第152話 二年目:君と、君の世界へ祝福を②




 朝食を食べ一息ついた後は約束通りファンカレアに家を案内することにした。黒椿にもついて来るか聞くと「もちろん!」と元気な返事が返って来たので二人を連れてまずは三階へと向かう事にする。一階から見ない理由としては、本邸とは別に左右に建てられた大浴場のあるお風呂場とロゼの工房部屋がある分、紹介する時間が一番掛かると思ったからだ。


「さて、まずは三階だな……ん?」

「……」


 移動しようかと思い席を立ち転移装置へ向かう最中、誰かに後ろから服を引っ張られた。

 振り返るとそこにはリィシアの姿があり、俺の服を引っ張っている右手とは反対の左手には、ミラから貰ったと言う紫色をしたウサギのぬいぐるみを抱えていた。

 俺はリィシアに目線を合わせる為にしゃがみ込み声を掛ける。


「どうした?」

「……三階行くの?」

「うん。今日からファンカレアと黒椿も一緒に暮らすから、案内しようと思って」

「……絵本は?」


 あー……そう言う事か。

 俺の話を聞いた後、しょんぼりした様子のリィシアを見て全てを察した。


 実は、俺が三階に行く時にはリィシアと一緒に行くことが多かった。もちろん前回のグラファルトの件や俺にしか関係のない話をする時などは別だけど、それ以外ではリィシアと一緒に書斎部屋まで出向く事が三階へ行く主な目的となっている。

 ミラが地球から持って来た物の中にあった数冊の絵本を見つけたリィシアは、目を輝かせて絵本を読み始めた。しかし、日本語が分からないリィシアは内容をいまいち掴むことが出来ず、最初はミラに頼んでいたらしいのだがその頃ミラはフィオラに泣きつかれてエルヴィス大国へと赴くことが多かったため、リィシアに時間を取ってあげるのが難しい状況だった。

 そこで白羽の矢が立ったのが地球出身である俺であり、鍛錬と食事作り以外は自由だった俺はリィシアのお願いを聞く形で絵本を読み聞かせていた。


「ごめんな。これから二人に家の事を説明したりで忙しいから……そうだな夕食後、お風呂に入り終わったらにしようか」

「ほんとっ!?」

「ああ、ここ数日は読んであげられなかったし。新しくミラから買ってもらってただろ? お風呂が終わったらその中から好きなのを数冊持ってきて俺の部屋に来てくれ」


 俺の言葉に強く頷いたリィシアはとてとてとその小さな体を進ませてキッチンルームで洗い物をしてくれているライナとフィオラの元へと駆けて行った。

 リィシアは基本的に嬉しい事があるとみんなに報告する癖がある。多分、長テーブルに座ってるみんなには聞こえていたと判断して、キッチンルームに居る二人の元へ向かったのだろう。

 その証拠に、二人に対して嬉しそうに先程までの話の内容を語るリィシアの声がキッチンルームから聞こえて来た。


「あのね、あのね、お兄ちゃんがね――」

「あらあら、リィシアはすっかりランくんに懐いてしまいましたね――」

「いや、フィオラ姉さん。それは元からじゃないかな――」


 そんな会話が遠くから聞こえて来る。

 あんなに喜んでくれるなら、こっちとしてもやりがいがあるな。


 リィシアは二人との会話を終えるとこっちへ戻って来た。


「……私も行く」

「本を選びに行くのか?」


 そう聞いてみると、リィシアはその小さな顔をこくんと縦に振る。そして、同じく小さな右手を俺の方へと差し出し「……手」と言うのだった。

 それはイコール”手を繋いでほしい”と言う意味であり、二人で三階へ行くときはいつもお願いされていた。


「わかったよ。二人も書斎からでいいかな?」

「うん、大丈夫だよ!」

「私もそれで構いません」


 二人の了承を貰い、俺はリィシアの右手を握り転移装置へと向かう。

 そうして、四人で三階へと転移した。





 三階へ辿り着いて直ぐ、リィシアに引かれながら右側にある廊下へと足を進める。

 三階は左側が客室、右側が書斎や武器庫と言った施設が造られていた。右側の説明が曖昧なのには理由があって、左側の客室は用途が一つの為前後の廊下の壁にびっしりと扉が付けられているだけだが、右側には前後の廊下の壁に二つずつしか扉がついていない。何故かと言うと、右側は必要に応じてロゼが部屋を増築していて現在はライナの要望した武器の手入れが出来る武器庫、フィオラとリィシアが要望した書斎部屋、後はミラが所望したお酒専用の保管庫と……何故か用意されたお説教部屋の四つがある。お説教部屋は俺とアーシェは常連です。


「……選んでる」

「はいよー」


 書斎部屋の扉を開けると、リィシアは俺から離れて絵本が置かれた本棚に駆けて行った。


「いっぱいあるねー」

「本棚が天井まで続いているんですね……それに広々としていて、これは”空間拡張魔法”ですか」


 前にフィオラに聞いた話では、この書斎部屋には一万冊以上の本が置かれているらしい。中には高価な本もあり、フィオラとリィシアが長年にわたり集めたコレクションなんだとか。最近は地球からミラが持ってきてくれた本もあり、そろそろ二部屋目を造るべきかフィオラとリィシアがロゼと相談しているらしい。


 流石にここで本を読み続けると一日が終わってしまう為、リィシアを残して俺達は書斎部屋を後にする。

 その後も武器庫、お酒の保管庫と続き最後のお説教部屋を見て終わりとなった。


 お説教部屋はあえて”空間拡張魔法”を使っていないとミラが言っていたのを覚えている。


『お説教をするのに広々とした部屋なんていらないでしょう?』


 そんなこと笑顔で告げて来るミラを見て、アーシェと共に震えあがったのが懐かしい……。


 六畳ほどしかない部屋には椅子が一つだけ用意されており、木のフローリングの部屋の筈なのに椅子が置かれている場所の目の前の床は一部だけが石造りになっている。


「あの……どうして、あの一帯だけ木ではなく石なのですか?」

「…………躾の為だってさ」

「……すみません」


 俺の返答を聞いたファンカレアが遠くを見つめながら謝罪をしてくる。

 そんな俺達の様子を楽しそうに眺めている黒椿だったが、黒椿は決して石造りの床を見ようとはしなかった。


 大丈夫だ、黒椿――――お前も直ぐに正座する事になるよ。



 こうして、右側の部屋の案内が終わり左側の説明へと移ったのだが、客室は全部同じ造りの為、一部屋だけ見せるだけで終わってしまい三階の紹介はあっという間に終わってしまった。


「さて、次は一階かな。地下施設は戦闘訓練用だから特に面白いこともないし、あれだったらこっちに居る間はファンカレアの訓練で使ってもいいんじゃないかな?」

「そうだね、それじゃあその時にでも案内してもらおうかな!」

「ちょ、ちょっと待ってください!! 私の訓練は決定事項なんですか!?」

「当たり前でしょ? ファンカレアは直ぐに覚えた事を忘れちゃうんだから、こっちに居る間もしっかりと訓練してもらうよ!」


 ビシッと告げる黒椿にファンカレアは肩を落とす。

 黒椿の訓練がどういったものなのか分からないけど、そんなに厳しいのかな? あれだったらグラファルトでも誘って見学するのも良いかもしれない。


 そんな話をしながらも、しゃがみ込んでしまったファンカレアを宥めつつ俺達は一階へと転移した。




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