第173話 候補地――”アルス村”




「――フィオラと相談して、あなたには試験的に”死の森”の近くにある村で外泊してもらう事になったわ。明後日から三泊する事になるから、準備しておきなさい」

「……え?」


 日課である訓練を終えた後、二階のダイニングで待っているミラの元へ向かった俺とグラファルト。ダイニングにいたミラは、俺達がソファに腰掛けると同時にそう言った。


「随分と急な話だな? 今まで頑なに拒み続けていたというのに」


 ミラの言葉に驚いていると、隣に座るグラファルトが怪訝そうな顔をして言う。


 グラファルトが怪訝な顔を作るのには訳があった。

 というのも、俺とグラファルトは結界の外に出たいと年始辺りから何度かお願いしていた。しかし、返って来る答えは否定的なものであり、赤の月を過ぎた頃にはもう頼む事すらやめていたんだ。

 それが今になって、しかも断られ続けていた相手に急に言われたんじゃ怪しくも思うわな。


 グラファルトに視線を向けたミラは小さく息を吐くと、困り顔を作り話し始める。


「悪かったと思ってるわ。でも、今回の計画は前々からフィオラと話し合っていた事なのよ。その事を踏まえて、私の話を聞いてくれないかしら? もちろん、話を聞くまでもないというのならそれで構わないわ」

「……いいだろう。我は藍に任せる」


 二人から「どうする?」という様な視線を送られる。

 いや、そもそも俺はそこまで怒っていた訳でもないんだけどな……グラファルトはご立腹だったけど。

 特に用事もないし、悪い話でもないのでミラには頷いて返事をした。


「さて、それじゃあ話しましょうか」


 俺とグラファルトが頷き返すとミラの話が始まった。

 時は今年の緑の月まで戻るらしい。


「藍とグラファルトが創世の月辺りからずっと、外に出てみたいと頼み込んできたでしょう?」

「まあ、シーラネルの件で申し訳ない事をしたと思ってたから。手紙にも会いたかったって書いてあったし……」

「まあ、頼む度に断られていたがな」

「だから、それは悪かったと思っているわ」


 グラファルトの含みのある言い方にミラは苦笑を浮かべる。

 このままだと話が進みそうにないので、ねちねちと不満そうに膨れるグラファルトを抱き上げ膝上に乗せる。そしてそのまま頭を撫でて落ち着かせることにした。

 グラファルトは特に抵抗することなく撫でられている。その顔はまだ不機嫌そうにしているが、これ以上何かを言う様子はなかった。

 そうしてグラファルトを落ち着かせた後で、ミラに続きを促す。


「それで?」

「……まだ人が多いところに行かせる訳には行かないのは事実。だけど、毎回の様に藍とグラファルトのお願いを断るのは気が引けてね。あなた達のお願いを聞き入れてあげたい。でも、これから先の事を考えると慎重にならざるおえない……難しい問題だったのよ」


 これから先のこと。

 それは以前、シーラネルの誕生日プレゼントの件で聞かされた内容に似ていた。


 漆黒の魔力を浴びた人々にとって、漆黒の魔力は恐怖の対象になってしまう。それは当然ながら漆黒の魔力を保有している俺に対しても言える事であり、五感とは別の生存本能とも言える直感的感覚である”第六感”によって俺が目の前に立っているだけで恐れられる可能性がある。それが大国内、もしくは大国に属する周辺諸国の街や村で起こった場合……その情報は瞬く間に広がり下手をすると入国禁止などの措置をとられる事もありうるらしい。


「そんな状態じゃ、観光なんて楽しめないでしょう? いくら私たちが説明したところで、あなたへの恐怖が消える訳ではない。直感的に襲う恐怖には抗えないのだから……少なくとも今すぐに自由行動はさせられない」

「……それじゃあ、やっぱり俺は外に出ない方が良いんじゃないか?」


 ミラの話を聞いて、落ち込んでしまった俺は大きく肩を落としながらそういった。俺が落ち込んでいる事に気づいたグラファルトが、慰める為にこちらに振り向き抱きついてくる。

 愛する妻のハグは確かに魅力的ではあるけど、これで元気になるかと言われれば難しいかな……外の世界を楽しみにしていたのは事実で、やっぱり行きたいと思っていたから。

 落ち込んだ様子の俺を見たミラは「そんな顔しないで」と優しく声を掛けてくれた。


「だからこそ今回は”試験的”に村へ滞在する事にしたのよ。流石に人が多いであろう”三大国連盟”の王都には行かせられないし、その周辺諸国も駄目。連盟から脱退したラヴァールとヴィリアティリアは論外だし。なるべく”三大国連盟”寄りであり、周辺との関わりを持たない、人の少ない小さな町や村という条件で今回の滞在先を用意したわ」

「それって、最近忙しそうにしていたのと関係があるのか?」

「内容が内容だけにね。私たち以外の誰かに委任する訳にもいかなかったから、私が候補地へ直接赴いて視察していたの。藍を滞在させる為の下準備も兼ねてね?」


 どうやら赤の月辺りからミラの事を見なかったのは、エルヴィス大国を拠点にして色々な候補地へと赴き下調べをしていた様だ。ウチから通えば良かったのでは? とも思ったが……まだ候補地の段階で、安心して滞在できる場所が決まった訳ではなかった為、俺たちに変に期待を持たせたくなかったらしい。

