第188話 過去からの手紙。




 ボルガラを落ち着かせてテーブルの席へと座らせた後、俺とミラはボルガラとモルラトの二人とテーブルを挟んで向かい合う様に座り、俺はミラに頼まれてお茶菓子用のクッキーを出していた。

 チョコチップとかは馴染み無いかなと思いバターとミルクをふんだんに使った所謂プレーン味のクッキーを出す。俺の隣ではミラが紅茶の準備をしていて、そんな俺達の様子を見てボルガラとモルラトはオロオロとしている。


「あ、あの、ミラスティア様……それにラン様も……。流石に私達は頂けません……」

「儂らは自分達で水を用意しますので、こちらのカップはお返し致します……」

「別に遠慮しなくていいわよ。寧ろ、カップを返される方が困るわ」


 カップを返そうとするボルガラとモルラトにミラが苦笑を浮かべながらそう言うと、二人は視線を合わせた後で俺の方へと顔を向けた。

 そんな二人に俺も苦笑を浮かべて言葉を吐く。


「俺達にとってはいつもの事だから、本当に気にしなくていい。逆に俺達の前にだけ紅茶とかクッキーがあると、二人に申し訳なくなって食べれないから。一緒に食べてくれると助かるよ」

「は、はあ……」

「わ、わかりました……」


 俺達の言葉を聞いて、二人はようやく押し出して来たカップを自分達の手元に戻しミラからティーポットを受け取ったモルラトが自分達の分の紅茶を注ぎ始めた。ミラが淹れてあげようとしていたのだが、モルラトに「そこまで甘える訳には……」と言われて諦めた様だ。


 そうして、各自に紅茶が渡った所でそれぞれが紅茶を口にしてその味を楽しんでいたのだが……。


「と、とても美味しいですね……」

「そう? なら良かったわ」

「はい」

「「…………」」


 か、会話が続かない……。

 ボルガラに至っては会話に入らず背筋を伸ばして紅茶をゆっくりと飲んでいた。

 モルラトも笑顔を作ってはいるが、カチコチに緊張していて……多分、紅茶の味とか全く分かってないんじゃないかな?

 左に視線を向ければミラの姿があるが、特に緊張した様子は見られない……外見だけはね。


(ど、どうしよう……思っていたよりも緊張して、言葉が……ねえ、聞いてるの!?)

(うん、聞いてる。聞いてるから……)


 さっきからずっと念話でこんな事を言われていて、ミラはミラでかなり緊張している様だ。

 うーん、ボルガラ達にとっては念願だった出来事だと思うし、ミラにとっても大事な局面だとは思うから、緊張してしまうのは分からなくもないけど……。このままだとまずいよなぁ。


 体感的にボルガラの家に入ってからかれこれ一時間は経過している。ボルガラの家に来る時に、村の人達の準備とかを見てたけどもう結構進んでたんだよな。待たせる訳にもいかないし、ボルガラ達を呼びに来たりでもしたら偽装を解いた状態のミラを見られて大騒ぎになる可能性もある。


 本当は三人で話を進めてもらう予定だったけど、間に入った方が良いかもな。

 そうして俺は、念話でミラに間に入る旨を伝えて早速会話に混ざる事にした。


「――さて、いつまでも黙ったままじゃ話が進まないし、このままだと歓迎会の時間になってしまう。仕切る様で申し訳ないけど俺も会話に混ぜて貰うぞ?」

「は、はい!! 是非!!」

「わ、儂としても大賛成ですじゃ!」

「そうね、あなたが間に入ってくれた方が話が進みそうだわ」


 俺の提案にボルガラとモルラトははち切れんばかりに首を縦に振り、縋るような視線を俺に送ってくる。ミラは相変わらず涼し気な態度で返事を返してきたが、器用に会話の最中に送られてきた念話からは、ミラによる感謝の嵐が巻き起こっていた。

 感謝されて悪い気分ではないが、とりあえずうるさいのでミラとの念話は一旦切りボルガラ達に視線を向ける。


「さて、それじゃあ……まずはボルガラ達から聞いた話を改めて、簡潔に纏めて話すぞ? ボルガラ達は何か間違っていたり、解釈……つまりは自分達の想いとは異なると思う部分があったら遠慮なく言ってくれ。ミラに伝えるにあたって間違いや勘違いが起こるのはお互いの為にならないから」

