辺境の村―アルス―
第172話 ミラからの提案
――光の月30日。
俺がフィエリティーゼに転生して三年とひと月、レヴィラがやって来たあの日から約一年が経過した。
レヴィラが去ってから少し経って、お互いの魔力を感知し合い”念話”を使える様にしておいたレヴィラから連絡が来てシーラネルが涙を流しながら喜んでいたという事実を教えてらった。そんなに喜んでもらえるとは思ってもみなかったので正直困惑したけど……まあ、喜んでくれているのならいいか。
ちなみにレヴィラだが、たまに遊びに来ている。
魔法の研究やエルヴィス大国の仕事もあるから月に一回程度だが、帰り際には亜空間に大量の料理……それも俺が作ったものだけをほくほく顔で詰めていき帰るのが定番となっていた。
最初はデザートを作ろうかと思ったんだけど、どうやらレヴィラは甘い物が得意ではないらしい。チョコレートサンデーを出した後に申し訳なさそうに告げて来たレヴィラの隣ではフィオラが嬉しそうにチョコレートサンデーを二つ食べていた。一つはレヴィラのやつ……。
それじゃあという事で普通のご飯……地球産の物は何か問題があったら怖いので念の為に使わず、暴れ牛や鶏を黒くして巨大化させた様な鳥――エンペラーコッコを使った料理を出したら凄い喜んでくれた。
濃い味付けが好みらしく、照り焼き風にしたエンペラーコッコの炭火焼を食べては「くっ……お酒ぇ……」と呟いていたのを覚えている。隣に座るフィオラが目を光らせていた為、ウチでは飲めなかったけど。
そこで、レヴィラから提案……というかお願いされて一日しか滞在出来ないレヴィラの為に大量の食事を作る事になったのだ。
別にそれくらいなら問題ないと言ったのだが、それを許さなかったのがフィオラとミラであり……
まあ、レヴィラ本人はそれほど気負っていない様子だったので、ミラ達も無理な条件を提示するつもりはなかったのだろう。
とはいえ、ただの善意で作る訳ではなくなったので、こっちとしても真剣に作らないといけない。レヴィラに要望を聞いてみると『お酒に合う物ね!』と言う事だったので、味が濃い物をメインに作り、おつまみ感覚で食べれる様に小分けしておいた。
味が濃い物ばかりで心配だが、渡す際に『食べ過ぎない様に』と何度も言っておいたので大丈夫だろう。
あ、遊んでいる様に見えるレヴィラだが、唯々ご飯を食べに来た訳じゃないらしい。
レヴィラが言うには”エルヴィス大国の使者”としての役目を持って俺達の元へ訪れたのだとか。要は仕事という建前を手に遊びに来ている訳だ。
こればっかりは遊ぶ理由欲しさに使者と名乗っているとしか思えないんだよな。だって。使者としての仕事内容が『俺にエルヴィス大国の近況と周辺諸国の情勢の報告(国家機密を除く)』と、『王族からの手紙を渡す』という何とも簡単なお仕事だから。
話の内容はフィオラからより詳しい物を授業として聞いているし、手紙についてもシーラネルやディルク王からの手紙のみ。その内容もシーラネルなら”新設された学園への編入試験で満点を取りました”とか、ディルク王なら”いずれ、我が国へ是非来てくれ”と言う招待の手紙とかがほとんどで、然程緊急性のある手紙ではない。まあ、それでも手紙のやり取りをするのは楽しいから、レヴィラが帰る際には必ず一通手紙を添える様にしているけど。
レヴィラ自身も、仕事とは思っていないらしい。
『ここに行けるのはあの国では私だけよ。それに私には国に縛られる様な仕事は無かったし、お師匠様達の直系の弟子だったから都合が良かったって訳。最初は面倒だと思ったんだけど……今では研究の息抜きとして最っ高の場所よ!! ただ、結界内に転移する度に魔力欠乏症に陥るのだけが難点ね……』
用意した料理を美味しそうに食べながら、レヴィラがそんなことを言っていた。
魔力欠乏症になる原因は、この森に張られている結界らしい。
フィオラを中心とした”六色の魔女”全員による最高傑作の結界は、許可したもの以外が侵入する事を決して許さない。レヴィラは当然ながら許可されている為、問題なく入る事が出来る筈なのだが……。どうやらフィオラが細工をした様だ。
