第168話 三年目:泣き声の主




――光の月36日。


 ファンカレアと黒椿がやって来てから早4か月が経過していた。

 あれから二人はほぼ毎日フィエリティーゼに降り立っている。ファンカレアに関しても無事にフィエリティーゼへ魔力を浸透させる事に成功したようで、今では俺の手助けが無くても自由に出入りできる為、カミールと会う時や女神としての仕事がある時以外は俺達と一緒に居る事が多い。


 そうそう、そのカミールについても変化があった。

 どうやらファンカレアがカミールにフィエリティーゼへ降り立った際の話をしたらしく、その時のカミールが羨ましそうにしていたのをミラが見ていたそうだ。その結果、黒椿を呼び出し”何とかならないか”と詰め寄ったらしい。まあ、後でカミールに聞いてみたら「皆さんと遊びに行けたらいいなとは思いますが、無理してまで行きたいと言う程では……」と言っていたので、自称カミールの保護者であるミラとファンカレアが暴走していたのだろう。

 でも、行きたいと思う気持ちは確かにあるみたいだから、俺としても行ける方法があるなら何とかしてあげたいとは思う。

 現状はまだ来れていないけど、方法は見つかったみたいでファンカレア達が奮闘しているようだ。


 ちなみに黒椿も頻繁にミラに引きずられて白色の世界へと連れて行かれている。寝る前に俺の部屋に来ては”馬車馬だ~~”と愚痴を溢していた。俺としてもカミールには遊びに来て欲しいから、大変だろうけど頑張って欲しい。



 現在、俺は新たな日課となった武術の訓練をしている。

 魔力制御の訓練が無事終わった後、俺とグラファルトとの殴り合いを見ていたライナから「武術を極めて見ないかい?」という提案をされたからだ。

 ライナは武術の達人らしく、どうやら前々から俺に剣術や槍術といった武器を用いた戦い方を教えたかったらしい。その証拠に、ライナの為に作られた三階の武器庫には多くの武器が飾られていた。話によればあれはあくまで飾り用であり、貴重であったり、実際に使っていた思い出深い物だったりを飾っているだけの様だが、その数は百を超えている為驚きである。


 そんなライナからの申し出があったので、お言葉に甘えて緑の月に入ってから武術を習っている。

 一番最初に実力を測ると言われて身体強化系のスキルのみで模擬戦をしたけど、俺はライナに一太刀も浴びせられずに負けてしまった。

 正直、俺のスキルの中には【武術の心得S】というスキルがあり、あらゆる武器を瞬時に扱える便利な能力がある為、勝てはしなくても良い勝負は出来ると思っていたのだが、結果は惨敗。その理由をライナに聞いたところ……。


『確かに、スキルによって得られる恩恵は素晴らしいものだと思うよ。実際に【剣聖】とか【剣帝】とか、剣術の頂点に君臨する特殊スキルを持っている子達は何も武術系統のスキルを持っていない子達よりも成長は早いし、何よりその成長に限界がほとんどないからね。でも、スキルはあくまでスキルであって、技術ではないんだ。肉体に刻まれた研鑽の日々、血反吐を吐いて鍛え上げたその技術に敵う事はないだろう。そこら辺の傭兵とかになら負けないと思うけど、いまのままなら武術の道を行き研鑽を重ねた戦士には勝てないだろうね』


 という、厳しい採点を頂いた。スキルさえあればなんでも出来ると思ってたけど、そうではないらしい。

 俺の【武術の心得S】はあくまで補助の様な役割であり、基礎が出来てない俺でもライナと数回程度なら打ち合いを出来るくらいにしかならなかった。ライナの話ではライナと数回打ち合えるだけでも一人前らしいので、誇っていいと言われたけど、さっきの話を聞くと素直に喜ぶことは出来ないよな……。


 そんな訳で、俺は甘ったれた精神を鍛え直す意味も込めて、ライナに武術の訓練をしてもらう様にこっちからお願いをし直した。ライナは俺が真剣に武術を学ぼうとしている事を凄く喜んでくれて、素振りから形稽古、そして打ち合いと誠心誠意丁寧に教えてくれる。


