第160話 二年目:名も無き精霊のラプソディ③




 黒椿を連れて泉へとやって来た。

 相も変わらず泉は水底が見える程に透けていて周囲の森林と相まって見事な絶景を作り出している。転生初日から見続けている俺のお気に入りの場所だ。


「綺麗な場所だねー!」


 泉に着いて早々、黒椿は嬉しそうに周囲を見渡した後で畔にしゃがみ込み泉を水面を覗き始めた。俺はそんな黒椿の様子に微笑みながらも足を進め黒椿の右隣へと移動する。


「リィシアに聞いた話だと、ここには水の精霊が多く存在しているらしい。だからいくら汚そうとも直ぐに綺麗な状態に戻るし、飲み水としても問題ないんだってさ」

「へぇ~……あっ、確かにいっぱいいるね」

「……忘れそうになるけど黒椿って今は女神様だし元精霊だもんな」


 黒椿は忙しなく首を左右へ振ると俺には見えない何かを追うように視線を動かしていた。傍から見れば羽が生えている訳でも、輪っかが付いている訳でも無い普通の少女に見える黒椿だが……その実は元守護精霊であり、現在は”創世”の力を宿したファンカレアと同じ女神だ。ファンカレアが花畑でしていた様に、黒椿もまた俺には見えない精霊が見えているのだろう。


 正直、俺には見えないから羨ましい。

 俺が小さな声でそう呟くと、それを聞いていた黒椿が首を傾げてこちらを見ていた。


「え、藍にも見える筈だよ?」

「うん? 何度か試した事はあったが、どれだけ注視しても精霊なんて見えなかったぞ?」


 現にリィシアと一緒に花畑へ散歩に出ていた際、精霊が見える体質だというリィシアに頼んで精霊が沢山いると場所を指してもらいそこを何度も見つめていた事がある。結果はまあ思う用にはいかず失敗に終わった訳だが、その後もリィシアは「一緒に頑張ろう」と言ってくれて特訓に付き合ってくれた。

 なんでも、後天的に精霊が見えるようになる者は少数ではあるが存在するらしく、そう言った者達のほとんどが”精霊に会いたい””精霊と一緒に遊びたい”と言った純粋で強い好奇心や好意を抱いていたという。

 だから、精霊を見たいと強く思っている俺にも可能性はあるはずだとリィシアが背中をぐいぐいと押してくれた。


「――でも、これまで何回も試したけど見えることはなかったんだ」

「うーん……それは、当然かもしれないなぁ。今回の場合は講師役がリィシアちゃんだったのが不味かったかも」

「どういうことだ……?」


 俺の話を聞いて腕を組み唸っていた黒椿は原因はリィシアにあると言った。別にそれについて”そんな言い方はないんじゃないか?”と怒ることは無いが、流石にその真意が分からず首を傾げる。

 俺がそうしていると、黒椿は順序立てて丁寧に説明してくれた。


「えっとね、まず精霊の見方についてなんだけど、大きく分けて二通りあるの。一つはリィシアちゃんみたいな体質で見える人……特異体質型。地球で言うなれば霊能者とかがそれに近いかな? 異なる存在を可視できる特殊な眼を生まれながらだったり、後天的にだったりして持っている人の事を総称して”特異体質型”って呼ぶことが出来るよ」


 そうして一度間を開けると、黒椿は二通りある見方の内のもう一つの説明に入る。


「もう一つはスキルを用いて見る方法だね。これはそのまま”スキル型”って呼ばれることが多いみたい。スキル型はその名の通り【精霊眼】やそれに近しいスキルを用いて見えない存在を可視することが出来る様になるの。ちなみに【鑑定】、それと藍の持ってる【万物鑑定】では無理だよ? あれは”使用者が可視出来る存在を調べる能力”だから、見えないモノに対しては無意味なんだ」


 ちなみに、ファンカレアや黒椿といったその存在自体が神霊的な面を持つ者は例外らしい。そういった者達にとって精霊とは数多居る生命となんら変わりなく見えるのだとか。

 まあとにかく、黒椿の説明を聞いて精霊が見えるタイプについての理解は大体出来た。


 でも、それを踏まえて俺が見える筈っていうのはどういう事なんだろうか?


