第187話 そして両者は向かい合う





 グラファルトを家に残して村長であるボルガラが住む家へと向かう俺とミラ。家から噴水がある中央まではそれほど遠くない為、あっという間に辿り着いた。


 噴水の周りではアルス村に住む村人たちが忙しなく動き回っている。どうやら、俺達の歓迎会の準備を進めている様だ。


 アルス村は噴水を中心に簡易的な上下左右の十字路が造られている。村の男性達は噴水の傍に積み上げた薪の山を、道と合う様に四つ置いて焚火の準備をしていた。女性達はというと、男性達が作っている焚火から離れた位置に木製のテーブルや椅子を並べて、テーブルの上には白い布を敷いていた。よく見ると、噴水近くの家の扉が開かれていて、そこから二、三人の女性達が出て来て上に布が被せられた木の器を両手に持ちテーブルへと運んでいる。


 歓迎会は村に居る全員が参加するらしいからな。まだ日暮れ前だけど、忙しそうだなぁ……。


 そう思いながら周囲を見ていると、テーブルへ木の器を置いていた女性の一人が俺達に気づいて近づいて来た。


「あら、どうかしましたか?」

「えっと、村長は?」

「ああ、村長に用事だったんですね。ごめんなさい、村長はここには居ないんですよ。多分村長は自宅で歓迎会のスピーチの練習をしてると思いますよ? もし道が分からないようでしたら、私で良ければ案内をしますが?」


 案内を申し出てくれたのは有難いが、道は知っているので丁寧に断りを入れてその場を後にした。


「どうやら家に居るみたいだな。こっちとしては都合がいい」

「……そうね」


 俺の言葉に少しだけ暗い雰囲気を纏わせたミラが言葉を返す。


 うーん、さっきまで楽しそうにしていたんだけどな。多分、アルス村の人たちと会うのにまだ抵抗があるのかもしれない。俺が村の女性と話している間も後方に下がって距離を置いていたし。


 俺はなるべく自然を装いつつも、ミラの隣へと戻りその右手を左手で握り歩き始めた。そんな俺の挙動にミラは「きゃ」っと驚いたような声を上げる。


「ら、藍?」

「一応俺達は夫婦って言う事になってるから」


 困惑した様子で俺の名前を呼ぶミラに、さっきミラから言われた言葉を使って返してみた。

 俺の言葉に一瞬だけ目を見開いたミラだったが、直ぐに柔らかな笑みを浮かべてその頬を微かに赤らめる。


「……ふふ、そうね。でも、夫婦と言うのならもっとくっつくべきよね?」

「え……」


 そう言うと、ミラは笑みを浮かべたまま一歩前へと進み俺に握られていた手を解く。そうして軽く上体を下へと落とし俺を上目遣いで見つめると「さあ、あなたはどうする?」と言わんばかりに首を傾げて見せた。


 それはつまり、家を出た時みたいに腕を組みたいって事だよな……。そして、それをミラからやるのではなく、今度は俺から誘って欲しいと。

 少しだけ悩んだが、俺としても不都合がある訳じゃないし、それでミラが喜んでくれるなら別に良いかと思い「降参だ」とばかりに肩を竦めた後、俺は左手を腰に当ててミラが腕を掴みやすいようにくの字を作った。


「えっと、それじゃあ一緒に行こうか……ミーティア」

「ええ、あなたとなら何処までも」


 キザッぽいセリフが思いつかず無難なセリフになってしまったが、ミラとしては大満足の様で見た目相応の無邪気な笑みを浮かべて俺の左腕にぎゅっと抱き着いて来た。その表情で、そのセリフは駄目だろう……確信犯か?

 不意打ちの様に囁かれたミラのセリフに心臓の鼓動が早くなる。落ち着け、ふう……【冷静沈着】。


 そうして心を落ち着かせてから、上機嫌のミラを連れてボルガラの家がある通路へと足を進めて行く。俺達の家からボルガラの家に行く場合、噴水がある中央を左に曲がらなければならない。その際に村人たちともすれ違うのだが、女性達からは「アツアツね~」「うちの旦那も昔は……」「私の所は今でもああやって」など主に結婚している奥さん方がきゃっきゃっと騒ぎ、男性達からは「あの若さでやるな~」「美人な奥さん貰って幸せもんだ」「しっかりエスコートしてやれよ」と茶化されてしまった。


 村人からの視線にミラが委縮してしまわないか心配になりチラっと様子を見ると、村人たちの会話が嬉しかったのかミラは満面の笑みで小さく鼻歌を歌っていた。


 どうやら心配は要らなそうだな。よかったよかった。








 ボルガラの家へ向かう道中の話題は当たり障りないものばかりだった。フィオラ達は大丈夫かなとか、今日の歓迎会での料理はなんだろうとか、そんな感じ。


 そう言えば、料理の話が出て来たから思い出したけど……。


「なあ、グラファルトは何であんなに罰を受けるのを嫌がったんだ?」

「ああ……あれは仕方がないわよ。私でも嫌よ?」


 え、そうなの?

