第178話 道中の会話 後編
――光の月31日……白色の世界にて。
「――実は、藍の妹様の事でお話があるのです」
「ッ!?」
五人で白いテーブルを囲む様に座った後、俺の方を見たカミールがそう口にした。
てっきり雫に何かあったのかと思い席を立ってしまったが、そういう訳ではないらしい。
「すみません。別に命に係わる問題が生じたとか、そういう訳ではないのです」
「そ、そうか……」
慌てて説明をするカミールの言葉を聞いて安堵した後、詳しい話を聞く為に再び椅子へと座り聞く姿勢を取った。
「それで、話って言うのは?」
「それが――」
カミールは苦笑を浮かべながら話し始める。その内容を聞いた俺は、盛大な溜息と共に頭を抱える事となった。
フィエリティーゼと地球の間にある時間の流れは、この数年で大きく改善された。流石にぴったり一緒という訳ではないが、その誤差は一、二日くらいまで縮んだ様だ。これはミラがフィエリティーゼから地球へと向かう際に生じる問題を解決する為に、ファンカレアとカミールが試行錯誤して調節をした結果なのだとか。そういえば、地球へ二日滞在するだけでフィエリティーゼに帰って来るのに五日以上、酷い時は十日も掛かってたっけ。すぐに帰れるようになって嬉しそうにしているミラを思い出した。しかし、ミラにとっては良い事だったとしても、時間軸の改善をしたことで被害を被る事になる人物が一人居た。
その被害を受けた人物こそ……妹である雫という訳だ。
「えっと、つまり……雫がまた寝込んでしまったと?」
「はい……」
俺の言葉にカミールが申し訳なさそうにしながら頷いた。
「時間軸が定まり安定した結果、フィエリティーゼと青き惑星は多少の誤差はあれどほぼ同じ速度で時が流れる様になりました。あくまで現在の季節、時間からという前提はつきますが……流石にいきなり季節まで合わせる事は出来なかったので」
その顔に苦笑を浮かべながらカミールがそう説明をしてくれた。
カミールの説明によれば時間の流れ自体はほぼ同じ速さで流れる様になったけど、季節や年月を巻き戻したり進めたりして合わせることは出来ないらしい。
例えば、フィエリティーゼでは夏だとしても地球では冬。それをフィエリティーゼに合わせて夏にする事も、地球に合わせて冬にする事も出来ないという訳だ。
そんな事をしてしまえばどちらかの世界に混乱が生じてしまう。それは管理する者として認める事は出来ないとファンカレアとカミールの二人で話し合った結果らしい。
ちなみにいま、フィエリティーゼは冬入りの光の月下旬だが、地球は残暑が厳しい八月の下旬との事だ。地球の残暑かぁ……暑そうだなぁ。
と、話が逸れてしまったのでカミールに謝罪してから話を戻す。どうも気になると聞きたくなってしまって、話が逸れてしまう。
「それでは続きを……時間軸を調整した現在、妹様の年齢は18歳になります。去年の三月に高等学校を卒業し今は自由の身です。どうもご両親は大学に行かせようとしていたみたいですが、妹様が『直ぐに迎えが来る筈だから必要ない!』と固辞したようです。確かに、本来であれば卒業と同時にフィエリティーゼへと送る予定だったのですが……時間軸を調整した影響でそれが伸びてしまいまして」
カミールがそこまで話すと、カミールの左側に座っていたファンカレアがその後に続いて説明してくれた。
「――以前までは地球での一年はフィエリティーゼでの五年……藍くんの妹である制空雫は当時16歳だったので、高等学校を卒業する頃には藍くんは自由にフィエリティーゼを歩き回れる様になっている予定でした。ある程度、藍くんがフィエリティーゼに慣れてからお呼びしようとしていたので……」
「あー……そういう事か」
どうやら、俺がある程度の基盤をフィエリティーゼで作ってから呼ぶ予定だったらしい。それが時間軸を調整した影響でズレてしまい……丸一年程伸びてしまったと。
いや、下手をするともっと伸びるかもな……今回の旅が失敗に終わったら森での生活は延長する予定らしいし。
ん、そう言えば……
「――あれ、ミラって何度も地球に行ってるよね? 雫から何か言われなかったの?」
ミラには地球の買い物を何度か頼んでいた。
それ以外にも自分で欲しい物があったらちょくちょく地球に行っていたのを知っている。地球にはお袋も居るからてっきり会ってるものだと思っていたんだけど……。
俺がミラにそう言うと、ミラは視線をゆっくり俺から逸らしバツが悪そうに話し始めた。
え、何その顔……何があったんだ!?