『碌に面倒も見ずに放置した私にも責任がありますが……あの子が訓練をサボっていたのは事実。ですので、ここに居る間だけでも鍛えておこうかと思いまして。結界にレヴィラが転移して来た際にはその魔力を全て吸収する命令系統の魔法式を施しました。魔力が枯渇した際にほんの僅かですが魔力保有量が上昇するのです。多少辛いでしょうが、体の基礎を作るにはこれが最適ですからね。あ、もちろん回復した後は私が直々に訓練しますよ』
嬉々として語るフィオラの隣で、レヴィラが泣きそうな顔をしていた。
すまない、俺には助けることは出来ない。せめてもの情けに、美味しいご飯を用意しておいた。訓練が終わった夕食の時だけ泣いて食べるのは止めてくれないかな……。
どれだけ訓練が厳しい物だとしても、レヴィラは欠かすことなく毎月来ていた。
訓練とここでの食事を天秤にかけて食事を選んだらしい。それに、訓練自体もレヴィラにとって悪い事ではない。これは本人が言っていた事だが、基礎能力だけではなく、今までは使えなかった”広範囲殲滅級魔法”を使えるようになったとその時ばかりは訓練に感謝していた。
そう言った利点もあり、レヴィラは甘んじてフィオラの訓練を受けいれる事にしたそうだ。まあ、賑やかなのは良い事だ。
新たな生活とは別に、俺とミラ達の関係性についても少しだけ変化があった。
とは言っても、それは俺が何となく感じているだけであってまだ推測の域を出た訳ではないが。
何があったのかと言えば、妻である三人と”六色の魔女”の面々が何やらこそこそと密会している様なのだ。
新作の料理を自室で作っていたのだが、料理が完成したらいつも来るはずのグラファルトが居ない事に気づいた。不思議には思ったが居ないなら仕方がない。二階のダイニングに置けば誰かが食べてくれるかなと思い、料理を持ちながら転移装置へと向かうのが億劫で”転移魔法”を使って二階へと転移したのだが、転移した先には俺以外の全員が集まっていた。
何やら長テーブルの上に数枚の紙と何やら宝石の様な物が置かれていたが、全員が前のめりで会話をしていた為、詳細までは確認できなかった。
もう少しで内容が見えるかなと思っていたら、奥の席に座っていたリィシアと目が合い、俺の存在に気づくと「ダメ!!」と大きな声で言われてしまう。その後に何かを詠唱したかと思えばいきなり部屋の中に精霊が現れて、常に魔力を流していた瞳に群がり危うく料理を落とすところだった。ほんと、新作の料理が大きめの鍋に入ったビーフシチューで良かったと思う。
しばらく精霊に群がられた後、リィシアが指示を出したのか精霊達は再び外へと出て行ってしまった。
そうして目の前には何やら挙動不審の9人の女性たちの姿があり、長テーブルの上は綺麗に片付けられてた。
何をしていたのか聞いてみても、当然ながら教えて貰えず。
『新作が出来たのか!? 我が一番に食べるぞ!』
『ず、ずるいですグラファルト!! 白色の世界に居る事が多い私はあまり食べれないのですから、私にも食べさせてください!』
『そ、そう言う事なら、僕も食べたい!!』
と、妻たちが先導し、それに続くようにミラ達もいそいそとキッチンへ向かって行った。何なんだ?
その日の夜に一緒に寝るグラファルトに聞いてみたけどはぐらかされて終わってしまう。
『まぁ、その……なんだ。お前の事が嫌いなわけでも、何か良からぬ計画を企てている訳ではない。その内、知りたくなくても知る事になるのだ。今は静観していてくれ』
そう言い、俺にキスをしたグラファルトはそのまま寝てしまった。
気にならないと言えば嘘になるけど、無理に聞き出して関係が拗れるのもなぁ……。
結局、それ以上追及するのは愚策だと判断し、好奇心を心の奥底へと沈める事に。
みんなの事は信頼しているし、悪い事は起こらないだろう。
その証拠に……俺はいま、嬉々とした表情のライナと刃を交えているから。
あ、もちろん殺し合いとかじゃないよ?
