第182話 アルス村の真実
「貴方様は本当にミーティア様の……いいえ、”常闇の魔女”であるミラスティア様の夫なのですか?」
ボルガラから発せられた一言に、俺は直ぐに警戒心を高める。
いつだ? いつから気づかれていたんだ!?
そもそも、気づいていたとしたら何故黙っていた?
いや、そもそも気づかれたとしても何の問題も無い筈だ……一体何が目的なんだ?
「――もう一度だけお聞きします」
思考を続けている俺にボルガラは静かにそう話す。
「……」
いつ何が起きても大丈夫なように臨戦態勢を取りつつも、ボルガラに続きを促す。
さて、この場合俺はどう対応するべきなのか……ミラの正体がバレていると言っても、それはあくまで疑惑の段階かもしれない。ここで俺が下手な事を言えば、その疑惑が確信に変わる可能性もある。それを考えると、ここは……。
そうして考えている間にもボルガラがその口を開き始めていた。結局、俺は嘘を吐き通す事で様子を伺う事にしてボルガラの言葉を待つことにした。
「ラン様、貴方様は――」
「……」
重苦しい空気に包まれたボルガラ邸で、俺はボルガラの話が終わるのを待っていた。
しかし、次の瞬間――ボルガラの頭に強烈な一撃が見舞われる。
「痛ァッ!?」
「ッ!?」
強烈な一撃を受けて、ボルガラが頭を抑えてテーブルに突っ伏してしまった。
そんなボルガラの後方には一人の女性が立っている。
ボルガラの奥さん……モルラトだ。
モルラトは笑みを見せてはいるがその右手は手刀の形を作っている。
「――あなた?」
「ッ……」
笑顔で話すモルラトの声音は今まで聞いて来たどの声音よりも低く、怒っている事がはっきりとわかる。ボルガラもそんなモルラトの雰囲気を感じ取ったか一瞬だけ体をビクリと跳ねあがらせるが、依然としてテーブルに伏した顔を上げようとはしなかった。
そんなボルガラに構うことなく、モルラトはスススとボルガラの右隣りに近づくと白髪混じりの焦げ茶色の短髪をその細い左手で掴み上げ、ボルガラの頭を持ち上げた。
「あ・な・た?」
「は、はい!?」
「私はあなたに協力する際に言いましたよね? ”お客様であるラン様を困らせる様な聞き方は絶対にしないように”と……私達のお話を聞いてもらうのならまだしも、無理やり聞き出そうとするような事を私が許すとでも思いますか?」
「…………す、すまぬ」
えーっと……?
「焦る気持ちは分かりますが、だからと言ってラン様に警戒心を抱かせてどうするのですか。だから私はあなたに全てを任せるのを反対したのです」
「い、いや……その……」
「あら、私に口答えするの? ふ~~ん」
「いえ、そのような事は……」
二人のやり取りを聞いている内に、自然と警戒心が薄れて行った。
いや、違う意味でモルラトには気を付けなきゃとは思ったけど……。
その後もモルラトによる説教は長々と続き、それに反論しようとしていたボルガラだったが、モルラトには逆らえないのか次第に声が小さくなっていき最後は唯々謝り続ける人形と化してしまった……。
ど、どうしよう……俺、奥さん三人もいるけどいずれああなってしまうのだろうか? いや、もう既にグラファルトには逆らえな……いいや!! まだ対等の立場の筈だ……きっと、多分。
「ラン様、お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません」
「い、いや……大丈夫?」
「はい、ご心配なく」
いや、俺はモルラトにじゃなくて君の隣で突っ伏してるボルガラに聞いたんだけどな……。
テーブルの横長の側面に二つずつ置かれた椅子、その玄関側の椅子の右側に腰掛けていた俺にお水を出してからモルラトは俺と向かい合う様に座り笑顔でそう言った。モルラトの隣には未だ頭を抑えたままのボルガラが突っ伏している。
だ、大丈夫? 回復魔法掛けようか?
