第163話 二年目:名も無き精霊のラプソディ⑥




 不意打ちに口付けを交わしながら転移してきた場所は、結界内にある泉とは反対側の森の中。

 そこにはロゼやミラ、最終的にフィオラまでをも巻き込んだ自信作のサプライズを用意していた。


 サプライズプレゼントは”思い出の場所”にするつもりだった。

 この思い出とは俺達二人が出会い、そして絆を積み重ねて来た場所……地球にある古ぼけた神社のことであり、俺の記憶の中にあるあの神社をフィエリティーゼで再現する事は出来ないかと思い、ロゼとミラに相談する事にしたんだ。


 一通り説明し終えた後で言われたのが、ミラの”記憶転写魔法”を使い俺の中の神社の記憶を同じく”記憶転写魔法”を付与した特別な布に映し出せば、ロゼが建物を作る事は可能だと言う。

 しかし、それ以外に問題が一つ……。

 それは神社を再現してもらう際の条件として提示した物の中の一つ、天候についてだった。

 黒椿との思い出は冬から春にかけての印象がとても強く残っている。俺が春と冬が好きって言うのもあるんだろうけど、それだけではなくて俺達二人にとって重要な出来事は基本的にこの二つの季節間で起きていた。

 その中でも印象的だった冬の神社が良いと思い相談したのだが、二人は小さく唸り”出来る”とは口にしなかった。


 天候を操る魔法はあるにはあるらしいのだが、持続させるには魔力を消費し続けなければならないらしく、その規模も大雑把にしか決められないらしい。これは”広範囲殲滅級魔法”という部類に入るらしく、使用例としては、軍勢ともいえる魔物の集団が発生した際に極寒の吹雪を巻き起こし敵の動きを封じる為に使われたりするとの事だ。必ず極寒にしなければいけないというわけではなく、暑さに弱い魔物であれば逆に気温を極端に上げたりもするのだとか。

 

『それに結界内の一部の空から雪が降っていたら、黒椿も気づくんじゃないかしら? 結界外で”広範囲殲滅級魔法”を遠慮なく使うのも無理ね。あらぬ波風を立てかねないから』


 そんなことを言われてしまい、俺も唸ってしまったのを覚えている。

 しかし、ないものねだりをするのは悪いし、少なくとも神社を再現する事は出来るらしいから、目立たない場所に作ってもらう事にしよう。

 そう思い口を開こうとしたら、ミラからある提案をされた。


『私には無理だけど、フィオラなら何とかしてくれるかもしれないわよ?』


 どういうことかと説明を求めると、どうやらフィオラは”結界魔法”の天才らしい。六色の魔女にはそれぞれに得意な魔法系統が存在するらしくて、リィシアならば”精霊魔法”、アーシェならば”認識阻害魔法”と言った様にそれぞれがそれぞれの理由で求める系統魔法を極めているとの事だ。

 フィオラが極めている系統魔法は大きく二つ、先に言った”結界魔法”と”封印魔法”、中でも”結界魔法”に関しては右に出る者はおらず、その力は模擬戦において姉妹であるミラ達をも困らせる程らしい。

 いま俺達が暮らしている大規模な結界内についても、ミラ達五人は結界を張る際に協力はしたがほとんどはフィオラの技量によるものだとミラが力説してた。


『フィオラに頼んでいま私達が居る結界内に小さな結界で覆われた空間を作ってもらいましょう。フィオラなら結界内の気温や天候を変える事も出来るし、”結界魔法”って張る際には膨大な魔力を消費するけれど、それ以降は壊されたり術者が解除しない限り永久的に存在し続けるからフィオラに負担をかけ続けることは無いわ』


 狭い様なら”空間拡張魔法”を使ってあげる。そう言ってミラはフィオラに頼むことを提案してくれた。

 俺としては渡りに船であった為、「ありがとう、頼むよ」と言って提案を受け入れる。

 程なくしてミラが念話を入れていたのか、フィオラは亜空間を出現させて転移して来た。


『大丈夫?』

『はい。元々あの子の仕事ですし、押し付けてきました』というミラとフィオラの会話から察するに、どうやら何かを放り投げて来てくれたらしい。

 その事について大丈夫なのか、忙しいのであれば無理をしなくていいと伝えると、


『構いません。私はあの子と藍くんであれば、藍くんを優先します。大体、あの子は私に頼り過ぎなのです。この間の学園創設の件もそうですが、その際にも外観だけではなく――』


 フィオラははっきりとした口調で俺を優先すると言い、その後は長々と愚痴を溢し始めた。後でミラにこっそり聞いてみると、フィオラの言っていた”あの子”と言うのはフィオラの弟子であるレヴィラさんという人のことらしい。話の内容からして相当鬱憤が溜まっている様だ。


 ある程度愚痴を溢し終えたところでフィオラに事情を説明すると『私に協力できることであれば』と快諾してくれた。

 そこからは流れるように作業が始まり、2~3日であっという間に神社は完成した。そうして黒椿達が来る前にフィオラとロゼに頼んで最終調整を行ってもらい、ベストコンディションに整えてもらったのが、いま俺達の目の前に広がる古ぼけた神社だ。


 小さな結界の内部は”空間拡張魔法”である程度の広さまで広げて貰っている。

 ドーム状に覆われている筈なのに何故だか曇天の空が上空に存在し、そこから白い雪がゆっくりと地面へ降っていた。

 俺と黒椿が立っているのは道を造る様に真っ直ぐに伸びる石造りの地面。俺の視線の先には、懐かしさを覚える古ぼけた神社が見えていた。


 だが、それよりも……。


 そろそろ目下の現実についても触れないといけないな。




「――おい、黒椿」

「…………」


 返事が無い、まるで屍の様だ。


 なんて冗談を言っている場合ではないのだが、とりあえず握っていた手を放しその小さな肩に手を置いてみる。


「おい! 大丈夫か?」

「え、え、え、うん、え?」


 顔を真っ赤にして目をグルグルと回す黒椿は、俺の言葉を理解しているのかしていないのか、いまいち分からない返答を返してきた。


 うーん……流石に口付けは駄目だったかな?


