第190話 歓迎会と小宴会




「――それでは、今日というこの日を祝い……乾杯!」

『カンパーイ!!』


 日が暮れて焚火の炎が周囲を照らす夜。

 集まった全員を前にボルガラが乾杯の音頭を取ると、村人たちも木のコップを掲げて言葉を返す。


 こうして、俺達の歓迎会は始まったのだった。


 噴水を中心に上下左右に道が伸びている中央広場。

 中央広場の下側に伸びる道が村の入り口に続いているとして、現在村人達が大騒ぎしている場所は中央広場の上側……つまりは俺達が寝泊まりするアルス村での拠点がある場所に続く道がある所という事になる。

 テーブルに並べられた料理をそれぞれが小皿に盛り付けて、果実水やミルクが入ったコップを片手に村人達は仲良く会話を楽しんでいる。


 そんな中俺はというと、なるべく目立たない場所を探して料理用のテーブルとは別に設置されていた休憩スペースのテーブル席の端っこへ座り、楽しそうに騒いでいる村人達の様子を眺めていた。

 うん、ちょっとだけ昼間に村人達にグイグイ詰め寄られたのを引きずっているのかもしれないが、あまり多方面から知らない人に声を掛けられる事に慣れていないという理由もある。

 元々地球ではそこまで交友関係が広い方じゃなかったから、どうしてもね……?


 ちなみにグラファルトはというと、ミラに連行されてボルガラが乾杯の音頭を取る為に立っていた木の壇上……その隣に設置された来賓席にミラと共に座っている。

 一応俺も主役ではあるのだが、あまり目立つの好きじゃないので折角用意してもらった席ではあったが辞退させてもらった。

 その時にグラファルトも一緒に辞退を申し出たんだが、ミラから「あなたも少しは村人と交流をしなさい」と叱られて強制的に来賓席行きとなった訳だ。

 俺は昼間にある程度は村人達と交流をしていたので特に何も言われる事はなかった。


 ふっふっふ、ちょっと可哀想ではあるが俺も昼間に通った道だ。グラファルトも少しは人混みという荒波に揉まれてくるといい。


「――楽しんでいますか?」

「ん? ああ、モルラトか」


 そんな事を考えていると、少量ずつ料理が盛られた小皿と飲み物が入ったコップを持ってやって来たモルラトがやって来た。

 「隣、いいですか?」と聞かれたので了承すると、綺麗な所作で左隣りの椅子へと腰掛けコップを俺へと向けて来る。


「では、今日という出会いに」

「……あっ、乾杯か。今日という日の出会いに」


 モルラトの言葉の意味を理解した俺は慌ててコップを右手に持って、モルラトの持っているコップへと軽く当てる。

 モルラトは小さく微笑んだ後、コップの中身を一口飲んで一息ついた。


「ふぅ……ラン様は、あまり人とお話するのは好きではないようですね」

「うっ……申し訳ない」

「ふふふ、別に責めている訳ではありませんよ。来賓席を辞退した後、こちらにいらしたので。そうなのかなと思っただけです」

「少人数でなら大丈夫なんだけどね。初対面の人に囲まれるのに慣れてなくて。見てる分には楽しいから良いんだけどさ」


 そうして俺は来賓席へと視線を向ける。

 そこには村人達がごった返していて、その対応をしているミラは苦笑を浮かべながらも対応していた。ミラの隣ではグラファルトが居心地悪そうに盛り付けられた料理を食べていて、時よりキョロキョロと視線を這わせている。

 多分、俺を探してるんだと思う……隠れなきゃっ!!


「ど、どうされました?」


 急に身を屈めた俺を見て、モルラトはオロオロとしながら話し掛けて来る。

 しまった、モルラトが居るんだった……。


「いや、その……グラファ――”ラーファル”が探してる気がして」

「な、なるほど……。そう言えばラン様、魔竜王様の事はもう普段通りにお呼びになって大丈夫ですよ? 先程の挨拶の時にミラスティア様からご説明があったので」

「あ、そう言えばそうだった……」


 モルラトに指摘されて、先程までの騒ぎを思い出す。



 それはミラとボルガラ達が家から出て来て直ぐの事。

 三人で話し合った結果、ミラの正体を明かすことになったらしい。

 その際にアルス村の人間が魔法を使えない事に関しても説明すると、ボルガラは言った。


『とはいえ、呪いと言えば要らぬ不安を抱かせてしまうでしょうから、あくまで封印されていたと言う事にする予定ですが……』


 苦笑を溢しながらも、ボルガラは楽しそうにそう語っていた。


 村人には”ご先祖であるアルス村の人々は、アルヴィス大国という国の末裔であり、その強大な力は暴走する恐れがあった為、常闇の魔女であるミラスティア様によって封印されていた”と説明するらしい。