「お気になさらず。この人の自業自得ですから」
「あ、はい」
一応確認の為にそう聞いてみると、ゆっくりと顔を上げたボルガラは笑顔を見せたが、隣に座るモルラトがそれを拒否したため再び突っ伏してしまった。
すまない、ボルガラ……。
そう心で思いながら、苦笑を浮かべて水を飲んでいると同じく水を飲んでいたモルラトが話しだす。
「それで、その……夫の言葉を繰り返す様で申し訳ないのですが。差し支えなければ、貴方様の正体を教えていただけませんか?」
「……えっと」
「こちらに敵対する意思はありません。村人たちにも話すことは無いですし、ミーティア様の正体について知っているのも私と夫のボルガラだけです」
「うーん……」
どうしよう……話すべきかな?
でも、ミラ達に意見を聞かずに勝手に言って良いものか……。
「そもそも、どうしてミーティアがその……”常闇の魔女”様だと?」
とりあえず、俺の正体についてははぐらかして、ミラの正体について確信している様子の二人にその根拠について聞いてみる事にした。
すると、ボルガラとモルラトは顔を合わせて頷くと「少々お待ちいただけますか」と言って席を立ってしまう。
そうして二階へと上がりしばらくして、複数の木箱を手にして戻って来た。
「お待たせしました」
「いや、それは大丈夫だけど……これは?」
二人が持ってきた木箱は合計で十個。そのうち九個は縦30cm、横20cm、高さが10cm程のもので、一つだけその倍ほどの大きさの木箱がある。
俺が木箱について聞いてみると、モルラトは大きな木箱の上蓋を取り始めてその中身を取り出した。
「この木箱には状態保存魔法が付与されているそうです。ずっとずっと昔から代々村長となった者に受け継がれてきました。木箱だけではなく、この木箱の中に入れた物に関しても、箱の中は時間の流れが停止しているらしく。この木箱は長い年月守られ続けて来た大切な物なんです」
「へぇ…………て、えっ!?」
大きな箱から出て来た物。
それは精巧に出来た木彫りの像だった。
像は人の姿を象っており、服や髪の細部まで正確に彫られていた。
なんでそんな事が分かるのか?
それは――目の前の木彫りの像がミラの姿を象っていたからだ。
「これは”常闇の魔女”であるミラスティア様の木像です。この木像の詳細についてはこちらの木箱に――「ちょ、ちょっと待ってくれ!」――はい?」
まさかの事態に説明をしようとしているモルラトの言葉を遮ってしまった。
いや、だって……何でミラの木像が? これ、ミラは知ってるのかな?
「あの……」
「あ、ごめん……えっと、なんでミラ……ミラスティア様の木像がここに?」
心配そうに俺の事を見ていたモルラトに謝り、目の前にある木像についての説明を求めた。
すると、モルラトは先程開けようとしていた同じ大きさの九個の木箱のうち、”①”と書かれた木箱の上蓋を開ける。そこには十数枚の羊皮紙が入っていて、羊皮紙の束を取り出したモルラトはその中の一枚を取り出して俺の前へと差し出した。
「これは?」
「これは我らのご先祖様が残された記録になります。この羊皮紙には、アルス村が作られた経緯と、ご先祖様達から託された願いが書き綴られているのです。それが代々受け継がれていき、村にとって重大な出来事が起こる度にその時の代の村長である人物が追加で書き記して木箱の中に保管し続けてきました。儂も先日書き記したばかりです」
「ご先祖様達はこの家の二階に空の木箱と羊皮紙を大量に残してくれていました。そうしてご先祖様達は未来の子孫へと自分達の意思を託し続けてきたのだと思います。私達も同じく……次代の村長へと託していくつもりですから」
そんな大切な物を、俺なんかが見てもいいのだろうか?
