけど」
「……後悔してる?」
「してない」
少しだけ体を起こして、不安そうな目で見つめて来るミラに俺は即答した。
蓮太郎さんの事で少しだけ思う所があるのは確かだけど、後悔はしていない。
「俺がミラの事を愛したのは事実だ。それに嘘偽りはない。これからも愛し続けるし、何があろうとも守っていく」
「……そう、なら良いわ」
真っ直ぐとミラを見つめて俺の気持ちを伝えるとミラは満足そうに笑みを見せる。そうしてゆっくりと体を起こし、背筋を伸ばしてソファへと座り直した。
「あなたが愛してくれているのなら、私はそれでいいわ。私はそれだけで幸せだから。もちろん、私も藍の事を愛しているわよ。一人の男性としてね?」
「うん、ありがとう」
「それに、あなたに対する思いと、蓮太郎に対する思いは少しだけ違うから。そんなに気にしなくても良いわよ?」
「どういうこと?」
ミラの言葉の意味がいまいち分からなくてそう聞き返すと、ミラは困った様に苦笑を浮かべながらも話してくれた。
「上手く説明できないんだけど……そうね、いまの藍とグラファルトの関係性に似ているかもしれないわね。二人の関係をもっと依存的にして、恋愛感情とかは後回しにした感じかしら?」
「んー……?」
「ふふふ、ごめんなさい。でも、本当にどう説明すればいいのか分からないの。出会いから別れまでを語ると長くなってしまうし……ただ、普通の恋とは全く違ったのは確かよ。あ、だからと言って、愛が無かったわけではないわ。結婚してからはちゃんと愛していたし、仲が悪かったわけではないから」
――本当に、難しい関係なのよ。
そう呟いて、ミラの話は終わってしまった。
うーん、俺には良くわからない話だな。
二人の間には、純粋な恋愛感情とは別に特別な何かがあったのかもしれない。
そう言った話も、いずれはミラの口から聞ける日が来るのだろうか?
「さて、そろそろ下に行ってグラファルトと合流しましょうか?」
亜空間から取り出した懐中時計を見つめた後、おもむろに立ち上がったミラはそう言って俺の方へと右手を差し出した。
考え事をしていた俺は、その手に気づくのに数秒遅れてしまいミラに首を傾げられてしまう。
「どうしたの?」と聞いて来るミラに「なんでもないよ」と答えてその右手をとった。そうして、二人揃って歩き出し部屋を後にする。
考えたって答えが出る訳でも無い。
今はとにかく、隣で俺の手をとるミラと結ばれた事を……素直に喜ぶことにしよう。
「「……」」
一階に下りた後、俺はキッチンへ、ミラはグラファルトの様子を見にリビングへと移動して直ぐの事。
朝食の準備をする為に魔導冷蔵庫を開けようとしたら、廊下の方から俺を呼ぶ声がした。その声に向かって足を進めると、廊下に居た声の主……ミラはリビングへと続く扉を開けて呆れ顔を浮かべてリビングを見ていた。
ミラの様子に首を傾げながら、俺も同じようにミラの隣へと立ちリビングの様子を見て見ると……そこには、ソファの上で酒瓶を抱いて眠るグラファルトの姿があった。
昨日までは変装の意味も兼ねて麻で出来た半そで半ズボンというザ・平民スタイルだったのだが、正体がバレてもう気にする必要もないと思ったのか、酒瓶を抱きしめているグラファルトは俺の黒いシャツ一枚だけを身に纏って涎を垂らしていた。
うん……酷い有様だ。
テーブルの上だけじゃなく、周囲にも酒瓶やらビールの缶が転がっており、食い散らかした骨付き肉の骨までも転がっている。
まじか……。
「……今日の朝ごはんは?」
「え、サンドイッチだけど……」
「そう、それじゃあ挟むだけなのね?」
リビングの惨状を一緒に見ていたミラから急に朝食のメニューについて聞かれて答えると、少しだけ考える様に顎に手を添えたミラは小さく一度頷いて俺の方に顔を向けた。
「挟むだけなら私でも出来るわ。こっちは任せたわね?」
「…………えっ!? ちょっ!!」
「お付き合いを始めて早々可愛い奥さんの手料理が食べれるなんて、藍は幸せ者ねぇ~」
「おい!! 汚いぞミラ!! こんな時にだけやる気をだしやがって!!」
俺がそう叫ぶが、ミラは全く気にするそぶりを見せずにキッチンへと姿を消してしまった。
ええ……俺が片付けるの?
「はぁ……やるしかないか」
その場で立ち尽くしていても部屋が片付くわけではないし、ミラが料理担当を譲ってくれるとも思えない。結局俺は諦めて、床に転がされているゴミを亜空間へと放り投げ始めた。
「…………あれ? ちょっと待てよ」
サクサクと手を動かし床に転がっているゴミを回収し終えた後、俺は今更ながらに懸念すべき事があるのに気が付いた。
――挟むだけなら私でも出来るわ。
さっきのミラの言葉……確か、似たような言葉を何処かで……。
――藍。
そう、あれはまだ地球で暮らしていた頃。家族全員が休日に家で過ごしていた時の事だった。
――藍、お母さんを侮らないで!
昼食にサンドイッチを作ろうとして、お袋が……。
――挟むだけなら、私にだって出来るわ!!
そう言って、家族全員を救急搬送させたんだよな……。
そしてそのお袋の母親が――いま、キッチンで……。
「だ、大丈夫だ。きっと……魔導冷蔵庫にも食材とマヨネーズ以外は入れてないし。うん、失敗する要素は……な、い……筈なんだけど……」
どうしてだろう。凄く不安だ……。
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【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!!
ご感想もお待ちしております!!
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