 その封印は強力な物であり、ミラスティア自身もまさか今の時代まで続いているとは思わなかった……そういう設定だ。


 まあ、当人であるミラは正直に話すべきだと言っていたらしいけど、ボルガラとモルラトの二人が断固として拒否したらしい。


 そうして、ボルガラによる説明は歓迎会の挨拶時に行われて、壇上の上でミラはペンダントを外してその姿を現した。


 その時の村人達の反応は凄いもので……全員が平伏ですよ?

 来賓席に居る事を辞退して良かったと心から思ったね。


 その後は封印を解除するかどうかの話し合いを明日に行うと言う連絡事項をボルガラが伝えて終わりの予定だったのだが……。自分だけ正体を明かして注目を浴びるのが嫌だったのか、ミラは来賓席に居たラーファルに偽装しているグラファルトを指さして『あの子は魔竜王――グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルよ』とカミングアウト。その結果、村人たちは再び大騒ぎして、ミラに引きずられて壇上に上がったグラファルトがペンダントを外してその姿を現すと、闇に照らされる白銀の髪を見て顔を赤くしている男衆がチラホラ……おい、人の奥さんに色目を使うな。


 そんな訳で、ミラとグラファルトの正体は村の全員が認知している。

 今更ミーティアとかラーファルとかと呼ぶ必要もない訳だ。


 あ、俺もペンダントは外してるよ?

 でも、二人みたいに有名人って訳じゃないから特に反応はないけどね……悲しくないよ。悲しくないよ。


「ふふふ」

「……?」


 先程までの光景を思い出して苦笑を浮かべているとモルラトがこっちを見て笑っていた。

 なんだ、何が可笑しかったんだろう?


「ふふふ、ごめんなさい。苦笑を浮かべている顔がミラスティア様に似ていたので……」

「ああ……まあ。一応、縁者ではあるからね」


 ボルガラとモルラトの二人には俺とミラが縁者である事を説明している。

 流石にこことは違う世界から来たと説明すると色々とややこしい事になるから色々と隠しつつ話してるけど。

 ちなみにミラの孫であると説明しようとしたらミラに口を塞がれて止められた。

 いつからかは忘れたけど、ミラは祖母だと見られる事に対して不満を持つようになっていた。だから、ボルガラ達にも”縁者だ”とは伝えているけど、具体的な関係については語っていない。


「確かに、そうなのでしょうね。御二方には似ている所がありますから。ですが……本当にそれだけなのですか?」

「え?」


 モルラトの言葉に首を傾げると、優し気に微笑んでいるモルラトはコップに口を付けてからまた口を開いた。


「ラン様にはいま……三人の奥様方がおられるのですよね?」

「……なんで知ってるの?」

「ふふふ、名前までは教えて頂けませんでしたが、ラン様が家の外へ出て行かれた後でミラスティア様から聞きました」


 ちょ、プライバシー!!

