第185話 いざ、覚悟を決めて




「本当にごめんなさい……」

「いや、泣き止んでくれて良かったよ」


 ベッドの縁に座り込んでいたミラは背筋を伸ばすのに疲れたのかベッドがくっついている壁に背中を預けて三角座りをしていた。


 ミラっていつもは雰囲気とか口調とかで大人びて見える様に振る舞ってはいるけど、二人っきりになると甘えた様に年相応の態度を見せてくれる。見た目は俺の一、二個下くらいだから、普段の綺麗な女性って印象とは違って可愛いらしい美少女って感じかな。


「……どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」


 そう言いながらミラの隣でと同じ様にベッドがくっついている方の壁に背中を預けて、不安そうにこっちを見上げるミラの僅かに紫黒のメッシュが入った黒髪を優しく撫でる。


「……なんか、子供扱いしてない?」

「そんなことはないぞ?」


 嘘です。

 子供扱いとまではいかないけど、年下の様に思って接してました。


「……むぅ」

「ぐぅ……ッ」


 頭を撫でられ続けていたミラは不服そうに頬を膨らませて上目遣いでこっちを見つめて来た。

 それは不意打ちにもほどがある……ッ、急に高鳴る胸の鼓動に襲われて思わず胸を抑えてうずくまってしまった。

 うん、認める……認めますよ。

 ミラはどんな表情をしていても可愛いと思う。

 そう思えるくらいに、俺はもうミラの事を異性として意識し始めていた。


「だ、大丈夫……?」

「あ、ああ、うん。大丈夫……」


 心配して傍に近寄るミラの頭を撫でながら心を落ち着かせる。

 よし、落ち着け……いまはミラに見惚れている時ではない……。


 自分に言い聞かせるようにそう唱えた後で、俺はミラへと体を向ける。


「さて、そろそろ本題に移っても大丈夫か?」

「え、ええ……」


 頭を撫でていた手を放してミラに聞いて見ると、ミラはその場で姿勢を正して少しだけ不安そうにしながらも頷いてくれた。


「そんなに不安そうにしなくても大丈夫だ。俺は何があってもミラを嫌ったりはしない。間違っていると思ったら何か言うかもしれないけど、それでミラを嫌うなんて事はありえないから」

「……わかった」


 俺の言葉を聞いても尚、顔を少しだけ伏せて返事をするミラに苦笑しつつ、俺はミラとここまでに至るまでの情報共有を行う事にした。


「よし、それじゃあまず確認な。さっきグラファルトがここに来てただろ? あの時、多分何か言われたと思うんだけど」

「ええ、確かに言われたわね」

「そっか、グラファルトはなんて言ってた?」

「えっと……」


 思い出しながらといった感じにミラはグラファルトから聞かされた話を俺にしてくれた。そうしてグラファルトがミラへ話した話の内容を知り、俺は頭を抱える。


『藍はもうアルス村の秘密について知っているぞ』

『お前のしてきた事についても知っているらしいぞ』

『だから、いつまでも部屋に閉じこもっていないで藍の元へ行くぞ!』


 あいつ、絶対に飯抜きにしてやる。

 そりゃあ、ミラだって不安になるだろ!? もっと要点を細かく説明しろよ……!!

 とにかく、ミラの話を聞いて俺はある程度理解した。グラファルトが何も伝えきれていない事を。いや、正確には伝えてくれてはいるのだが内容が酷い。

 俺はミラがアルス村の人たちについてどう思っているのか、その内容についてグラファルトから細かく聞いていたから大丈夫だが。

 ミラにとっては死刑宣告に近い発言だったろう。


 自分のしてきた事が悪い事だった、自分のしてきた行いのせいで魔法を使えない人がいる。そんな真実をよりにもよってしられたくなかった身内にしられたんじゃ……そりゃ部屋に籠りたくもなるわな。


「グラファルトに代わって謝る。不安にさせて本当にごめん!」


 ミラの話が終わり、頭の中で状況の整理がついた所で俺はミラへ謝罪した。いや、この場合俺が謝罪する理由は全くないんだけど、ないんだけど……。

 俺の奥さんがやらかしてしまった事だから……!!


「ちょっと、別に気にしてないから!」

「グラファルトも悪気があった訳ではなくて、ミラの事を本当に心配していたし、せっかくの旅だから変なゴタゴタは早く片付けてみんなで楽しみたかったんだと思う。決して考えるのが面倒だったからとか、飯が不味くなるからとか、そんな理由じゃないと思う……そう信じたいッ」

「それにしたって藍が謝ることじゃないわ」


 俺だってそう思うよ!?