「わかりました。あの、それならば二階にある木箱もお持ちした方が良いですか?」

「……そうだな。その方が説明しやすいかも」


 俺の返事を聞いた後、モルラトは手伝いとしてボルガラを引き連れて二階へと上がっていく。しばらく待っていると、複数の木箱を抱えたボルガラが階段から降りて来て運んできた木箱をテーブルへと置こうとしていた。

 その様子を見ていた俺は慌てて中央に置いてあったクッキーの皿を左端へと移動させ、ボルガラの置いた木箱を表面に書いてある番号順に並べる。その後もボルガラは忙しなく階段を上り降りして木箱を運んで来て、最後に他の木箱よりも大きな木箱をモルラトと二人掛かりでテーブルへと運び込み、木箱の運搬作業は終わった。


 並べられた木箱を見て、ミラはその笑顔を少しだけ曇らせる。

 その様子が気になって聞いてみると、ミラは隣に居る俺にしか聞こえないくらいの小さな声で答えてくれた。


「……昔、アルヴィス大国で使われていた魔道具よ。重要な書類とか贈り物とかを入れる為に使われていたの」

「そうだったのか……大丈夫か?」


 辛い様なら少しだけ時間を置こうと思いミラへ聞いてみると、ミラはしっかりとした口調で「大丈夫」と言った。

 表情を見ても無理している様には見えないし、俺はその言葉を信じて話し始める。


 話は木像を出すところから始まり、最後はボルガラとモルラトの顔を伺いながらも初代アルス村の村人たちや、代々アルス村の村長を受け継いできた人たちの想い……つまりはミラに対する気持ちについての説明をして終わった。

 自分そっくりな木像を見た瞬間に若干笑顔を引き攣らせたミラだったが、その後の話はしっかりと聞いていたし、ボルガラとモルラトの二人から「貴女様を恨むなどありえません!」「寧ろ儂らの所為で貴女様は……ッ」と迫られて本当に恨まれていなかったんだと納得した様だ。


「ボルガラ達の話はこんなもんか。ただ、俺も木箱の中身を全て見た訳じゃないから、ボルガラ達にとしては伝えられていない事とかもあると思う。かといって部外者である俺が木箱の中身を軽々しく見て良いものなのかという疑問もあるから。伝えきれていないことに関してはとりあえず後でという事にしてくれ」

「わかりました」

「儂としても異存はありません」


 二人が納得したのを確認したところで、次は……。

 そうして俺はミラの方へと視線を送り、俺の視線に気がついたミラは静かに首を縦に振った。


「次は、ボルガラ達の家を出た後でミラと話した事について、二人に話そうと思う。ボルガラ達が代々大事にしてきた”想い”がある様に、ミラも何年も積み重ねて来た”想い”があったんだ」

「「…………」」


 俺がそこまで話した所で、ボルガラとモルラトの二人は視線をミラの方へと向けた。その顔には不安が現れており、一体何を言われるのかと緊張しているのが分かる。

 そんな二人を安心させる為に声を掛けようとした時――左隣りに座るミラが小さく溜息を吐いた。


「……そうよね。ここまでお膳立てしてもらったのだから、私から説明しないとね」

「大丈夫なのか? 別に無理する事は無いんだぞ?」


 憂う様に微笑むミラが心配になりそう声を掛けたのだが、ミラは首を左右に振り「平気よ」と言った。


「全部をあなたに押し付ける訳にはいかないわ。それに、あなたが隣に居てくれるのなら、私は……どんなに辛い過去と向き合う事になろうとも、前を向いて歩いて行ける。そう思うの」


 先程とは違う柔らかな笑みを俺へと向けて、ミラはそう囁いた。

 そこまで言うのなら、俺に止める理由はない。

 俺はミラの言葉に頷く事で返事を返し、二人への説明を任せる事にした。


 ミラの話は遥か昔……過激派と呼ばれる魔法使いが生まれた原因についての説明から始まった。

 【闇魔力】には宿主の欲望、本質、そう言ったモノを感じ取り宿主の感情を搔き立てる作用がある事、その欲望に抗う事が出来ず、悪の感情を抱く者が力を覚醒させると、その性格までもが歪み切ってしまう事。そうなったらもう、後戻りが出来ないことなどの説明を、俺がボルガラ達にした時よりも細かく伝えた。