 この様子だと、他にも色々と話してそうだな……。

 まあ、隠すべき事は隠している様なのでいいか……いや、良くないな。俺が恥ずかしいわ。後でミラに注意しておこう。


 モルラトから「ご結婚おめでとうございます」と言われて、俺はお礼を返しておく。その後でモルラトは「話を戻しますが」と言って続きを話し始めた。


「ラン様は最初、複数人と婚姻を結ぶことに抵抗があったともミラスティア様から聞いたのですが……合っていますか?」

「いや、俺の個人情報……もういいか。まあ、確かに奥さんは一人だけのつもりだったよ? 気持ち的にというか、それが俺の中では当たり前だったと言うか……」


 うーん、こういう時に俺が地球っていう別世界から来た人間である事を説明していないと不便だな。とりあえずは、俺の気持ち的には一人の予定だったと言う事で付き通そう。


「正直、奥さんを三人も貰う事に抵抗はあった。でも、今ではそれを受け入れている。困惑しているし、責任とかもあると思うから気が気ではないけどね」

「そうですか……」


 俺がそう説明すると、モルラトは何とも言えない表情をして考える素ぶりを見せる。

 そして、しばらくの沈黙をおいた後、モルラトはゆっくりとその口を開いた。


「……私と夫が夫婦になって、もうかれこれ十五年の月日が経過しています。夫婦としての時間はとても大切な物ではありますが、毎日が幸せだったかと言われれば……それは違うでしょう。互いに衝突して、予想外の悲劇に見舞われて、幸せに溢れた思い出と同じくらいに沢山の苦悩を経験して、夫と共に乗り越えてきました」

「……」

「だからでしょうか。ラン様とミラスティア様の姿を見ていると……縁者というだけの関係性ではないと思えてしまうのです。ですが、それはあくまでミラスティア様の方だけで……ラン様は、まだ迷っている」


 真っ直ぐと俺を見て、モルラトはそう言った。

 どうやら、モルラトは俺達の関係性について色々と気づいている様だ。


「――最初は本当に仲の良い夫婦なのだと思っていましたが。それは違うと知りました。ですが、ミラスティア様はラン様をお慕いしている。これは間違いありません。そして、そんなミラスティア様の気持ちに……ラン様も気づいていますよね?」

「……」


 俺はモルラトの目をしっかりと見ながら、首を縦に振った。

 そんな俺を見て、モルラトも納得するように首を数回縦に振り、話を続ける。


「私如きが御二方の問題に首を突っ込むなど、失礼にも程があるとは理解しています。ですが、それでも伝えるべきだと思ったので、私はこうしてラン様に話しています」


 モルラトの言葉に頷いて、その先を促す。

 そうするとモルラトは深く息を吸い、俺の目を真っ直ぐと見つめてその口を開いた。


「ラン様、自分の気持ちに素直になりなさい。悩むをやめなさい。常識に囚われるのをやめなさい」

「……」

「――不安、常識、周囲の目……そんな細々とした要素など捨てなさい。何よりも傍に居てくれる女性を大事にしなさい。迷うくらいなら伝えなさい。たった一言で良いのです。女にとって何よりも嬉しいのは――愛おしい相手からの純粋な気持ちなのですから。愛していると想えるのなら、その全てを受け入れなさい」

「…………はい」


 モルラトの言葉は、俺の心に深く刻まれていった。

 俺はモルラトの過去を知らないけど、モルラトはモルラトで、色々と苦労があったんだろう。だからこそ言える言葉なのかもしれない。


 迷うくらいなら伝えなさい……か。


「――そうだな。細かい事を一々考えてる暇があるなら……自分に正直になって、想いを伝えた方が良いよな」

「ふふふ、余計なお世話かもしれませんがね」

「いや、お陰で自分の気持ちを再確認出来た気がするよ。最近さ、色々と経験したことがない出来事が押し寄せて来て、それを覚える事に精一杯になってて、本当に自分に背負う覚悟があるのかとか、向けられる好意にどう応えれば良いのかとか悩んでたけど……」


 でも、そうじゃない。

 過去の常識とか、不安とか、そんなもの全部取っ払って、自分に正直になればいい。

 守りたいモノが増えたらな、全部を守れるように強くなれ。

 守れないから、支えられないから、そんな後ろ向きな理由なんか捨てて、自分の好きという気持ちに正直になればいいんだ。


「ありがとう、モルラト。自分がこれからどうすればいいのか、何となくだけど分かった気がする」

「そうですか。それなら良かったです」


 俺がお礼を言うとモルラトは笑みを浮かべてそう返してくれた。





 その後もモルラトや時々やって来る村人の数人と交流していき、夜も更けて来た10時頃に歓迎会は御開きとなる。


 壇上に立ったボルガラの解散の一言で歓迎会は終了し、片付けは明日の朝に女性達が中心となって行うらしい。今日はこのまま各自家に帰り、明日に備えて休むとの事だ。午前は各自の仕事と片付け、午後には各自の仕事と話し合いが待っている。