 正直、そこまで厳しい罰だとは思わないんだけどなぁ……。

 ご飯が食べれないわけじゃない。動物を狩りして食べたり、村人に食べ物を貰ったりしたらそれを食べればいいわけで、あくまで俺が作った料理が食べられないってだけだから。


 ミラに至っては仮にこの罰を受けたとしても、外に出て買い物でもすれば美味しい食べ物は買える訳で、別に苦にはならないと思うんだけど。あ、それを言ったらグラファルトは俺よりも外出に関する規制が緩いから、”認識阻害魔法”さえちゃんと使うのと、行き先を伝えさえすれば何処にでも行けるんだったな……そう考えると、やっぱり俺が与えた罰ってそんなに厳しい物じゃなかったのか。


 そう説明してみたのだが、俺の話を聞いていたミラは首を傾げて難しい顔をしていた。その様子が気になってミラに話を聞いてみると、俺とミラ達では”俺の料理”についての解釈が大きく異なっているらしい。


「私達にとって、あなたの料理は日々の生活に欠かせない重要な物になってるの」

「えぇ……? だって、ただの手料理だぞ?」

「あのねぇ、あなたは外に出た事が無いから分からないのかもしれないけれど、この世界の料理とあなたの料理となら、あなたの料理の方に軍配が上がるわよ? それに、ただの料理じゃないわ。地球に居た頃から手料理を作り続けて来た才能のある人間が、【家事の心得EX】って言う規格外のスキルを手に入れた事によってその腕を更に高めた料理の数々……それを毎日食べて来た私達にとって、あなたの手料理を食べれないと言う罰は死活問題になる」

「そうかなぁ……?」


 顔を近づけて物凄い剣幕で言って来るミラに首を傾げてしまう。


 そこまで言われると逆に心配になるんだけど。俺の手料理に変な効果とかついてないよな……?


「心当たりなんて、簡単に出てくると思うわよ? 例えば、去年末にあなたが久しぶりに食べたいって言ったから買って来てあげた暴れ牛のサンドイッチ。あれを食べてあなた何て言ったか覚えてる?」

「…………」

「『あれ、料理人が変わったのかな?』って言ったのよ。顔を顰めながらね」


 はい、覚えています。

 その後ミラに『同じ人だったわよ?』と言われて更に顔を顰めたところまで。


「それに、レヴィラに関してもそうでしょう?」

「うっ……」


 それに関しても心当たりがある……。

 最近、レヴィラのリクエストする料理の量が増えてたんだよなぁ。あ、一ヶ月程エルヴィス大国に居たミラの為の料理とは別にね?

 最初に作っていた去年の闇の月から大体二倍くらいかな? 流石に俺も不思議に思ってレヴィラに聞いてみたんだが……。


『い、今まではお酒を飲むときにだけ食べてたから良かったんだけど、最近では普通に朝昼晩と三食食べちゃって……足りないの。だからお願い!』


 そう言われてしまうと断るのも何だったので、結局レヴィラのお願いを聞いて料理の量を増やしたんだよなぁ。

 これを機に薄味と言うか、そこまで濃くない味も入れたんだけど『味は濃い目のままでいい』と言われてしまって変えていない。でも、薄味は食べないという訳ではないみたいだけどね。返された容器は全部空になってたから。


 うーん……そう考えると、最近自分でもあれ?って思う事が増えて来たんだよな。


 なんか、味覚が鋭くなったと言うか。料理に使われている調味料とか成分みたいな物が何となくだけど理解できるようになっていた。

 それに、料理を作るスピードに関しても十数人分作るのに一時間も掛からない。流石にパーティー用の料理とかはそこそこ時間かかったりするけど、肉体的疲労もほとんどないんだよなぁ。これも【家事の心得EX】のお陰かな?


「まあ、一番あなたの料理を楽しみにしているのは一緒に暮らしている私達……特にグラファルトなんだけれど」

「うーん……」

「グラファルトは今までただ肉を焼いた物とか、木に生えている果実をそのまま齧ったりとか、たまに私が持ってくる甘い菓子しか食べて来なかったから。最近では私の出す菓子よりも、あなたの手作りの菓子の方が良いみたいだしね」


 そうかぁ……自分ではあんまり自覚がなかったけど、グラファルトはそんなに楽しみにしていてくれたのか。そう考えると、ちょっと悪い事をしてしまったかなと思ってしまう。


「……帰ったらたらふく食べさせてやるかな」

「ふふふ、私も楽しみにしているわ。ああ、それと」


 楽しそうに微笑んだミラは何かを思い出したようにそう呟くと、その場で足を止めて同じく足を止めた俺の左耳へと顔を寄せて来る。

 そして――


「……あなたの料理が大好きなのは、私も一緒よ? 好きな人に作ってもらうご飯に勝る物はないもの」

「ッ……そ、そうですか……」

「ふふふ」


 耳元でそんなことを囁かれて、思わず顔が熱くなる。

 そんな俺の様子を見て、ミラは更に楽し気にその頬を赤く染めて微笑んだ。


 うーん、気のせいかもしれないけど……いや、多分気のせいではないんだろうけど。家を出てからミラのアプローチが露骨に増えた気がする。今までと違って言葉のチョイスも核心的なものになっているし、ミラの中でどういう心境の変化があったんだろう……。


