第164話 二年目:名も無き精霊のラプソディ⑦




 懐かしい風景に感動して興奮冷めやらぬ様子の黒椿は、十段程の石造りの階段を駆け上がり古ぼけた社を見上げている。俺は階段を上がって直ぐの所から嬉しそうに声を上げる黒椿を見守っていた。


 先程までは寒がっていたが、いまは体を覆う様に魔力を纏い体感温度を変質させているらしい。これは”変温魔法”という魔法で俺もミラから習っている。地球に居た頃から暑いのが苦手だった俺にとっては大変ありがたい魔法だ。


 そんな事を考えていると、正面からこっちに向かって足音が近づいて来る。視線を前へ向けると黒椿がこっちに手を振りながら走って来るところだった。


「凄いねぇ! 木材の古さとかちょっと苔が生えてたりするのとか、もうそっくり!!」


 どうやらただ見ていた訳ではなく細かいところまでしっかりと眺めていたらしい。興奮した様子でどれだけ凄かったかを語る黒椿はとても楽しそうだった。


「俺としては用意したサプライズが花丸を貰えたようで良かったよ。でも、やっぱり真似できない所もあるけどな」

「真似できない所? そんな所あったっけ?」


 顔を曇らせて首を傾げる黒椿に苦笑しながらもある場所を指さした。

 それは社を背にして正面の右側……そこの一区画には草木を刈り取った後だけが残っていて、どう見ても何かがある予定だったことを示唆している。その何もない空間を目にした黒椿はそれまで社に気を取られていて気づかなかったからか「あっ!!」と大きな声を上げた。


「椿がない!」

「一応ミラに頼めば苗を貰えるだろうけど、時間が掛かるだろうし、地球から持ってきた苗をフィエリティーゼに植えたりして問題があったら大変だからな。今回は黒椿に隠すつもりだったし、傍に居るファンカレアにも相談するわけにもいかない。まあ色々と問題があって、場所だけ確保して保留にしたんだ」


 本当は黒椿と同じ唐紅色の花を咲かせた椿の木を見せてあげたかったけど、こればっかりは仕方がない。時間もなかったし、今後はファンカレア辺りに相談して植えてみるのもありかもしれないな。


 頭の中でそんな計画を考えていると、黒椿は少しだけ悩む素振りを見せる。その様子が目に入り「どうしたんだ?」と声を掛けてみたが、空返事だけが返って来て心ここにあらずって感じだ。もしかしたら、椿がない事が不満なのかもしれないな。

 そう思い先程まで考えていた計画を教えようと黒椿に声を掛けるが、俺の声は黒椿の「よし!」という声にかき消された。


「どうしたんだ?」

「藍、こんな素敵なプレゼントをありがとう! そのお礼って訳じゃないけど、今度は僕が藍を驚かせる番だね!」


 そう言うと、黒椿は草木のない整えられた一画へと駆けだした。


「お、おい!」


 何事かと思い慌てて黒椿の後に続く。

 整えられた幅2m、奥行き1m弱の空間を前に黒椿はその足を止め、おもむろに右手を地面へと翳し始めた。

 その様子を後ろから見守って居ると、黒椿は翳した右手から魔力を流し整えられた空間を覆い始める。

 すると、均された地面の中央に直径60cmくらいの小山が出来上がり、その中心から土を払いのける様に植物の苗が姿を現した。

 苗は黒椿から流れ出る魔力を吸収し急速に成長を始める。そうしてしばらく見守って居ると、高さ2mを超える庭木へと成長を遂げた。青々と煌めく庭木の葉は風に吹かれる訳でも無く、まるで意思を持っているかのように揺れ始める。そうして幾つも枝分かれを繰り返して行き……その枝先に綺麗な唐紅色の花を咲かせたのだった。


「凄いな……」


 思わずそんな声が自分の口から漏れ出る。

 黒椿が魔力を流した直後でに現れた椿の木。そもそも種類が違う為、周囲の森に立つ立派な樹木には劣るものの、俺が地球で見た事のある椿の木とは明らかにかけ離れている。そう思えるくらいに目の前で成長を遂げた椿の木は美しいものだった。


「これでも一応は元椿の精霊だったからね。これくらいの事は造作もないのだよ! まあ、さっき藍に教えて貰った懸念事項があったから、周囲に影響が出ない様に調整するのには骨が折れたけど」


 どうやら見た目以上にしんどい作業だった様だ。

 そう語る黒椿の顔は少しだけ疲れているように見える。

 労いを込めて右隣りに立ち「お疲れ様」と頭を撫でると、黒椿は「えへへ」と笑い俺の方に体を傾ける。そうして俺に寄り添うと自分が育て上げた椿の木を見上げて嬉しそうに微笑んでいた。


「うん、これで完璧だね」

「やっぱり、ここに椿があると落ち着くな」


 そうして、黒椿を抱き寄せたまま椿の木を眺め続け満足すると、どちらからとでもなく歩き出し、二人が良く話し込んでいた階段下まで歩き始めた。






 階段の一段目に腰掛けた黒椿は、隣に座る俺に何度もお礼の言葉を口にした。

 正直、そこまでお礼を言われても実際にこの空間と神社を作ってくれたのはミラとフィオラ、そしてロゼの三人だから素直に喜べない。

 俺がその事を口にして苦笑を浮かべると、黒椿は大きく首を左右に振り「そんなことはないよ」と言った。


「そもそも考えてくれたのは藍であって、ミラ達に頼んでくれたのも藍なんでしょう? 僕はその気持ちがすごく嬉しかった! もちろんミラ達にも後でお礼は言うけど、こんな素敵なサプライズを考えてくれた藍にもお礼が言いたいんだ!」