これも立派な戦闘訓練だ。
今年の緑の月あたりだったと思うが、ライナの指導もあって遂に模擬戦でライナに一太刀浴びせることが出来た。俺が一太刀浴びせた数日後にはグラファルトもライナに一太刀浴びせることができ、俺達はライナから手放しで褒められそれからは基礎訓練は終了し、模擬戦を中心とした武術の向上を課題とする事になる。
そこでライナから提案されたのが、実践に近い形での模擬戦……つまりは魔法やスキルも使っていい本気の戦いをする事だった。当然だけど、即死系統のスキルや魔法は禁止。それに加えて俺の場合は【漆黒の略奪者】【改変】、グラファルトの場合は【白銀の暴食者】後は武器を使えなくなる【竜化】が禁止となった。
もちろん殺しも禁止。だが、手加減できる状態ではない事も考慮し地下施設である訓練所をフィオラの”結界魔法”で覆ってもらう事になった。今回張った結界には”結界内に居る者が致命傷を受けた場合、瞬時に傷を癒し家の外へと転移させる”という効果が施されていて、決して死ぬことはない。
念の為、家に住む全員に許可を貰ってからという事となり、早速ミラ達に聞いてみると、快く承諾してくれた。
ミラの話では……
『ライナが本気でという事は、”
その言葉を聞いた時は、あまり意味を理解する事が出来なくて「そうなの?」と返したが、実践式訓練が始まって直ぐにその意味を嫌という程に理解する事となる。
――閃光の魔女。
ライナがそう呼ばれる所以は魔法の発動速度が速いとか、雷系統魔法の達人だとか、そんな話ではない。
ライナの強さの根源――それは数多の武器を雷撃の魔力によって自在に作り出すオリジナルの魔法。
長剣、短剣、槍、斧、盾、鎧……数多の武具を瞬時に作り出し”転移魔法”も巧みに使い攻撃して来る近接戦闘に特化した魔法戦士、それがライナだ。
かれこれ三ヶ月以上は戦ってるけど、全く勝てる気がしない。
それでも、諦めることなく挑み続けるが……壊しても壊しても現れる武器を前にしてはいくら強力な魔法を使おうとも意味をなさない。
グラファルトが”魔封じの咆哮”っていう竜種のみが使える能力を使った時は流石のライナも勝てないと思ったんだけどなぁ。
グラファルトを中心とした半径5mの空間で魔力を封じることが出来る”魔封じの咆哮”を使われたライナは、不敵に笑うと一時的にグラファルトから距離を取り即座に亜空間を展開。そこから一本の両手剣を取り出すとおもむろにグラファルトに向かって振り下ろした。
刹那、グラファルトの周囲でガラスが割れる様な音が響き、グラファルトの顔が強張る。どうやら、ライナが振るった両手剣には特殊な力が込められていて、”斬撃を飛ばした先にあるあらゆる術をも掻き消すことが出来る”というライナご自慢の宝剣らいし。
まあ、その結果としてフィオラが張ってくれた結界すらも壊しちゃったから、その日の模擬戦は中止となったけど……。そしてライナはフィオラに怒られてた。あの結界を張るのは疲れるらしい。
と、いう訳で新たなルールとしてライナは不可視殺しの宝剣――”ファントム・キラー”の使用を禁止。グラファルトは”魔封じの咆哮”を禁止となった。まあ、その背景にはフィオラの存在があるんだけど……。
あと、このままじゃいつまで経っても勝てそうにないからライナに【漆黒の略奪者】を使って良いかと聞いてみたら『駄目だよ』と即答されてしまった。
『ラン……【漆黒の略奪者】に頼っちゃだめだよ? この話はもう少ししたらフィオラ姉さん達からされると思うけど、あの力は森の外では使わないようにしないといけないんだ。【漆黒の略奪者】は異常だ。あのスキルの前では”六色の魔女”の力なんて何の意味もない。ランには、【漆黒の略奪者】に頼ることなく、強くあって欲しいんだ。大丈夫、君なら僕より強くなれるよ』
優し気に笑い、ライナはそう言った。
グラファルトの【白銀の暴食者】も同じ理由で使用禁止らしい。
そうして、新たなルールが定められた模擬戦は今日も今日とて行われている。
ただ、前とは違い現在は2対1だ。もちろんライナが一人で俺とグラファルトが同時に攻める。だって、ライナ強すぎるんだもん。俺とグラファルトが同時に向かって良い勝負って……これでも強くなったつもりでいたんだけどなぁ。
結局、今日も勝てずに訓練は終わった。
流石のライナも疲れたらしく、楽し気に笑うその額にはキラリと光る汗が見える。
「はぁ……はぁ……あ、ありがとう、ございましたぁ……」
「したぁ……」
「うん、今日もお疲れ様。この訓練は僕の成長にも繋がるから嬉しいよ。最近では武術で僕と良い勝負できる人なんて居ないからねぇ。あ、もちろん姉さん達やリィシアを除いてね? まだまだ僕も成長できる事が分かって、嬉しいな」
何でこの人は俺達よりも激しく動いてるのに、こうも爽やかな笑顔を作れるのだろうか? そして、何故息が上がっていない!?
