第170話 三年目:変わり始める想い
”死の森”へとやって来たレヴィラさんの目的は、どうやら教え子であるシーラネル王女のお願いを叶える為だったらしい。
そのお願いと言うのが”俺(藍)に会いたい”と言うものだったらしく、どうにか叶える術がないかと模索した結果、間接的に会う方法を思いつきそれに協力してもらう為にやって来たのだとか。
レヴィラさんの話が一通り終わった後、ミラはレヴィラさんへと向けていた視線を俺へと向ける。その視線は”どうするの?”と言っている様に見えたので、俺は三人へと向けて話を始めた。
「えっと、俺が直接行くって言うのは無理なんだよな?」
そもそもが俺が行けば済む話なので一応聞いてみると、フィオラが申し訳なさそうに答えてくれた。
「うーん……無理ではないのですが、その場合”結界魔法”を使いランくんの魔力が少しでも外へ漏れない様にすることと、時間帯は人気のない夜中にしてもらいます。それと、高度な”認識阻害魔法”を使ってもらう事になりますね。ディルク王にも事前に連絡をして王宮には誰も近づかせない処置を取ってもらい、限られた人数のみで対応してもらう事になると思います。当然ながら例年通りの誕生日会は中止してもらうしかありません」
「そ、そんなに大変な事なのか……人気のない場所なら外出許可も出てたからもうある程度は平気なのかと思ってた」
厳重過ぎる警備体制に困惑していると、ミラが溜息を吐いて話し始める。
「あのねぇ、あなたはもう少し自分がやった事について自覚をした方が良いわよ?」
「俺がやったことって……あー、もしかして魔力が暴走した時のこと?」
俺の言葉にミラが頷き、俺がどれだけ大変な事をしでかしたのかを説明してくれた。
フィエリティーゼに転生して直ぐにやらかしてしまった大惨事。
【漆黒の略奪者】を制御しきれなかった為、漆黒の魔力が暴走し”六色封印”をも壊しながらこの世界の全てを包み込んだ。その結果、魔力に対して強い耐性を持っていない全ての生物が漆黒の魔力にあてられて意識を失ってしまう事態になり、世界中でパニックが生じてしまったらしい。
幸いだったのは【漆黒の略奪者】の対象を【標的】スキルを使ってちゃんと絞っておいた事だろうか。仮に【標的】スキルを使わずに【漆黒の略奪者】を使っていたら……俺はこの世界に終焉を齎す存在になっていたかもしれない。
ただ、それはあくまで死者が出なかったというだけで、影響が出なかったわけではない。現にミラ達には混乱を抑える為にかなりの迷惑を掛けてしまった。俺の正体を隠すために色々と画策してくれたのもミラ達で、俺の為に沢山動いてくれたみんなには本当に感謝している。
ここまでが、俺が把握してる範囲での事態の結末なのだが……どうやらそれだけではない様だった。
「後遺症とでも言えばいいのかしら……あなたの魔力にあてられた人たちにとって、あなたは恐怖対象になってしまっているの。これは確実ではないのだけれど、似たような事例があったから私達は高確率で起こりうる事だと判断しているわ」
特定の人物による魔力によって意識を刈り取られる。
それは膨大な魔力を持つ存在……過去の事例で言うのであれば”六色の魔女”や魔王と呼ばれる存在によってそれは起こったという。もちろん、規模としては俺よりもかなり小さめではあるが。今回はミラが実際に体験した話をしてくれた。
それは森を散策している時に起こったらしい。
ミラが一人で歩いていると、二十人程の盗賊団が現れた。その時ミラはフードのついた外套を纏っていた様で、相手もまさか襲ったのが”常闇の魔女”だとは思いもしなかったのだろう。
加えて、運の悪い事にその時ミラは機嫌が悪かったらしい。いつもなら転移するなりしてその場から退避するのだが、その時はストレス発散の意味も込めて膨大な魔力を放出し盗賊団全員に向けてその高密度の魔力を放ったのだとか。許容量の超えたミラの魔力にあてられて盗賊団は一人も欠けることなくその場に倒れ込んでしまったらしい。
結果としてミラはストレスを発散する事が出来たのだが、目の前の盗賊団をどうするべきか悩み、このまま放置して魔物の餌となるのは後味が悪いと考えたミラは気を失っている盗賊団を纏めてエルヴィス大国へと連れて行った。もちろん、その後の対応はフィオラに投げたらしい。
そうして月日は流れ二年後。
エルヴィス大国へ用事のあったミラは裁判により数年間の労働義務を課せられた元盗賊団の国民奴隷(国が徹底管理している犯罪奴隷のこと)に遭遇した。
その瞬間、ミラを見た元盗賊団たちはその場に膝をガクガクと体を震わせ始めたらしい。
「その時は魔力制御で完全に魔力を遮断していた筈なのに、その子達は私から視線を外すことなくその場で震え続けていたわ。その状況に私も困惑したのだけれど、私よりもその元盗賊団を引き連れていた役人の方が困惑していたわ」
そうして、原因究明に力を注いだのが当時の国王であったフィオラと弟子であるレヴィラさんだったらしい。
フィオラとレヴィラさんは当事者であるミラにも協力してもらい原因究明を続け、その結果……ある仮説を立てたのだとか。
――人間には五感をも超越した本質を見抜く能力……”第六感”が存在するのではないか?