 でも、奥さんがしでかした事と考えるとね……その責任の一端は担わないとと思ってしまうんだ。


 その後も何度か謝罪を繰り返し、ミラが呆れてしまうまで押し問答が続いた。








 グラファルトがミラに対して俺が話した内容のほとんどを説明していない事を知った俺は、早速ミラにボルガラとモルラトの二人の話を始める。

 俺の口から”アルヴィスの末裔”、”アルセルス・モーゼス伯爵”、”アーズガルド公爵”という単語が出ると思っていなかったのか、話の途中でミラはなんども驚いた表情を浮かべていた。

 そうして村人たちがミラを恨んでいない事、寧ろ村人たちの方がミラから恨まれている筈だと思っている事、最後に【神眼】を使って得た情報を伝えてボルガラとモルラトから聞いた話の説明を終える。


「後は、グラファルトから聞いた話になるけど、ミラが思っている事についても少しだけ聞いた」

「……そう」

「それで思ったんだけど、ミラが村の人たちから恨まれているって感じてしまう理由って……前に言っていた”みんなが言っていた”って言う出来事が原因だったりするのか?」

「ッ……」


 華奢な体をびくりと震わせた後、その顔を俯かせてミラは小さく頷いた。


 やっぱりか……。グラファルトから”ミラは自分が恨まれていると思っている”と聞かされていた時点で、なんとなくではあるがそうではないかと思っていた。


 それは二年以上も前の話。

 まだ俺がフィエリティーゼにやって来て直ぐの頃だったと思う。


『――独りだって怖くない!! アルヴィス大国を滅ぼした時だって、私は独りで戦って来た!! 恨まれるのも、憎まれるのも慣れているの!!』


 木造の仮拠点の中で、怯えるように泣きながら叫ぶミラは未だに俺の脳裏に強く焼きついている。当時、優しさを拒絶し続けてきたミラは差し伸べられた手を取ろうともせずに、罪悪感と後悔に苛まれながら、弱い心を胸の奥に封じ込めて隠し続けていた。

 しかし、度重なる家族からの優しさに触れ続けたミラの心をは大きく揺れ動いていき、結果として我慢の限界を迎えてそのやり場のない感情を俺へとぶつけ始める。その時に少しだけアルヴィス大国での出来事を示唆するような発言があったのを俺は覚えていた。


『――みんな言ってたの!! 私の所為で死んだって!! 私の所為で全てが台無しだって!! 私さえ居なければ……いなければ、しあわせだったって!!』


 前回聞いた時と、今回思い出した時とではまた印象が変わってくる。ボルガラとモルラトにモーゼス伯爵の手記を見せてもらったからかな? 上手く説明できないんだけど、少なくともアルヴィス大国の国民の全員がミラに対して恨み言を言っていた訳ではないと知って、安心したというか。

 多分、ミラに恨み言を言った奴らは過激派と言われていた連中なんだろう。自分たちの目的を邪魔されたからか、もう【闇魔力】に精神を蝕まれて狂ってしまっていたからか、まあどっちにしたって俺は許せないけど。当時、俺がその場に居たとしたら躊躇なく【漆黒の略奪者】を使ってその魂ごと奪い去っていたと思う。ミラから話を聞いた後しばらくはそれくらい怒っていた。いや、思い出した今でも同じくらいに怒ってるけどね? まあ、怒りの対象である過激派はもう居ないからうだうだ言ってても仕方がないんだけどさ。


 ミラの過去はこれまで詮索しないように注意していたけど、まさかこんな形で知る事になるとは……。


「……藍の言う通りよ」


 そんな事を考えていると、俯いていたミラが小さな声で話し始める。


「あの時、私の心の弱さを受け止めてくれる人が出来て安心できたのは本当。藍の存在は私の中で特別なものになっているの……それは、日に日に強くなっているわ」

「う、うん」


 あれ、いまサラっととんでもないこと言われなかったか?

 気になりはしたけど、ミラはまだ話の途中だったようでこっちの様子など御構い無しに話を続けていく。


「でもね、それでもやっぱり不安に思ってしまうの。過去に言われた言葉って、思っていたよりも私の心に深く刻まれていたのね……」


 苦笑いを作っていたミラだったが、悲しみは隠しきれておらずその瞳には動揺が見えた。体も微かにではあるが震えている。

 ミラにとって、アルヴィス大国での出来事は完全にトラウマとなってしまっていたのだ。


「私はアルヴィス大国を滅ぼしてから、なるべくアルヴィス大国があった場所には近づかないようにしていたの。アルス村の存在については知っていたわ。でも、行こうとは思えなかった。アルヴィス大国の事を思い出す度に……手に掛けて来た人達の言葉が頭の中でずっと聞こえて来て……ずっと、ずっと責めて来て……ッ」


