第165話 二年目:名も無き精霊のラプソディ⑧
「――だから、次また会えたその時は……僕をお嫁さんにしてね、愛してるッ」
その言葉を聞いた瞬間、最初に出た一言は……
「――ごめん」
謝罪の言葉だった。
俺の言葉を聞いて黒椿が肩を落とす。
多分、誤解しているんだろうなというのは理解していた。でも、それよりもまず伝えなくてはいけないと思った。
だからこそ、黒椿の様子は目には入っていたがそれでも俺は話しを続けることにしたんだ。
「俺、あの時は意識がはっきりしてなくて……お前の言葉を最後まで聞く事が出来なかった……その事についてちゃんと謝りたい、本当にごめん」
先程まで肩を落としていた黒椿だったが、俺の話を聞き終えた頃には姿勢を正し安堵の表情を浮かべていた。
「ううん……気にしないで。あの時は僕も聞こえてないんだろうなって思いつつ話してたから。あの頃はまだ照れくさくて……それに、また会えるって分かってたから」
俺の目を真っ直ぐに見てそう語る黒椿は、本当に綺麗だと思った。
目の前に降臨するその美しい存在に触れたくて、おもむろに伸びた手が彼女の肩を引き寄せる。そうして自分の傍へと黒椿を抱き寄せその温もりを噛みしめた。
普段なら慌てふためく筈の黒椿だが、その様子はない。
一瞬だけビクリと体が震えた気がしたが、それも今は落ち着いて俺の背に手を回して力を込めている。視線の左側で揺れる髪はいつの間にかいつもの唐紅色に戻っていた。
「えへへ……」
嬉しそうに声を漏らす黒椿の頭を撫でて、ようやく気持ちが落ち着いて来た。さっきまでのあの不思議な感覚……女神の力が関係しているのだろうか。
同じ”創世”の女神でも、ファンカレアの時とは少しだけ違った。いや、似ている所はたしかにあるのだが、なんて言えばいいのだろうか……。
ファンカレアの場合はまさしく神様という感覚。その場に居るだけで平伏してしまいそうになるほどの圧倒的な圧を感じさせる雰囲気を纏っていた。そこには優しさもなければ恐怖もない、放たれた声に平伏するしかないと言った感じだ。まあ、とは言え俺がファンカレアの力を見せて貰ったのは一年以上も前の話だし、今では”創世”の力を完全に制御している筈だからそこらへんも調整できるのかもしれないけど。
黒椿の場合は何処か放って置けない感じがした。確かに神としての重圧を感じなくはなかったけど、その顔を見て、声を聞いて、何がなんでも傍に居ないといけないと思えた。例えそれが、自らを苦しめる行為になろうとも。
抱きしめていた力を緩めて黒椿の肩を掴む。そうしてゆっくりと体から離れてその顔をもう一度見る事にした。
「……?」
そこに居たのはいつもの黒椿だ。
黄金色の瞳はレモンイエローに変わり、あの息を吞むような感覚もない。
うん、ファンカレアの時も思ったけど、やっぱり俺は女神様として二人を見る事は出来そうにない。理解はしているけど、他の人たち見たいに崇めたり奉ったりなんて無理だ。
だから……俺は、俺のやり方で大切に思い続ける事にする。
「――黒椿」
黒椿の肩から手を放し、亜空間から黒い箱を取り出す。
そして箱を開けて、その中身を黒椿に見えるように差し出した。
中には指輪が一つクッション材に挟まれて立てられている。銀色の腕部分は他の二人と一緒で、中石には黒椿の髪色に似た色の宝石を埋め込んだ。
初めて箱の中身を見た黒椿は目を見開き、微かにその瞳を潤ませる。
「――十年以上も待たせちゃったけど、俺は黒椿を愛してる。これからは妻として……俺の傍に居て欲しい。俺と結婚してくれないか?」
長い間、ずっとずっと待たせてしまったけど、それも今日で終わりだ。
「……はい、僕を藍のお嫁さんにしてくださいっ」
ずっと、言いたかった言葉を伝えることが出来た。
黒椿はその目から涙を溢し震える両手で指輪の入った箱を大事そうに掴む。
日が暮れ始めた懐かしさを感じさせるこの場所で、こうして俺達は夫婦になった。
森の中に建つ三階建ての家へと戻って来た黒椿は夕食後、しばらくの間自室として当てが割れた三階の客室のベッドへとダイブする。
程よい弾力のあるふわふわのベッドでゴロゴロと転がり、その感触に満足すると仰向けの状態で動きを止めた。
「……」
心ここにあらずといった様子の黒椿は天井を見つめて足をパタパタと動かす。そうして今日一日の出来事を振り返りおもむろに左手を掲げた。