 ちなみに、武術の訓練にはグラファルトも参加している。

 グラファルトは肉弾戦……殴り合う戦闘スタイルなのだが、俺とライナの訓練の様子を見ていて興味を持ったらしい。


『こんなに長く人型で居ることなど無かったからな。元々が竜だから体は丈夫だし、殴り合って戦う方が向いている。だが、武器を使って戦うのも面白そうだと思った!』


 そう言って目をキラキラと輝かせて訴えかけてきた。特に断る理由もないしライナも歓迎していたので、そのまま一緒に訓練する事に。

 そうして二人でライナから武術を教えて貰う日々を過ごしていた。




「「ありがとうございました!」」


 今日も訓練を終えて、グラファルトと一緒に先生であるライナに一礼する。


「うん、お疲れ様。それじゃあ軽く汗を拭いたら一緒に大浴場に向かおうか」


 いつもと変わらない爽やかな笑顔を浮かべてライナが俺とグラファルトにタオルを渡してくれた。

 ちなみに汗を拭いてからというのは俺とグラファルトに対して言っている事であり、先生であるライナは汗一つかいていない。おかしいな……俺達と一緒に結構動いていたと思うんだけど。


 地下の訓練場から転移装置を使い一階へと転移して来た俺達は、大浴場のある別邸へと繋がる渡り廊下を歩いていた。


「――かしら」

「……ん?」


 渡り廊下を歩いていると、不意に誰かの声が聞こえて来た。

 遠すぎで人物の特定までは出来なかったけど、どうやら外で誰かと話しているらしい。今の時刻は大体午後の三時くらいなので、この時間帯に外に出ているのはリィシアかな? と思いながら声の聞こえた方へと視線を向ける。

 視線の先には家の玄関前に立つフィオラとミラの背中が映り、二人して視線を下へと向けて何かを話している様だった。何してるのかなと気になりはしたが、訓練の後というのもあって早く汗を流したいという欲求の方が勝り、後でミラ達に聞こうと決めてその時は大浴場へと向かう事にした。




 ふぅ……さっぱりした。

 どうやら俺が一番乗りらしく、先に行くとグラファルトから怒られるので大浴場を出て直ぐの場所で待機する事にした。

 光の月は四季で例えるならば秋に部類されるらしい。外は秋らしく少しだけ肌寒くなっているらしいのだが、結界内の温度は常に調節されている為それを体感する事は出来ない。適温なのは良い事なんだろうけど、こういう時だけは残念に思えてしまうな。


 そんな事を考えていると、家の玄関前が騒がしい事に気が付いた。


「――と言っているでしょう!」

「――考えないといけないかしらねぇ?」

「うっ……うぅ……ご、ごめんなさぃ……」


 ミラとフィオラの声がするのは分かったけど、あと一人の声が分からない。もしかしてお客さんかな? ここにお客さんが来たことなんて無いからちょっと気になる……。でも、グラファルト達がまだ来ないからいけない……。だ、誰だろう?


「――なにをやっておるのだ?」


 そうしてソワソワと家の玄関前を見ていると、グラファルトに後ろから声を掛けられた。グラファルトの後ろにはライナが立っており、その顔に苦笑を浮かべて「どうしたの?」と声を掛けて来る。多分、ライナが心配してしまう位に挙動不審だったのだろう。ちょっと恥ずかしい。

 誤解を解く為に先程までの状況を説明すると、二人は「お客?」と首を傾げながらも俺の両隣へと立ち同じく玄関前へと視線を向け始めた。視線の先ではミラとフィオラが相変わらず顔を下へと向けて誰かと話していて、二人のではない泣き声が俺が立っている渡り廊下まで聞こえて来る。


 グラファルトとライナにもその声が聞こえたのか、二人は「ああ……」とだけ呟き頷いていた。

 え、なに……知り合い?


「えっと……二人はこの泣き声の主が誰だか知ってるのか?」

「まあ、我はそんなに会いはしなかったが知ってはいるぞ」

「僕は逆に良く会ってたね。ランも名前だけなら知っていると思うよ?」


 そう言い、ライナは俺に泣き声の主の名前を教えてくれた。その名前を聞いて、俺は思わず「本当に?」と疑ってしまう。

 何故ならその名前はフィオラの授業でも度々出て来る名前であり、俺の知識が正しければフィエリティーゼにおいても有名な人物だったからだ。


「ええ……本当に?」

「うん、間違いなくこの声は――レヴィラちゃんの声だよ」



 レヴィラ・ノーゼラート。

 ”栄光の魔女”であるフィオラの弟子であり、エルヴィス大国二代目国王である人物が……フィオラとミラの前で大泣きしてひたすら謝っていた。




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 威厳の”威”の字もないですね!

 まさかの事態に藍くんも困惑気味です。

 次回は遂に藍くんとレヴィラが会話をする予定です! お楽しみに!


  【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


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