 落ち着いた様子で話していたミラだったが、次第に体の震えが大きくなっていき呼吸は乱れ、最後には何かに怯える様な表情で顔を覆い始めた。

 そんなミラを見ていられず、俺は思わずその手を引いてミラの体を抱き寄せる。


「大丈夫、俺が傍に居るから。ミラを傷つける様な奴には指一本触れさせない、何があっても俺が守って見せるから。だから、落ち着いてゆっくりと話してくれ」

「ッ……」


 ゆっくりとなるべく優しく声を掛け続けていると、ミラの体の震えは治まり先程まで苦しそうにしていた呼吸も落ち着いて来た。


「大丈夫か?」

「……ええ、ありがとう」


 そう言ってミラは俺から離れようとしたのだが、俺はそんなミラに構うことなく抱きしめていた腕に力を込める。


「あ、あの……藍?」

「このままでも話は聞けるだろ? またさっきみたいになる可能性だってあるし」

「そ、それはそうだけど……め、迷惑だと思うし、その」

「俺は気にしないから、ミラさえよければこのまま話をしよう」


 俺が断固として離さないと意思表示をすると、ミラは顔を赤らめながらも諦めた様に首を縦に振った。

 うーん、今までの話からしてボルガラ達に会う事は難しそうだよなあ……。

 怖がるミラを無理やり連れて行くのは気が引けるし。


 でも、ボルガラとモルラトはミラに会いたがっていたし……。


「……藍?」


 どうするべきか悩んでいると、腕の中に抱き寄せていたミラから不安そうな声が漏れる。下を見るとこれまた不安そうな表情を浮かべるミラの姿があった。その瞳は不安そうにこっちを見ているのだが、抱きしめられているのが恥ずかしいのか頬は僅かに赤みを帯びている。

 そんなミラの様子を見ていると、不思議と安心したというか何とかなるんじゃないかという気持ちになれた。

 ミラには申し訳ないけど、自分よりも不安そうにしている人を見たからなのかな?


 未だに不安を隠しきれていないミラの頭を優しく右手で撫でる。そうして、俺は優しい口調を心がけて、ミラに提案する事にした。


「ミラ、村長のボルガラとその妻のモルラト……二人に会ってみないか?」

「…………」


 頭を撫でられた事でその頬を更に赤くしていたミラだったが、俺の提案を聞いてその表情を少しだけ暗くする。


「もちろん、無理に連れて行く気はない。ミラが嫌なら全然断ってくれていいからな? でも、ボルガラとモルラトの二人はミラに会いたがってたぞ? あ、当然だけどミラを恨んでなんかいない。逆に、ミラが自分たちと会ってくれるのだろうか?って不安がっていたくらいだから」

「…………」

「このまま何もしないでいると、結局答えは分からず仕舞いだと思うんだ。さっき俺からアルス村の人たちがミラについてどう思っているか説明したけど、多分それだけじゃまだ信じられないんじゃないか?」


 俺がそう聞くと、ミラは視線を左右にオロオロさせた後、申し訳なさそうにしながらその首を小さく縦に振った。


「だとしたら、後は自分で見聞きして判断するしかないと思うんだ。他人から聞かされた真実よりも、自分の目で確かめた真実の方が実感が湧くだろうし、その方が後腐れなく過去と向き合えると思う」

「…………」

「俺はミラの味方だ。どんな事があったとしてもミラの傍に居続ける。だから、一緒に前へ進んでみないか?」


 これで断られたら仕方がない。

 そんな覚悟でミラへと話し続けた。


 そうしてしばらくの沈黙の後、ミラはゆっくりと俺の腕から離れてしまう。突然の事で腕に力を入れていなかった俺は、あっさりとミラの体が離れてしまう事を許してしまった。

 これは断られるかな……。

 そんな事を思い始めていた時、俺の両手がミラの小さな手によって握られた。


「ありがとう、藍。私……村長の所へ行ってみる」

「ッ……それは、俺としても嬉しいけど……」


 大丈夫なのか?

 優しい笑みを俺へと向けるミラの事が心配になり俺は様子を伺う様な視線をミラへと送る。

 そんな俺の視線に気づいたミラは、ふふっと小さく微笑むと重ねる様に握っていた手の握り方を変えて、指を絡めるように握り変えた。


「大丈夫、だって……藍が傍に居てくれるんでしょう?」


 そう話すミラの顔はとても幸せそうで、笑顔でそう聞いて来たミラは指を絡めていた手の力を強めて、ぎゅっと手を握って来た。


 覚悟は決まった……ってことかな?

 そうと決まれば、行動あるのみ。

 ミラの質問に「もちろん」と笑顔で答えて、早速俺達は村長であるボルガラの家へ向かう事にした。





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  【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


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