第189話 常闇の魔女は、過去を受け入れる。





――全ては、私の油断から始まった。


 あの日、白色の世界からアルヴィスへ戻った時の光景は今でも忘れない。


 私の国が滅びた日。

 私が国民である仲間を殺した日。


 私は、全ての憎悪を受け入れる事で自らを罰した。

 それが王である私の責務であり、責任であると思っていたから。


 その思いは今でも変わらない。

 私がまだ地球へと旅立つ前に、何度もフィオラ達からもう一度国を作らないかと相談されたけど……民も御する事が出来なかった私が再び王位に就くなんてありえない。

 民に手をかけたあの日から、私は暴虐の愚王となったのだから。


『何故だ! 何故臣下である私に手を掛ける!? 私はただ、貴女様の名を高めようと……!!』


 ごめんなさい。


『平和ボケした貴女様の目を覚まさせようとしただけですよ……貴女様がいつまでも他国との交流を続けようとするから……!!』


 ごめんなさい。


『何が魔女だ!! 何が神の使徒だ!? この世は強者こそが全て!! 腑抜けた貴様を殺して、我がアルヴィスの王となろう!!』


 ごめんなさい。


『くそ……くそくそくそぉ!! お前さえ、お前さえいなければ今頃は……!!』


 ……ごめんなさい。


 手にかけた仲間の声は今でも忘れる事はない。

 恨み、怒り、憎しみ、嘆き……心の奥底にある感情は一人、また一人と増えていく。

 それは仕方のない事だと思っていた。


 気づけなかった……気づこうとしなかった。

 知っていたのに……知らないふりをしていた。

 【闇魔力】の異質さを知りながら、それは私にだけ起こった異常なのだと……程の良い自己解釈を繰り返して、その事実から逃げ続けていた。

 その結果が、過激派による暴走行為。

 精神を蝕まれたアルヴィスの民は、もう正常な判断ができない程に【闇魔力】の力に飲み込まれていた。


 だから殺した。

 責任を果たす為に、罪滅ぼしの為に、せめてもの情けに。

 痛みを感じる事もない死を告げる。


 そうして同族殺しを繰り返して……最後の仕事を終える為に、私はアルヴィス大国へと戻る事になる。


 過激派の暴走を止めた後、白色の世界へと一度赴きファンカレアに頼みごとをした。もう【闇魔力】を持った生命体がフィエリティーゼに生まれて来ないようにして欲しいと。


 その時にファンカレアに言われた言葉。


『私が出来るのは、あくまでこれから生まれてくる生命体に干渉することくらいです。既にフィエリティーゼに生まれてしまっている生命体に関しては、手を下す事は出来ません……』


 申し訳なさそうにするあの子を見て、私はこれ以上迷惑を掛けるわけにいかないと思った。

 だから、最後の仕事として……現在生きている【闇魔力】を持った生命を滅ぼそうと思っていた。


 そうして一番最初に訪れたのが、アルヴィス大国の公爵領。

 そこには穏健派に属していた貴族と何も知らされていないアルヴィス大国の避難民が居る。

 まずは、そこに居る【闇魔力】を宿す者達を殺そう。


 もう、世界に迷惑を掛けないように。

 人格をも変えてしまう力を奪う為に。

 王として、神の使徒として、闇を宿す魔女として……。


 尤もらしいカタチとしての理由を並べ立てて、何の罪もないアルヴィスの国民を殺そうとしていた。

 避難所となっていた公爵領へと転移して、避難民と避難民を纏めていた穏健派の貴族前へ立つ。後は、【吸収】を使えばそれでおしまい。そう思っていた。


 でも、出来なかった。

 生まれてからずっと、ずっと心の奥底に在った臆病が……私の責務を、責任を、大きく揺らがせた。


 もう責められたくない。

 もう恨まれたくない。

 もう人を殺したくない……ッ。


 そうして私は、私を守る為に人殺しを止めたんだ。

 その結果が、救いようのない結末になろうとも。


















 アルセルス・モーゼス。

 最初に手にした手紙には、懐かしい名前が、懐かしい文字で書かれていた。


 この子は、本当に苦労したと思う。

 過激派による暴走が起こる直前に父親が急死した事で、彼は齢23歳で伯爵位を継ぐこととなった。挨拶に来た時は、緊張のあまり震えていたわね。

 そんな彼の苦労は、あの時から始まったのかもしれない。

 爵位を継いで直ぐに過激派の暴走が起こり、鎮圧作戦の途中で公爵が亡くなった事で穏健派の指揮を執ることとなり、そして……その日の内に国が滅びた。


 手記によれば、このアルス村を纏める村長にもなっていたのね。本当に、沢山の迷惑を掛けたと思う。


 さて、彼は一体……どんな恨み言を残して逝ったのだろうか?