「……藍」

「ん?」


 俺がそんなことを考えていると、ミラは抱き着いていた俺の左腕から離れておもむろに数歩前へと歩き出す。俺の少し前の方で足を止めるとひらりとこっちへ振り向いて、真っ直ぐ俺の方を見つめ始めた。


「私はあなたが一緒に居てくれるのなら、たとえ過去のトラウマと向き合う事になろうとも、きっと前へ進めると思う。私にとって――あなたは特別な人よ」


 俺が何かを返す前に、俺の左隣に戻って来たミラは「早く行きましょう」と言って俺の左腕を引っ張り始めた。

 左に視線を移せば、真っ赤に顔を染めるミラの横顔が見える。勇気を振り絞って言ってくれたのかな。そう思うと嬉しくなって、俺はミラに聞こえるか聞こえないかくらいの声量で「ありがとう」と呟いた。


 今の俺にはそれくらいしか返せない。


 さっきから、ミラの笑顔が脳裏に焼き付いて全く離れない。

 ミラの言葉を聞いた俺の顔は間違いなく赤くなっていると思う。


 そうして、二人して赤面した顔を晒しながら少しでも心を落ち着ける為にゆっくりとした足取りでボルガラの元へと足を進めた。













 噴水を左に曲がり歩き続けて十数分。

 顔の熱も引いて、落ち着きを取り戻した俺達は遂にボルガラの家の前へと辿り着いた。


「……大丈夫か?」

「……ええ、覚悟は出来ているわ」


 最終確認という事で、俺はミラへと声を掛ける。

 俺の言葉に、ミラは真剣な顔で頷いてみせた。


 ……うん。

 体も震えていないし、声音もいつも通りだ。

 

 いつも通りのミラの様子に安堵しつつも俺もミラへと頷き返し、前にある扉に視線を戻す。そうして深く深呼吸をした後で、その扉を数回ノックした。


『はい、今行きます』


 扉越しのくぐもった声ではあったがモルラトの声が聞こえて来る。

 そのタイミングで、ミラは周囲を見渡して誰もいないことを確認してから”認識阻害魔法”が付与されているペンダントを外して普段の姿へと戻った。

 それは道すがらにミラの方から提案して来たことであり、ミラが真剣に過去と向き合う覚悟を決めた証でもあった。

 緊張した面持ちで二人で扉の前で待っていると、木製の扉が微かに揺れて右側へと開いていく。


「お待たせしました、どちらさ――ま……ッ」

「モルラト、約束通り……連れて来たよ」


 扉の先から現れたモルラトは、見上げながらに話していた言葉を途中で詰まらせる。その瞳で俺の左に立つミラを捉えたからだ。

 モルラトは両手を口元へと持って行くと茶色の瞳は小さくして驚きを露わにする。


「ほ、本当に……ミラスティア様、なのですか?」

「――ええ、ミーティアと偽ってごめんなさい。私はミラスティア・イル・アルヴィス。六色の魔女の一人であり”常闇の魔女”と呼ばれる存在で間違いないわ」


 驚きつつも確認を取るモルラトに、ミラは微かに苦笑を浮かべて謝罪する。

 ミラの声で本人であると告げられたモルラトはその場で首を左右に振りその瞳に涙を溢れさせた。


「いえ……いいえ、謝らないでください……。ずっと、ずっとお待ちしておりました……ッ」

「……待たせてしまって、ごめんなさい。中に入ってもいいかしら?」


 溢れる涙を抑える事が出来ないモルラトにミラは近づいてその肩に触れる。

 ミラの質問にモルラトは何度も首を縦に振り、体を右へと移動させて俺達を招き入れてくれた。



 何とか無事に家の中に入れた俺は本当に安堵した。

 そうして、後は三人がちゃんと話し合うだけだと思い事態の収束も近いなと考え始める。

 そんな事を考えながらテーブルが置かれた居間へと足を運びミラの隣に座っていると、上の方から物凄い物音がしてその直後に今度は階段から同じく物凄い音が鳴り響く。

 視線を階段へと移せば、音と同時にボルガラが駆け下りて来て、階段を降りた先でミラの姿を見た瞬間……涙を流してその場に平伏し始めた。


 うん……ちょっとだけ不安になって来たかも。


 その後、いつまでも頭を下げ続けるボルガラを三人で説得してテーブルの席に座らせるまで十分以上掛かりました。

 大丈夫かなぁ……。







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   【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


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