第154話 二年目:君と、君の世界へ祝福を④




――青の月15日目。


 朝食を食べ終わった俺は家の玄関に立っていた。

 隣には昨日からフィエリティーゼに滞在中のファンカレアの姿があり、子供の様に無邪気な笑みを浮かべている。


「えへへ、藍くん……今日は一日よろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしくね」


 昨日の昼過ぎに俺から二人へした提案により、今日一日はファンカレアと二人きりで過ごす予定となっている。

 ちなみに明日は黒椿と二人きりだ。

 二日間の内、黒椿とファンカレアのどちらが先に過ごすのか相談してもらった所、黒椿が譲る形でファンカレアが先となった。てっきりじゃんけんで決める事になるのかなと思っていた為、意外だったと黒椿に話すと……。


『この一年半、頑張ったファンカレアに対するご褒美だと思ってくれればいいよ』


 との事だった。

 しかし、喜ぶファンカレアの背後で『楽しみは最後までとっておかないとね』と口にしてしたり顔をしていた黒椿を俺は知っている。ファンカレアのお姉ちゃんとして成長を見せたと思ってたい黒椿だったが、その中身はそこまで変わっていないのかもしれないな。


 そんな事を考えていると、転移装置の方から俺とファンカレア以外の面々が現れる。どうやらみんながお見送りに来てくれた様だ。

 玄関ホールには八人が一列に並んでいて、その中からミラとグラファルト……そして黒椿が一歩前へと近づく。


「忘れ物はないか?」

「食事も亜空間に入れたし大丈夫だと思う。みんなのご飯もちゃんと作ってキッチンに置いてあるから」


 俺がそう言うとグラファルトが満足そうに頷いて一歩下がった。相変わらず食欲旺盛な事で……。


「藍、何度も言ったけど途中で行きたい場所が出来たら事前に念話を入れなさい? フィオラと相談して大丈夫そうなら許可を出すから」

「わかった。ファンカレアも行きたい場所があったら言ってね?」

「はい!」


 ミラの言葉に頷き、ファンカレアからも元気な返事が返ってきた。


 現在、ファンカレアはフィエリティーゼに魔力を浸透させている最中の為、魔法を使う事ができない。その為、長距離移動をする際には俺がファンカレアも一緒に”転移”させる事になっていた。まあ、だからと言って俺も人混みが多い場所とかには行けるわけじゃないので、移動できる場所は限られているけど。


 だからこそ、心配性のミラとフィオラには昨日からずっと『移動する場所が決まったら必ず念話を送るように』と釘を刺されていた。魔力制御や”認識阻害魔法”など、この一年半の鍛錬で大きく成長した俺だが、完全かと言われれば微妙な所だ。”認識阻害魔法”を極めている講師のアーシェからも『上手くはなっているけど、わたしとか、ミラ姉たちにはバレちゃうかな?』と言われるばかりで、まだ完全には習得しきれていない。


 まあ、俺としても安心して旅が出来るようになるまでは無茶をするつもりはないので、気長に鍛錬を続けていく予定だ。


 俺たちの返事を聞いたミラは納得したように笑みを溢すと一歩下がり、最後に黒椿が俺たちの前に立っていた。


「藍、いくら二人きりだからってファンカレアを襲ったりしちゃダメだよ〜?」

「わかってるよ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべる黒椿に呆れながらも返事を返す。

 ファンカレアとのデートは楽しみだったし、恋人でもあるからいずれは……と考えない事もない。だからと言って俺から強引にそういった行為に及ぶ事は絶対にないと言い切れる。

 お互いに無理はせず、自分たちのペースで歩いていく……それがファンカレアとの約束だから。


「グラファルトはグラファルト、黒椿は黒椿、そしてファンカレアはファンカレアでそれぞれのペースがあると思うから。ゆっくり歩いていくよ」


 そうして隣に立つファンカレアに微笑むと、顔を赤面させながらもファンカレアははにかんで微笑み返してくれた。


 こうして、みんなに見送られながら俺たちは玄関の扉を開けて外へと歩き始めた。












『――藍くんと一緒にフィエリティーゼを散歩してみたいです』


 昨日の夜。

 一日目のデート相手となったファンカレアからお願いされたのは、そんな小さなお願いだった。

 他の事でも良いんだよ? と言ってみたのだが、ファンカレアの意思は堅い様子で結局、初めてのデートはお散歩デートに決定してしまった。


 でも、実際に散歩をしてみて思ったが……。


「なんか、こういうデートもありだな」

「はい、美しい景色に囲まれながら藍くんとお話しするのは……とても楽しくて、幸せです」


 無意識に漏れていた言葉にファンカレアが笑顔で返してくれる。

 円卓の小さな花畑、泉の岬、普段の俺の散歩コース……といった順に結界内を散歩してきたが、ファンカレアは嬉しそうに目の前に広がる景色を眺めたまに俺に話しかけるというのを繰り返している。

 俺にとっては見慣れている景色ではあるけど、そう言えば初めてフィエリティーゼに降り立った時も泉を見て同じような反応をしていたかもと思った。


「やっぱり、今まで白色の世界から見ていた時とは違う?」

「そうですね……自分の足で踏みしめる草の感触も、呼吸をする度に感じる森の匂いも、耳を澄ませば聞こえてくる鳥の囀りも、全てが新鮮で楽しいです」

「そっか。それなら良かったよ」


 幸せそうに語るファンカレアを見て自然と笑みがこぼれる。

 そうして視線を目の前に広がる自然へと移すと、心が安らいでいく気がした。普段見慣れている森の景色も、こうして改めて見ると綺麗だなと感じる。

 注意してみると、リスみたいなやつとか小鳥とか結構小動物が多く存在しているんだな……。


 自然に溢れたこの森で、もう一年半も暮らしてきたんだ。

 数年前までの俺だったら想像も出来ない生活だと思う。基本的にインドアだったし、極力大学とかバイト以外では外出することもなかったから。こういった自然の中での生活なんて考えもしなかった。

 住めば都とはいうが……まさしくその通りだと強く思う。


 そんな風に景色を見ながら物思いにふけっていると、不意に右手が暖かくなっていくのを感じた。視線を右手に移せば、白く綺麗なファンカレアの左手が俺の右手を指を絡めた恋人繋ぎで握り締めていた。

 ちらっと視線を上へ向けると、そこには正面を向いて景色を眺めているファンカレアの姿があり、その頬は一瞬見ただけでも赤く染め上げられているのが分かる。


 多分、すごい勇気を振り絞って握ってくれたんだろうな……。

 そう思った俺はファンカレアに声を掛けるのをやめて、ファンカレアと同じように正面へと視線を戻した後、その左手を右手で握り返した。


「……〜〜ッ」


 一瞬だけビクリとファンカレアの体が震えた。

 しかし、それは直ぐに収まり握る手の力が少しだけ強くなる。


「……し、幸せです」

「俺も同じ気持ちだよ」


 心地よい風が木々の隙間を流れるように、俺たちの後ろへと流れていく。

 優しい温もりを右手に感じながら、俺はファンカレアと共に美しい森を歩き続けた。




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 【作者からのお願い】

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