第191話 月明かり、酔いしれて……





「つ、疲れた……」


 リビングから玄関と階段へ続いている廊下へと出て、階段へと足を進める。

 亜空間からロゼに貰った懐中時計を取り出して魔力を流すと、短針は数字の1を指していた。


「あいつ、三時間以上もあのペースで飲み続けてたのか……」


 夜の10時から始まった三人だけの小宴会は思いのほか長引いてしまった。

 ミラは二時間くらい前に部屋に戻ったから、実質後半はサシで飲んでたけど……。

 グラファルトには何回か寝ようと声を掛けたんだが、まだ飲み足りないと騒いでいたのでお酒と料理をある程度置いて先に寝させてもらう事にした。

 今日は色々とあり過ぎて、物事を理解する為に脳を沢山使ったのと、慣れない環境に居る所為かいつもより疲れてる気がする。


「……明日は歓迎会の片付けもあるし、さっさと寝よう」


 その前にキッチンに行って水でも飲むかな。

 後は、明日の朝食も軽く作って……サンドイッチでいいか。食材は魔導冷蔵庫に入れて置こう。


 そうして一通り明日の準備をした後、キッチンから出て階段を上り切り二階の廊下へと移動して、そのままうつらうつらとしながら自室の前までやって来た。

 この家の部屋には認証システムはない為、そのまま扉を開けて中へと入る。


 部屋の中は照明の魔道具が消えていて、窓から差し込む月明かりだけが部屋の中を照らしていた。周囲に高い建物がない為か、こっちの世界の月明かりは元の世界のよりも明るく感じる。

 うん? でも、よくよく考えたら外から差し込むこの光は月じゃないのか……? 惑星の名前までは教えてもらってないからな……という事は月だけじゃなくて太陽も違うって事になるから……ダメだ、眠い頭で余計な事を考えてしまった。ふらふらする。


 限界だと思った俺はお風呂に入るのを諦めて、”浄化魔法”を体に掛けてから寝室へと移動した。

 そこには部屋の端から端まである大きなベッドがあり、俺はベッドに辿り着いた安堵と寝れる事に対する喜びから、ベッドの真ん中へとダイブして扉から見て奥の方にある枕へ手を伸ばして掴むと、枕に頭を預けて右側に顔を向けて眠りについた。


「おやすみ……」


 誰も居ない寝室でそう呟いて、俺は瞼を閉じた。


「――ええ……おやすみ……」


 囁かれたその声に、気づく事なく……。




















――――おかしい。


 違和感に気づいた俺は、自然と目を覚ました。

 時間はまだ夜らしく、部屋の中はまだ暗いままだったが月明かりのお陰で薄っすらと周囲を認識できるくらいには見える。


 数回の瞬きをした後、はっきりとした視界の中で先程から背後に感じる温かい感触に意識を向ける事にした。

 もし、これがグラファルトならそこまで気にすることは無かっただろう。グラファルトとはもう何年も一緒に寝ている仲だから、そこまで意識することはない。

 しかし、いま俺の背後に感じるこの感触は……明らかにグラファルトの物ではなかった。

 この家には三人しかいない。侵入者というのも考えにくいし、となると残るは……。


「……」

「……何やってんの――ミラ?」


 恐る恐る左側へと寝返りを打つと、そこには目をぱちくりとさせた見た目が美しい少女――ミラの姿があった。

 寒いのかシーツに包まっているミラは俺が声を掛けると微笑みを浮かべてその頬を微かに赤らめる。というか、俺にまでシーツが掛けられているのは、ミラが掛けてくれたのだろうか?

 シーツに包まれていない肩や鎖骨が、年若い美少女の見た目からは想像できない程に色気を醸し出していた。

 あれ……肩とか鎖骨が露出してるけど……いつものドレスは着てないのか?


