第150話 二年目:いらっしゃい、ファンカレア




「――あまり待たせると、ファンカレアが拗ねちゃうからね」


 数分の間、俺に抱き締められていた黒椿はそう言うと、名残惜しそうに一歩下がる。今までなら自分の気が済むまで……少なくとも自分から離れようとはしなかった黒椿が、自分から離れた事に正直驚いた。

 ファンカレアは大きく成長したと聞いていたが、成長したのはファンカレアだけじゃなく教えていた黒椿もまたファンカレアのお姉ちゃんとして大きく変わったのかもしれない。

 そんな黒椿の頭に手を置いて、俺は優しく唐紅色の髪を撫でた。


「わかった。でも、これからは我慢しなくていいんだ。色々と落ち着いたら、恋人としてめいいっぱい甘えてくれ」

「……うん。ありがとう、えへへ」


 撫でられた黒椿は嬉しそうに顔を綻ばせている。

 そうして少しの間、黒椿の頭を撫でた俺はその手を離しミラ達の方へと声を掛けた。




 ミラ達が円卓の席からこっちへ戻って来た所で、いよいよファンカレアを呼び出すことにする。

 ファンカレアを呼ぶには黒椿を呼び出した【精霊召喚】とは別の特殊スキルが必要となる。


 【女神召喚】……邪神に囚われていたグラファルトを【漆黒の略奪者】で飲み込んだ時、僅かではあったがファンカレアの神属性の魔力を手にしていた。手に入れた神属性の魔力を使い【スキル複製】で【精霊召喚】を複製した後、【精霊召喚】をベースとして神属性の魔力を統合し【改変】したのが特殊スキルである【女神召喚】です……って、ウルギアさんに説明されました。


 なんでも、【精霊召喚】で初めて黒椿を呼び出した後で、黒椿から頼まれていたらしい。『いずれ、必ず必要になる時が来るから今のうちから作っておいて欲しい』と言われていたそうだ。

 結果として当日になって慌てる事もなく進められるわけだから特に文句はないけどさ……スキルを増やす時は事前に教えてほしいなとも思う。

 数ヶ月ぶりにステータスを開いて稀少な特殊スキルが何個も増えていた事に気づいた時は、冗談ではなく卒倒しかけた。それからだろうか、ステータス画面を定期的にチェックし始めたのは。


 とりあえず、何かあれば助けられるように【漆黒の略奪者】を発動しておこう。


「――【漆黒の略奪者】」


 スキル名を口にすると一瞬にして全身が漆黒の魔力に覆われ、微かに魔力が揺らめく漆黒の服へと姿を変えた。

 さて、次は……。


(ファンカレア、準備はできてる?)

(ははははいっ!!)


 念話を使い白色の世界で待っているであろうファンカレアに声を掛けると、明らかに緊張した様子の声が返って来た。


(えっと、大丈夫?)

(す、すみません……、いざ当日になると……いろいろな感情が押し寄せて来て……)


 少しだけ不安だったって昨日言ってたっけ……。


(やっぱり不安?)

(うぅ……すみません……)

(謝らなくていいよ。それに、不安なままでも良いと思う)

(え?)

(ファンカレアにとって、フィエリティーゼへ降り立つことはトラウマになってるんだと思うんだ。期待をして、希望を胸に訪れた初の来訪が望むモノとはかけ離れた結果に終わってしまった……それはとても辛くて苦しいものだと思う。それを無理に気にしない様にする方が逆に疲れちゃうよ)


 心の中に植え付けられたトラウマって言うのは、そう簡単には消えはしない。

 きっと今のファンカレアは、”みんなに会いたい”と思う気持ちと同じくらいに”また、前回と同じ結果に終わるのではないか”という不安があるのだろう。


(不安な気持ちを隠さなくていいんだ。楽しみだけど不安、それでも良いんだ)

(……はい)

(大丈夫――ファンカレアの事は俺が守るから)

(ッ……)

(安心してとは言わない。何があるか分からないから。でも、約束する……例え何があろうとも、俺は君を守るよ)


 月並みなセリフだけど。

 気持ちは本気だ。


(君を守る為に強くなった、大切な人を守れる様に訓練を続けた、君の全てを受け止められるくらいに……強くあろうと心に決めた)

(藍くん……)

(だから、おいで――ファンカレア。俺は君と世界を見たいんだ)

(はい……私も、藍くんと一緒に居たいです……ッ!)