「あはは、僕は昔から体を動かしてたから。でも、最近は僕もちゃんと疲れてるんだよ? ほら、汗もかいてるし」
そう言って、ライナは後ろに振り向く。
訓練をする際に、俺達三人はロゼの作ってくれた運動着を着ていた。
何でも、ミラが持ってきた洋服の雑誌を見て興味本位で作ってみたらしい。女性は長袖のパーカー、Tシャツ、スポーツブラ、ショートパンツ、レギンス、スニーカーの六点セットで、白いTシャツ以外は黒を基調とした色合いにそれぞれの個性である魔力色のラインが描かれている。ただ、グラファルトとフィオラの色は似ている為、グラファルトだけは色ではなく右胸の所に小さな竜が描かれていた。
男物はスポーツブラ、ショートパンツ、レギンス以外は共通で、ズボンは長ズボンになっている。
竜のイラスト以外はお揃いの真っ黒な運動着を着ている俺とグラファルト。グラファルトは暑いのか汗だくのパーカーとTシャツを脱ぎ、スポーツブラの状態で寝っ転がっている。女の子としてそれはどうなんだ……、まあスポーツ用だから問題は無い……のかな?
俺もパーカーを脱ぎ捨てTシャツ一枚でグラファルトの隣に寝っ転がる。仰向けで寝っ転がる俺達の視線の先ではTシャツ姿のライナが背中を向けて立っていた。
ライナは女性用の六点セットではなく、俺と同じ男性用の四点セット。それに加えてライナのTシャツは特注のもので、白ではなく黒だ。
それを見て俺も欲しいと思ったので、ロゼに頼んで作ってもらい、俺も同じものを持っている。
ライナの来ている黒いTシャツは首元から腰の辺りに掛けてまで黒色が深くなっている。どうやら汗がTシャツに染み込み黒色を深いものにしている様だ。
顔を少しだけこちらへ向けて「ほらね?」と呟くライナ。
うーん……勝てたわけではないから、なんか釈然としないが仕方がないか。
いまは、ライナに汗をかかせることが出来た事を成長とみなし納得しておこう。
地下施設で十分くらいの小休憩を終えて、俺達は大浴場へと向かう。
一階へとやって来た俺達が大浴場へ続く渡り廊下を進んでいると、大浴場の入り口にミラが立っていた。
「あれ、久しぶりだな?」
「まあね。ここに居ればあなたに会えると思って」
ミラの姿を見たのは一ヶ月――つまりは60日振りとなる。
赤の月の下旬頃から「ちょっと所用で忙しくなる」と告げミラを家で見る事は無くなった。用事があるエルヴィス大国の王宮で寝泊まりをしていると聞いていたのでそこまで心配はしていなかったが、細かい内容も聞いていなかったのもまた事実なので、元気そうな姿を見て内心ホッとした。
俺に会えると思ったって事は……。
「もしかして、俺に用が?」
「ええ、ちょっと話というか……提案があって」
「それは構わないけど、ちょっと長風呂になるから一時間から二時間くらいは掛かるぞ?」
「大丈夫、そこまで急ぎの用ではないから。ゆっくり入ってらっしゃい。本邸に戻ったら二階のダイニングに来て?」
それだけ言い残すとミラはさっさとその場から転移してしまった。
「……用事ってなんだろ?」
「さあ? 我には分からぬ。珍しい事ではあるし、我も一緒に話を聞こう」
「ま、ミラスティア姉さんの事だから、ランの為を思っての話だと思うよ? そこまで気を張る必要はないんじゃないかな?」
「うーん、それもそっか。じゃあ、お言葉に甘えてお風呂で寛ぐとするかな」
そうして俺はグラファルト達と別れて男湯へと入る。
お風呂から上がってダイニングに向かうと、そこにはソファに腰掛けて紅茶を飲んでいるミラの姿があった。
ミラの正面にある長ソファにグラファルトを伴って腰掛けると、ミラからある提案を受ける。
それは……俺が待ち望んでいた事でもあり、不安に思っていた事でもある案件だった。
「――――フィオラと相談して、あなたには試験的に”死の森”の近くにある村で外泊してもらう事になったわ。明後日から三泊する事になるから、準備しておきなさい」
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今日から新章の幕開けです!
色々書いていたら長くなってしまいました……。
遂に結界の外へと向かう事になりましたね。
この先、藍はどのような経験をするのか、そして藍を見た村人はどのような反応をするのか……これからの更新をお楽しみに!
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!!
ご感想もお待ちしております!!
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