第162話 二年目:名も無き精霊のラプソディ⑤





 黒椿と森を散策し続けた後、俺達は昼食を食べ終わり再び泉に戻って小休憩をしていた。昼食を食べるのに中央広場を使ったんだけど、昨日みたいに誰かが来ることはなく工房部屋の方が騒がしかったので、もしかしたらみんなで何か作っているのかもしれない。今年になって世界情勢は大きく変わったとフィオラが言っていたし、もしかしたらその対策として何か依頼しているのかもな。


 六色の魔女達は基本的には中立……というよりは傍観者だ。

 もちろん完全に放置するわけではなく、アーシェやフィオラ、ライナの様に政治や軍事強化といった事柄に関与する事はあるが、それはあくまで補佐と呼べる範囲であり戦争や民衆の目の前で政を行う事はほぼない。例外として、世界規模の災害時にのみその力を振るうと決めているらしい。


 ……ちなみにロゼとリィシアは随分昔に自国から完全に手を引いたそうだ。まあ、それでも二人を崇拝する者は多く、その影響力は計り知れないらしいのだが当の本人たちは余り人前に出る事を好んでいない様で、俺がフィエリティーゼへとやって来てからは滅多に結界の外へ出る事がなくなってしまったらしい。フィオラの話では”爆炎の魔女様と新緑の魔女様の身に何かあったのでは……”と噂する者もで出来たくらいなのだとか。


 話が逸れたが、表立った行動はせずとも頼まれたら助ける事はしているらしい。フィオラなんかがいい例で、面倒見のいい彼女は頻繁に弟子であるレヴィラさん?の頼みで色々と動いてあげているそうだ。

 前回、ロゼに頼んでいたのを見たし今回も似たような感じかもな。帰ったら聞いてみようかな?


 そう言えば、森を散策している時に多くの精霊を見ることが出来た。

 一度目に泉へ訪れた際、魔力を瞳に集中させる事で精霊が見える事が分かった俺は、森を散策している間も常に魔力を瞳に集めていた。そのお陰か、見慣れた森の筈なのに何処か別世界に迷い込んでしまったかのような感覚になったのを覚えている。

 そして案の定、泉の精霊達の時の様に森を漂っていた精霊たちは俺を見つけるや否や物凄い速さで近づいて来て、嬉しそうに顔をペタペタと叩いてくっついて来た。泉の精霊もそうだったが、不思議と精霊に叩かれたり触れられたりしても、触れている感覚が一切ない。黒椿によると精霊を感じる方法には既に教えて貰った”見る”以外にも”触れる””聞く”の三種類あり、今の俺は目にだけ魔力を集中させているから、精霊を感触として感じる事も、精霊の声を聞く事も出来ないらしい。


 つまり、精霊とお話していると言っていたリィシアは”精霊眼”以外にも”聞く”分野において何か特別な力を持っている可能性がある。黒椿はそう言っていた。

 まあ黒椿も別に詳しく調べたわけではないらしいので、あくまで勘らしいけど。


 試しに右手に魔力を纏ってみると顔に張り付いていた精霊たちは勢いよく右手に集まり、その小さな手で俺の指を握っていた。

 指が埋まると次は掌へ、掌まで埋まってしまうと”腕の方にも魔力を纏え”と言わんばかりに俺の前腕や二の腕をバシバシと精霊が叩いて来て、ご要望通りに魔力を纏わせるとキャッキャッとはしゃいでいる様子で腕へとしがみついたりもしてきた。

 流石にいつまでも相手をしている訳にもいかないのである程度満足したら止めたけど、それでも一時間くらいはずっとペタペタされてた……精霊って好奇心旺盛なのかな?


 ちなみに精霊はそれぞれの属性によって感触が変わってて面白かった。

 水の精霊はひんやりしていて、風の精霊はそよ風に撫でられる感じ、土の精霊だとざらざらとした砂の感触があって、一番やばかったのは雷の精霊だ。

 なんだろう、軽く触られるくらいならちょっとピリッとするくらいで良いんだけど、思いっきり触れられるとバチッと大きな音を立てる為びっくりする。

 俺は多くの耐性スキルを持っているおかげか痛みは感じなかったけど、あの音からして普通なら気絶しちゃうんじゃないかな? しばらくは”触る”のは控えようと思う……精霊に恨まれませんようにッ!