 現村長であるボルガラから渡された、亡き国民達からの手紙。

 その第一通目に、私は目を通す。



『常闇の魔女――ミラスティア・イル・アルヴィス様。


 お元気ですか? 貴女様は今、どのような人生を送っておいでなのでしょうね。

 私はいま、アルス村の村長として日々を生き続けています。』


 当たり障りない文脈が続く手紙。

 でも、その文字をなぞるのは不思議と嬉しくて、開く前までの不安な気持ちが少しづつ、少しづつ、解れていく。

 そうして、アルセルスが過ごして来た日々、村の発展や苦労話などが続いていた手紙は、二枚目へと移り行く。

 二枚目の羊皮紙は一枚目の羊皮紙よりも文脈は短い。

 十数行に纏められた文章の始まりは――感謝の言葉が綴られていた。



『ありがとうございました。常闇の魔女様――いいえ、ミラスティア様。』


 ッ……。


『私はいま、幸せを噛みしめています。

 何者にも縛られぬ幸せを、自由に生きる幸せを、【闇魔力】に怯える事のない幸せを。

 愛する妻を娶り、子も生まれ、私はいま……本当に幸せですよ。』


 どうして、私を恨まないのだろうか……。

 どうして、私にありがとうと言うのだろうか……。


『ありがとうございます。

 貴女様の選択が、いまの私達を作り出し……【闇魔力】から救ってくれました。』


 違う……私はただ、逃げたんだ。

 臆病になって、全てが嫌になって、逃げただけなんだ……。


『私達には貴女様の本心を知る術はありません。

 ですが、貴女様が何と言おうとも――私達は、貴女様に救われたのです。』


 まるで私の心を見透かしたように、感謝の言葉を綴り続けるアルセルス。


『貴女様の悲しみが少しでも和らぐことを、我が愛おしき村――アルスで祈り続けています。』


 嗚呼、そうか――。


『ミラスティア様――貴女様の事を、いつまでも尊敬しております。


 生涯でたった一人の忠義を尽くした――心優しき常闇の王よ。』


 そこで、アルセルスの手紙は終わった。

 アルセルスの手紙を丁寧に折り畳み、私は次の手紙へと手を伸ばす。


 読み終わって、次へ……。

 読み終わって、次へ……。


 そうして手紙を読み進めて行く。


 どれだけ読んでも、誰の手紙を読んでも……。

 私を責める言葉は、何処にも見つからない。


 そうか……そうなんだ。




 ――私は、こんなにも……。




「こんなにも……私は愛されていたんだ」








―――――――――――――――――――――









「こんなにも……私は愛されていたんだ」


 手紙を読み終わったミラは、一言だけそう呟くと読み終わった最後の手紙を抱きしめて涙を流していた。


 手紙の内容は分からないけど、きっとミラにとって良い結果となったんだろう。



 だって、泣いているミラは――とても幸せそうに、笑っているのだから。



 正面に目を向ければ、涙を流すミラを見てモルラトはオロオロとしており、手紙の事を知っていたボルガラは静かに微笑み見守って居た。

 俺は目が合ったモルラトに大丈夫だと目配せをして席を立つ。


「さて、ミラはもう大丈夫だと思うから俺は席を外すよ。俺は家の前で待ってるから、後はアルヴィス大国の関係者同士って事で」


 そう言い残して、ミラの頭を一度撫でた後、俺は扉を開けて外へと出た。


 外に出ると、もう空はオレンジ色に染まっている。

 ボルガラの家を背にして正面の先では、小さな黒い影が忙しなく動いていた。

 歓迎会の準備は、滞りなく進んでいる様だ。


「何とか無事に終わったな」


 これで、少しはミラのトラウマも和らぐだろうか?

 今まで苦しみ続けていたミラの心が、少しでも、ほんの僅かでもいいから……救われる事を、ここに祈る。


「なあ、ミラ――アルス村は、良い村だよな」


 見上げた先では、オレンジ色の空が次第に暗闇へと染まり始める。

 空を飲み込む常闇の中には――その存在を知らしめるかの様に、大小様々な星々が煌めいていた。







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 何となくキリが良い終わり方を模索していましたが結局決まらず……不甲斐ない。


 頭の中の構想の中から一番納得のいった終わり方を選んで書きました。


 少しだけ短くなってしまって申し訳ありません。


   【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!!


 ご感想もお待ちしております!!


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