 ファンカレアの意思を聞いた俺は目の前にある虚空へ右手を翳し、漆黒の魔力を解放。そして、予め決めておいた詠唱を唱える。


「”――我は望む、君との未来を……悠久の時を孤独に過ごした孤高の女神よ。君の未来に幸せが溢れる事を願い、今ここに不滅の誓いを立てよう”」


 魔力を込めた言葉を放つ度、目の前に魔力が集まり始めるのが見えた。

 次第に魔力は大きな魔法陣へと姿を変えて、目の前の地面に光り輝く。漆黒の魔法陣は次第にその色を変えて行き、輝く黄金色へと変わった。


「”――我は君の隣に立とう。君の悲しみを、君の苦しみを、君の孤独を奪う者になろう。君の未来に……祝福を”」


 その言葉を合図に、俺の視界は黄金の光に包まれてしまう。


 しかし。

 光に包まれた世界の中で……その声は、はっきりと聞こえた。


「――ありがとう……私の”漆黒の略奪者”様」

















 思い返せば……それは仕方のない結末だったのだと思います。


 世界に住まう彼らにとっては、私は絶対なる守護者であり創造神なのですから。


 崇められるのも、祀られるのも、称えられるのも、全ては私を信仰してくれているからなのだと……今なら、心にゆとりが生まれた今ならちゃんと理解できます。


 当時の私は……いっぱいいっぱいだったんです。

 元々、私の寂しさを紛らわせる為に創り出した世界でした。


 直接私が干渉する事はなるべく控え、私と出会った事のない人たちで溢れた世界を生み出した。

 この世界でならば、私にも対等に接してくれる人がいるかもしれない。

 敵意も、悪意もなく……純粋に私と友達になってくれる人で溢れているかもしれない。

 そんな淡い期待を胸に抱き、世界の成長を見守ってきました。


 そうして、様々な困難を乗り越えて……六人の<使徒>も生まれ……世界は大きく変わり続けました。


 もう、いいだろうか……?

 我慢できなくなっていた私は<使徒>である六人に我が儘を言って、世界へ降り立つことにしたのです。


 恥ずかしながら、あの時は早く友達が欲しかった。

 世界を見守る上で、色々な人々を見てしまっていたから。

 喧嘩する人、仲直りする人、手を繋いで歩く男女に、様々な場所へ旅する四人組……そのどれもが美しくて、綺麗で……私も、あんな体験をしてみたいと思っていたのです。


 でも、私は焦り過ぎました。

 まだまだ成長途中であった<使徒>たちでは、私の制御出来ていない膨大な神属性の魔力を完全に抑える事が出来なかったのです。

 溢れ出た魔力は世界へと渡り行く……そして、私と言う存在が降り立った事を文字通り世界が知る事になったのでした。


 私を一目見ようと押し寄せる人々。

 聖なる魔力をその身に宿した聖獣までもが集まって来る事態へ陥り、私の望んでいた平穏と美しい光景はそこにはありませんでした。


 そうして私は落胆し、自分の大きな勘違いに気づきました。


 ああ……私の望みは決して叶う事のない幻想なのだと。




 それからは、本当につらかったです。

 叶わぬ願いを胸に抱き続け、世界を守り脅威を恐れる生活。


 ”創世”なんて力を持ってしまったから。

 こんな力さえなければ……そんな風に自分と言う存在を忌み嫌う毎日。


 でも、そんな私を――貴方が救ってくれたんですよ?



 ――凛々しい女神様よりも、表情豊かで幸せそうに笑うファンカレアさんの方が俺は好きだよ。



 貴方は女神の私ではなく、ファンカレアと言う一人の女性として接してくれた。

 嬉しかった……好きと言われて、こんなにも胸がときめくなんて思ってもみませんでした。



 ――本当の君を知って、俺は――君の傍に居たいと思ったんだ。



 知っていますか?

 貴方がそう思ってくれていた様に……私はずっと、ずっと前からそう思っていたんですよ?

 だから、凄く嬉しかった……貴方が私の傍に居てくれるのが、とても幸せなんです。



 貴方から貰った言葉は、どれも暖かくて……心地良いものでした。

 だからこそ、私は沢山の努力をしたんです。


 諦めず、どんなに厳しい事を言われたとしても、それでも……私が貴方の傍に居たいと心から願ったから。


 ですが、やっぱり不安になってしまうのです。


 もし、また同じように人々が押し寄せてしまったら……。

 もし、それでみんなに迷惑を掛けてしまったら……。



 ――もし、それで貴方に嫌われてしまったら……。



 私の心は昨日からずっと、そんな思いでいっぱいでした。


 でも、そんな私の不安すらも……貴方は奪い去ってくれるのですね。



 ――約束する……例え何があろうとも、俺は君を守るよ。


 嬉しかった。


 ――君の全てを受け止められるくらいに……強くあろうと心に決めた。


 嬉しかった。


 ――俺は君と世界を見たいんだ。


 私も……貴方と……藍くんと、世界を見たいです。







 好きです。


 大好きです。


 心から愛しています……。











「――ありがとう……私の”漆黒の略奪者”様」









 こうして、私はようやく……貴方の元へ降り立つ事が出来たのでした。




@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


 女神様の降臨です。


 【作者からのお願い】

 ここまでお読みくださりありがとうございます!

 作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!!


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る