「あら、バレちゃったわね」

「えーっと、確かミラは先に部屋に戻っていた筈じゃ……」


 うん、確かミラは俺よりも数時間前に戻っていた筈だ。


「それに、ワインで泥酔していた様な気が……」

「それくらいなら回復魔法でどうとでもなるわよ」

「さいですか……それで、なんで俺の部屋に? というか寝室に?」


 酔いが醒めているのであれば、間違えてという事はあり得ないし、本当に分からない。

 俺が質問を投げ掛けると、ミラは微笑んでいた顔を不満顔へと変えてその頬をぷくっと小さく膨らませた。


「何よ……戻って来たら必ずお風呂に入ると思っていたから、浴室でタオル巻いて待ってたのに、スタスタと寝室に向かって……」

「……はい? 待ってた?」

「話したい事があったから待ってたの! それに、今日は一日グラファルトに譲ってもらったから、ゆっくり出来ると思ったのに……全然帰って来ないし」


 あー……、もしかして昼間にグラファルトが言ってた”条件”ってこれの事だったのか?

 おかしいと思ってたんだ。

 確かにグラファルトはお酒を飲むの好きな奴だけど、普段ならどれだけ飲み足りないとしても、俺が寝る時にはぶつくさいいながらも必ず一緒に付いて来る。それが今日に限っては何度声を掛けても『まだ飲む』と言いソファから動こうとしなかった。もしかしたら外での生活に浮かれているのかなとも思ったのだが、そうじゃなかったんだな。


 しかし、これって俺が悪いのか?


「それなら、ワインを飲まずに話があるからって誘ってくれれば良かったんじゃ……?」


 俺としても話したい事はあったから、そう言ってくれれば二つ返事で付いて行ったと思う。

 膨れっ面で文句を言うミラにそう返すと、バツの悪そうな顔をしたミラはジト目を向けていた視線を逸らしその顔を赤らめた。


「いえ、その……」

「……?」


 もごもごと口を動かしていたミラは体を包んでいたシーツを口元まで持って行き、くぐもった声で話を続けた。


「い、いざ一晩二人っきりにって思ったら、緊張して……お酒の力を借りようかと……」

「……ああ、だから今日はいつもより量が多かったのか」


 今日のミラはグラファルトに迫る勢いでワインを飲んでいた。いつもなら味わう様に少しづつおつまみを挟みながら飲むのに、今日はおつまみをほとんど食べずにワインだけを飲み続け、普段よりも2,3本は多く空けていたと思う。


「って、酔いを魔法で治したら意味ないんじゃ……」

「だって、やっと来たと思って身構えてたら浴室に目もくれずに寝室に行っちゃうんだもん……がっかりして少し酔いが醒めちゃったから、魔法で完全に治したのよ」


 いや、そんな「お前の所為だ」って目を向けられてもなぁ……。


 あんなに眠かったのに、ミラの登場で目が覚めてしまった。

 まあ、お互いに話したい事があるのならちょうどいいかもな。


「……とりあえず起きるか」

「え、ちょっと待っ――」


 話をするなら腰を据えての方が良いかなと思い、横になっていた体を起こすと慌てた様子のミラがそんな声を上げた。

 その慌てようが気になって視線をミラの方へと落とすと……そこにはシーツがはだけて、タオル一枚だけを身に纏った状態のミラの姿が。


「~~なッ!?」

「……ッ」


 驚いて思わず声を上げると、俺の声にミラは体をビクリと震わせて胸元を両手で隠す。その顔は赤く染まり、潤んだ瞳がこっちを見つめていた。

 そうか、この部屋のベッドのシーツは一枚しかないから、俺が起き上がった時にミラに掛かっていたシーツが捲れたのか……。


 闇夜に晒されたミラの体。

 タオルが巻かれてはいるが、その膨らみのある胸元やキュッと締まったくびれ、タオルでは隠しきれていない白く細い腕や、傷一つないスラッとした足が月明かりに照らされている。