「つまり、俺には特異体質型か、スキル型の素質があるって事か? まあ、説明を聞く限りだと俺にある素質はスキル型だけだと思うけど……」


 というのも、心当たりのあるスキルが一つだけ思い浮かんでいる。


 それは【神眼】。

 元はグラファルトのスキルであるこの特殊スキルは【万物鑑定】でも見えない様な個人情報までも赤裸々に見ることが出来る。ただし、スキルに関しては使用者が所持している、または一度でも視認した事があるというのが条件らしいが。

 それ以外の事、例えばそれがどんなに高度な隠蔽魔法が掛けられていようが、偽装系統のスキルを使われていようが【神眼】の前には意味をなさず、ありのままの姿を映し出すことが出来る恐ろしいスキルだ。


 そんなスキルだからこそ、精霊を見る事も出来るのではないかと思い黒椿に聞いてい見た。

 俺が【神眼】スキルのことを説明すると黒椿は一度首を縦に振り頷く。

 しかし、その後に返された言葉に俺は再び首を傾げる事になった。


「ああ、そう言えば【神眼】があったね。ということは、藍には二つの選択肢がある訳か」

「いや、俺には特異体質型は無理なんじゃないのか? リィシアに教えて貰っても出来なかったんだから」


 先程の説明を念の為もう一度使用としたのだが、黒椿を俺の言葉を制し首を振る。


「ううん、それは教え方が間違っていただけだと思う。多分だけど、リィシアは先天的……生まれながらにして精霊が見える体質で、その才能は天才と呼べる程に優れてるんだと思う」

「うん……?」


 俺がいまいち理解できないでいると、黒椿は小さく微笑み履いていた草履を消して綺麗な素足を泉へと沈める。


「僕はフィエリティーゼにおける世界の全てを【叡智の瞳】で閲覧しているから知ってるんだけど――」


 さらっととんでもないこと言い出したよこの娘……。


「――普通はね、精霊を見る時は瞳に魔力を込めないといけないんだ。ファンカレアや僕みたいな高位な存在が近くに居れば別だけど、そういった特例を除いて言えば、普通は瞳を魔力で覆う事で可視化できない漂う魔力……その核ともいえる精霊を可視化するんだ。そういう手順を踏んで、初めて精霊を見る事が出来るのか出来ないのか判別することが出来るんだよ」

「それじゃあ今まで俺がやって来たことは……」

「ま、魔力を瞳に込める前の予行練習にはなったんじゃないかな!?」


 フォローになってないよ、黒椿……。

 そうかー、リィシアは天才だったか……。


 詳しい話を聞くと、黒椿の見解ではリィシアが精霊を見る時自然と体が魔力を瞳に込める様になっているか、元々の瞳が特別製であり常に魔力が込められているかのどちらかとの事だ。ちなみに後者は”精霊眼”と呼ばれる大変貴重な瞳で、その存在は幻とも言われているらしい。


「リィシアちゃんがこの二つのどちらかだったとしたら、藍にした説明はリィシアちゃんにとって正しい見方なんだろうね。だから、リィシアちゃんを責める様なことはいっちゃダメだよ?」


 「まあ、藍はそんなことしないだろうけどね」と言い、黒椿は楽しそうに泉の中に沈めた足をバタつかせている。

 俺としても特にリィシアを責めるつもりはなかった。元々が俺の我が儘から始まった挑戦だったのだから、せっかく教えてくれた相手に対して責める様な態度を取るのは間違っているだろう。


 でも、ちょっとだけ安心している自分が居るのもまた事実だ。

 正直、何度も試しているのに精霊を見る事が出来ない毎日は俺の心を少しだけ落ち込ませていた。ファンカレアやリィシアに頼めば魔法や彼女たちの言葉を介して精霊たちが自ら見えるようにしてくれるかもしれない。