 ちなみに、家に帰ってこなかった一ヶ月で一番辛かったのは食事みたいだ。俺の料理に慣れてしまっていたミラにとって、王宮の食事は合わなかったみたい。

 それでも家に帰ってこなかったのは、俺の料理を保管しているレヴィラの所へ行って料理を出させていたから。レヴィラには色々と貸しがあるとかで、ミラに逆らえないレヴィラはいそいそと料理を提供したらしい。


「そういえば、光の月はいつもより早く来てたな。それに作る量もいつもより多めで、珍しくお米とかパンも入れて欲しいって……」

「私が頼んだからよ。あの子ったら味付けが濃いものしかないんだもの」


 いや、人から貰っておいてその言い草はないんじゃ……。

 まあでも、ミラはミラなりに俺たちの事を思って行動していてくれたみたいだ。その事については感謝しないとな。


「俺たちの為に、ありがとう」

「良いのよ、私が好きでやっているんだから」


 ミラはあっけらかんとした口調でそう言うと手元にあるカップに手を伸ばしそのまま口へと持っていった。カップで少しだけ隠れてはいるが、その頬には少しだけ赤みが帯びている。

 そんなミラを見て、俺とグラファルトは小さく微笑むのだった。









 和やか雰囲気に包まれたまま、ミラとの話は続いていた。

 最初は不機嫌モードだったグラファルトも、話が進むに連れて機嫌を直し今は俺の隣にちゃんと座ってミラが出してくれたクッキーを食べている。


「なるほどな……それじゃあ、候補地を探すのは大変だった訳か」

「そうね……もう二度とやりたく無いわ」


 げんなりした様子のミラは溜息をついて右手を頬に添える。


 俺が結界の外に出る為の候補地。その選択は予想よりも大変だった様だ。

 結界の外と言ってもそこまで離れた場所にするつもりは無かったらしい。移動には”転移魔法”を使う予定だが、周囲が村々で囲まれている様な所は避けたいという思惑もある。もちろん、大国の近くなんて以ての外。

 そんな訳で”死の森”の周辺で探すことにしたみたいだが……意外にも条件に合う村が多かったらしい。


「ざっと30はあったわよ……。その一個一個を調べる為に”認識阻害魔法”を使って聞き込みしたり、衛生環境や繋がりのある国がないかとかを調べたりして結構時間が掛かったわね」


 大体一つの村に対して一日、候補地として良いかもと思える場所はさらに一日追加して調べたりしていたらしい。

 そこまで慎重にならないといけないのかと思ったりもしたが、備えあれば憂いなしという事なんだろう。

 そうして全ての候補地を調べたらしい。

 「お疲れ様」と労いの言葉をかけるとミラは小さく微笑んだ。しかし、その笑みは次第に消えまたまた溜息を溢してしまう。


「でもねぇ、結局目を付けていた30箇所の場所はダメだったのよ」

「え?」


 それじゃあ、俺は一体何処へ……?

 そんな疑問を抱いていると、ミラが続きを話してくれた。


「大丈夫よ。ちゃんと場所は見つけてあるから」


 そう言ったミラは亜空間から一枚の紙を取り出した。

 紙の右下辺りにディルク王の名前があったからエルヴィス大国の書類だと思う。紙には何やら畏まった文脈で数行文字が書かれている。

 要約すると”我が名において”アルス村”をエルヴィス大国の庇護下に置くことをここに宣言する。並びに、”アルス村”における全ての事柄に置いて特例措置を施す”というものだ。

 この”アルス村”って言うのが俺の行くことになる村かな?

 ミラに確認してみると「そうよ」と返事が返って来た。


「その村で試験的に三泊程滞在してもらうわ」

「それは分かったけど、この”庇護下に置く”って言うのと”特例措置を施す”って言うのは?」

「ああ、それね。この村は私が訪れた時まで何処にも属していない状態だったのよ。場所が”死の森”の直ぐ側って言うのが大きな原因なんだけれど」


 ”死の森”に蔓延る血戦獣。

 彼らは決して森から出る事はないとされているが、それでも万が一外に出た時……そしてそれが自分たちが管理する”アルス村”だった場合、国には村人たちを守る義務が生じる。

 血戦獣は恐ろしく強い魔物とされている。

 この世界には冒険者が存在するが最高ランクであるSランクの冒険者でもギリギリ勝てるかどうかの存在らしい。とはいえ、Sランクの冒険者何てほとんど存在しないから実戦となればSの下のランク……つまりはAランクの冒険者が相手をする事になるだろう。Aランクの冒険者なら20人集まっていい勝負と言われている。


 だが、冒険者というのは国の所属ではない。

 彼らはあくまで自由を愛する旅人だ。その為、仮に血戦獣が国を脅かす様な事態が起こった場合、騎士団や国に所属する魔法師が相手をする事になる。

 村一つの為にそこまでするのかという疑問もあるが、中には”自国の庇護下にある村が襲われているのにも関わらず、それを静観していた冷酷な国”と蔑む国々もある為、放置は出来ないらしい。