心配になってモルラトに聞いてみると、モルラトは構いませんと言い切った。
「元々、ラン様には全てをお話する予定だったのです。ミラスティア様の傍に居る貴方様には、私達一族の想いを知っていて欲しかった……まあ、本当は貴方様とミラスティア様のご関係を確認してからにしたかったのですが。先にこの人が無礼を働いてしまいましたので」
「うっ……儂はただ」
「なんですか?」
モルラトに睨まれてボルガラは押し黙る。
そんな二人の様子に苦笑しながらも、視線を手元にある羊皮紙へと移した。
羊皮紙には木像と”常闇の魔女”であるミラスティア・イル・アルヴィスという人物についての説明が書かれていた。
うーん……この内容を見たとすると、もうミラの事は完全にバレているみたいだな。
まあ、服装や髪色なんかは変えてるけど、髪型とかまでは変えてないから、フィオラと一緒に来た人物が木像と同じ髪型をしていれば、そりゃ疑うよな……。
それに、名前に関しても”ミラスティア”と”ミーティア”だし……。うん、これに関してはミラが悪い。『名前なんて適当で良いのよ』とか言って元の名前からもじっただけだもんなぁ。
羊皮紙に書かれていた内容を読み終えた俺は、ボルガラ達に視線を向けてしばらく考える。
そして、二人の人柄と敵意は無いと言う言葉を信じて、自分がミラの夫ではないこと、ミーティアの正体は確かにミラスティアであることをを話すことにした。
その話をした際に二人が一番驚いていたのは、グラファルトの存在だった。
彼女が竜種であることもそうだが、伝説上の存在と思っていた魔竜王が一緒に居るとは思ってもみなかったらしい。
そうして説明を終えた後、まだ驚きを隠せないでいる二人に向かって俺はあるお願いをした。
「……一応、ここだけの話にしておいて欲しい。勝手に言ってしまって良い事ではないと思うし、変に騒がれるのも苦手だから。俺達は旅人してのんびりと滞在したいんだ」
「はい……それはもちろん」
「儂らとしても村人たちに伝えるつもりはないのです。ただ、ミラスティア様の傍に居るお方に、儂らの――いえ、我らの想いを聞いてほしかったのです」
「あのさ、さっきから言っている”我らの想い”って言うの……ミラに直接言う訳にはいかないのか?」
ボルガラとモルラト、二人の会話の中に時より出て来る”想い”という言葉。
その意味がいまいち分からず、二人に聞いてしまった。
ミラの正体に気づいていたのなら、直接言えばいい。なのにそれをしないのは、一体どういう理由からなのか……それが気になっていた。
すると、二人はその表情を曇らせて首を左右に振り始める。
「儂らには、ミラスティア様に想いを伝える資格なんてありません」
「私達の一族は、あのお方に恨まれているでしょうから」
「どうして……」
苦笑を浮かべてそう言ったボルガラとモルラトに思わず眉を顰めてしまう。
少なくとも、村について説明しているときのミラからは恨みとか、怒りといった感情は感じ取れなかった。
二人がどうしてそんな風に自分達を貶める様な発言をするのか、全く分からなかった。
「「……」」
「……」
俺達の間に重い沈黙が続く。
その沈黙を破ったのは――村長であるボルガラだった。
「――儂らのご先祖様は、とある大国の国民でした」
そう切り出したボルガラは、口を動かしながらもモルラトの手元に置かれていた羊皮紙へと手を伸ばす。
「――まあ、今はもう存在しない大国ですが」
「ッ……それって……」
ボルガラの言葉に、俺は一つだけ思い当たる国があった。
『こことは別の世界、フィエリティーゼに存在する大国の一つ……いえ、もうあの国はないんだったわ』
それは、俺がミラと初めて出会った時の記憶だ。
その記憶の中で……ミラはこう言っていた。
『だから――元アルヴィス大国の建国者っていう所かしらねぇ?』
「――ラン様。儂らはミラスティア様が建国した大国……【闇魔力】を宿していた者達が集い暮らしていたアルヴィス大国の民、その末裔なのです」
俺の目の前でそう語るボルガラから一枚の羊皮紙を渡される。
その羊皮紙の始まりには、こう書かれていた。
『我らの血を受け継ぐアルヴィスの末裔よ。ここに、アルス村の真実を記す』と。
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【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!!
ご感想もお待ちしております!!
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