 ファンカレアなら近づくだけで精霊達がその神属性の魔力を求めて激しく光り出し、リィシアなら精霊魔法を介して精霊を可視化させることが出来る。


 そういった手段を用いれば見えるんだろうけど……出来る事なら自然体、ありのままの状態の精霊を見てみたい。

 だからこそ、リィシアとの訓練で見えなかった時は落ち込んだし、もしかしたら俺には素質がないのかもしれないと落ち込んだりもしたが、黒椿との話でそういう訳ではないと分かって安心した。


 そうして黒椿から精霊の見方を教わった俺はワクワクした気持ちを抑えることなく黒椿へと声を掛ける。


「それじゃあ早速、精霊を見たいんだけど瞳に魔力を込めればいいんだよな?」

「うん、そうなんだけど……」


 黒椿は俺の言葉に頷いて肯定しているが、その瞳は俺ではなくそっぽを向いている。そんな黒椿を訝し気に見つめると、観念した様に黒椿は苦笑を浮かべてその口を開いた。


「あのね……一つ聞いておきたいんだけど……精霊魔法の訓練をしている時、リィシアちゃん――いつもより笑ってなかった?」

「……言われてみれば、良く笑っていた気がするな。それがどうしたんだ?」


 黒椿の言う通り、思い返せば精霊を見る為の訓練をしている時、リィシアはいつもより上機嫌で楽しそうに笑っていた。

 てっきり、自分の得意な精霊魔法に関することだからテンションが高いだけなのだと思ってたが、黒椿の様子を見る限り何か理由があるそうだな。


「あの、精霊は多分……藍なら見える様になるよ」

「え、まだ魔力を瞳に込めてないんだから、そんなの分からないんじゃないか?」

「ううん、絶対見える。見えなきゃ可笑しいもん……」

「んん? もっとわかりやすく説明をしてくれ」

「説明するよりも実際にやった方が早と思う……試しに魔力を瞳に集中させてみて? 普通なら魔力を瞳に込めただけじゃ見えないけど、藍なら見える様になると思うから……」


 黒椿のいまいち何が言いたいのか分からない言い回しに疑問を抱きつつも、俺は瞼を閉じて精神を研ぎ澄ませる。そうして数秒もしない内に魔力が瞳へと移動したのを頭の中で理解した後、ゆっくりと瞼を開いた。


「――うわっなんだこれ!?」


 視界に先には溢れんばかりの小さな何かが忙しなく動いていた。恐らくこれが精霊なのだろう。

 よく見ればそれは10cm程度の小さな人型であり、背中には片方二枚の計四枚の羽根がパタパタと動いている。外見は淡い青色のシルエットで微かに光り輝いており、その顔は楽しそうに笑みを浮かべている。

 髪は短かったり長かったりと様々だが、何より驚くべきなのはその数だ。

 少なくとも百は越える数の小人たちが忙しなく俺の周りを飛びペタペタと楽し気に触っている。口を動かして何かを話している様だが、どういう訳か俺には全く聞こえなかった。もしかしたら、”見る事”と”聞く事”は別のアプローチが必要なのかもしれない。


 俺が予想外の光景に驚きを隠せずにいると、隣に座っていた黒椿は楽しそうに笑っていた。


「あははっ! びっくりしたでしょ?」

「なあ、これって精霊が見える人にとっては当たり前の光景なのか?」

「いやいや、そんな訳ないでしょ? 神属性の魔力を持ってる僕だってそんなにくっつかれたりしたことないよ? 多分、藍が持ってる称号が原因じゃないかな?」

「称号……あっ!」


 黒椿の言葉に俺は自分の持っている称号の中でこれが原因なのではと思うモノがある事を想いだした。

 その称号の名前は【精霊に愛されし者】。

 間違いなく黒椿との関係性が起因して付けられた称号だと思うんだけど、これって精霊にとっては何か特別な意味があったりするのか?


