第156話 二年目:君と、君の世界へ祝福を⑥




「――最低で、残忍な女神です」


 それはいつもとは違う少しだけ低い声音で発せられた。

 隣に立つファンカレアに顔を向けると、彼女は悲痛な面持ちで目の前の光景を眺めている。

 やっぱり、ファンカレアをここに連れて来るべきではなかったかもしれないな。


 俺達の目の間に広がるのは……死祀達が造り上げた国の成れの果て。かろうじて形を残している処刑台の上で、俺達はその荒廃した国を見る。


 この場所で俺は初めて人を殺した。


 それは怒りに身を任せて。


 それは心の弱さに付け込まれて。


 それは最後のけじめとして。


 沢山の命が失われたこの場所にいると、胸の奥がざわつく感じがする。

 何かが体の奥から溢れ出てくるような……歪で不気味な物に飲み込まれるような感覚。邪神に精神を蝕まれていた時よりも酷い気分だ。


 しかし、今はそんなことを気にしている場合でもない。隣に立つファンカレアから放たれた不穏な言葉、そっちの方が重要だ。

 冴えない気分を振り払い、俺はファンカレアへと声を掛ける。


「どうして、そう思うんだ?」


 我ながら最低な質問だと思う。

 どうしてだなんて、ファンカレアだけではなく彼女の傍に居た俺ですら分かるのに。でも、なぜかはわからないがそう聞くのが正しいと思っている自分もいた。


 ”気にするな”

 ”仕方がなかった”


 そんな言葉で片付けてはいけない問題だと、彼女の悲しみと後悔で塗り固められた表情を見て……そう思ったから。


「……この一年半という短い期間だけでも、私は自らの愚かさを実感することができました。曖昧で盲目的な偽物の自信が、数億という年月を生きていくうちに付いてしまったのでしょう。無責任に世界を作り、そこに生きる尊き生命を混沌の渦へと誘いました」

「……」

「それだけに飽き足らず、異なる世界の魂をも正しく導くことができない。そして……」


 そこまで口にした後、ファンカレアは伏せていた顔をあげこちらを見つめる。


「――その後始末という大きな責任を、貴方へ押し付けてしまった」

「ッ……」


 ファンカレアの顔を見て、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 それは、心からの懺悔。

 今までとは違うその雰囲気に、思わず不安が募り出す。

 彼女が……ファンカレアが遠くへ行ってしまいそうに思えたから。


「ごめんなさい……全ての罪を、責任を、貴方に押し付けてしまって、本当に申し訳ありません」

「ファンカレア!」


 深々と頭を下げるファンカレアに近づき、その両肩を掴む。触れた肩は小刻みに震えていて、下げられた顔がある場所からは地面に向けてぽつりぽつりと涙が零れていた。


「今日は、お別れを言いに来たんです」

「え……」


 頭を下げたままのファンカレアは、今にも消えてしまいそうな程に小さな声でそう告げる。


「藍くんと居る時間は、私にとっては幸せなもので、愛おしいもので、ずっと……ずっと探し求めて来た大切な物です」

「だったら! ――「ダメなんです!!――ッ」

「だめなんです……私に、幸せを手にする資格がある筈無いんですから!!」


 肩に置いていた手を振り払いファンカレアは後方へと下がる。

 自身の胸元に両手を持っていき、その瞳から涙を流して怯える様にこちらを見つめていた。


「優しい貴方と触れ合う度に、私はいつも後悔と自責の念に襲われていました……私の所為で、貴方に殺人という行為を行わせてしまった。全ての罪を押し付けてしまった。貴方の運命を決めてしまった……私は一体、どれ程の罪を重ねて来たのでしょうか」


 震える体を抱きしめる様にするファンカレアは視線を地面へと落とし自分を責め続ける。

 いつからだろうか。

 いつからファンカレアは、その痛みに……苦しみに苛まれていたのだろうか?


 転生者達を殺した時か?

 はたまた世界を救う様にお願いされた時か?

 もしくは、俺が生まれたその時からか……正直、俺には分からなかった。


「我が儘に世界を創造し、我が儘に世界へ降り立ち、我が儘に他世界との盟約を結びました。私は自分が嫌いです。愚かで、卑しくて、無責任な自分が――大嫌いです」

「……」

「だから、今日で終わりにします……これからは女神として遠くから世界を見守ります。誰も悲しませない、幸せな世界にしていきますので、どうか藍くんも幸せに――ッ!?」


 自分でも驚くくらいに、素早い動きだった。

 こちらに顔を上げて、明らかに無理して微笑むファンカレアを見た瞬間、迷うことなく彼女の目の前へと移動して、その両頬に手を添えていた。


「君がどれくらい責任を感じていて、罪の意識を感じているのかは良く分かった。でも――最後の言葉は、本心じゃないよね?」

「ッ……」


 ファンカレアの瞳が見開かれ、明らかに動揺しているのが分かる。

 そんなに驚く事かな?

