第174話 旅の前日、行方不明




――光の月31日。


 今日は一日、明日に迫ったアルス村への旅の準備をしようと思っていたんだが……


「藍、ちょっと助けて」

「また唐突だな……ミラ」


 俺の部屋に入って来るなりそう告げたミラは俺の手を取った後、誰かに念話を始めた。いや、そもそもあなたが今日中に準備しておく様に言ったんですよね!?

 というか、どうやって俺の部屋に入った!? カードキーがないと外からは入れない……スペアを持ってるのはグラファルトと俺、マスターキーを持ってるロゼだけの筈だ。


「ああ、その事ね。それはほら、以前あなたの部屋を改装した時、”暇な時に空間を拡張しておくからスペアキーを作っておいてくれない?”ってロゼに頼んでいたのよ。その時のカードキーを返し忘れていたのだけれど……まあ良いかって」


 良くねーよ!?

 プライバシーの侵害だ!!


 その後も何回かカードキーを渡す様に言ったけど、ミラは俺を無視して念話に集中してしまう。そうしてミラが念話を終えた所でもう一度カードキーを渡す様に言おうとすると閉じられていた扉が開き、開いた扉の向こうにはグラファルトが立っていた。


「あれ、グラファルト?」

「ふぁ~……一体何なのだ……?」


 口をむにゃむにゃと動かし目を擦るグラファルト。

 こいつ……俺に旅の準備を任せておいて寝てやがったな……。

 ジト目でグラファルトを見ると、グラファルトは俺から視線を逸らしミラの後ろに隠れてしまった。


「……はぁ、それで? これから何処に行くんだ?」

「白色の世界よ――そこで待っているわ」

「ああ、だからグラファルトを……」


 ミラの言葉を聞いてグラファルトが昼寝を中断してまでやって来た理由が分かった。


 この世界に転生する少し前、俺は神界とも呼べるあの場所で邪神に囚われていたグラファルトを救い出した。

 しかし、その結果として俺とグラファルトの魂には<共命>という不思議が繋がりが出来てしまっている。まあ常に何かしらの危機に見舞われている訳では無いので、そこまで気にしたことは無かったのだが……元が地球人の俺とは違って、グラファルトは少しだけ戸惑ったらしい。


 <共命>によって、俺とグラファルトには魂の繋がりの他にも変化が起きていた。

 今判明している中ではっきりと言えるのは、一部スキルを除く他全てのスキルの共有化、保有魔力の共有化の二つだ。

 スキルの共有化については、未だにどういう基準で使えるものと使えないものが分けられているのか判明してい無い。ただ、【漆黒の略奪者】と【白銀の暴食者】の共有は出来なかった。黒椿の話では”魂に深く根付いている二つの特殊スキルは、個人を識別するプログラムの様なものが施されている”との事らしい。俺の魂と【漆黒の略奪者】、グラファルトの魂と【白銀の暴食者】と言った様に使用者を認識して発動するスキルに関しては共有化は出来無い様だ。

 ちなみに、【改変】も同じ理由で出来無かった。

 悔しがっていたグラファルトを見てウルギアが鼻で笑っていたのを覚えている。


 もう一つの保有魔力の共有化だが……これに関しては俺は専門外なので詳しい説明をする事ができない。なので、ここでは黒椿とミラの説明を丸パクリする。


 フィエリティーゼに生まれた生命体は、全てが等しく同じ無色透明の魔力を保有している。では、なぜ個々によって魔力の質が変わってしまうのか……その理由は、魔力を体内に循環させる器官と、体内に魔力を蓄えておく器官が別々の場所にあるからだ。魔力を体内に循環させているのは心臓だ。そして、体内に魔力を蓄えておく器官は魂にある。ただし、これはあくまで知能を持った生命体に言える事であり、アンデッドやスライムといった魔物に関しては異なる。魔物は心臓や魂の代わりに魔石を使い、魔石を介して体の隅々まで魔力を循環させたり大気から魔力を蓄えたりしているからだ。

 <共命>によって魂同士に繋がりが出来た俺とグラファルトの魔力保有量は俺の魂が基盤となっているらしい。まあ基盤と言っても<共命>した瞬間だけの話であり、グラファルトが【白銀の暴食者】の能力で魔力の保有量を増やせばその分俺の保有量も増える。


