第155話 二年目:君と、君の世界へ祝福を⑤




 円卓のある中央広場へと戻って来た俺とファンカレアはそこでお弁当を食べる事にした。どうやらファンカレアは円卓の側にある小さな花畑が気に入ったらしい。

 この花畑は確か、リィシアが作ったんだっけ?

 ロゼがあの豪邸を建て終えて直ぐの頃に『私も何か作る』って言い始めて出来たのがこの花畑だったと思う。


「それにしても、本当に綺麗ですね」


 円卓を囲む様に置かれていた椅子の一つに腰掛け、ファンカレアは直ぐ側にある花畑に見惚れていた。

 俺はそんなファンカレアの視線を遮らない様に、花畑とは反対側のファンカレアの隣へと座る。


「リィシアが一から育てたやつだったと思う。品種改良した特別な花だって言ってたよ」

「品種改良ですか……?」

「小さな苗の状態の時から魔力を一定量流し続けて花の種類によって性質が異なるとか言ってたかな。踏まれても大丈夫なやつとか、上質な薬の材料になるやつとか、最近はお茶に使える花を育ててるらしいよ」

「そうなんですね……」


 俺の話を興味深そうに聞いていたファンカレアは椅子から立ち上がると花畑の方へと歩み出す。そうしてその場にしゃがみこみ、目の前に咲いている白い花に手を伸ばした。


「ふふ……様々な過程を経て、あなた達は生まれたんですね」


 ファンカレアがそう笑うと花たちから小さな光の球が現れ始める。光の球はファンカレアの周囲をぐるぐると回り始め、次第に花へと戻って行った。


「今のは?」

「小さな精霊たちです。私から流れる神属性の魔力を感じて現れたのでしょう。フィエリティーゼに存在する植物たちにはたまに精霊が宿る事があるのですよ。どうやら、このお花畑には通常より多くの精霊が存在している様ですね……育て方が良いのでしょうか?」

「――精霊さんに教えて貰った」


 ファンカレアの前方から聞こえて来た声に顔を向けると、そこにはリィシアの姿があった。今日のリィシアはフリルの沢山ついた真っ白なドレスを身に纏い、微かに揺られるドレスの裾の隙間からは、踝まで伸びた交差しているストラップが付いている白のパンプスが時より顔を覗かせていた。その姿はさながら雪の妖精の様にも見える。

 今までは自分の体を浮かせる”浮遊魔法”を常時発動していたリィシアだったが、みんなで暮らし始めてからはちゃんと靴を履いて自分で歩くようにしているらしい。リィシア曰く、みんなと一緒に歩くのが楽しいとの事だった。


「リィシア、”精霊さんに教えて貰った”っていうのは?」

「……足で踏んじゃっても大丈夫なお花が欲しくて、精霊さんに相談したら”魔力をくれればいい”って、だから魔力を毎日あげて育てたの」

「なるほど、リィシアが与えた魔力が豊富だったから、こんなにも多くの精霊が存在しているのですね」


 ファンカレアがリィシアに顔を向けてそう告げると、リィシアは少しだけ不安そうな顔をして右手に持っていたウサギのぬいぐるみを胸元へと抱き寄せた。


「……良くなかった?」


 どうやらリィシアは怒られるかもしれないと思っている様だ。

 そんな様子を見ていたファンカレアはおもむろに立ち上がると、不安そうに視線を下に落とすリィシアに近づきその頭を優しく撫でる。

 そして、子供に話し掛けるように優しい声音で話始めるのだった。


「そんなことはありませんよ。ここに居る精霊達は豊富な魔力を与えられた恩恵を受けて、とても快適に過ごせている様ですね。私としても世界に大きな役割を果たす精霊たちが元気でいるこの光景は大変喜ばしく思います。これからも、大切に育ててあげて下さいね?」

「ッ……わかった!」


 ファンカレアに撫でられて、リィシアは嬉しそうに微笑む。


 その後はファンカレアの希望もありリィシアを交えて昼食を食べることになった。しかし、家の窓から見えたのか他のみんなも集まってきて、仲良く円卓を囲んで昼食を食べることになった。