ミラの膨大な魔力にあてられて、死をも覚悟した盗賊団たち。
彼らにとって、ミラの魔力は恐怖の対象であり、それは当然ながら恐怖対象である魔力を保有しているミラに対しても言える事である。
その結果、魔力を遮断した状態のミラを見た盗賊団は無意識に生存本能に近い第六感が働き死をも感じた恐怖を思い出してしまったのではないか、という事だった。
そして、
「――それに類似する事態が、いま世界規模で起こっている」
そこまで言うと、ミラは視線しっかりと俺へ向けてその口を開いた。
「藍、よく聞きなさい。いまのあなたを外へと出すことはまだ出来ないわ。あなたに自覚が無かったとしても、そんな事はこの世界の住人にとって関係ないの。あなたが優しい人だとしても、あなたが目の前を通るだけで人々は恐怖に襲われてしまう」
「……」
ミラの言葉は俺の心に強く響いた。
何処かで事態を甘く見ていた自分が居たのだろう。ミラ達が大袈裟に言っているだけで、2,3年くらい大人しくしていれば外に行けると……そう思っていた。
だが、事態はそんな軽いものじゃなかったんだ。
「そっか……俺が居るだけで、俺という存在が居るだけで、フィエリティーゼで暮らす人々の幸せを奪ってしまうんだな」
「そんなに悲観する事は無いわ。あくまで”今は”という話よ。こればっかりは様子を見つつになってしまうけれど、私の時と同じなら五年くらいで落ち着く筈だから。厳しい言い方をしてごめんなさい。でも、当事者であるあなたにはしっかりと理解をして欲しかったの」
「ミラスティアの言う通りです。今はまだ難しいですが、必ず人々の前に立てる日は来ます。私も精一杯協力しますので、大丈夫ですよ」
先程までの真剣な表情を和らげ、優しい笑みを向けるミラ。気づけばフィオラも優しい笑みを浮かべて俺を見ていた。
「……ありがとう。ちょっと自分が予想していたよりも大きい事態になっていたから驚いたけど、もう大丈夫だ。それじゃあ、とりあえずは俺が直接エルヴィス大国に行くことは避けた方が良いな」
「そうね、そうすると残るのはレヴィラが言っていた”間接的に会う”方法というのになるのだけれど……」
ミラの言葉に頷いた後、俺は視線をレヴィラさんの方へと向ける。
「えっと、俺に出来る事があるならレヴィラさんに協力します。ですが、協力する前に何をやるかだけは説明して欲しいんですけど……」
「助かるわ。私としては、断られる前提で頼みに来たから……。もちろん、何をするかはちゃんと説明するし、危険な事は絶対にしないと誓うから安心しなさい。それと、無理に敬語なんて使わなくて良いわよ? 呼び方に関しても”レヴィラ”で良いわ。お師匠様達に対しては砕けた話し方なのに、私に対してだけ畏まった話し方をしているのが……なんか寒気がするのよ」
レヴィラさん……改めレヴィラは玄関前に居た時とは違い凛とした口調でそう言った。どうやら俺達が話し込んでいる間に落ち着きを取り戻したらしい。
レヴィラからの申し出を有難く受ける事にした俺は「わかった。これからよろしく」と手を差し出し、俺の言葉に頷いたレヴィラは俺の手を取り「こちらこそ」と言い、早速シーラネルの為に行動に移す事となった。
レヴィラが言っていた”間接的に会う方法”。
それにはどうやら魔道具を使うことになるらしい。という事で俺達はロゼの居る工房部屋へと赴き、そこに居たロゼも呼びレヴィラから詳しく話を聞く事に。
そうしてレヴィラの話を聞いて、その場に居た全員が”間接的に会う”という意味合いを理解した。
「なるほどね……映像を記憶する魔道具を作って、それをシーラネルに贈ると」
レヴィラからの提案は映像を記録する魔道具を使い、俺がシーラネルに対してお祝いの言葉を言っている姿を記録し、その魔道具を誕生日プレゼントとしてシーラネルに贈ると言うものだった。これならば、直接会う事は出来ずとも俺の姿を見る事は出来るし、俺からお祝いの言葉を貰う事にもなるのでシーラネルも喜んでくれるだろうと言うのがレヴィラの見解だ。
「それで、ランに許可を取るのと、私には映像を記録する魔道具を作れないのでロゼ様にお願いできないかなと思って……」
レヴィラはそう言うとチラチラと様子を伺う様にロゼの事を見始めた。
あ、ちなみにレヴィラには”ラン・セイクウ”じゃなくて”ラン”と呼んでくれと言ってある。明らかに呼びづらそうだったから。
それにしても、何でレヴィラはチラチラとロゼを見てるんだろうか?