 二人の魂は別々ではあるが、<共命>の影響で魔力保有量は一緒と言う事らしい。


 この二つについては最初こそ戸惑っていたグラファルトも今では喜んで共有化を受け入れている。


『相性の問題があって扱いづらいスキルもあるが……今まで体験した事のないスキルは面白いな! 魔力量も以前より格段に増えているから魔力切れなんてそうそう起こらないだろう』


 【浮遊】スキルを使い翼を使う事なく空を舞いながら白銀の少女は笑ってそう言った。いや、翼使えよ……。


 まあ、すっかり人の姿に慣れてしまったグラファルトの事は置いておいて。

 ここまでの話を聞いて”あれ、じゃあ<共命>状態でも特に問題なんてないんじゃ……”そう考える人は多いだろう。

 かくいう俺自身も、よくわからない<共命>という状態に最初こそ心配をしていたが、グラファルトやミラたちと生活を続けていくにつれて心配する気持ちは薄れていった。

 うん、だからこそ油断していたんだと思う。


 大きな話の脱線をしてしまったが、なぜ白色の世界に転移するのにグラファルトが必要だったか。それは、去年末……フィエリティーゼに転生して三回目のクリスマスパーティーの時だった。


 三回目となるクリスマスパーティー。

 みんなは慣れた動作でせっせと準備に取り掛かり、その仕事の早さも上昇していた。しかし、俺だけは忙しかった。

 だって、パーティーのメインである料理は俺しか作れないから……!!

 そうして忙しく料理を作っていたのだが……長テーブルに並べられている料理を亜空間にしまう担当のグラファルトの姿が見えず探していると、長ソファで昼寝をしていた。その姿にカチンと来て”このまま放置してパーティーが終わる頃に声を掛けよう”。そう決めた俺は作り終えた料理をなるべく物音を立てないように亜空間へとしまい、そのまま白色の世界に転移した。

 そう……”一人”で、”白色の世界”に、転移してしまったのだ。


 転移した直後、俺は白色の世界で倒れてしまった。意識はかろうじてあるが、朦朧とした状態。頭は痛いし、体には力が入らない。話そうにも呂律が回らず視界がぐにゃぐにゃと歪んで見えて気持ち悪かった。

 ミラと黒椿の話では、転移してすぐに倒れた俺に二人とその場に居なかったグラファルト以外の面々はパニックを起こしたらしい。俺よりも周りを落ち着かせる方が大変だったと愚痴をこぼされた。申し訳ない……。


 みんなを落ち着かせた後、ミラと黒椿の診断によりある事がわかった。

 先に俺の症状の方から説明すると、どうやら俺は”魔力欠乏症”になっていたらしい。それもかなり危険な度合いの。ほとんど体の中の魔力がない状態で、それも急激に減少したから体がうまく対応できなかったようだ。まあ、自惚れではなく洒落にならないくらい魔力を持っているから、それが無くなる寸前までごっそり減ればそうなるか……。とりあえず、みんなから少しづつ魔力を分けてもらいフラつくけど立てるくらいまで回復してもらった。後は自然に回復するのを待てばいいらしい。

 ちなみに、魔力の回復速度と回復量はレベルによって変わるらしい。ミラたちくらいになると大体30分で常人二十人分くらいの魔力が回復するようだ。

 俺はそれ以上らしいけど、元々のキャパが大きいからなぁ。回復しているのはわかるがそこまで変化は見られなかった。


 それで、”魔力欠乏症”になった原因だが……これには<共命>が深く関わってくる。というのも、ミラに連れられて白色の世界に転移して来たグラファルトが俺と同じようにぐったりとした状態でミラに抱えられていた。

 どうやら、俺とグラファルトの魂は魔力によって繋がっているらしい。黒椿が以前に言っていた”糸のような物で繋がっている”というのが、まさしく魔力の事だった訳だ。


 普段一緒に居る事が多くて気づかなかったが、その後の検証で俺たちが離れるにつれて魔力が減っている事がわかった。同じフィエリティーゼあれば減る量は意識しなければ気づかない程度で日常生活に支障はない。まあ、これに関してはまだ自由に外へでれないからなんとも言えないんだけど。


