第186話 駄竜さん、罰を拒む。




「やぁぁぁぁだぁぁぁぁ!!」

「「…………」」


――大号泣である。



 いや、原因は俺なんですけど……。


 ミラの覚悟が決まったという事で、覚悟が揺るがないうちに村長であるボルガラの家へと向かう事になった。そこまでは良かったんだけど……。

 階段を降りて一階の廊下へと降り、真っ直ぐ玄関へと向かうとちょうどキッチンからリビングへと向かうグラファルトの姿があった。

 グラファルトはフラフラとした足取りで廊下を歩いていて、俺たちが玄関へ歩いて来るのを見つけるや否や目を輝かせて近づいてきた。

 そうして玄関までもう少しというあたりでグラファルトと接触し、謝罪の言葉あるいは話がまとまった事についての労いの言葉でも掛けてくれるのかと思いきや、開口一番に言われたのが――


『藍!! この家の冷蔵庫には何も入って無いではないか!! 我は腹が減ったぞ、さっさと飯を寄越せ』


 ――である。


 普段なら呆れつつも亜空間からご飯でも出してやるのだが、今日はグラファルトに思うところがあった為、俺は一言……「あ、お前はミラが誤解してしまうような発言をして泣かせた罰として、この村に滞在する間”俺の作ったご飯は無し”だから」とだけ口にしてグラファルトの横を通り過ぎた。

 そうして玄関の扉まで向かいドアノブに手をかける。

 いやあ、アルス村の拠点は基本的に室内でも外履きのままだから落ち着かなかったけど、こういう急ぎの用事がある時は便利だよなぁ。

 そんな事を考えながら意気揚々と扉を開き、一歩前へ出ようとした瞬間――誰かに後ろから思いっきり引っ張られて倒されてしまった。


「グハッ!?」


 扉がバタンっと閉まるのと同時に俺の背中が物凄い勢いで床へと叩きつけられる。一瞬の出来事で何が起こったのかわからずに混乱していると、天井を見上げていた視線の端からユラユラと近づいてくる人物に目がいった。


「……どういうことなのだ?」

「へ?」


 近づいてきたのは、グラファルトだった。

 下から見上げているせいなのか、いつもより目元あたりが暗く見えてちょっと怖い。薄暗い目元からは暗闇に潜む朱色の双眸が俺の事を見下ろしていた。


「……どういうことなのだと聞いている」


 あれ、なんか怒っているというよりは……動揺しているのか?

 俺に向かって話しかけてくるグラファルトの声には、怒りというよりも困惑といった感情が込められている気がする。その証拠に、グラファルトが怒る時はいつも声音が普段よりも数段階低くなるのだが、今は普段通り……いや、震えているせいか普段より少しだけ高くも感じられた。


 いきなり罰を与えられたから混乱しているのか? なら、ちゃんと説明すれば分かってくれるかな? 今回はミラを泣かせてしまっているし、流石にお咎め無しとはいかないだろう。そう思っていたので、俺は倒された体を起こしてその場であぐらを組んでからグラファルトへと声を掛けた。


「どうもこうも、さっき説明した通りだよ。俺から細かい話を聞いていたにも関わらず、面倒だったからなのかは知らないけど、ミラに話の本筋を話さず困惑させただろ?」

「いや、あれは……」

「お前がどういう考えを持っていたのか、それは今はどうでもいいんだ。その結果としてミラを泣かせてしまった事に問題があるんだから」

「うっ……」


 そうして一瞬だけ視線をミラに移すとミラはなんとも言え無い顔をして俺たちの様子を見ていた。あ、本人が居る前で泣かせたとか言わない方が良かったかな……まあ、過ぎた事は仕方がない。


「グラファルトだからって理由で済ませてもいいんだろうけど、毎回何かが起こる度にこうやっていらぬ混乱を生じさせるんなら、それは改善しなくてはいけ無い問題だと思う」

「……」

「でも、言葉だけで”面倒くさがるのを止めなさい”と言っても聞きそうにないから。今回は罰を与える事にしたんだ」


 一度罰を与えてしまえば、完全には治らないにしても少しは改善されるだろう。そんな思いもあって、今回は軽めの罰をグラファルトに下す事にした。


「だから、お前はこの村に滞在中は俺の料理を食べる事を禁止。ただし、自分で狩りをして食事をしたり、村で用意されたご飯を食べる事に関しては構わないからそこまで重い罰になるわけじゃ――「……やだ」――え?」


 重い罰になるわけじゃない。

 そう言いかけたところで、目の前に居るグラファルトからそんな声が漏れる。


 おいおい、ご飯が食べれ無いわけじゃないのにどうして……うぇっ!?


