第181話 過去の遺恨


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 遅くなってしまい申し訳ありません。

 そして、今回は藍視点→三人称→藍視点と移動します。


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「魔法が……使えない?」

「ええ、我らアルス村で生まれた者の全てが使えません」


 ボルガラは苦笑を浮かべながらそう言い切った。

 魔法が使えない……そんなことがありえるのだろうか?

 この世界の人間は生まれながらにして必ず魔力色の内一種類を宿すとミラから聞いた。まあ、【闇魔力】だけはミラがファンカレアに頼んで生まれてこないようにしたみたいだけど。もしかして、それが関係していたりするのかな?


「なあ、それって――」

「では、儂はこれで失礼させていただきます。夕方ごろに、ささやかではありますが歓迎会を開かせていただきますので」

「……行ってしまった」


 【闇魔力】が関わっているのかボルガラに聞きたかったんだけど、ボルガラは俺達に一礼して来た道を引き返して行った。

 うーん、追いかけて聞き出すのもなぁ……怪しまれる訳にもいかないし。


「ミラは知ってたか? この村の人たちについて」

「……」

「ミラ?」


 俺とグラファルトの前に立っていたミラはボルガラが歩いて行った方を見ていた。その顔が何だか思い詰めている様に見えて……ちょっと心配になる。

 もう一度ミラの名前を呼ぶと、はっとした表情をしたミラだったが直ぐに笑みを見せて俺の方へと顔を向ける。


「ごめんなさい、ちょっとぼーっとしてて……」

「大丈夫か?」

「え、ええ。でも、疲れているのには変わりないから歓迎会までの時間は部屋で休ませてもらうわ。家は三階構造で一階がリビングとダイニングキッチン、二階が個室になってるから。三階については私も見に行っていないから分からないわ。二階の個室の扉にネームプレートが付いているそうよ。部屋の中は森にある家と同じにしてあるとロゼが言っていたから」


 いつもより早い口調でそう説明すると、ミラは家の玄関へと近づきそのまま扉を開ける。そうして扉を開いた状態で一度こっちに振り向くと「歓迎会までは自由行動よ」と言い家の中に入ってしまった。


「なあ、ミラの様子……変じゃないか?」

「ん? ああ……そうかもしれないな」


 あれ、こっちもか。

 気のない返事に左を見ればグラファルトが顎に右手を添えて家の玄関口を見ていた。


「もしかして、ミラの様子がおかしい理由を知ってるとか?」

「いや、うむ」


 どっちだよ……。


「すまぬ、我もまだ確信に至っていないのだ。そんな状態で話していい内容かもわからぬ。少し時間をくれ」


 真っ直ぐ俺の方を見てグラファルトはそう言うと家の方へと進んで行きそのままミラと同じように家の中へ入ってしまった。


「俺はどうしようかな……」


 二人の様子も気になるけど、どうせ教えて貰えないだろうしな。

 とりあえず、一階の見学だけして村の様子でも見て回るか。ここまで特に怯えられたりする事はなかったけど、念には念を入れておいたほうがいいだろうし。

 もしかしたら個人差がある可能性もある。


「まあ、まずロゼが造ってくれた家を見るか。部屋は同じ構造らしいから、とりあえずは一階だけでいいな」


 そう呟いたあと、俺は玄関へと近づいてドアノブに手を掛けて扉を開き、家の中へと入った。













 藍を見学している時、グラファルトは二階にある部屋の一室に入っていた。そこはネームプレートが扉の外に掛けられていない客室用の部屋。ベッドに小さなテーブルと椅子、クローゼットと扉が二つ。一つはトイレで、一つはお風呂場だ。

 ミラスティアと藍、そしてグラファルトが使用する部屋には”空間拡張魔法”が使われている為、外観よりもその内部は広い構造になっている。しかし、いまグラファルトが居る部屋はあくまで客室である為、部屋の広さは外観通りの造りになっていた。


 室内の玄関側の壁につけられた窓に顔を向けていたグラファルトは、その朱色の双眸で外を眺めている。そこには玄関から出てきた藍の姿があり、玄関から数歩前へ進んだ藍は軽く背伸びをしてストレッチをすると、そのまま前へと足を進めて村の方へと歩いて行った。

 そんな藍の様子を柔らかな笑みで眺めるグラファルト。そんな彼女の後方には、一人の少女が部屋に備え付けられていたベッドに腰掛けていた。


「……さて、聞かせてもらえるんだろうな?」


 窓の向こうに藍の姿が見えなくなると、グラファルトは窓から離れ後ろに居る人物に対してそう言った。グラファルトの視線の先……ベッドに腰掛けていた少女、ミラスティアは困った様に微笑みグラファルトを見る。


「聞かせると言っても……もう見当はついているんでしょう?」

「ああ、だがそれはあくまで我の推測であって確証はない。藍に教えるにしろ、確証を得てから伝えようと思ってな。だからお前の部屋を訪れ、ここに招いたのだ」


 ”魔法が使えない”と言ったアルス村の村長であるボルガラ。

 それに動揺した様子で家の中に入ってしまったミラ。

 二つの疑問の答えにグラファルトは心当たりがあった。


 それは、彼女がまだ邪神と成る前の話。

 まだミラスティアが地球へと赴く前に聞いた昔話だ。

 故に、グラファルトは確証を得られずにいた。

 昔の記憶であるが故に内容に齟齬がある可能性があるのと、そもそもミラスティアから聞かされた昔話とアルス村の実情に関連性があるのかどうかすら怪しい。


 そんな曖昧な知識で、藍を混乱させる訳にはいかない。そう思ったグラファルトはあえて藍には話さず、真相を知っているであろうミラスティアから話を聞いてから伝えるべきだと判断したのだ。


 グラファルトの話を聞いて、ミラスティアはその顔をさらに曇らせる。


「やっぱり、藍に話すつもりなのね?」

「……すまぬ。我は藍の妻なのだ。他の誰よりも藍の事を優先する」

「いえ、いいのよ。この村に滞在していれば、いずれ藍も知る事になるだろうし」


 謝罪するグラファルトに首を振り、ミラスティアは苦笑を浮かべる。

 そして、グラファルトの方へ体を向けるとミラスティアは全てを話した。


 何故、アルス村の村人たちは魔法を使えないのか。

 何故、アルス村の事をミラスティアは知っていたのか。

 そして何故、アルス村という魔法を使えない者が集まった特殊な村が存在しているのか。


 それは……まだ大国が六つ存在していた頃にまで遡る。


 ミラスティアの話を聞いたグラファルトは、その事実に言葉が出なかった。

 自分が予想していたよりも大きな出来事。

 もし、ミラスティアが口にした事実が本当の事だとすれば……


「常闇、それは真実なのか……」

「ええ、そうよ」

「ッ……いや、嘘だ……」

「残念だけれど、それが真実なの」

「何故だ!? ファンカレアに頼めば良かったではないか! 何も、お前が直接手を下す事はないだろう!?」


 淡々と事実だと口にするミラスティアにグラファルトは声を荒げる。


 グラファルトの予想はこうだった。

 【闇魔力】を持つ人間が生まれないように、ミラスティアがファンカレアに頼んで世界を作り変えて貰ったのだと。世界を作り変えた際に、【闇魔力】を持って生まれる筈だった者たちに問題が生じ、本来であれば六色の魔力色のうち必ず一色を持つ筈が、一色も魔力色を持つ事が出来ずに生まれてしまった。そんな者たちが集まって出来たのが”アルス村”なのだと……そう考えていたのだ。


 しかし、グラファルトの予想にはおかしな点もあった。

 それは、魔力色が遺伝性ではない事。

 魔力色は基本的にはランダムだ。たとえ両親が【赤魔力】を保有していたとしても、その子供が【赤魔力】を持って生まれるとは限らない。

 グラファルトの予想が正しいとすれば、たとえ魔力色を持たない両親から生まれた子供だとしても、【闇魔力】以外の五色の中からランダムで一色がスキルとして与えられる筈なのだ。魔力色が遺伝しない事はファンカレアが藍に説明した事であり、その話の席に居たグラファルトはファンカレアが嘘を付いていないと確信していた。


 だからこそ、自分の予想では納得できない部分を補う為にミラスティアに話を聞きに来たグラファルトだったが、彼女は真実を聞いて”聞きたくなかった”と心から思っていた。


 声を荒げて叫ぶグラファルトに、ミラスティアは小さく首を左右に振りその口を開く。


「ファンカレアには今後フィエリティーゼに生まれてくる全ての生命が【闇魔力】を宿す事の無いようにと、既にお願いしてしまった後だったの。それ以上、あの子に迷惑をかけたくなかったのよ……それに、これは【闇魔力】を持った私たちの問題。既に生まれてしまっている【闇魔力】を宿した生命に関しては、王である私が責任を果たさないと行けなかったの」

「…………」


 ミラスティアの言葉を聞いて、グラファルトは盛大なため息をこぼす。そうして、少しだけ考える仕草を見せた後で、その口をゆっくりと開いた。


「……正直、我はこの話を藍にするべきか悩んでいる。いや、正しくは我から話していいものなのか悩んでいる」

「……」

「もし今後藍に聞かれたとしても、我はこの話を胸に留めておく。この話は、お前から話すべきだ」


 その言葉に、ミラスティアは何も返さなかった。いや、正確には返せなかった。

 ミラスティアは想像してしまったのだ。

 もし、藍に話したとして、その後藍がなんて声を掛けてくるのかを。

 それがもし……非難するような言葉であるのなら、おそらく自分は立ち直れないだろう。そんな考えばかりが頭によぎり、ミラスティアは震える体を抱きしめる事しか出来なかった。


 そんなミラスティアを数秒見つめた後、グラファルトはゆっくりとした足取りで客室を後にする。

 部屋に残されたミラスティアは、未だ震える体を抱きしめ続けて、その瞳を潤ませていた。


「そうね……ちゃんと、話さないと……たとえ嫌われたとしても……」


 誰もいない客室で、ミラスティアは同じ言葉を繰り返す。


「ごめんなさい……私の所為で……ごめんなさい……」


 誰にも届かない、過去から現在に渡る長い長い懺悔の言葉を。














 アルス村を歩いていて思うのは、自分のコミュニケーション能力の低さだろうか?


「あら、貴方もしかして今日来たっていう旅の人?」

「おお、村長から聞いているよ。ようこそアルス村へ」

「何も無いとこだけどよ、ゆっくりしていってくれ!」

「おにーちゃん、こんなところでなにしてるのー?」

「…………」


 現在、俺は噴水がある広場で何人もの村人に囲まれていた。農具を持った男性、小さな平たい麦で出来た受け皿に野菜や果物を乗せた女性。足元にしがみつく活発そうな女の子に、無言で右手を握ってくる男の子。


 家を出てまだ数分しか歩いていないのに、早速村人たちに捕まってしまい内心パニック状態だった。

 いや、ここの人たちが気さく過ぎる……というより、旅人が珍しいのか観察するように見られてちょっと居心地が悪い。あ、下のチビ二人は純粋な好奇心なんだろうけどね?


「え、えっと……」

「あ、そうだ! これはこの村で採れた芋なんだけどね? すっごく美味しいよ!」

「そ、そうなんですか……ありがとうござ」

「おいおい、それなら俺が今朝絞ってきた山羊の乳も飲んでくれ! 栄養満点で子供達にも人気なんだ!」

「あ、ああ……どうも」

「おにーちゃん! わたしのおうちにいこーよー! あそぼー?」

「え、ええっと……」


 だ、ダメだ……知らない人に一斉に話しかけられるなんてこと今まで無かったから、こういう時どう対応すればいいのかわからない……。

 そうしている間にも俺の両腕には山羊の乳が入った皮袋や芋が入った麻袋なんかが積まれていき、下に居る子供達も元気いっぱいな様子で服を引っ張っている。


 こ、こんな事なら、グラファルトでも連れてくるんだった……。


 俺がそんな事を考えていると、目の前に群がっていた村人たちがサッと左右に分かれて真ん中に道を作り始めた。


「な、なんだ……?」


 その光景に首を傾げていると、奥の方から一人の女性が歩いてきた。

 年はボルガラと同じくらい、おそらく四十手前といったところだろうか?

 背筋を伸ばし、凛とした佇まいの女性は青みがかった黒髪を後ろで纏めて、長ズボンに割烹着のような物を着込んでいる。


「旅のお方を困らせてはいけません。それに、あなたたちはまだ仕事が残っているでしょう? 早く仕事に戻りなさい」


 女性の一声で、周囲の人たちは一斉に動き出し俺の前からいなくなった。子供達も母親と思われる女性たちに連れて行かれて、俺の前には女性が一人だけとなっている。


「村の者がご迷惑をお掛けしました。旅の者が滞在する事など、稀な事ですので」

「い、いや……助かりました。あんなに人に囲まれた事は無かったので……」


 俺がお礼を言うと、女性は優しげに微笑み「そうでしたか」と口にする。


「私はこの村の村長の妻でモルラトと申します。ラン様の事は夫から聞いておりますのでご安心を」

「そ、そうですか……これはご丁寧に」


 頭を下げた女性……モルラトさんに慌てて俺も頭を下げる。

 そうすると、モルラトさんはクスクスと笑みを溢し始めた。


「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。夫と同様に私にも敬称や敬語は不要です。そうだ、いまお時間は大丈夫ですか?」

「え、あ、ああ……一応。暇だったから歩いていただけだから」

「でしたら、是非我が家にいらしてください。粗茶ですがおもてなしを」

「い、いや、さすがに迷惑じゃ……あっ」


 俺の言葉を聞く事なく、モルラトは歩き始めてしまった。

 うん……どことなく既視感を覚える光景だと思ったら、さっきモルラトの旦那であるボルガラに同じ事をされたんだったな。

 そんな偶然のデジャブに苦笑しながら、俺はモルラトの後に続き歩いていく。

 村の入口を背にして右側にあたる居住区、そこの一角には他の家よりも少しだけ大きな家が建っていた。


「さあ、ようこそ我が家へ」

「お、おじゃまします」


 モルラトが扉を開き、俺に入るように促す。

 恐る恐るといった足取りで家に入ると、入って直ぐのテーブルが置かれている場所にボルガラの姿があった。


「おお、ラン様。お待ちしておりましたぞ」

「え? ど、どういうことだ?」


 俺の事を待っていたというボルガラの言葉に困惑していると、俺の右横をスススと進んでいき、ボルガラの隣に立ったモルラトが申し訳なさそうな顔をしてこっちを見ていた。


「申し訳ありません。実は、夫に頼まれてラン様だけをお呼びするように言われていたのです」

「俺だけを……?」


 モルラトから視線を移しボルガラに目をやると、ボルガラは真っ直ぐ俺の方へと視線を向けてその口を開いた。


「ラン様、貴方様は本当にミーティア様の……いいえ、”常闇の魔女”であるミラスティア様の夫なのですか?」

「ッ!?」


 その言葉に思わず目を見開いてしまう。


 村長であるボルガラは……ミラの正体に気づいていた。




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   【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


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 ご感想もお待ちしております!!


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