 しかし、今回はそうはいかなかった。

 グラファルトが居たフィエリティーゼと神界である白色の世界、この二つの世界の間には数字で表せないほどの距離があるらしい。そのため、本来であれば転移するだけで相当量の魔力を消費するのだが、白色の世界へ転移する際には消費する魔力の全てをファンカレアが負担してくれていたので、これまで問題は起きていなかった。

 今回、俺とグラファルトが”魔力欠乏症”になった原因はこの世界間の距離によるものだ。


 魔力によって繋がれた”糸”、その糸が切れない様に伸びていきそれと同時に俺たちの魔力を根こそぎ奪っていく。そうして俺たちの体内魔力は枯渇していき、”魔力欠乏症”へと陥った訳だ。


『もし、フィエリティーゼと白色の世界が今よりも離れた距離の場所にあったら……どうなっていたのかしらね?』


 脅しとも取れるミラの発言に血の気が引いたのを覚えている。

 もし、そうなったら……俺たちの魔力がゼロになったら、繋がりは切れるのだろうか? そして、切れた後、俺たちはどうなるのだろうか?


 三度目のクリスマスパーティーで起こった事故。

 この日以降、何処に行くにしても俺とグラファルトは互いに連絡をしてから行く様になった。フィエリティーゼ内だったら連絡だけ、白色の世界なら一緒にといった感じに。




 そんな訳で、ミラがグラファルトを呼んできた理由は分かった。

 グラファルトも白色の世界に行くとミラに聞いた後「なんだ、そういう事か」と呟いてミラの背中から出てくる。どうやら、準備を手伝わない自分をミラに頼んで俺が呼びつけたと思っていたらしい。


 いや、怒ってるぞ? 旅の食事はお前の量だけ減らそうかなと考えるくらいには……まあ、そんな事をしたら泣くのは分かってるからやらないけどさ。


 それでも一言くらいは小言を言ってやりたいと思ったんだけど、白色の世界でファンカレア達を待たせているらしく「早く行きましょう」とミラに催促されてしまった。

 結局、グラファルトには何も言わずそのまま白色の世界へと三人で転移する事に。


 くそぅ、本当に量を減らしてやろうかな……。











 眩い光に一瞬包まれた後、場所は白色の世界へと移る。

 そこには白色の世界の主であるファンカレアと……地球の管理者であるカミールが立っていた。

 あれ、てっきり黒椿が待っていると思ったんだけど。


「藍くん、お久しぶりですね」

「藍! 会いたかったです!!」


 俺の姿を見たファンカレアとカミールが笑顔で出迎えてくれる。

 カミールとはもう数え切れないほど会っているが、随分と懐かれた。多分だけど、兄の様に思ってくれているんだと思う。フィエリティーゼでの話を聞かせたり、カミールのまだ知らない地球の話をしてあげたりしていたから。まあ、俺が作る料理を楽しみにしているというのが一番の理由だとは思うけどね……。

 出迎えてくれたファンカレアとカミールの頭を撫でると、二人はグラファルトとミラの方へ行き何やら話をしている。グラファルトがカミールの頭を撫でると、カミールは嬉しそうに顔を綻ばせた。なんだかんだであの二人も仲良いよな。


 ある程度落ち着いたところで、俺は気になっていた事をファンカレアに聞いてみる事にした。


「あのさ、黒椿は? 俺のところに……というか、フィエリティーゼに居ないからこっちに居ると思ったんだけど」

「え、黒椿ですか?」


 俺の言葉にファンカレアは怪訝そうな顔を浮かべる。


 黒椿が居なくなって十日くらい。てっきりこっちに居座ってるのかなと思ったんだけど……どうやらその線は無さそうだな。

 俺が黒椿とは十日以上会っていない事を説明すると、ファンカレアはその表情を曇らせながらも答えてくれた。


「うーん、私のところにも来ていませんね。十日程前といえば、ちょうど黒椿がこっちに来ていた時です。そういえば、何か慌てている様な表情をしていましたが……すみません、力になれなくて」

「いやいや、今までは何もわからなかったからその情報だけでもありがたいよ。ありがとう」


 俺がお礼を言うと、ファンカレアは微笑み返してくれた。


 それにしても、慌てていたのか……何かあったのか?






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  【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


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