「……そんなに見つめられると、流石に恥ずかしいわ」

「ご、ごめんッ」


 ミラの綺麗な体に思わず見惚れていると、顔を真っ赤にして捲れたシーツを掴んだミラが小さな声でそう呟いた。その声で我に返った俺は謝罪の言葉を口にして慌ててミラから視線を逸らす為に後ろへと振り返る。


 しばらくそのまま待機していると、ミラの方から魔力の流れを感じた。そしてその後に布が落ちる様な音が聞こえ、ミラから「もう大丈夫」と声を掛けられる。

 その声に恐る恐る振り返るとそこには黒いネグリジェを着たミラの姿があった。

 ワンピースタイプのネグリジェには所々にレースが織り込まれており、胸元や腰辺りはしっかりと隠れているが肩口や裾、お腹の辺りなどが薄っすらと透けている。

 普段のドレス姿よりも肌色が多いその姿にドギマギしてしまうが、先程のタオル姿よりは色々と隠れているので一安心した。


「えっと、どこか変かしら?」


 俺が無言で見つめていた所為か、ミラは不安そうな顔で首を傾げながら自分のネグリジェを確認し始める。


「ああ、いや……綺麗だなって思って」

「ッ……そ、そう? なら、良いけど」

「「…………」」


 ミラの恥ずかしがる姿を見ていたら、俺まで顔が熱くなってきた。

 こんなんで、ちゃんと話しが出来るのだろうか……?






 一旦気持ちを落ち着かせる為に寝室から出て、室内にある俺専用のキッチンへと向かう。そこで水を一杯飲んだ後、俺は寝室へと戻りベッドの縁に腰掛けているミラの隣へと座った。


「「…………あのさ(ね)」」


 照明代わりに魔法で作った小さな光の球が、俺達を背後から照らしてくれている。意を決して話し掛けたら、偶然にもミラと声が重なってしまった。

 そのまま二人で見つめ合っていたが、このままじゃ埒が明かないと思い、俺はミラから話していいよと言う意味合いを込めて右手の掌を上に向けてどうぞと差し出した。

 その仕草を確認したミラは俺の目元へ視線を戻すと小さく頷き、ゆっくりとその口を開く。


「……ありがとう」


 そう口にした後、ミラは左手を俺の右手へと伸ばし、優しく握りしめる。


「村長のボルガラと、モルラトの二人から聞いたの。”私がきっとアルヴィスの末裔の事を恨んでいる”、”私が罰を与える為に呪いを掛けた”、アルセルスの手記にそう書かれていたからそうなのだろうと思っていた二人に対して、あなたが”それは違う”と言ってくれたって」

「……ああ、あれの事か」


 モーゼス伯爵の手記に記されていた内容は、あくまで個人の主観でしかない。でも、事実も織り交ぜられているであろうその手記を見て、ボルガラもモルラトも”ミラがアルヴィスの末裔に恨みを持っている”と思い込んでしまっていた。


「俺はただ知ってもらいたかっただけだよ。俺の知っているミラスティアという人間について、ちゃんと理解してほしかった。それだけだよ」

「……理由なんて良いのよ」

「え?」


 何となくお礼を言われるのが照れくさくて尤もらしい理由を並べていると、不意にミラからそんな声が発せられる。

 その声に逸らしていた視線をミラの方へと戻すと、ミラは俺の目を真っ直ぐと見つめて一歩、俺の傍へと近づいて来た。握られた右手にミラの指が絡む。絡みつく指の一つ一つが暖かくて、その柔らかい感触が心地いい。