 そんな俺の疑問に答えてくれたのは、他でもない黒椿だった。


「【精霊に愛されし者】、これは僕みたいな上位精霊から特別な好意を抱かれた者にだけ与えられるかなりレアな称号らしいね。フィエリティーゼでこの称号を持っている人は居ないってファンカレアが言ってたよ」

「そ、そうなのか……」

「上位精霊に愛される人って言うだけで、藍の目の前に居る様な下位精霊にとっては興味の対象であり、自分たちを害することは無いって確信を持てる存在だから、簡単に言えば甘えてるんだろうね」


 曰く、精霊とは微かでも邪な気配を感じると、それだけで離れてしまうくらい気難しい存在らしい。人間の子供サイズで生まれた黒椿が特殊なんだとか。

 だからこそ、下位精霊よりもその気配に敏感な上位精霊に愛される者は、精霊に対して害を及ぼす事のない安全な人として精霊達から好かれやすいとのこと。

 そして何よりも、そういった者の魔力は精霊にとっては癒しとなり、その力を僅かではあるが強めてくれる効果があるらしい。

 俺の場合は膨大な魔力量もそうだが、個性である魔力の質自体が特別で精霊にとっては触れるだけで安心するくらい心地の良いものということだ。


「懐かしいなぁ……昔は僕も藍によくべったりくっついてたっけ」

「いや、それは今も変わらない気がする……」


 俺がそう返すと黒椿は頬を膨らましむくれてしまった。

 でも、事実だからしょうがない。


「それよりも、この視界を埋め尽くしている状態は何とかならないかな? 落ち着かないんだけど……」

「ああ、そうだよね。でも、それなら瞳に込めてる魔力を切ればいいんじゃない?」

「いや、今はそれで良いかもしれないけど、精霊が見えているリィシアやお前にとっては常に俺は精霊達を顔にくっつけている様に見えるんだろ? 流石にそれは避けたい。森に出た時に同じような状態になったら困るからな」


 まあそれだけではなくて、瞳に常に魔力を送り続けるこの状態は日頃から行える魔力制御の訓練として持って来いなのではと思っていた。

 正直、グラファルトやミラ達からはもう大丈夫だと言われているが、鍛え上げる事で困る事はないだろう。

 それに、精霊が常に見える状態というのも面白いかもしれないとも考えていた。


 俺の説明に黒椿は納得したように大きく頷くと、精霊達を指さして解決策を提示してくれる。


「その子達はちゃんと人の声が聞こえているから、お願いすればどいてくれると思うよ? それに、藍は【精霊に愛されし者】だから余計に聞いてくれると思う」

「そうなのか?」

「瞳に魔力を込めたみたいに、声に魔力を乗せるイメージで話してみて?」


 黒椿の言葉に頷いて、俺は目の前を覆い尽くしている精霊にお願いすることにした。


「”えっと、精霊さん達”」

『――??』

「”俺に集まってくれるのは嬉しんだけど、俺の目の前に沢山集まられると前が見えなくて困るんだ。だから、せめて顔の周りに集まるのは止めてもらないか? 肩から下なら構わないから”」

『――!!』


 俺が話し掛けると首を傾げ、お願いをすると元気に頷く精霊達。

 その様子を隣に居る黒椿は「可愛い……ッ」と声を漏らして見ていた。確かに可愛い。

 そうして俺のお願いを聞いてくれた精霊達はわーっと勢いよく顔の周囲から飛び去り、肩に腰掛けたりあぐらを組んでいる足の乗ったりして楽しそうに遊んでいる。

 どうやら黒椿の言っていた事は本当だった様だ。


「ふふっ、良い子達だね~」


 泉に足を付けている黒椿はニコニコと嬉しそうに俺や精霊達を見ていた。

 そんな黒椿の周囲にも少なくはない精霊が飛びまわりペタペタと体に触れて遊んでいる。


 そんな俺達の目の前にある泉では、暇を持て余した精霊たちが楽しそうに遊んでいた。





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 黒椿ということで精霊に関するお話を書いてみました!


 【作者からのお願い】


 ここまでお読みくださりありがとうございます!


 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!!


 ご感想もお待ちしております!!


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