「いや、その……最初の内は会いに行ってたのよ? 体調とか気になっていたから。でもあの子、会うたびに”早く連れて行って”、”お兄ちゃんの様子を全部教えて!”って……こっちが引くぐらいに問い詰めて来て、いくら雪野が止めても全く話を聞かないから、ちょっと面倒になっちゃって……買い物もしなくちゃいけなかったし」
「………………妹がご迷惑をお掛けしました」
左側に座るミラに体を向けて深々と頭を下げる。
何やってんだあいつは……我が妹ながら恥ずかしい……。
しかし、そうか……。
「えっと、雫が寝込んでいる理由って、やっぱりフィエリティーゼから迎えがこないから?」
「はい、間違いないと思います」
俺の質問にはっきりとした口調で答えるカミールはテーブルの頭上に四角い不透明な板を創り出した。
そこには、懐かしい風景が映っている。
俺の家だ。
「ミラに頼まれて妹様がまた危険な行為に及ばない様に監視体制をとっていました。この映像は地球時間で一週間ほど前のものです。妹様の部屋に移します」
カミールがそう言うと、家の外観を移していた映像が動き出し家の中へと入っていく。玄関をスーッと移動して階段を上がり、辿り着いたのは雫の部屋の前だった。
え、監視って……うーん、カミールは女の子だし……。でも、雫の知らないところであいつの情報を知っていいものなのか……いや、そういえばあいつもミラから俺の情報聞き出してたんだった、ならいいか。
雫の部屋の前で止まっていた映像はゆっくりと動き出し中へと入って行く。
映像の中には八畳程の広さの部屋が映っていて、部屋の奥の天井から見下ろす形で撮影されていた。右手には机が置かれていて小さなぬいぐるみが数個置かれている。あ、これ俺が買ってあげたやつか。懐かしい。
よく呼ばれて入っていた妹の部屋。あまり変わらない机周りに懐かしんだ後、視線を左へと移すと……
「あ……」
部屋の左側に置かれていたベッドの上、そこに見覚えのある人物が三角座りをしていた。
間違いない……雫だ。
フリルの付いた上下セットの黒いルームウェア。地球ではまだ残暑が激しいからか、肩紐タイプのキャミソールに太ももの上あたりまでしかないショートパンツ姿だった。昔からそうだったけど、露出が激しい気がするんだが……女の子はこれくらい普通と言っていたが……うむむ。
それにしても、ちょっと痩せたか……?
身長は少し伸びたかな。髪も長くなってるし、女の子って言うよりは女性になりつつある我が妹。
そんな彼女の成長を嬉しく思いつつも、見るからに細い手足が気になって仕方がない。うっすらと見える顔も生気がないというか、虚ろな感じ。
そんな雫の様子が心配になり、カミールの方を見る。
「カミール……雫は本当に大丈夫なんだよな?」
「だ、大丈夫です! ちゃんとご両親に言われて食事は摂取していますから! 命に別状はありません!! で、ですからその……は、離れて……」
「こらこらこら、テーブルから手を放しなさい」
「あ、ごめん」
気づくと俺はテーブルに両手をついて、正面右側に座っているカミールに前のめりで詰め寄っていた。ミラに言われてから気づいて慌ててテーブルから手を放して椅子へと腰を落とす。
手元に用意されていたカップを持ち上げて中に入っていた紅茶を一気に飲み干した。ふぅ……落ち着け。
「えっと、雫はいまどういう状況なんだ?」
「は、はい……では、今から説明させて頂きます。十倍速にしますね?」
「……十倍速?」
カミールの言葉に首を傾げていると、頭上に映し出された映像の右上あたりに小さな白い四角の枠が現れる。白い枠の中には”▶▶”というマークが表示されていて、映像に映る雫が小刻みに揺れていた。あ、十倍速ってこういう事か。
しかし……全く動かないな。
何か既視感があると思ったら、こんな光景をホラー映画で見た事がある。確か、ビデオカメラで撮られた映像が主観となって進んで行く映画だったなぁ。その映画の中の就寝時を撮影した映像に似ている。つまりはちょっと不気味で怖い。
あ、動いた。
映像の中の雫が立ち上がって部屋を出て行く。
しばらく無人の部屋を映していたが、紅茶を飲みながら見ていると数分で雫は帰って来た。十倍速だから三十分以上は経過しているだろう。
帰って来た雫は同じタイプの白いルームウェアを身に纏い頭にはタオルを乗せている。ただ、髪を乾かすことはなくそのまま頭にタオルを乗せた状態でまた三角座りになってしまった。
「……これが、卒業して半年後くらいからほぼ毎日続いています」
「まじか……」
いや、怖いわ!!
部屋も薄暗いし、ずっと同じ体制だし……命に別状がなくても、精神的にはやばいんじゃないか?
