第161話 二年目:名も無き精霊のラプソディ④
泉で精霊達を交えながら黒椿と数時間に渡って話し込んでいた。
ここに来てからの生活や、地球に居た頃との違いについて、更には俺がフィエリティーゼで暮らしている間の白色の世界の様子など話題は尽きることなく話し続ける。中でも驚いたのが地球とフィエリティーゼの時間軸についての話だ。
フィエリティーゼと地球では今まで約五年程のずれが生じていたらしい。地球での一年が、フィエリティーゼでは五年となるのだとか。
その為、ミラが地球へと向かうとフィエリティーゼへ帰って来るのにかなりの時間が掛かってしまう。それをミラが黒椿やファンカレア、そして頻繁に白色の世界へと遊びに来ていると言うカミールに相談した結果、ある程度であれば”創世”の力を制御できるようになっていたファンカレアと黒椿、そして地球を管理しているカミールの協力もあって地球とフィエリティーゼのみという限定的な条件で二つの世界間の空間を繋ぎ時間のずれをなくしたらしい。
それについてミラが大層喜んでいたらしく、お礼と称して白色の世界に溢れんばかりのケーキ類を置いて行ったのだとか。
その話を聞いて俺は数か月ほど前の出来事を思い出す。
「そう言えば、珍しく早くに帰って来た日があったっけ。偉く機嫌が良くて、俺達にもお土産と言って高そうなケーキ類を持ってきたな。そんなに嬉しかったのか」
「そりゃそうだよ。ミラは藍の事が大好きだからね~、なるべく一緒に居たいと思ったんじゃない?」
「そうかなぁ?」
まあ、からかわれる事は多いけど、常に一緒に居たいと思われているかと聞かれれば答えにくい。というのも、ミラは基本的に好意であったり愛情であったりといった言葉を多くは口にしない。
二人っきりの時とかにはお酒の力を借りて”好きよ”とか言ってくれたりするのだが、その言葉にどれくらいの思いが込められているのか計りかねていた。
そうして首を捻り続ける俺に対して、黒椿はあははと笑いながら話を続ける。
「藍、気づいていないのか、敢えて気づかない様にしているのかはわからないけど……そろそろ自覚をするべきだと思うよ?」
「自覚……?」
そこまで話した後、黒椿は無邪気な笑みを崩し柔らかな微笑みへと変えていった。
「ミラはね、藍の事が好きだよ。それも異性としてね」
「……ッ」
その言葉に俺は頷く事も否定する事も出来ないでいた。
正直、本当にたまにではあるがミラから家族としてではない……異性として接してこられる事も多々あることに気づいてはいたんだ。
でも、それがからかってやっているのか、それとも本気なのか分かりかねていた。
だからこそ自分の中で勝手に解釈することなく、事実だけを受け入れようと思いこれまで結論を出さずにいたのだが……まさかここで、黒椿の指摘されるとは思ってもみなかった。
「ファンカレアやミラから聞いているとは思うけど、藍の肉体はフィエリティーゼに適応できるようにゼロから再構築されるの。だから本来であれば近しい筈のDNAや遺伝子は少しだけ変わってる訳で――」
「いや、まあそれはミラからも聞いてるし、理解もしてるけど……それで祖母だった
事実が無くなる訳じゃないからなぁ……」
黒椿の言葉を遮り自分の見解を述べてはみるものの、自分の喉から発せられる声は驚くくらい力のない弱い声だった。
正直、ミラと居るのは楽しいし異性として好かれていること自体も嬉しく思っている。でも、それと同時にどうしても祖父である蓮太郎さんの事を思い浮かべてしまって、申し訳ないというかどうすればいいのだろうと考えてしまう。
「――だから、自分でもどうすればいいのかわからなくて。ミラから直接告白されたらちゃんと答えるつもりでいるけど」
「うーん……じゃあ、ミラが結婚して欲しいって言ったらオーケーするの?」
「……うん。でも、ちゃんと話し合うと思う。本当にいいのか、問題はないのか。俺を孫としてではなく、ちゃんとパートナーとして見れるのかとかね。あ、これは当然のことだけど、蓮太郎さんの事をもう愛さないでくれとかそんなことは微塵も思ってないぞ? ちゃんとミラが蓮太郎さんの事を心から愛しているというのは分かってるから」
だからこそ、本当に異性として俺の事を好きなのかなと考えてしまう訳だけど、それを言うなら愛する者を亡くした人は新たな相手を見つけてはいけないのかっていう話になる。故人となってしまった夫も愛しているが、新しく自分を愛してくれる人が居て自分自身もその相手を愛せると思えれば問題は無い。
まあ俺とミラの場合はそれだけが問題じゃないから余計ややこしくなってるんだけど……。
俺が悩んでいることを察したのか、黒椿が俺の頭を撫でて来る。
「まあ、二人でゆっくり話し合う事だね! ちなみにファンカレアもグラファルトも、そして僕も! ミラが藍のお嫁さんになる事に賛成してるよ! 他の魔女のみんなについてもね!」
「ええ……」
何故か得意げに語る黒椿はえっへんと言わんばかりにその胸を反らす。
自分が知らぬ間に恋人達でそんな話をしているとは思わず間抜けな声が漏れてしまった。
しかし、そんな俺の気持ちなど知らず黒椿は泉から足を上げると草履を履き立ち上がる。
「さっ! 泉は十分に楽しんだから、次の場所に行こー!」
「お、おい……」
そうして俺の右手を勢いよく引っ張り上げて腰を上げた俺を連れて歩き始めるのだった。色々と消化不良ではあるが、考えても仕方がないと思い。黒椿に言われた言葉はしっかりと記憶しておくとして、今は黒椿とのデートに集中する事にした。
そこは、ロゼの工房部屋。
偶然にもミラスティアが地球から持ってきた雑誌を見て”デコトラ”に強い興味を抱いていた爆炎の魔女――ロゼ・ル・ラヴァール。彼女はいま、窮地に立たされていた。
「えーっとー……」
「「「「「……」」」」」
ロゼの声に反応を示すことなく、作業台を前に椅子に腰掛けたロゼの背後に立つ五人の魔女。彼女たちは藍と黒椿が家を出て直ぐにロゼを連れて工房部屋へと向かうと、ロゼを椅子へと座らせある依頼をし始めたのだった。
ロゼとしては依頼を受けること自体には納得しているし、あわよくば自分も同じものを作ろうと――というよりもう作っている。しかし、後ろに居る恐ろしいまでの気配を纏った姉妹達に対して”自分のはもう完成している”など口が裂けても言えなかったのだ。
そんな後ろめたさもあり、五人の魔女が頼んだ品物を作る事になったロゼだが……。
「あのー……そんなに見られたらー、やりずらいんだけどー」
「「「「「気にしないで」」」」」
「……」
後ろを振り返り、伺う程度に声を掛けたロゼは五人の息の合った返事を聞いて溜息を溢す。そうしていくら言っても無駄だと理解すると渋々ではあるが見守られながら作業へと入るのだった。
そんな魔女達の様子を工房部屋の正面口から眺めていた二人……魔竜王であり藍の妻であるグラファルトと創世の女神であり同じく藍の妻であるファンカレアは、苦笑を浮かべていた。
「まあ、予想はしていたから大して驚きはしないが……」
「何だか、ロゼが可哀そうですね……私にも原因があるのであまり強くは言えませんが……」
「いや、特に見せびらかした訳でもないのだ。ファンカレアに責任はないだろう。どちらかと言えば、藍が夕食を作っている際に黒椿がした話の方が原因だろうな」
「……そうですね」
それは昨晩の話。
藍がファンカレアへのプロポーズが成功し、ご機嫌で夕食を作っている頃、藍以外のテーブルを囲んでいる九人は女性だけ密談をしていた。
その中心に居るのは黒椿であり、黒椿は六色の魔女達にこう宣言する。
『藍は人からの好意には敏感な方だけど、それが親愛なのかそれとも異性としてなのかっていう事に関しては鈍い。だから、もし藍に特別な好意を抱いているのなら自分からアタックするのみだよ。僕はここに居る面々なら大歓迎だからさっ』
この言葉には既に婚姻の儀を終えているグラファルトとファンカレアも頷いていて、三人(黒椿はこの時点ではまだ婚約していないが)は六人の魔女に対して”好きなら猛アタックのみだ”とアドバイスした。
三人の話を聞いた魔女達がそれぞれが神妙な顔で頷いた後、藍が料理を運んで欲しいと頼んだためにそこで密談は終わりとなる。
そうして迎えた翌日。
藍と黒椿を見送った後で魔女達はロゼを引きずり工房部屋へと向かったのだった。
その様子を見ていたグラファルトとファンカレアは魔女達の行動の速さに若干引きつつも、もしその立場が自分だったらと想像して納得する。しかし、焚きつけた当人として心配でもあった為、邪魔にならないように本邸と繋がる通路側ではなく、滅多に開かれる事のない外から入る為の出入口から覗いていたのだ。
魔女達の様子を眺め続けていたグラファルトは小さな笑みを溢し、それに気づいたファンカレアが首を傾げる。
「どうしました、グラファルト?」
「いやなに、我らが旦那様は大変だなと思ってな」
「ああ、そう言う事ですか……ふふふ、藍くんはカッコいいですから、仕方がないですよ」
「まさか、勝手に指輪を作ってるとは思いもしないだろうな」
そうしてグラファルトが視線を向ける先では、指輪を一生懸命に作るロゼとそれを真剣な表情で監視する魔女達の姿があった。
後に帰って来た黒椿は、グラファルトとファンカレアからその話を聞いて『ちょっと焚き付け過ぎたかもしれないな……』と呟き、心の中で藍に謝罪したと言う。
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乙女(世界最強)の秘密の計画が始動……!!
そして黒椿編は短くする予定でしたが、思ったよりも長くなりそうです……!
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!!
ご感想もお待ちしております!!
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