ちょっと気になったので小声で聞いてみる事にした。
「……あのさ、さっきからロゼの事をチラチラ見てるけど……どうしたの?」
「貴方は知らないかもしれないけど、ロゼ様って家族以外には滅多な事が無い限り魔道具を作ったりしてくれないのよ。だから、今回も断られる可能性が大いにあり得るから気が気じゃないのよ……」
「そうなのか? 今まで断られた事なんて無かったから知らなかった」
俺の中のロゼのイメージは物作りが大好きな職人って感じだったから、寧ろ喜んで作ってくれそうなんだけどな。
そんな事を思っていると、隣に立つレヴィラから小さな溜息が漏れる。
「あのねぇ……貴方はもう少し自分が特別な存在だと理解した方が良いわ」
「それって、俺がミラの孫だからって意味か? だとしたらまあ他の人達とは違うかもしれないけど……」
「そうじゃないのよ。私もお師匠様から少し聞いただけだからそんなに深く知っている訳じゃないけど、これだけははっきり言えるわ。”ミラスティア様のお孫様だから”じゃないの、”貴方のお願いだから”ロゼ様は快く頼みを聞いてくれるのよ? ”ランに頼られるのが嬉しい、ランの為に出来る事があるなら何でもする……ランはロゼにとっての特別だから。”そう言っていたとお師匠様から聞いたわ」
「そ、そうなのか……」
予想外の事実に思わず顔が熱くなってしまう。
直接言われた事もあるけど、軽い冗談だと思っていた。ミラと同じでからかう為に言っているのだと思っていたから、まさか俺が居ない時でも同じように言っているなんて思いもしなかった。
くっ……さっきまで普通に目を合わせられたのに、レヴィラからそんな話を聞いてしまったからか真面に目を合わせずらい……!
レヴィラと同じように俺もチラチラとロゼを見ていると、不意にロゼと目が合ってしまいニコッと笑うロゼが話し掛けて来る。
「んー? なにー?」
「ん!? いや、何も!?」
「ほんとにー? 怪しいなあー」
俺の返事がおかしい事に気づいたロゼは訝し気に言うとフラフラとした足取りでこちらへと近づいて来る。そして、いつもの様に俺に抱き着きその顔を俺の体へとうずくめるのだった。
”ランに頼られるのが嬉しい、ランの為に出来る事があるなら何でもする……ランはロゼにとっての特別だから。”
ロゼが抱き着いている間も、俺の脳裏には先程レヴィラから言われた言葉が繰り返し再生される。
一緒に暮らし始めて二年以上が経過した今日――初めてロゼの事を、家族ではなく異性として意識し始めた。
この後、何とか落ち着きを取り戻して抱き着くロゼに協力してもらえる様に俺から頼んでみた。その結果ロゼは「いいよー」と即答してくれて、その返事の速さにレヴィラは「私の時もこうだったら……ッ」と小さく呟き肩を大きく落とす。
後で聞いた話だが、レヴィラが交渉する時はまず師であるフィオラに仲介役を頼む所から始まり、最短でも二週間は交渉が続くらしい。と言っても、その内容はレヴィラが土下座する勢いでひたすらに頼み込み、ロゼがそれを「めんどー」の一言で断るという何とも酷いものらしい。機嫌が良かったり、暇をしていた場合は二週間くらいで了承してもらえるらしいのだが、これが機嫌が悪かったり個人的な製作で忙しかったりすると三ヶ月は余裕で掛かるのだとか。
話してくれたレヴィラが「ほんと、私がランだったら良かったのに」マジのトーンで言って来たのが印象に残っていた。目が虚ろで、凄く怖かった。
もし、今度レヴィラが頼みに来た時は俺も一緒に頼んであげようかな……。
その事をレヴィラに言ったら、両手で俺の右手を握り出し、涙を浮かべて感謝の言葉を告げられた。
何だろう……ポンコツな所は違うけど、苦労人な所とかは師匠であるフィオラに似ているかもしれない。
今度、甘いものでも作ってあげようかな。
何はともあれ、シーラネルへの誕生日プレゼントは無事に完成しそうだ。
俺の出番は後からになるので、それまではロゼの後ろで作業風景でも眺める事にする。
作業をしつつも、チラチラと俺を見ては「えへへ」と笑うロゼが可愛かったです。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
今更ですが、光の月に入っていたので森での生活が三年目に突入している事に気づきました。それに伴い章のタイトルを”二年目~三年目”と言う表記に変えたのと、前々話から”三年目”と表記を変えていますので、ご了承ください。
何度も言いますが、この作品はハーレム要素も含まれています!
三年目以降から少しづつではありますが魔女達との関係性に変化が現れますので、あしからず。
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!!
ご感想もお待ちしております!!
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます