第180話 衝撃の事実
村長であるボルガラは物腰が柔らかい人物だった。
「そうですか、そうですか。ラン様はミーティア様の旦那様なのですね?」
「え、あ、ああ――」
「そうよ。私の旦那様なの」
「……」
うん、まあ事前に打ち合わせをして俺達は家族……ミラが母親、俺が父親って事になったけどさ。あの、ミラさん……? 腕を絡める必要はないんじゃないかな?
やけにノリノリなミラとは裏腹に後方に控えているグラファルトは不機嫌そうにこっちを睨みつけていた。俺を睨むな……睨むならミラにしてくれ。
ちなみに『ミーティア』というのはミラの偽名だ。
アルス村に滞在するにあたって事前に調査として訪れた際にそう名乗っていたらしい。
設定としてはフィオラの知人であるエルヴィス大国の貴族の末娘。一番下という事である程度の自由が許されていたミーティアは家名を捨てて魔法師として旅をする事を決意した。そのサポートをミーティアの母から頼まれたのがフィオラという事になっているらしい。
あからさまに怪しい経歴ではあるが、話の中に出てくるフィオラが協力しているのでアルス村の面々はこの話を信じているらしい。どうやら、事前調査の際にフィオラも同行した様だ。その時の村人の態度はそれはもう凄かったらしく、フィオラを一目見た瞬間にその場に平伏してしまったのだとか。まあ、そうだよね……フィオラは神の使徒でもあるし、昔の話ではあるが世界を救った偉大なる”六色の魔女”の一人が現れたら、そりゃびっくりするわな。
その後なんとか村人達を落ち着かせてから、フィオラは村長であるボルガラにエルヴィス大国の庇護下に入らないかと提案したらしい。庇護下に入れば災害や襲撃といった被害にあった時にエルヴィス大国が救援に向かう事が出来るので、アルス村にとって悪い話では無い。しかし、村長であるボルガラは最初断っていたらしい。なんでも、村にとって庇護下に入る事は良いことではあるが、それに見合う税を払う事が出来ないという事だった。村の作物はそこまで多くは無い。どれもが各村人たちに均等に分けられ、それぞれの生活の蓄えとなっている。アルス村の周辺には他の街や村もない為、交易をする事も出来ず全てが自給自足の生活だった様だ。だから、税として賃金を納める事も、賃金の代わりに農作物を渡す事も難しい。渡せたとしても、その量は微々たる物で税収と呼べる程の量にはならないと……申し訳なさそうに言われたそうだ。
その話を聞いてフィオラが追加したのが”特例措置”だった。
税を納めている庇護対象の国・街・村などでは、問題の発生の有無に関わらずエルヴィス騎士団が定期的に巡回してくれるらしい。交代制で数人は常に滞在している為、何か問題があれば直ぐにエルヴィス大国に伝令が飛ぶ様になっているのだとか。
今回、フィオラがアルス村に提案したのは税の完全免除。アルス村はエルヴィス大国の庇護下には入るが納税の義務は無しとするという特例措置の発令だった。当然、それだけではアルス村を贔屓していると思われかねない為、条件として”騎士団の滞在、及び定期的な巡回は無しとする”という項目が追加される事になる様だ。
そもそも庇護下に入る国・街・村などに税を納める様にしてもらっているのも、滞在や定期巡回に向かわせる騎士団への給金や遠征時に掛かる諸経費などの支払いにあてる為なんだとか。もちろんそれではエルヴィス大国に利益が出ない為、庇護下にある土地の一部を使用して事業を行ったり、特産品を作りそれを売り出す事で利益を得たりなど、様々な方法で国の利益を生み出しているらしいけど。
主な税金の使い道は派遣する騎士団の費用になるので、アルス村に関しては騎士団を派遣しない代わりに納税を免除する事をエルヴィス大国の国王――ディルク王の代理人としてフィオラが認めるとの事だった。
ボルガラはその異例ともいえる提案に混乱したが、フィオラの強い説得により庇護下に置かれる事を了承したという。
あ、もちろん騎士団が派遣されないからと言って、エルヴィス大国が何もしないわけではない。フィオラは村に危機が迫っていたり、実際に襲撃に遭っていた際にはエルヴィス大国に知らせが行く魔道具を渡したらしい。この魔道具は赤く丸いスイッチの形をしていて、魔力を持つ人物が押すだけで良い。スイッチが送信機の役割を果たし、受信機である警報装置へと知らせが届きけたたましい警報音を鳴らす様になっている。受信機はエルヴィス騎士団の駐屯地に置かれていて、アルス村との話が纏まった後、フィオラから騎士団へ直々に説明がされた。これで、アルス村が危機に陥ったとしても迅速に対応できる。そんな話を昨日の夜に聞いていた。