「えっと……いつも黒椿からしてくれてたから、たまには俺からもと思ってしてみたんだけど」


 なんだか申し訳なくなり、それっぽい理由を説明してみる。実際そう思っていたのは確かだし嘘ではない。

 俺が説明し終えると、黒椿は無言のまま右手を顔へと近づけて行きその人差し指で自分の唇へと触れる。そうして、自分が何をされたのか再確認したのか、ただでさい赤いその頬を湯気が出るのではと思わせるくらいに上気させた。


「ど、どどどどうしよう……嬉しいけど、心の準備がぁ……でも嬉しぃ……でも恥ずかしぃ……ていうか寒っ」


 最後の言葉に思わず吹き出してしまう。

 とりあえず意識がはっきりとしている事を確認した俺は亜空間から毛布を取り出すと黒椿の肩へと掛けた。


「あ、ありがとう」


 まだ少しだけ動揺しているが、しっかりとお礼の言葉を口にする。

 そんな黒椿に頷いて、俺は状況を飲み込めていない黒椿の為に転移先について説明を始めた。


「ここは黒椿の為にミラ達に頼んで作ってもらった場所なんだ。この場所が、俺からのサプライズプレゼント。一応ミラ達から許可は貰って、今日以降もこのまま残してくれるように話はつけてあるから、安心してくれ」

「う、うん……それで、ここって一体どこな――」


 辺りを伺う様に首を振り始めた黒椿だったが、後ろを振り返った瞬間その動きを止める。両手を使い肩からずり落ちない様に支えていた毛布がスルスルと力を失って手から滑り落ちていった。

 毛布が落ちていることも気に留める事もなく、黒椿はただただこちらに背を向けて正面に映る光景にくぎ付けになっていた。


「うそ……」


 小さな声であったが、黒椿の口からそんな言葉が零れる。

 俺は黒椿の右隣りへと足を進めて落ちている毛布を拾い上げると一度だけパンッと払い、そのまま黒椿の肩へと掛け直した。


「俺の記憶をたよりに再現して貰ったんだ。黒椿にプロポーズするなら、やっぱりここかなって思って」


 この神社で黒椿と出会い、そして恋をして、お別れをした。

 俺にとってこの神社はとても重要な意味があり、黒椿との思い出を話すにあたってこの場所の存在は切っても切り離せない場所。

 グラファルトとの結婚が済み、黒椿との結婚を考えた時からずっと今日を楽しみにしていた。


 隣に立つ黒椿は驚きを隠せない様子でいつまでも神社を見つめながらその場に立ち尽くしている。そんな彼女の様子に思わず苦笑を浮かべ、俺は感想を聞く為にその華奢な背中をポンっと叩いた。

 ビクリと体を震わせた後、黒椿は凄い勢いで俺の方へ顔を向ける。

 その顔には先程までの驚愕した様子は無く、心から嬉しそうに笑う少女の姿があった。


「凄い……! 凄い凄い!! もう藍と一緒に来れないと思ってた神社が、目の前にあるよ!!」

「いや、正確には再現しただけで本物って訳じゃないからな?」

「わ、わかってるよー……わかってるけど……!! 完璧に再現されてるし、本物とさして変わらないクオリティだと思う! 本当に凄いよこれは!!」


 興奮した様子で唯々”凄い!”と連呼する黒椿はその場でぴょんぴょんと跳ねて嬉しそうに力説してくれた。

 不意打ちをかましてから固まっちゃったからどうしようかと思ったけど、こんなに喜んでくれるとは……頼んだ甲斐があった。


「サプライズは成功したかな?」


 キラキラとした瞳で神社を見つめる黒椿にそう聞いてみれば、満面の笑みで大きく頷いてくれた。


「うん! 本当に凄い……ありがとう!」

「喜んでもらえて良かったよ。帰ったらこの場所を作るのに協力してくれたミラとフィオラとロゼの三人にも言ってやってくれ」

「もちろん!」


 俺の言葉に笑顔で答えてくれる黒椿。

 結局俺は指示を出しただけで、作った訳ではないからな。黒椿の返事に満足して頷いていると、片手で毛布を支えながら黒椿が空いていた右手で俺の左手を掴み駆け出す。


「うおっ」

「えへへ、またこうして藍と神社で遊べるなんて……早く行こうっ」


 いきなり引っ張られた事で変な声が出てしまう。

 どうやら昔を思い出してかなり興奮している様だ。


 興奮冷めやらぬ様子の黒椿にしょうがないなと思いながらも、黒椿に引かれながら俺は神社の階段前へと駆けだした。






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