 【闇魔力】の実態について、ミラから直接聞いた二人は顔を青くして愕然としている。

 その様子を見ていたミラは、ファンカレアに頼んでもうこの世に【闇魔力】を宿す生命が生まれないように頼んだ事を二人に伝えた。その話を聞いた二人は心の底から安堵してその表情を和らげる。

 ご先祖様であるアルヴィスの末裔から”同じ過ちを繰り返すな”と言われていた身として、色々と思う所があったんだろうな。


 その後もミラの話は続いた。

 過激派を掃討している際に罵詈雑言を言われ続けた事。初代アルス村の住人となるアルヴィスの末裔――モーゼス伯爵達のこと――達には過激派の奴らと同じ結末を迎えて欲しくないと願い、魔法を使う事を禁じる呪いを掛けた事。モーゼス伯爵達に掛けた呪いが、まさか【闇魔力】を持っていない子孫である子供たちにまで受け継がれていたとは思いもしなかった事。アルス村に関係する出来事について、ミラは隠すことなく全てを曝け出した。


「――話はこれでおしまい。とにかく、私は唯々怖かったの。過激派となった子達みたいに、あなた達のご先祖であるモーゼス達も私を恨んでいるんじゃないか。その恨みは村の昔話として、今でも受け継がれているんじゃないかって……唯々怯えてしまって、現在に至るまであなた達の前に姿を見せる事が出来なかった。本当にごめんなさい」


 椅子から立ち上がったミラはボルガラとモルラトの二人に深々と頭を下げる。

 そんなミラの様子を見ていたボルガラはミラに対して「顔を上げください」と言うと、おもむろに”⑨”と書かれた木箱の上蓋を取り、そこから大量の折りたたまれた羊皮紙の束を取り出した。


「まず、儂らの想いについてお話する前に……ミラスティア様にはこちらをお読みになって貰いたいのです」

「……これは?」


 ボルガラから差し出された羊皮紙の束を受け取り、ミラはボルガラにそう尋ねながら羊皮紙を束ねていた紐を解いた。

 そうして一番上にあった折りたたまれた羊皮紙を手に取り開くと、ミラは目を見開いて動きを止める。そんなミラの様子を見ていたボルガラはゆっくりとその口を開いた。


「それは――初代村長であるモーゼス様、初代アルス村の住人である皆様、代々村長として村を守って来た皆様から……敬愛するミラスティア様へ送られた、想いの詰まった手紙です」


 ボルガラの言葉に、俺もミラと同じように目を見開く。

 優し気に微笑んでいるボルガラの隣では、モルラトが俺達と同じような表情をしていた。

 どうやら、手紙については村長であるボルガラだけが知っていたみたいだ。


「村長の任に就いた者のみが秘匿し続ける様にと前任であった村長から引き継いだものです。それはモルラトにも秘密でした」

「頑なに『⑨の木箱を開けるな』と言われてきましたが、そう言った理由があったのですね……」

「ミラスティア様がいらしたその時に渡す様に……代々村長の任に就いた者が教えられてきたと、前任の村長から聞き及んでいました。ですので、ミラスティア様がいらした今日、是非読んでもらいたいと思い手紙を出すことにしたのです」


 「読んでくださいますかな?」、ボルガラはミラにそう問いかける。

 その言葉を聞いて、ミラはゆっくりと視線を中央に置かれた手紙が重ねられている束へと移し、その束を大事そうに手元まで運ぶと、最初に開いた羊皮紙へと視線を移し読み始めた。


 そうして、沈黙が続く中……ミラは一つ読んでは次の手紙へと手を動かして行き、数十通はある手紙の束を減らしていく。


 過去から積み重ねられてきた手紙には、一体どんな言葉が綴られているのだろうか?






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 アルス村でのお話もいよいよ佳境。

 次回はミラスティア視点から始まります(=゚ω゚)ノ



   【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


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