第176話 いざ、アルス村へ




――光の月32日の朝。


 眠い目を擦り体を起こすと、右隣ではまだグラファルトが寝ていた。

 いつもなら左隣に黒椿が居るんだけど……今日は居ない。今日で11日目になる。


 結局、昨日は夜まで白色の世界に滞在していたが黒椿が帰って来ることはなかった。いや、まあただ待ってただけじゃなくて、色々と大変な目にはあったけど……。


「……どこ行ったんだよ」


 これでも心配してるんだぞ?

 なんだかんだで会えない時でも念話は欠かさずしてきた黒椿。そんな彼女が何の連絡もなしに姿をくらますなんて思いもしなかった。

 ウルギアにも聞いてみたけど、やっぱり知らないらしい。でも、もしかしたら精神世界に居る可能性もあるので探してみると言っていた。精神世界に居る可能性が一番高いからなあ、こればっかりはウルギアに頼むしかない。

 でも、もし精神世界に居るならどうして念話に出ないのだろうか……?


 駄目だな。

 昨日から同じことで悩み続けてる。

 その所為で料理を焦がしてミラに怒られたっけな。


「……ウルギアからの返事を待つしかないか」


 そう割り切る事にして、ベッドから降りる。そして、気持ちよさそうに寝ているグラファルトを起こさない様に、自室を後にした。









 二階のダイニングルームに移動すると、そこにはミラが居て長テーブルの席に座っている。珍しいな……いつもなら朝食が出来るタイミングで二階に上がって来るのに。


「おはよう」

「ええ、おはよう」


 挨拶をするとミラはこちらに笑みを向けて挨拶を返してくれた。

 転移装置から左にあるキッチンへと移動し、朝食作りを始める事にした。

 今日はパンにするかな? となるとベーコン、卵、トマト、後は良く食べる組の為に暴れ牛とエンペラーコッコのバターソテーってところか。


「あら、今日はお米じゃないのね?」

「うおっ!?」


 冷蔵魔道具を開いて食材を取り出していると後ろから急に声を掛けられる。

 驚いて振り向くと至近距離にミラの顔があった。


「びっくりした……」

「あら、ごめんなさい」


 普段キッチンに入って来ないミラが居る事に驚いていると、驚かせた当人であるミラは俺の反応が面白かったのかクスクスと笑いながら謝罪の言葉を述べる。


「ど、どうしたの?」

「いえ、今日から三日くらいはあっちで食事する事になるでしょう? そうなるとパンが主食になると思ったから」

「ああ……そう言う事」


 食事については亜空間の中に事前に作っておいたものをしまってある。

 ただ、フィエリティーゼではお米は食べられていないらしいから村では食べられない。未知の食材を食べている所を見られると不審がられる可能性もあるからだ。

 森での暮らしに慣れてしまった俺達にとってお米は主食だからなぁ……三日間といえども、食べれないのは辛い。


「……朝はお米にしよう」

「それが良いわ。あと、お肉も良いけど私はお魚で、鮭はまだあったわよね?」

「この間買ってきてもらったのがまだあったと思う。俺もそうしようかな」


 という訳で急遽メニューを変更。

 お米を研ぎロゼに作ってもらった炊飯器に研いだお米を入れた容器をセットする。うん、メモリまで水も入ってる。今日は早炊きだな。

 今まで出していた食材を卵と肉だけを残してしまう。そして冷蔵魔道具を閉めて隣の大型冷蔵魔道具の扉を開いた。

 大型冷蔵魔道具には地球で買って来てもらった食材が入っている。一個目の冷蔵魔道具がフィエリティーゼの食材でいっぱい(主にお肉で)だからだ。

 ミラに毎日行ってもらう訳にはいかない為、地球産の食材は基本的に買い溜め方式になってしまう。魔道具に付与されている亜空間には限度がある為、通常の冷蔵魔道具では入りきらなかった。だからロゼに頼んで大型の冷蔵魔道具を作ってもらった訳だ。

 入りきらなかった分は誰かの亜空間へ入れて置くという事も考えたけど、料理を作る際に食材を持っている人物が不在だと困るし、グラファルトとかに預けておくと勝手に食べてしまいそうでこの案は却下された。まあ、それ以前に食材を冷やしておきたいと言う理由もあるけど。時間が停止している亜空間は便利ではあるけど、入れた時の温度のまま停止するから、冷やせないんだよな。

 ロゼの冷蔵魔道具は亜空間に入れると直ぐに設定温度まで冷やしてくれる様になっている。冷やしてから時間を停止させ、取り出した際には設定した低温になっているという仕組みだ。

 時間が停止しているんだから冷やす必要はないんだけど、こればっかりは感情面の問題だな。冷蔵庫が当たり前の様にあった俺にとっては食材が冷えている方が安心して使える。


 話によればフィエリティーゼでは冷蔵魔道具は普及しているが、その性能はピンキリみたいだな。白金貨数枚の物から銀貨数十枚の物まであるらしい。安いのだと冷蔵機能だけ、更に無属性の魔石の交換が一ヶ月に一度必要。高いのは冷蔵機能と時間停止機能付き、ただし有属性・無属性両方の魔石の交換が三ヶ月に一度必要。平民なら前者、仕事柄必要な人や貴族なんだと後者を買うらしい。


 そう考えると、ウチにある冷蔵魔道具って…………うん、止めよう。

 ロゼの魔道具は便利だなー……。


 大型冷蔵魔道具から食材を取り出し終えて、早速料理を作り始める。

 ちなみにミラは俺がお米を研ぎだした辺りからキッチンを後にして長テーブルの席で紅茶を飲んでいた。









 朝食はあっという間に出来て、念話でみんなを呼ぶ。グラファルトに関しては全く起きないので毎回起こしに行って一緒に二階へと移動している。

 集まってから朝食を食べて、それが終わるとそれぞれがそれぞれのやる事をする為に二階から移動するのがいつものルーティーンとなっていたが、今日は違う。


 一階の玄関前。

 外は快晴で陽の光が芝生の緑を照らしている。

 泉の前で俺とミラとグラファルトの三人は一歩前へ踏み出し家の方へと振り返った。振り返った先には黒椿を除いた六人の姿。ミラ以外の”六色の魔女”の面々とファンカレアだ。


「さて、これから三泊四日の旅に出る訳だけれど。忘れ物は無いかしら?」


 ミラの言葉に俺とグラファルトは首を振り問題ないと伝える。

 必要かなと思う物は既に亜空間へとしまってあるから問題ない。

 グラファルトに関しては心配だから一応何があっても大丈夫なようにロゼに頼んでグラファルトの衣服を数着作ってもらっておいたし、現地で料理が出来る様に食器や食料も持った。


 俺達の様子を満足そうに眺めたミラは正面へと顔を向けて微笑む。


「それじゃあ四日程留守にするけれど……大丈夫ね?」

「安心してください。三人が留守の間、私が家と妹達の管理をしますから」

「……食事は足りると思うけど、もし足りなかったら例の手段を使ってくれ」


 ミラの言葉に笑顔で返すフィオラに近づき念のためそう呟いた。


 俺達が不在の間の全員分の食事はフィオラに管理してもらう様に頼んで置いた。他の面々だとマイペースで忘れてしまったり、我慢できずに食べてしまったりしそうだったから……ロゼとかアーシェとか。

 ライナでも良かったのだが、俺とグラファルトが居ない間はヴォルトレーテに遊びに行くらしいから預けられない。

 昨日『鍛錬が出来ないことが残念だよ』と寂しそうに言っていたから俺達の居ない四日間はヴォルトレーテで騎士団を鍛えるんだと思う。久々に鍛えるから加減が分からないとか言ってたけど、ヴォルトレーテの騎士団は大丈夫かな……? ライナって訓練になると周りが見えなくなるからなぁ。健闘を祈る…………。

 そんな訳で消去法で真面目でしっかりしているフィオラに頼むことになった。管理をしてくれるフィオラにはお礼としてチョコレートで作ったデザート各種をプレゼントしてある。凄く喜んでくれた。


 まあ、フィオラが管理してくれるから大丈夫だとは思うが……それでも心配は心配なので、もしフィオラに渡して置いた食料が底を尽きた場合の為に対策はしてある。


 フィオラには俺の部屋のスペアキーを渡して置いた。

 俺の部屋のキッチンには亜空間が付与してある俺専用の保管庫が設置されていて、そこには試作として作っていた料理が保管してある。冷蔵魔道具と違って二階のキッチンに置いてある魔道具とは繋がっていない為、専用保管庫に入れてある料理は俺の部屋から直接取り出さないといけない仕組みになっていた。


 旅の話を聞いて、みんなの食事の事を考えた時……絶対に足りなくなると思いグラファルトが寝た後で予備の食事を作って専用保管庫に入れて置いた。

 匂いに気づいて起きて来たグラファルトの所為で凄い量を作る事になったけど。あいつの胃袋は限界というものを知らないのか……話を戻そう。


 スペアキーをフィオラに渡したのは、もし事前にフィオラの亜空間に入れて貰っておいた食料が無くなった場合、俺の部屋の専用保管庫から料理を回収してもらう様にしたから。フィオラは最初こそ人の部屋に入る事について申し訳なさそうにしていたが、本人である俺とグラファルトが構わないとはっきり言った事で納得してくれた。