 明日は明日で忙しくなると言う事で、ボルガラの指示通りに村人達は自分達の家に向かってそれぞれ移動を始めた。


 俺もテーブル席から立ちあがり、来賓席に座っている二人の元へと向かう。


「あ、薄情者だ」

「あら、私達の事を放って置いて一人で歓迎会を楽しんでいた人がやって来たわ」

「随分と辛辣な歓迎だな」


 テーブルに突っ伏してジト目で見てくる二人に思わず苦笑してしまう。いや、ごめんて。

 後で亜空間にあるお酒と料理をリビングで出すと伝えると、グラファルトは機嫌を直してくれた様で椅子から立ちあがり「早く帰るぞ!!」と帰路を歩いて行く。ミラの方はまだ若干不満は残っている様子だけど、渋々と言った感じに椅子から立ち上がり、俺の隣に並んで先頭に立つグラファルトのスキップ姿を見て呆れていた。


 そうして俺達は家へと辿り着き、一階のリビングにあるソファへと腰かける。俺は一人掛け用のソファに、グラファルトとミラはそれぞれが二人掛けのソファに寝転んでいた。


「さて、じゃあ約束通り……」

「うむ!!」


 ソファで囲んでいる楕円型の長テーブル。

 そこにビール、ワイン、ウイスキー、焼酎と言ったお酒類と主に肉をメインに使った料理を山の様に出した。

 テーブルの光景を見て満足そうに頷いたグラファルトは、自分の亜空間からガラスで出来た大ジョッキとミラが地球で買って来た銀色の缶ビールを出して小宴会を始めだす。

 そう言えば、ご飯は直ぐに食べちゃうから渡してないけど、お酒は別にいいかと思って渡してあるからグラファルトも持ってるんだよな……出す必要なかったか?


「あら、私もご相伴に預かろうかしら?」

「…………わかったわかった」


 目の前でお酒を飲んでいるグラファルトを見て自分も飲みたくなったのか、ミラは亜空間からワイングラスを取り出すと、俺の前へと差し出した。

 それは”お酌をしろ”と言う合図であり、俺はいつもの如くワインをグラスに注ぐことにする。


 うん、本当はミラに俺の気持ちを伝えようかなと思っていたけど……今日は無理そうだな。また後日にしよう。


 それにしても、二人とも美味しそうに飲むよな……歓迎会の時は自分達だけ飲むわけにもいかないと思っていたのか我慢していた様だし、しょうがないか。


「む、藍!! 我にも我にも!!」

「はいはい……どれにするんだ?」

「うーん……ういすきー!!」


 ミラにワインを注ぎ終わると、グラファルトが大ジョッキを俺の方へと差し出してくる。一度大ジョッキを預かって”浄化魔法”を掛けた後、再びグラファルトへと大ジョッキを返してウイスキーを注いだ。

 グラファルトは別に気にしないと言うけど、ビールを注いでいたジョッキにそのままウイスキーを入れるのはちょっとな……お酒好きの人から怒られそうで。


 大ジョッキ一杯に注がれたウイスキーに満足したグラファルトは笑顔で酒をあおり始める。お前、ウイスキーを水みたいに……竜ってお酒に強いのか?

 グラファルトの飲みっぷりに呆れていると左側から空になったワイングラスが伸びて来る。


「……ペース早くない?」

「我慢してたから」

「……もうちょっとゆっくり飲んだ方が」

「お・か・わ・り」


 はい、ごめんなさい。

 大人しくワインが入った瓶を手に取りグラスへと注いだ。

 お礼を口してミラがワインに舌包みしていると、今度はまた右側から大ジョッキがやってくる。


「えっと、次は――「焼酎」――はい……」


 大ジョッキを浄化して焼酎を注ぐ。

 そして、長テーブルの上に重ねられた空のお皿にも”浄化魔法”を掛けて、亜空間へとしまい新しい料理を並べる。


「今夜は満足するまでのむのだ!!」

「ふふふ、色々と解決したからかしら? いつもより美味しく感じるわ」

「…………」


 早く寝たい……。







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 ちなみに……。


 グラファルト――酒豪。ウイスキーなら50lは余裕と豪語しており、ミラの話では酒好きのドワーフよりも強いらしい。


 ミラ――ワインなら750mlの瓶4,5本くらい。


 藍――まず酔わない。ほろ酔いもしない為、お酒を楽しめないと落ち込んでいる。味は美味しいと思えるので、ジュース感覚で飲んでいる。



   【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


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