「――ねえ、まだ駄目なの?」


 泉での小休憩を終えるとソワソワとした様子の黒椿が俺に詰め寄ってきた。というか、黒椿は昼食を食べ終えた後ぐらいからずっとソワソワとしている。

 どうやら昨日からずっと隠されているサプライズプレゼントが気になってしょうがないらしい。

 詰め寄る黒椿は頬を膨らまし右手の人差し指で俺の鎖骨辺りを突いてきた。


「もうお昼も食べたし、ファンカレアみたいに結界の外に行きたい場所なんてないからいいでしょう? 僕、サプライズをすっごく楽しみにしてたんだから!」


 そう言われてしまうと、これ以上待たすわけにはいかなくなったな。

 本当は夕暮れ時に行きたかったんだけど、いま以上に不満を募らせ続けた状態で見て貰うのもなんだし、仕方がないか。泉での小休憩で多少時間を潰すことが出来たし、そろそろ移動するとしよう。


「わかったわかった。予定よりは少し早いけど、サプライズプレゼントのお披露目といこうか」

「ほんと!? やったー!!」


 膨れっ面の黒椿に苦笑しつつも、唐紅色の頭を撫でながら御心のままにと告げる。先ほどまで膨らんでいた頬は萎んでいき、満面の笑みへとその様子を変えていった。俺はサプライズプレゼントを用意している場所に行くためミラに念話を入れておくことにする。


(ミラ、これからちょっと転移して例の場所に行ってくる)

(…………)


 うん、一応伝えたし良いか。

 珍しく念話を入れても返事が無かった。でも、よくよく考えたら危ない場所に行くわけではないので特に念話を入れる必要もなかったかと自己完結することにした。


 目の前には上機嫌で鼻歌を鳴らす黒椿がくるくると可愛らしくその場で舞っている。俺は黒椿に「それじゃあ行くぞ」と声を掛けその動きを止めたのを確認してから黒椿の手を取った。


「じゃあ移動するから、サプライズらしくする為に目を閉じてくれるか?」

「あれ、ここから移動するの?」


 どうやら黒椿は昨日の夜に見せた箱がサプライズプレゼントだと思っているらしい。あれはあくまでも黒椿へのプロポーズの為に用意したものでサプライズプレゼントとは違う。


「――だから、あれとは別にサプライズを用意してるんだ」

「ほうほう……わかった! 楽しみだな~」


 俺が説明すると黒椿は興味深そうに数回頷いたあと、煌めく瞳を一度こちらへ向けるとそのまま瞼を閉じた。

 純粋に告げられた言葉に思わず顔が綻ぶ。

 そうして目の前の黒椿を見て、俺はあるイタズラ……というか欲求にかられた。


 俺に両手を掴まれ瞼を閉じた黒椿。

 その姿はまるで口づけを待つ新婦の様に見えてしまった。


……昨日の夜もそうだけど、昔から黒椿にはよくからかわれてたんだよな。

 もちろん俺もやり返すけど、それはあくまで黒椿から先制攻撃を受ける事が前提であって、俺から先制攻撃をしたことは多分ほとんどないと思う。

 うーん……これはチャンスじゃないだろうか?

 そう言えば二人同時にとか、黒椿からしてもらったことはあるけど、俺からしたことは無い気がする。初めて黒椿をフィエリティーゼに召喚した時に”これからもいっぱいしてもらうんだ~”とか言ってたし、折角のチャンスを無駄にしたくない。


「……よし」

「お、そろそろ移動するんだね?」


 俺は心の中の問答に決着をつけ気合を入れる為に呟いた。

 黒椿はそれを移動を開始する合図だと勘違いして目を瞑ったまま楽し気に話している。


「それじゃあ、三秒数えた後に転移するから」

「ん? 転移するんだ。わっかた」


 黒椿の返事を聞いた後、「それじゃあ転移まで3……2……」と何処かのディレクターの様にカウントする。まあテレビ現場では三秒前くらいから声に出さないらしいけど、今回は黒椿が目を瞑っているから必然的に声に出してカウントしていった。


 そうしてカウントが1を切った所で黒椿の顔へ近づいていき、そのまま黒椿の唇を奪う。


「…………~~ッ!?」


 突如として訪れた唇の感触に疑問を持ったのか、黒椿は俺の視界の先で薄っすらと右目だけを開いて様子を伺い始めていた。そうして俺が口づけをしているという事実を理解するとボンッと音が鳴りそうな程にその頬を紅潮させて今度は両目を見開いていた。

 そんな黒椿の表情を見て満足した俺は、そのまま無詠唱で”転移魔法”を使う。

 そうして足元から頭上へとスライドする亜空間に飲まれて、俺達は目的の場所へと転移した。


 ”転移魔法”は扱いに慣れると様々な方法で転移する事が出来る。

 相手に自分が転移して来たと知らせる為にワザと人が通れるくらいの大きさの亜空間を展開したり。それとは逆に相手になるべく悟らせないようにする為に亜空間を開かず転移したり。

 今回、俺はあえて下から上へと亜空間の輪を上昇させるようにした。

 理由としては、赤面して驚いている黒椿をなるべく長い時間見ていたかったから。


 これは前々から言っている事だが、黒椿は不意打ちに弱い。

 サプライズ前のドッキリが成功して、俺は大満足だった。



――さて、赤面はしなくても良いけど……今みたいに、用意したサプライズプレゼントにも驚いてくれるかな?






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 前々からプレデター(愛娘)の悪戯好きな性格について「黒椿に似たんだ!」と言っていた藍くんですが。やっぱり君に似たんじゃないかと作者は思うよ……。

 まあ、どっちにも似てしまっていて、その悪戯度合いに拍車がかかっていないことを祈るのみですね……。



 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!!


 ご感想もお待ちしております!!


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