「――とりあえず多めに入れて置いたから」

「はい、ありがとうございます」

「あと、チョコレートケーキも入れて置いたから。みんなには内緒な?」

「ッ……!!」


 チョコレートケーキという単語を聞いてフィオラは嬉しそうに頷く。

 そんなフィオラの隣では瑠璃色の髪を煌めかせるアーシェとフリルのついた白と浅緑を基調としたドレスを風で揺らすリィシアが頬を膨らませて唸っていた。


「むぅ……私も一緒……」

「わたしもー! 行きたかったなぁ……」


 そんな二人の言葉に苦笑を浮かべる事しか出来ない。

 俺とグラファルトが試験的に外に出る事について、ミラから昨日の夕食時に伝えられた二人は「「一緒に行くー!!」」と騒ぎ続けていた。

 流石にこれ以上人数を増やすと要らぬ誤解を生んでしまう可能性があると言う事でミラに却下されていたが、二人は一緒に行けないことが未だに御不満らしい。


「駄目って言ったでしょう? 大所帯で押しかけても迷惑になるだけなんだから」


 昨日に引き続いてミラに拒否された二人は更に頬を膨らましブーブー不貞腐れていた。

 うーん、こればっかりはなぁ……。


「四日で帰って来るし、それに今回の滞在が上手くいけば自由に出られる様になるから。その時は一緒に出掛けような?」

「……うん」

「むぅ……約束だよ?」


 アーシェ、リィシアの順に頭を撫でて二人を説得すると、渋々といった風に頷いてくれた。一緒に行きたいって言ってくれること自体は嬉しいんだけどね。今回は我慢してもらうしかない。

 これは外に出れる様になったらなったで大変そうだな……”認識阻害魔法”を使えば正体はバレないんだろうけど、男一人に女九人……やっかみとか酷そうだ。


 ようやく機嫌が直って来たアーシェとリィシアに安堵しつつチラリと視線を移せばロゼが眠そうな目をこちらに向けて微笑んでいた。


「ランー早く帰ってきてねー?」

「お前は一緒に行きたいとか言わないんだな?」

「やることあるからねー、それにー、動くの面倒だからー」


 …………この子は大丈夫だろうか?

 ロゼの場合は、外に出れる様になったらなるべく連れ出すことにしよう。


 フラフラと体を揺らし、倒れそうになった所をライナに抱えられてロゼはそのまま眠ってしまった。

 気持ちよさそうに眠るロゼを抱きかかえてたライナとその隣に立つファンカレアが俺の前に近づいて来た。


「いやあ、どうやらロゼ姉さん、夜明けまで作業してたみたいなんだ。それでお腹も膨れて眠くなっちゃったんだと思う。ランと一緒に暮らすようになってからはよく眠る様になっていたから」

「そうなのか……まあ、ゆっくり寝させてあげてくれ」


 眠るロゼの頭を撫でながらそう言うと、ライナは「任せて」と返してくれた。そうしてライナからも見送りの言葉を貰い。俺は視線をファンカレアへと移す。


「私は白色の世界の方で見守っています。何かあれば、直ぐに言ってくださいね? 私はもう、自由に外の世界へ出れますから」


 自信満々にそう告げるファンカレアに思わず笑みが零れる。以前までとは違う成長した彼女の姿はとても眩しく思えた。


「そうするよ。あと……カミールによろしく伝えておいてくれ」

「ああ、ですね……わかりました」


 俺が苦笑を浮かべると、同じくファンカレアも苦笑を浮かべる。


 こうして全員と挨拶を終えて、俺達三人は見送りに来てくれた六人に「行ってきます!」と手を振った。六人(ロゼは寝てる)から見送られてながら、ミラの”転移魔法”を使い結界の外――”死の森”の東側の端っこまで移動する。

 そこから”死の森”を出て少し歩いたところにアルス村があるそうだ。


 転移し終えた先には、広々とした大地が広がっていた。

 整備されている訳ではないが、森のない広大な大地に思わず気分が高揚する。




 森で暮らし始めて三年と数か月――ようやく俺は、外へと出ることが出来た。






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 【閑話について】


 最後のプレデターの言葉を編集しました。


 ✕「私を……人殺しにしないで……ッ」

 〇「私に……パパを殺させないで……ッ」


 よろしくお願いいたします。


  【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!!


 ご感想もお待ちしております!!


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