 その真っ直ぐな言葉に思わず視線を逸らしてしまう。黒椿の気分を害してしまう可能性もあったが、自分の頬が熱くなっているのは自覚していたし、チラッと黒椿の方を見ればこちらを見てニヤリと笑っていた。照れている事がバレているのだろう。


 それからの話題はこの神社を作るにあたっての話やこれからの使用用途と管理についての話をした。

 神社を作る際の話に関しては、やっぱり魔法が凄いという話しかできない。フィオラの”結界魔法”、ミラの”空間拡張魔法”、どれも規格外であり、まだフィエリティーゼに来て一年弱しか経っていない俺にとってはずっと見ていても飽きないくらいに魅了される光景だった。

 ロゼの建築技術とその速さに関しても言うまでもなく異常としか言えない。

 大量の土を固めて社を建てる為の土台から作り、三日程でその工程の全てを終えてしまった。疲れないのかと聞いてみたけど、『作るのが楽しいから』と笑ってそのままデコトラの装飾品作りに向かってしまったのを覚えている。


 神社のこれからについては黒椿と俺に一任すると言われている為、この場で黒椿と話を詰めて行く。

 このままの形で残すとは伝えていたが、まさか自分たちに全てを一任させるとは思ってもみなかった様だ。でも、冷静になればわかる事だがこれは黒椿へのプレゼントなので、黒椿がその全てを一任されるのは当然の事。その事についても話してこれからについて聞いてみた。


「それで、ここは今後どういう風にしていくんだ?」

「う~ん……とりあえず管理はしていくつもりだよ? 強固な結界が張られているから安全は確保されてるし、そんなに頻繁に来なくても良いと思うけど……僕にとってこの場所はとっても大事な場所だから、頻繁に見に来ちゃうと思う。結構敷地に余裕があるみたいだし、家を建てて別荘として使うのもありだね!」


 黒椿の言葉に頷き賛成する。

 この結界内は一年中冬景色が見れる場所として個人的にも魅力的だ。それにここに居ると日本を思い出して何だか落ち着くんだよな。


「ロゼに頼んで、日本家屋でも建てて貰うのもありだな……」

「それも良いね!」


 俺の言葉に黒椿はあははと笑い同意してくれた。


 この場所の管理について、ある程度の方針を示したところで話題は自然と昔話に移っていく。それは初めて出会った時の事だったり、二人で走り回って子供らしい遊びをしたことだったり、あんなことがあった、こんな事もあったねと二人して過去の思い出話に花を咲かせた。

 そうして話し続けていると、次第に周囲がオレンジ色に染まり始める。

 結界内の時間は外と同じ時間の流れにしているとフィオラが言っていたので、お昼過ぎから夕方まであっという間だったなと思った。


 オレンジ色の空を見上げていた俺は、その視線を下へと下げて行き左隣に座る黒椿へと視線を移す。


「どうしたの?」


 首を傾げて俺を見つめる黒椿。

 小さく笑みを浮かべたその姿を見ていると、不意に過去の記憶が脳裏に浮かんだ。


 それは、夢に見た最後の光景。

 意識が薄れる中、涙を浮かべながらも俺に微笑み声を掛ける幼い黒椿の姿。


 あの時、黒椿はなんて言ったのだろうか……。


 思いだそうにも、内容を聞く前に気を失ってしまった俺に思い出せるわけがなく、それでも知りたいと思い、俺は黒椿に直接聞いてみる事にした。


「あのさ、地球で黒椿と最後に会った時の事なんだけど」

「あー、あの時ね! 僕に”黒椿”って名前をくれた時!」


 嬉しそうに語る黒椿に苦笑しつつ、俺は昨日の夜に夢で見た事を話した。黒椿の楽し気な相槌を挟みながらも話は続き本題である夢の最後を話し終える。


「――あの時、黒椿はなんて言ってたんだ?」

「……」


 俺の問いに黒椿は黙ってしまう。俺からは特に急かすことは無く、唯々黒椿の言葉を待つことにした。


 数分の静寂が流れた後、黒椿は俯かせていた顔を上げる。

 その顔を見て……俺は思わず目を見開いた。


 そこに居たのは、黄金の瞳を潤ませる女神。

 静かに揺れる唐紅色の髪も所々が黄金色へ輝いていた。

 その圧倒的な存在感と輝かしい姿に頭を下げそうになる。しかし、優し気に笑みを浮かべる女神には、ちゃんと黒椿の面影が残っていて、俺は落ち着きを取り戻すことが出来た。

 俺がどうすればいいのか分からずに困惑していると、黒椿はその佇まいを正し口を開く。


「僕も、ちゃんと戻れる様に頑張るから……だから……」


 これは夢の続きだ。

 十年以上もの月日を超えて、辿り着いた記憶の先。

 その答えがいま……本人の口から語られる。



「――だから、次また会えたその時は……僕をお嫁さんにしてね、愛してる」



 溢れた涙が零れ落ちる。

 それを拭うことなく、女神は笑みを浮かべてそう言った。



 十年以上も昔の――名も無き精霊の愛の詩ラプソディを。






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 正確にはラプソディは狂詩曲の事なので使い方としては間違っていると思います。

 ですが、ラプソディという言葉が好きなので強引ではありますが黒椿の言葉を”愛の詩”と例えて使う事にしました。

 明日で「名も無き精霊のラプソディ」は終わる……予定です!!


  【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!!


 ご感想もお待ちしております!!


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