「い、いやだぁ……」

「ちょ、えぇ……」


 俯いたグラファルトの顔をあぐらの体勢で覗くと……潤んだ朱色の双眸からは涙がポロポロと溢れ始めていた。

 なんでそこまで嫌がるんだ?


「おいおい、何も泣く事はないだろう!?」

「いやだ! いやだいやだいやだいやだぁ!! われがわるがっだがらぁ……、ごはんだべだいぃ……」


 慌ててグラファルトの頭を撫でる為に立ち上がろうとしたのだが、それよりも先にグラファルトがあぐらを組んでいた俺のももの上に跨り始めて、縋る様に抱きついてきた。


「いやいや、ご飯は食べていいんだって!! 自分で狩りをするか、村人たちから出された食事を食べれば、ご飯は食え――」


「やぁぁぁぁだぁぁぁぁ!!!!」

「「…………」」


――――こうして、大号泣するグラファルトが生まれたのだった。




 あまりの号泣ぶりにこっちが悪者の様に思えてしまう。

 いや、だって……俺の料理が食べられないだけだよ? それも一ヶ月とかじゃなくて四日間。それだけでまさか号泣されるとは思わなかった。


 さて、どうしたものか……。


(藍、聞こえてる?)

(あれ、ミラ?)


 抱き着いて泣きじゃくるグラファルトをどうするべきか悩んでいると頭の中に声が響く、その声はミラのものであり念話を使って話し掛けて来たのだと気づいた。


(どうした……って、決まってるか)

(ええ、まあ……グラファルトの事なんだけれど)


 ですよねぇ……。グラファルトが泣き叫んでいる時、一瞬だけど目が合ったもんな。

 先程までの出来事を思い出していると、ミラから続けて話し掛けられる。


(グラファルトの事は私に任せて貰えないかしら?)

(え、それは俺としても有難いというか……でも、大丈夫なのか?)


 正直言って、グラファルトがここまで駄々をこねるとは思っても居なかったので、困惑していた俺にとっては本当に助かる申し出だった。何か解決策でもあるのかな?


(ふふふ、まあ多分大丈夫だと思うわ。その代わり、お願いと言うか……私の指示に従って欲しいのだけれど?)

(つまり、ミラの言う通りに行動すればいいって事?)

(ええ、まずはグラファルトに与える予定の罰を無くしてもらえる? 私としてはそんなに気にしてないし、罰を与える必要もないと思っているから)


 うーん、それはグラファルトの為になるのかなぁとも思ってしまう。

 しかし、視線を下に向ければ未だに涙を流して上目遣いで俺を見てくるグラファルトの姿があり……傍から見れば、幼気な少女を虐めている青年という構図が出来上がっているこの状況はあまり宜しくないとも思える。

 悩んだ結果、俺はミラの提案に賛同する事にした。


’(わ、わかった。今回被害にあったのはミラだと思うし、そのミラ自身が気にしないって言うなら今回は御咎め無しって事にするよ)

(そうして頂戴。それじゃあ、今からグラファルトに念話して話をするから。それまで藍はグラファルトの頭でも撫でてあげなさい)


 小さく微笑んだ後、ミラはそう言って念話を切ってしまった。

 ミラからの念話が切れた後、いつの間にか俺の胸に顔をうずくめていたグラファルトは一瞬だけ体をビクンと跳ねさせると、ゆっくりと顔を胸から離してミラの方へを顔を向けた。


「んっ……グスッ……」


 相変わらず泣いてはいるけど、頭の中ではミラと念話しているんだと思う。二人の会話が終わるまで暇になった俺は、グラファルトの涙を拭ってあげたり頭を撫でてあげたりしていた。

 ……あれ、なんだかんだで俺ってグラファルトに甘いのか?



 グラファルトは次第に涙を引っ込めて鼻はまだ啜ってはいるけど、とりあえずは落ち着きを取り戻したようだ。


「…………グスッ」

「えっと……」


 まだ少しだけ赤くなっている目元、しかし、その奥には先程まで泣いていた所為か微かに煌めく朱色の双眸が顔を覗かせていて、ジーッと俺の事を見ていた。

 その目つきは何処か呆れている様な……嫌な事でもあった様な……そんな印象を受ける。

 え、なに……ミラとどんな話し合いがあったの!?


