第179話 アルス村の村長と出会う




――光の月32日。



 朝に森を出発してから数時間。

 枯れ果てた大地を超えて草原地帯を進み続けていた俺達の前方に、それらゆっくりと姿を現した。


 草原が広がる視界の先に、黒い集団が見える。


「あれは……牛?」


 更に歩き続けると、ぼやけていたその姿が次第に鮮明になっていく。


 地球で見た事がある四足歩行の黒い牛。

 簡易的な木製の柵で覆われた広い区画に、数十頭の黒い牛たちが草を食べたり寝転がって寛いでたりしている。


 ホルスタイン種ではないな……黒毛和牛? 日本じゃないけど。

 いや、そもそも異世界なんだから地球での種類名なんて当てにならないか。


「「モォォ~~」」


 でも鳴き声は一緒みたいだ。家族旅行で一回だけ行った事のある牧場を見てるみたいで、なんだか懐かしい。


「あれって……暴れ牛?」

「「いや、違うわ(な)」」


 もしかしたらそうかなぁと思い聞いてみると、二人から同時に否定の言葉が返って来た。うむ……いつもお世話になっている暴れ牛ではなかったか。


「暴れ牛はもっとでかくて凶暴だ。こんな木の板など踏みつけて壊すぞ? あやつらは動く物に反応して突進してくるからな」

「グラファルトの言う通りよ。ここに居るのはただの牛、暴れ牛は魔物だから」

「あー……確か魔石があるのが魔物で、無いのが動物なんだっけ。ここにいる牛には魔石は無いのか」


 柵の前まで近づいてみると、俺の目の前には他の牛よりも小さい牛が5頭くらいで集まって寝ていた。仔牛かな?

 仔牛はこちらを気にするそぶりも見せず眠り続けている。

 おお……こうして見るとちょっと可愛いかも。


「ほら二人とも、いつまでも見てないで行くわよ」

「二人……?」


 仔牛を見ていた俺にミラが声を掛ける。

 ”二人”という単語に首を傾げて左を見ればグラファルトが俺と同じように仔牛を見ていた。

 お、もしかしてグラファルトも仔牛の可愛さにメロメロ――


「このくらいが臭みもなくてうまいのだ……」


 あ、違うわ。

 こいつ獲物として仔牛たちを見てる。


 くっ……もう少し観察していたいが、仔牛たちを守る為だ。

 そうして名残惜しく思いつつも、グラファルトの手を引いて先を歩くミラを追いかけていく。グラファルト、涎を拭きなさい……。


 しばらく柵沿いに左へと歩いて行くと、真っ直ぐ続いていた柵が右へと曲がり向きを変えてまた真っ直ぐに伸びている。どうやらここが牛を囲う為のスペースの角となる部分らしい。


 柵の道が右に逸れると、ミラもまた進む方向を右へと向ける。

 牛の放牧スペースの反対側には、聞き覚えのある鳴き声が広々とした草原に響き渡っていた。


「「メェェ~~!!」」

「羊……いや、山羊?」


 ん? よく見ればどっちも居るの……か?

 まずい、そもそも羊と山羊の違いがいまいち分かっていない。

 おぼろげな知識で良いのならモコモコした毛が生えてくるのが羊、サラサラしてる毛が生えるのが山羊だったような気がする。ウールとカシミアだっけ?

 残念なことに刈り上げたばかりなのか毛がまだ短い。これじゃあ分からないな。

 それに、二つに関しても地球の知識だから違うかもしれないし……ミラ先生~!!


 困った時はミラに聞け。

 これは森での生活でもそうだった。

 ミラは地球とフィエリティーゼの二つの世界を渡り歩いてきたから、こっちの世界の説明をしてくれる際には地球での知識も織り交ぜて話してくれる。

 という訳で、目の前でメェメェ鳴いている動物についてどっちなのか教えて貰う事にした。


「ああ、こっちでも羊と山羊の両方いるわよ。山羊の乳は栄養価が高いから赤ちゃんが居る家にとっては重宝されているし、羊の乳も飲まれているわよ? まあ、羊の方は独特な匂いがあるから好き嫌いが分かれるけど……私は苦手」

「へぇ……ちなみにここに居る羊と山羊は魔物じゃないよね?」

「魔物じゃないな。両方ともただの獣だ。羊の魔物ならエンシェントシープが有名だな。あやつの毛は知ってると思うが希少で高価だ、角も武器に使われることがある」


 ああ、そう言えばウチのスリッパとかカーペットに使われてたな。

 そっか……忘れてたけどあれって高級な素材なんだよな。ロゼが普通に使ってるから金銭感覚がおかしくなってた。


 ふむ、エンシェントシープが居るってことは、エンシェントゴートとかも居るのかな?