閑話休題。
ミラは『ミーティア』と名乗っているが、俺の名前はそのままだ。まだこの世界に来て浅いのと、死祀の事件以外のほとんどを結界の中で過ごしていた俺に偽名は必要ないと判断された。ただし家名である”制空”は名乗らないようにと注意されたけど。
グラファルトは『ラーファル』と名乗る事になっている。
設定としては俺達の娘だ。
いくらグラファルトの見た目が幼く見えるからとは言え、俺とミラの見た目でこんなに大きな子供がいるのは変なんじゃないかと言ったんだが、見た目は若作りと言えばどうとでもなるし、こっちでは15歳で子供を産むこともあるらしく、別に珍しい事ではないらしい。グラファルトは猛反対してたけど。
一応代案として、俺とグラファルトがミラの子供で、父親は俺達が生まれて直ぐに亡くなった事にすればとも言ったんだけど……ミラが断固として拒否し続けた。しまいには『そんな事を言うなら今回の外へ出る話は無しにする』と言われて、俺と俺の代案に賛同していたグラファルトは口をつぐむ。
結局、最初のミラの案が採用されて、俺とミラが夫婦、グラファルトが娘ということになったのだ。
上機嫌なミラと不機嫌なグラファルトという対極な態度の二人。
そんな二人と共に、俺はボルガラの案内でアルス村へと足を踏み入れた。
大きな柵に囲われた中には、石造りの噴水を中心に木造の家が並んでいた。まだ噴水に向かって真っ直ぐ歩いて来ただけだから何とも言えないが、見渡した感じ出店などは無い。話に聞いていた通り、自給自足の生活なんだろうな。外との繋がりが無いから村の全員が家族の様な感じなんだろう。
右奥に視線を向けると丁度一つの家の前にふくよかな体格をした女性がノックもせずに扉を開けていた。そうして何かを話すと中から赤子を抱えた女性が現れて、ふくよかな女性が何かを話すと赤子を抱えた女性が中へ引っ込んでしまう。何をしているのかなと見ていると赤子を抱えた女性が直ぐに戻って来て、後ろには細身の男性が立っていた。細身の男性はふくよかな女性に頭を下げると、ふくよかな女性が持っていた木の箱を受け取り、お返しと言わんばかりに足元に置いていた籠を渡していた。
「ボルガラ、あれは?」
「ん? ああ、あれですか。あれは物々交換です。家の前に立っているのがガラシャ、あの家に住んでいるのがロンドとノール、そして二人の息子のルマです。ガラシャの夫であるウォルドは村の鍛冶師ですから、ノールが包丁を頼んでいたのでしょう。籠の中には野菜が入っているのだと思います。ロンドは畑の一画を担当しておりますからな」
「なるほど……助け合いって訳か」
俺の言葉にボルガラは微笑みながら頷いていた。
ボルガラには敬語や敬称は不要だと言っているのだが、何故かやめてくれない。二、三回は言っているのだが、笑って誤魔化されてしまい結局変わらないままだった。まあ、本人が無理している訳ではなさそうだから別にいいんだけど……。
自給自足の生活って大変なのかと思っていたけど、さっきの村人を見る限り困窮している訳ではなさそうだな。何より村人たち同士の仲が良い。さっきのロンド、ノール、ガラシャの三人も楽しそうに会話していた。今だって歩きながらボルガラに説明を受けているが、通り過ぎる村人たちはみんな笑顔で挨拶をしてくれる。
もちろん人だけではなく、環境も悪いわけではなさそうだ。
木造の家もしっかりと造られているし、村の地面には草が生えておらずしっかりと手入れがされている。だからと言って殺風景なわけではなくて、植木鉢に花が植えられていたり、家によって造りが違うので見ていて面白い。
そんな風に初めて訪れた村をきょろきょろと見ながら歩いていると、ボルガラは入口とは反対に位置する北側の奥で足を止めた。そこには何もなく、広々とした土地だけが存在している。俺が首を傾げていると、立ち止まったボルガラは俺達三人の方へと振り返り、申し訳なさそうな顔をして話し始めた。
「あのう、ミーティア様……言われた通りに用意させて頂きましたが、本当にこれでよろしかったのでしょうか?」
「ええ、問題ないわ。でも、ちょっと広すぎないかしら? 別にこれの半分くらいでも良かったのよ?」
「いえいえ、仮とは言えミーティア様とその御家族の家を建てるのですから。それに、ここは元々使われていなかった土地ですので、お気になさらず」
話が見えてこなかったのでミラに小声で聞いてみると、どうやらこれはミラが事前に頼んでいたことだったらしい。
アルス村に滞在するにあたって、問題となっていたのが宿泊所だ。
何度も話に出てきたようにアルス村は自給自足が基本。
周囲には懇意にしている街や国もない為、アルス村を訪れる者も居ない。だから、宿泊施設なんて当然ある訳がなく、ボルガラからは村人の誰かの家に宿泊してもらうか、新しく家を建てるしかないと言われていたらしい。二つの選択肢の内、ミラが選んだのは新しく家を建てる事だった。
その話を聞いたボルガラが大工の仕事をしている村人を呼ぼうとしたのだが、それをミラは止めたらしい。家にはあてがあるから、土地だけ用意して欲しいと頼んだ様だ。ボルガラは心配した様子で何度も確認したらしいのだが、ミラは大丈夫だと言い土地だけ用意してもらう事で話が纏まった。
そして、用意されたのが目の前にある広い土地だ。
雑草は抜かれていて、硬そうな薄茶色の地面が顔を覗かせた土地。
まあ、これだけ用意すれば大丈夫と言われても、普通は心配になるよね。でも、俺にはミラが何をする気なのか、何となく予想がついていた。
だって――俺達の求める物は、”家”なんだから。
「それじゃあ――家を出しましょうか」
「い、家を……出す?」
「……グラファルト、ちょっと下がってようか」
「うむ……そうだな。ボルガラ、お主も下がっていた方が良いぞ?」
グラファルトに言われて、俺達の前に立っていたボルガラも「は、はぁ」と返事をしながら下がり始める。そうして俺達が後ろへと下がったのを確認して、ミラは右手を前へ翳した。
すると、目の前でドンッという音と同時に大きな振動が起こる。
「なっ!?」
「おお……」
「うむ、悪くないな」
あれ、いつもみたいに亜空間を開かないんだな。
それとも、開いた時間が短かったのか? いつもなら紫黒の魔力が見える筈なんだけど、それが一切見えなかった。
もしかしたら、一瞬だけ亜空間を開いて上から落としたのかもしれないな。上から落ちて来たのならあの音と振動にも納得だ。
俺の右隣りへと移動していたボルガラは口を大きく開いて驚いた顔をしている。
うん、まあ……いきなり家が現れたら驚くよね……。
グラファルトはというと、木造建築の家を見て満足そうに頷いていた。
木造の家は窓が縦に三つ並んでいるので、多分三階建てだと思う。
しかし、でかい。
三人で住むには広すぎる家だ。
「ちょ、これはやりすぎじゃないか?」
「住みにくいよりは良いでしょう? それに、私達が居なくなった後は誰かに住んでもらえばいいし。何なら改修して宿泊所にするのもありね」
「…………っは!? いえいえ!! そんな事は出来ませぬ!! ミーティア様達がいついらしても大丈夫なように、しっかりと管理させていただきます!!」
呆けていたボルガラは、我に返るとそんな事を言い出しミラへと頭を何度も下げた。そんなボルガラの反応にミラは苦笑を浮かべて「わかったわ」とだけ答える。
そっか、この旅が終わった後でもまた来ても良いのか。
次に来る時は、他の誰かを連れて来ても良いかもしれないな。その場合、関係性についてどう説明すればいいのかが問題だけど……。
俺がそんなことを考えていると、ボルガラが小さな声で話し始める。
「しかし、魔法とは凄いですな……」
「え……ボルガラは魔法を見た事がないのか?」
ボルガラの発言に驚いて、思わずそう聞いてしまった。
フィエリティーゼでは当たり前だと思っていた魔法という存在。そんな魔法を見て、ボルガラは「凄い」と言ったのだ。
「いえいえ、魔法は見た事があるのですが……その……」
俺の言葉にボルガラは苦笑を浮かべて言葉を濁す。
そんなボルガラの様子に更に首を傾げていると、ボルガラは観念したと言った様子で話してくれた。
「実は……我々アルス村の住人は誰一人――魔法が使えないんですよ」
「………………えっ!?」
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【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!!
ご感想もお待ちしております!!
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