 俺としても、庇護下に入っている村を見捨てる様な国はちょっとな……と思ってしまった。


 そんな訳もあり、”アルス村”の存在を知っていたエルヴィス大国もその周辺諸国も、リスクを冒すことは出来ないと今まで静観していたらしい。

 村の方から庇護下に入りたいと言われれば考えたらしいが、どうやら”アルス村”からそんなお願いをされたことは無いらしい。


「まあ、あの村は特殊だからねぇ……仕方がないと言えばそうなのだけれど。私もフィオラからこの話を聞いた時は驚いたわ」


 懐かしむ様に話すミラはそう言い終えるとカップを手に取り紅茶を飲み始めた。

 ミラの話し方に少し疑問があった為、俺はそれについて聞いてみる事にする。


「もしかして、ミラは”アルス村”の事を前から知っていたのか?」


 ミラの話し方は、まるで昔の旧友に会うかのような……そんな雰囲気を醸し出していた。だからこそ、何か知っているのかなと思い聞いてみた。


「……知っている、というよりは思い出したって所かしら? いえ、それも違うかもしれないわね……忘れてはならないから”アルス”と言う名前を聞いただけで全てが思い出せるように暗示の魔法を掛けていたのよ」

「えっと……?」

「ごめんなさい。分かりづらかったわよね? まあとにかく、”アルス村”については知っているわ」


 何かを呟いていたミラだったが、正直その内容は俺にはあまり理解が出来ない。多分だけど、核心に迫る何かを言っていないんだと思う。話しているミラの顔は何処か辛そうで、儚げにも見えた。


 更に深く聞くべきか悩んだのだが、結局それ以上は追及することが出来ず、話は村に行く際の注意事項へと移る事になる。


「注意事項としては、必ず”認識阻害魔法”を使う事。これについてはロゼに相談してあって、明日には”認識阻害魔法”が付与されているペンダントを三人分用意してくれているはずよ。既に私が使っている物の複製品ね。あなたとグラファルトの分と予備として一つ。見た目については三人とも血縁者となっているから髪とか瞳の色は同じにしてもらっているわ。明日のお楽しみね」

「その事についてなのだが……今更ながらに、我も行って良いのか?」


 注意事項を話すミラを遮りグラファルトが恐る恐ると言った様子でそう言った。


「今回の外出の目的は、あくまで藍の魔力に人が反応するかどうかの確認なのだろう? その目的に……我は必要ない、と思うのだ……」


 後半になるにつれてグラファルトの声は小さくなり俯いてしまう。基本的には積極的であるグラファルトだが、横柄と言う訳ではない。多分、ここに来てからずっと気にしていたのかもしれないな。

 「そこんとこ、どうなの?」という意味を込めてミラを見ると、目が合ったミラは優し気に微笑みグラファルトへと話し掛ける。


「大丈夫よ。藍も気心の知れたあなたが居てくれた方が嬉しいだろうし、確かに今回の滞在は藍の魔力に人が恐怖をしないかという確認をする目的もあるけれど、大前提として、”二人から”外に行きたいとせがまれたから計画した訳だしねぇ……本当ならもう一年くらいは様子を見るつもりだったから」

「そうだな。俺としてもミラだけじゃなくてグラファルトも一緒に居てくれると嬉しいよ。一緒に外に行きたいってずっと言ってた訳だし」

「……そうか、ならば良いのだ」


 グラファルトに話し掛けながら俯いた状態の白銀の頭を撫でる。

 すると、素っ気ない返事がグラファルトから返って来た。


「…………」

「お、おい、どうしたんだ?」


 返事をしてすぐにグラファルトはいそいそと俺の両足を跨いで抱き着いて来た。

 俯いていたのと早い動きだったので表情は見えなかったが、その体は微かに震えていて顔をうずくめている右肩の服に温かい何かが染み込んでくるのが分かった。


 どうやら泣いているらしい。

 それが安堵から来るものなのか、歓喜から来るものなのかは分からないけど。恥ずかしくて顔を見せれなかったんだろうな。

 俺は泣いてしまったグラファルトの頭に手を置いて「良かったな」と声掛けてみた。すると、グラファルトの頭が縦に動き抱きしめて来る力が強くなる。

 そのまま頭を撫で続けているとミラがこちらを見ている事に気が付いた。どうやらミラもグラファルトが泣いている事に気づいたらしい。

 「続きはまた後でにしましょう」と言い新たにお茶菓子を出してティータイムを楽しんでいた。


 まあ、一緒に行くならグラファルトにも説明しないといけないだろうしな。


 それにしても、いよいよ外に行くのか……。

 色々と不安はあるが、それでも楽しみな事に変わりはない。


 明後日までに何を準備しようか……。






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 村の名前……アルス……アルス……。

 ミラの名前……アルヴィス……アルヴィス……。


 つまり、アルス村は……。


 常闇「ふふふ……」




  【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


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