 そう思ってグラファルトに聞いてみると……何故か顔を歪めて苦々し気にこちらを見ている。


「ど、どうした?」

「いや、忌々しい名前が出たからついな……」

「ああ、そう言えばエンシェントゴートは空を飛ぶ生物にとっての天敵だったわね」

「うむ……エンシェントシープは比較的大人しい。我の姿を見ずとも気配だけで逃げ出す程だ。だが、エンシェントゴートは違う。標高の高い場所を根城にしているあやつらは縄張りに入って来る敵を決して許さない。それがたとえ空であろうともな……」


 ミラの言葉にグラファルトは鋭い目つきで語る。


 エンシェントゴートは5mを超える体長を持つ立派な角を生やした魔物らしい。山羊が膨大な魔力が溢れ出る地域に留まり続けた結果生まれた魔物だそうだ。

 エンシェントゴートは山の頂上を拠点にする習性があり、山頂を中心に半径1km以内の気配を察知する事が出来るとか。僅かでも縄張りに生物の気配を感じ取ればすぐさま駆け付け襲ってくるくらいに凶暴な性格らしい。


「一万年程前の話だが、あやつの縄張りの上空を飛んでいた事があってな……」

「いや、一万年って……お前いま幾つだよ」

「細かい事を気にするな」


 おっと、今度は俺が睨まれてしまった。

 こちらを睨んでいるグラファルトの背後を見ると、そこにはミラの姿があり、ミラはニコニコと笑みを浮かべてはいるが……目の奥が笑ってない気がする。女性に年齢を聞くもんじゃないね……特にウチの家族には聞かないようにしよう。

 グラファルトの言葉に頷き話を促すと、グラファルトは視線を下へと落とし忌々し気に続きを語り始めた。


「まあ、とにかくあやつの縄張りの上空を飛んでいたのだ。そしたらあやつめ、我に落雷を落としてきたのだ!! 不意打ちを喰らった我は落雷に直撃し、そのまま地面へと落とされた……ッ、嗚呼、忌々しい!! もちろん、落とされた後で消し炭にしてやったがな!」

「……エンシェントゴートは年齢を重ねるにつれて能力を開花させていく魔物よ。グラファルトが遭遇したエンシェントゴートは軽く数百年……もしかすると千年を超える歳月を生き延びた個体だったのかもしれないわ。エンシェントゴートは500歳を超えると【天雷】という固有スキルを覚えるの。空に雷雲を作り出し落雷を落とす、天候を操れる数少ない固有スキルよ」


 山でエンシェントゴートに出会ったら死を覚悟しなければいけない。それは冒険者なら誰もが知っている言い伝えなのだそうだ。

 しかし、油断していたとはいえ竜の姿のグラファルトを地面に叩き落とすとは……ミラの言う通り長い年月を生き延びた個体だったのかもな。まあ二度と会う事は出来ないだろうけど。


 今も尚、苦々しい表情をして唸っているグラファルトの頭を撫でながら羊と山羊が放牧されている場所を見る。

 牛の放牧スペース同様に木の柵が作られていた。ただ、こっちの柵は牛のよりも高く作られている。多分、飛び越えて逃げてしまわないようにする為の対策なんだろう。


 牛の放牧スペースと、羊と山羊の放牧スペースの間……いま俺達が立っている二人分程のスペースしかない道は奥まで続いている様だ。


「この先にアルス村があるのか?」

「ええ……ここを真っ直ぐ行った所で村長と待ち合わせしているの」


 どうやら事前に打ち合わせをしていたらしい。

 そう言う事は早く行ってほしかったな。その話を聞いていたら少し急いだのに。


「ふふふ、ごめんなさいね。でも大丈夫よ。待ち合わせまでまだ時間はあるから、ゆっくり歩いて行きましょう?」


 小さく微笑んでそう言ったミラに続いて、俺とグラファルトは二つの放牧スペースに挟まれた道を進み始める。


「ガルル……」

「こらこらこら」


 羊と山羊のスペース……というより山羊を見てグラファルトが威嚇するように牙を向ける。ここに居る山羊はただの動物の為、グラファルトに威嚇されて怯え切っていた。

 姿は似ているけど大きさや強さは違うんだからやめなさい……。


 威嚇し続けているグラファルトを抱っこして無理やり連れて行くことにした。その所為で八つ当たりで首元を噛まれてしまった……めちゃめちゃ痛い……。











 十分程歩き続けると、木の柵で覆われていた放牧スペースを抜けて左右には広大な畑が広がっていた。どうやら何かが実っている様で奥の方で村人らしき人達が収穫をしている。


「あら、どうやら気づかれた様ね」

「ほんとだ。ほら、グラファルト。いつまでも不貞腐れてないでお前も振りかえしてやれ」

「……ふん」


 ミラの言葉に視線を向けると、俺が見ていた方とは反対の左側の畑で収穫作業をしていた村人が遠くの方で手を振ってくれていた。

 傍から見れば俺達は”認識阻害魔法”で同じ髪色をしている様に見えている筈だし、さしずめ血の繋がった家族とでも思われているのだろう。

 ミラが小さく手を振っていたので、俺も真似して手を振ってみる。子供扱いされたのが不服だったのか、未だに不機嫌なグラファルトだけはしなかったけど。


 その後も畑が続く道を歩き続けると、畑に挟まれた一本道の向こうに木製の柵が作られていた。それは放牧スペースの物よりも大きく、木の板が縦に三枚並んでいる。それが畑の道が終わった向こう側に作られていて、何かを囲う様に設置されている。多分、あれがミラの言っていた居住区画を囲う木の柵なんだろう。

 木の柵は畑の道の進行上には作られていない。

 あそこが村への入口の様だ。


「あら、もう待っているのね」


 そんなミラの呟きが聞こえて改めて正面を見ると、村の入口と思われる所に一人の人影が見える。

 あれが村長かな?


 ミラの後ろに続くように歩いて、村長が立っている場所へと近づいて行く。

 村長に近づくにつれて、少しずつではあるが緊張している自分がいた。


 牛や羊、そして山羊に近づいた時は大丈夫だった……。

 特に怯えられたり、逃げられたりすることもなく、かなり距離が開いてはいたが、畑に居た村人たちも大丈夫そう。


「……大丈夫だ。お前は外で暮らしていける」

「まあ、今回失敗したとしても、半年後にはもう一度試すつもりだから、そんなに身構えなくて良いわ。ほら、もう村長の前に着くから笑顔を作りなさい」


 相当緊張していたのだろう。

 それが顔に出ていたのか、左隣りに歩くグラファルトが俺の手を握ってくれた。

 グラファルトの声で後ろに振り向き俺の顔を見たミラも優しい笑みをこちらに向けて落ち着くように話してくれた。


 そうだよな……今更退く事も出来ないし、今回で最後って訳じゃない。


「ありがとう、二人とも」


 二人にお礼を言って、俺は笑みを作る。

 そうして村の前へと辿り着いた俺達は、入口に立つ筋肉質で白髪混じりの顎鬚を蓄えた男と対面した。


「――ミーティア様。ようこそ、おいで下さった」

「村長……敬称はいらないと言った筈よ?」

「何を仰いますか! ”栄光の魔女”であるフィオラ様の知人である貴女様を敬うのは当然の事でございます。して……後ろのお二方が例の?」


 その瞳を細めてニコニコと微笑む男はひょいっと首を横へ動かし俺達を見る。

 だ、大丈夫かな……? 一応怯えられたりはしてないようだけど……。


「ええ、私の家族よ。今日から数日お世話になるわ」


 ミラがそう言うと男は「ええ、ええ」と数回頷き笑顔を浮かべてミラの横を通り過ぎ、俺達の方へとやって来る。


「――初めまして。儂はこのアルス村の村長をやっておるボルガラと言うものです。何もない村ですが、どうぞごゆっくりしていってくだされ」


 笑顔でそう告げると、村長である男――ボルガラさんは逞しい右腕を前に出す。


「初めまして、ボルガラさん。これから数日、お世話になります」


 少しだけ頭を下げながら差し出された右手を右手で握り返し、少しだけ震える声でそう答えた。

 これで怯えられたら、失敗に終わる……。そう考えてしまって声が震えてしまった。

 下げていた頭を上げて様子を伺うと、村長のボルガラさんは変わらぬ笑顔でこっちを見ていた。


「さん付けなんて不要ですよ。敬語も不要です。どうぞボルガラとお呼びください」


 その優しい声音に、思わず胸が暖かくなる。

 ああ、良かった。

 大丈夫なんだ……。


「それじゃあ、ありがたく。俺の名前は――ラン。俺にも敬称も敬語も使わなくて良いから。これからよろしく」


 こうして、俺は初めて結界の外の住人……アルス村の村長であるボルガラとの交友を果たした。





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  【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


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