 近づいたミラはその頬を微かに赤らめながらも、しっかりとした目つきで俺を見続けていた。


「ミラ……?」

「……理由なんて関係ないの。ただ、私の事をちゃんと見ていてくれた……私の気持ちを理解して、私の為に話してくれた。その気持ちが、その思いが――私は嬉しかったの」

「……」

「ねえ、どうして藍はそんなにも私の為に動いてくれるの?」


 その瞳は、何かを期待するように俺の事を見つめていた。

 微かに潤んだ紫黒の瞳が光の球に照らされて静かに煌めいている。


 どうして……それは……。


「それは……」


 そこまで口にした後、俺はミラの顔に自分の顔を近づけた。

 俺が顔を近づけると、一瞬だけ目を見開いて驚きを露わにしたミラだったが、その後直ぐに瞳を閉じて少しだけ顔を上げた。


 絡ませるように握られた手に力が込められる。

 小さな灯りが俺達を照らす中、俺はミラの唇に自分の唇を重ねた。


「……んっ」


 時間にして数秒、重ね続けた唇を離すとミラから艶めかしい声が漏れる。

 自分の声に気が付いたミラは、恥ずかしそうに顔を俯かせて顔を真っ赤に染めてしまった。

 そんなミラが愛おしく感じて、俺は空いている左手をミラの背中へと回してその華奢な体を引き寄せた。

 いきなり抱きしめられたミラは「きゃっ」と可愛らしい声を漏らす。

 そんなミラにお構いなしに、俺は抱き寄せたミラの耳元へ顔を近づけて自分の想いについて話し始めた。


「――今まで、自分の気持ちを誤魔化して来た」

「え、え?」

「――三人も奥さんが出来て、自分の常識とはかけ離れた出来事の連続で、自分に全てを背負う事が出来るのかとか、これ以上大切な物が増えたらどうなるんだろうとか……ずっとそんなことを考えちゃって、自分の気持ちを誤魔化す事が増えて来た」

「……」

「でも、もう誤魔化すのはやめる事にする」


 抱き寄せていたミラから少しだけ離れて、ミラの顔を見つめる。

 まだ赤いままのミラの頬に左手で優しく触れて、俺は笑みを作った後で口を開いた。


「俺はミラが好きだ」

「ッ!?」

「異性として、一人の女性としてミラの事が好きだよ。心から愛してる」


 嘘偽りのない本心。

 心からの想いを、俺はミラに伝えた。


「……本当に? 嘘じゃなくて?」

「本当に、嘘じゃない。俺はミラを愛してる」


 震える声で聴いて来るミラに、俺はしっかりとミラの目を見てそう言った。

 視線の先に映る見開かれたミラの瞳が微かに震えて、次第にその目を細めると目の端から涙が零れ落ちた。


「ど、どうした!?」

「ご、ごめんなさい……きょ、今日、告白しようと思ってて……でも、断られると思ってたから……」


 その胸に秘めていた不安を吐き出すよにミラは涙を流しながらそう漏らした。

 肩をしゃくり上げて泣いてしまったミラを慰めるように、握られていた手を解き今度は両手で抱きしめた。


「不安にさせてごめん。こんな不甲斐ない俺だけど、これからは家族としてだけじゃなく、人生の伴侶として一緒に居て欲しい」

「……嬉しい。本当に嬉しいッ」


 俺の胸の中でそう言うと、ミラは俺の背中に手を回して抱きしめ返してくれた。


「――あなたを愛しています。私を、あなたの恋人にして下さい。そして願わくば……グラファルト達と同じく、あなたの妻として、傍に居させてください」


 顔を上げて、上目遣いでそう告げたミラに俺はしっかりと頷いて見せた。

 瞳を閉じて顔を近づけるミラに応える様に俺は自分の顔をミラに近づけてその唇を重ねる。


 そして魔法で作り出した光の球を消して二人でベットへ横になり、月明かりに照らされる寝室で、俺達はお酒とは違う意味で酔いしれていく。


 こうして、俺とミラの関係は発展し――夜は更に更けていくのだった。







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 遂にミラとも結ばれましたね。

 この展開には色々と思う所がある方もいらっしゃると思いますが、そこは作者の願望が込められているのでご了承ください。

 ごめんなさい、みんなハッピーが好きなんです……。


   【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!!


 ご感想もお待ちしております!!


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