 今日は一日、二人っきりで過ごすという約束だったのでファンカレアには悪いことをしたかなと思っていたのだが、当のファンカレアは特に気にした様子はなく、楽しげに微笑みミラ達と話し込んでいる。


 晴れた空の下、俺たち家族は自然に囲まれた森で楽しく昼食を食べ始めた。












 昼食を終えて、再びファンカレアと二人きりとなった。

 食休みとして亜空間から紅茶の入った容器を取り出し、一緒に取り出した空のカップに注ぐ。紅茶の入ったカップをファンカレアに渡して、自分用に新たにカップを取り出した。


「さて、この後はどうしようか? 結界内で俺が紹介できそうなところは大方説明し終えちゃったけど」


 予想よりも早いペースで紹介し終えてしまった為、やる事がなくなってしまった。結界外に行くとしても、紹介できるほどの場所は竜の渓谷くらいだしあそこはファンカレアにとっては特にゆかりの無い場所だとも思うので、正直行ってもな……という感じだ。


「うーん……」

「……あの」


 どうしようかと唸っていると、ファンカレアは口を付けたカップを円卓へと置き少しだけ表情を曇らせながら声を掛けて来た。


「ん? どうしたの?」

「一か所だけ……行きたい場所があるんです――」


 そうして、ファンカレアは行きたい場所の説明をしてくれた。

 その場所の名前を聞いて、俺は思わず顔をしかめてしまう。


「え、その場所って……」

「ダメ……でしょうか?」

「いや、ダメじゃないけど……本当に行きたいの?」


 俺の問いにファンカレアは強く頷きその意思の強さを伝えて来る。

 正直、あの場所に連れて行っていいものなのか凄く悩む。

 あの場所は……誰にとっても良いイメージがない場所だから。


 結局、俺は悩んだ末にミラへと念話をすることになった。


 俺から話を聞いたミラは、信じられなかったのか俺達の居る中央広場まで転移して来て直接ファンカレアに確認を取り始める。ファンカレアはミラに対しても俺の時と同じように『どうしても行きたい』と強く懇願し、直接ファンカレアに確認をしたミラは渋々ではあるがファンカレアの行きたいと願う場所への転移を許してくれた。


「幸い、あそこは現在エルヴィス大国で管理しているから問題ないわ。フィオラに頼んで誰も近づけない様に連絡を入れて貰うから」


 そう言うと、ミラは中央広場から転移してその姿を消した。


「えっと……それじゃあ早速向かおうか?」

「はい、お願いします」

「最後に念の為……本当に行くんだな?」

「……私には、この目で直接見なければならない責任がありますから」


 表情を曇らせ苦笑を浮かべるファンカレアはその瞳を伏せながらそう言った。




























 藍くんに”転移魔法”を使ってもらって、私はそこへ降り立ちました。

 多くの建物が崩壊し、激しい戦いが起こった事がよく分かります。


「ここで……藍くんは戦ったんですね」

「……ああ」


 隣に立つ藍くんは少しだけ表情を暗くしています。

 きっと、一年半前の出来事を思い出してしまったのでしょう……。


「すみません。藍くんにとって、ここは辛い場所ですよね……」

「いや……うん、そうかもしれない」


 否定しようとした藍くんは、途中で言葉を詰まらせた後小さな声で肯定しました。藍くんにとって、この場所は辛い場所である筈なんです。



 だって――ここで初めて、藍くんは人を殺める事になったのですから。



 ここは暴徒と化した転生者達が造り上げた国の成れの果て……死祀国の跡地。

 この場所で多くの命が失われ……そして、その惨状を創り出しのは他でもないこの私です。


 この場所に来て、確認しておきたかった。


 私が犯した大罪を。

 多くの命を救う事が出来なかったこの罪を。

 その責任をたった一人の青年に押し付けてしまった愚かさを。


 創世の女神として、フィエリティーゼの創造神として、ファンカレアと言う個人として……この目に焼き付けておきたかった。



 嗚呼、私は間違いなく――。



「最低で、残忍な女神です」







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