掲げられた左手の薬指には今日の夕暮れ時に藍から貰った結婚指輪がはめられている。
藍からのプロポーズを快諾した黒椿は、プレゼントとして用意してもらった神社で婚姻の儀を行った。
互いに永遠の愛を誓いあい、藍から指輪をはめてもらい、口づけを交わす。
天に眩い光が降り注ぎ、周囲には鐘の音が響き渡り、二人は無事に婚姻の儀を終えることが出来たのだった。
「ようやく、結ばれた」
黒椿は藍から名前を授かった時、願ってしまった。
”――この人の傍で生き続けたい”、と。
その願いは叶ったと言えるだろう。
藍の守護精霊へと昇華した黒椿は、守護するという大義を得たのだから。
しかし、それが黒椿の望む結果だったかと言えば……否であろう。
彼女は守護精霊と成ると同時に、地球上に存在し続ける事が困難になったのだ。それは当時の管理者であった神による制約であり、力のある存在が不用意に自らの世界を漂う事を禁じた為だ。その結果、黒椿は藍の体の中……その奥底に在る魔力の塊である魂に宿り、藍を見守り続けることしか出来なくなってしまう。
この時、黒椿は絶望と憎悪を覚えた。
抗う事の出来ない神による所業、愛する者との再会を禁じられた黒椿は唯々弱い自分を呪い、強さを求め続けた。彼女が地球の管理者である神に殺意を抱き始めたのはこの時からだ。
彼女は諦めなかった。
自らの能力で起こりうる未来を予測し、それに備えて力を蓄え続けた。
その間にも、黒椿は藍の視界を介して外の世界を見る。
時には【千里眼】を用いて俯瞰から見る事もあった。
藍が神社に顔を出し、いつもの様に石造りの階段に腰掛ける様子を見て、嬉しさと罪悪感で胸が締め付けられる思いだった。それでも自分が彼の前に姿を現すことは出来ない、それを痛いほど思い知り、どれだけの涙を流しただろう。
藍が神社に顔を見せなくなった時もまた、黒椿は複雑な心境で見守っていた。彼の中で、自分という存在が薄れていくことに対する寂しさもあったが、もう悲しませなくていいんだと分かり安堵する自分も居た。
そうして年月を重ねていくにつれて、黒椿の心に一つの疑問が沸き上がる。
――果たして、再会した時……藍は自分を受け入れてくれるのだろうか?
もしかしたら、覚えていないかもしれない。
もう、頭を撫でてくれたり、抱きしめてくれたり……名前を呼んでもらえないかもしれない。
そんな不安が彼女の心を蝕み苦しみを与え続ける。
しかし、それでも黒椿は藍を愛する事をやめなった。やめれなかった。
幾ら拒絶しようとしても、優しい笑顔が、温かい言葉が、与えてくれた名前が、彼女の心にじんわりと染み渡っていき、諦めかけた心を修復していく。
黒椿は、会えないとしてもその愛を失うことなく見守り続けたのだ。
「――長かったなぁ……でも、もう大丈夫」
掲げた左手を下ろし、右手で包み込む。そうして胸元まで抱き寄せて大切に包み込んだ。
「――これからは……めいいっぱい甘えよう、愛してもらおう。そして、同じくらい甘やかして、愛していこう」
抱き寄せた両手を開き、はめられた指輪を口元へ近づける。
これからの未来に希望を抱き、黒椿は指輪に口付けをした。
「――その為にも……早く探さないとね」
幸せを十分に噛みしめた後、黒椿はベッドから立ち上がる。
そうして瞳を閉じて、体内に魔力を巡らせた。
集めた魔力を瞳へと流し込み、閉じた瞼を再び開く。
「――かくれんぼはおしまい、必ず見つけるよ……
黄金の魔力をその瞳に宿し、黒椿は【叡智の瞳】を発動する。
一年半前、”休む”と言ったその直後から姿をくらました”意思”を持つ特殊スキル――【漆黒の略奪者】の行方を追う為に。
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これにて「名も無き精霊のラプソディ」は終わりです!
お付き合いいただきありがとうございました。
今後の予定としましては、エルヴィス大国のお話を数話挟み二年目のお話は終わりにするつもりです。
次章から「〇年目」という表記は止めて、森での生活もいよいよ佳境となります。ちょっとだけグロテスクな描写がでるかもしれませんが、あしからず。
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!!
ご感想もお待ちしております!!
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