まさかの事態に俺が頭を抱えて唸っていると、恐る恐るといった風にカミールが右手を上げて声を掛けて来る。どうやら、まだ何かある様だ。
「あの……実は、この後なんですが……」
「ま、まだ何かあるのか?」
「……その場面まで飛ばしますね?」
そう言ってカミールが映像へと目を向けたので、俺もカミールに続くように視線を映像へと向けた。
カミールが何かしたのか、映像は数秒だけ暗転する。しばらくの暗闇の後……映し出された映像を見て、思わず「うわ……」と声が漏れた。十倍速ではなく、通常の速度で再生される映像。
その映像の中で……雫が四つん這いになってブツブツと何かを呟いている。
『どうして……私が何かした? それともお兄ちゃんが私を拒絶したの? ううん、ありえない。お兄ちゃんはそんな人じゃないもん。私の事を好きで、大事にしてくれてた。きっと、あっちの世界でも待っていてくれる筈。という事は……ミラさん? ミラさんなの? あの人が私とお兄ちゃんの間を引き裂こうとしているの……!? ふふ、ふふふ……最近会いに来ないと思ったら……ふふふふふふふふ』
「ひっ」と左側に座っていたミラから小さな悲鳴が漏れる。
いや、分かるよ……俺もちょっと怖いと思ったもん。
『それとも、ミラさんが言っていた神様のせいかな? 新任さんだって話だし、もしかしたら何かミスをして私が向こうの世界に行けなくなってるとか……そうだったら、しっかりと文句を言わないと……私は、早く、お兄ちゃんに、会いたいのにッ!!』
いや、神様に文句を言うとか……妹よ、頼むから止めてくれ。
雫のあまりの形相にファンカレアは顔を青くしてカミールの事を抱きしめていた。小さい声で「だ、大丈夫です……私が守ります」と言っているのが聞こえる。
ごめん、雫が来る際には絶対に俺も同席するから……。
その後もブツブツとベッドのシーツを握りしめながら呟く雫だったが、この後の内容は同じことを繰り返しているだけらしい。そう説明し終えると、カミールはテーブルの頭上に出していた映像を消した。
「――こういう訳でして、藍に何とかしてもらえないかと……」
「ええ……」
いやいやいや、カミールさん。
俺は地球に行けないし、地球じゃ念話も届かない。俺に何をしろと?
お手上げと言わんばかりに両手を上げてそう言うと、カミールは首を左右に振りある提案をする。
「それについてなんですが……」
カミールの提案に俺は首を傾げて唸ってしまう。
うーん……別にそれくらいなら構わないけど、それで解決するのか?
俺はいまいち納得がいかず大丈夫かと不安だったのだが、俺以外のミラ、カミール、ファンカレアが大丈夫と頷いたため、カミールの提案を受け入れる事に。
そうして、カミールの指示に従い出来上がった”それ”をカミールに渡して、俺は白色の世界を後にした。
―――――――――――――――――
「――それで、藍は何を用意したんだ?」
「…………手紙」
草原に置かれたテーブル上に用意されたクッキーを食べながら聞いて来るグラファルトに俺はそう答えた。
俺がカミールに頼まれて用意したのは、雫に宛てた手紙だった。
手紙には俺に近況であったり、まだこっちで準備が出来ていないから待っていて欲しいと言ったお願いと、こっちの世界では戦う可能性もある為、ある程度は体を鍛えて、余裕があれば剣道とかを習っておくといいかもと書いておいた。
その手紙に、現在の俺の姿を撮影した写真を添えて渡すらしい。
「『これで、妹様も納得すると思います!』って言ってたけど、本当に大丈夫かね?」
「大丈夫よ。筆跡はあなたのものだし、あの子がこっちに来たい理由はあなたなんだから。あなたからの手紙と、こっちでのあなたの写真があればある程度は引き延ばせると思うわよ?」
「ふーん、我が寝ている間にそんな事がなぁ……」
俺の不安を払拭するようにミラが自信ありげにそう言い切った。
ちなみに、手紙については雫が限界を迎えて眠りについた際に神託として”机に藍からの手紙を置いておきます”とカミールが告げるらしい。寝ている間に机に手紙を置いておくので、起きた時には手紙が置かれているという状態になっている様だ。
直接渡すと言う手もあるらしいが、神様がそう易々と会いに行くわけにはいかないのと、後は純粋にカミールは今の雫が怖いらしく……もう少し機嫌が良くなるまで会いたくないんだとか。
神様に怖がられる我が妹……恐るべし。
そんな感じにグラファルトに白色の世界であった出来事を説明していると、紅茶を飲み終わったミラが立ち上がり「そろそろ行きましょうか」と口にした。
どうやら休憩は終わりみたいだな。
テーブルと椅子を片付けて、俺達はアルス村に向けて更に足を進めて行く。
そうしてしばらく歩き続けると……視界の奥の方に何か大きな物が動いているのが見えた。
それは十頭は越える数の……黒い牛?
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遅れてすみません……!
次回、アルス村に到着です!
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!!
ご感想もお待ちしております!!
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