「――さて、そろそろ村長の所へ行きましょうか♪」

「あ、うん……?」


 グラファルトのジト目に苦笑を浮かべていると、グラファルトの後ろに立つミラが上機嫌で俺に声を掛けてきた。

 あれ、何で……?


「ほら、グラファルトもいい加減そこをどきなさい? 私が藍に頼んで罰は無くなったんだから、文句はないでしょう?」

「……むぅ。確かにそうだが……条件が……」


 ん、条件?

 口を尖らせて俺のももの上から退いたグラファルトは不貞腐れる様にそんなことを口にした。


「なあ、条件って――」

「さあ、行きましょう」

「え、ちょっ」


 グラファルトが口にした”条件”という言葉の意味を聞きたかったのだが、聞こうとした矢先にスタスタと歩き始めたミラに腕を掴まれて強制的に立たされた後、家の外へと連れて行かれてしまう。

 家の方を向いたままだった俺は、扉が閉まる所を見ていたのだが……扉の隙間から俺達の方を見ていたグラファルトは悔し気に目を細めて頬を膨らませていた。


 家から少し離れた所で、ミラの手が俺の腕から離れて俺は自由の身となった。佇まいを正し、ミラの隣に立つとミラは「えいっ」と言う小さな掛け声と共に左腕にしがみついて来た。凄く大きいわけではないが、決して小さくもない。ある程度の膨らみを持った二つの山が俺の左腕に押し付けられて柔らかな感触が伝わって来る。


「ふふふ、一応私達は夫婦って言う事になっているから」

「そ、そだね……」

「あら、顔が赤いわよ?」


 うるさいわい。

 こればっかりは仕方がないと思う。

 ミラは紛れもなく美少女だし、グラファルトや黒椿は決して無い訳ではないがミラ程ではない、ロゼにリィシアと言った幼さがまだ残る体つきの女の子達とも違う、ミラの持つ柔らかい感触は……普通の青年である俺にとっては刺激的過ぎるのだ。


「ふふふっ」

「タノシソウダネ……」

「ええ、とっても♪」


 どうやら、俺が恥ずかしがっている所を見るのが楽しいらしい。

 上機嫌のミラは腕に抱き着いたまま歩き出し、ミラに引かれる様に俺も足を進めた。

 まあ、ボルガラの家に行くのにくらいままって言うのもなんだと思っていたから、ミラが上機嫌なら良しとしよう。うん、俺が少し照れくさく感じるだけだ……後は理性で心を静めるだけ。


「……ぎゅっ」

「うぐっ……」


 静めるだけだから……!!


 こうして、俺とミラはボルガラとモルラトが待つ村長宅へと向かい始めた。









「――ちなみに、グラファルトが言っていた”条件”って言うのは……」

「内緒」

「ちょっとぐらい教えてくれても――「ナ・イ・ショ・♪」――さいですか……」


 押し付けていた体を更に強く押し付けたミラは、左腕を俺の体から離すと人差し指を自分の唇へと持って行き右目だけを閉じてウインクをする。

 結局それ以上聞いても教えて貰う事は出来ず、上機嫌のままミラは質問に答えてくれることも無くなった。


 条件って、何だろうな……。





@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@



~ミラスティアとグラファルトの念話の一部~


(グラファルト……私が藍に頼んだおかげで、あなたは大好きな藍の料理を食べられる。そうよね?)

(う、む……)

(という事は、私のお願いも……聞いてくれるわよね?)

(うむむむぅ……)

(別にずっとって訳じゃないの。自由に出入りする許可を貰えるのとたまに二人になれればいいの。とりあえず、今日は譲ってもらいたいわね)

(……たまにだからな? 本当にたまにだぞ?)

(ええ、もちろん。あなた達が二人きりの時に邪魔したりもしないし、入る時は事前に念話で連絡を入れるわ。まあ、私が二人きりの時も同じようにしてくれると嬉しいのだけれど)

(……わがっだ、条件を呑もう)

(ありがとう♪)



     >>>グラファルトは、悔し気に条件を呑んだ。<<<


 >>>ミラスティアは、【スペアキーの所有権】と【条件付きで藍とグラファルトの部屋に自由に行き来できる権利】を得た。<<<


  >>>グラファルトは、二人が家を出た後で両膝をついて項垂れた。<<<


         >>>ミラスティアは上機嫌だ。<<<




   【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


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