 なんだか分からないけど、凄く驚いた様子のファンカレアを見て不思議と笑みが零れた。


「わかるよ……だって、俺の知っているファンカレアは寂しがり屋で、一途で、とっても優しい女の子だから」


 神様に向かって失礼かもしれないけど。

 そう言った後、俺はファンカレアの顔を自分の元へと引き寄せて、前へ倒れるその体を優しく抱きしめた。


「あっ……」

「話してくれて、ありがとう」


 抱き締めながら、その金色の髪を優しく撫でる。


「嫌だったら離れてくれて構わない。そのまま、俺の話を聞いてくれないかな?」


 ファンカレアが嫌がる訳がないと分かっていていうのだから、ずるい言い回しだと思う……でも、こうでもしないと話を聞いてもらえそうにないと思ったから仕方がない。

 俺の予想通り、撫でていた金色の頭が縦に一度だけ小さく揺れた。


「……君は最低で残忍な女神なんかじゃないよ」


 俺がそう言うと、撫でていた金色の頭が左右へ激しく揺れた。

 凄い否定されている。


「前にも言ったと思うけど、転生者達に君はちゃんと説明しようとしたんだ。いや、そもそもそれ以前に、本来であれば地球に降り注いだ厄災によって消失してしまう筈の魂を、わざわざ自分の世界へと送り込んでまで延命させようとしたんだ。助けたいと思った気持ちに偽りはないんでしょう?」


 金色の頭が縦に一度小さく揺れる。


「なら、ファンカレアがしっかりと理解するまで何度でも俺が言うよ――君は最低で、残忍な女神様なんかじゃない……慈愛に満ちた、心優しい女神様だよ」


 結果は思うようなものではなかったかもしれないが、その原因はファンカレアにはないと思っている。新たな生を受け入れ人生をやり直す機会があったにも関わらず、それを棒に振ったのは他の誰でもない死祀に属した転生者達だ。転生者の中にもちゃんと新たな生を受け入れ生きている者もいるとフィオラが言っていたし、どう考えても死祀に属した転生者達の方に問題があったと思う。


 しかし、俺がいくら説明をしたところでファンカレアがその首を縦に振ることはなかった。今もあいつらに原因があるということを説明しているのだが、ゆっくりとした動きで首を左右へ降り続けている。

 これは根気強く説明していかないといけないな……。


「それと、俺の運命を決めてしまったってことについてだけど……」


 俺がそう言うと、先ほどまで動いていた首がピタッと正面で止まり、掴まれた服がさらに強く引っ張られた。

 何か文句でも言われると思ってるのかな?

 そう思った俺は金色の頭を優しくぽんぽんっと叩き、ゆっくりと撫で続けた。


「結果論だって言うのはわかっているけど、俺はこの世界に来れて幸せだよ? これも前に言ったことがあると思うけど、グラファルトに出会えて、黒椿と再会して、ミラについて思い出すことができて、魔女のみんなとも知り合えて、たくさんの幸せが舞い込んできた」


 多分、地球にいた頃よりも確実に今の方が幸せだと言える。

 唯一の心配であった家族に関しても、幸いなことに何とかなった。もう地球に思い残すことはないし、今の生活はとても快適で楽しい。


「全部、全部ファンカレアのおかげだよ」


 そうして、俺は抱きしめていた手を離して再びファンカレアの頬へと手を伸ばす。

 頬に触れると、流れる水の冷たさを感じた。

 ゆっくりと顔を上げさせて見えたのは、大粒の涙を零すファンカレアの姿だった。


「俺はファンカレアが大好きだよ。友達が欲しくて世界を創り、人と触れ合いたくて世界へ降り立ち、友の願いと消失してしまう魂を救う為に他世界の神と盟約を結んだ君が。人間味に溢れていて、優しくて、俺のことを大好きだと言ってくれた君が大好きなんだ」


 とめどなく流れる涙は、いくら拭おうとも止まることなく流れ続けている。


「だから、今日でお別れだなんて悲しいこと言わないでくれ。ファンカレア、俺には君が必要なんだ」

「ご、ごめん、なさい……ごめんなさぃ……」

「俺は……制空藍は、ファンカレアのことを愛しています」

「わ、わたしも……わたしも、藍くんを愛しています……」


 大きな声で涙を流すファンカレアを俺は優しく抱きしめ直した。

 ついでに、周囲に”消音魔法”を展開しファンカレアの泣き声が外に漏れないようにする。


 きっと、色々と溜め込んでいたのかもしれないな。

 不安とか、罪悪感とか、覚悟とか……色々なもの溜め込んで、俺やみんなに悟られないように今日まで必死に隠し続けてきたのかもしれない。


 でも、それも今日で終わりにして欲しいなと思う。


「大丈夫だよ、ファンカレア」


 そう言って抱きしめた腕に少しだけ力を込めると、同じようにファンカレアも強く抱きしめ返してくれた。


「君も、君の世界も俺が守ってみせるから。だから、これからは一緒にこの世界を見ていこう……」


 夕焼けが見え始めた世界に俺たちを祝福する鐘の音が響き始める。


 その鐘の音がなった原因が、瓦礫の中のどれかが石像として認識されたか、それとも相手が女神様だったからなのか……正直どちらかはわからなかった。

 でも、そんなことは些細なことで、今は夫婦として認められたことを素直に喜ぼうと思う。



 ――ファンカレア。


 ――――君と、君の世界へ祝福を。





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