第148話 二年目:来訪前夜
青の月13日目の夜。
ファンカレアと黒椿がやって来るまでいよいよ明日となった。
ミラから二人の来訪を聞いた俺は翌日からロゼとの細かい調節を行う。ミラに拡張して貰った空間に、記憶を投影する魔法を使い俺の記憶の中にある”建物”をロゼに再現してもらう事にした。素材とかにこだわりは無く、とにかく見た目だけはそっくりに作って欲しいと頼み俺の監修の元2,3日で作業は終わっている為、この6日間は建物の最終確認をしただけ。
それも特に問題は無い様だったので、後は【漆黒の略奪者】の制御訓練とスキルと魔法の訓練を繰り返した。
そして現在――俺は自室の寝室にあるベッドの上で胡坐を組んでいる。
というのも、ミラにお説教をされたあの日から今日までファンカレアからの連絡が一切なかったからだ。
いや、理由はわかってる。
わかっているからこそ、悩んでいるわけで……。
「どうしたもんかなぁ……」
「――まだ悩んでいるのか?」
俺が首を捻り唸っていると寝室の扉が開かれ、同時にそんな声が聞こえてくる。顔を上げると、そこには黒シャツ一枚を身に纏ったグラファルトの姿があった。
もうかれこれ一年以上は着ている筈なのに全くダメになる様子の無い俺のシャツ。グラファルトの話では、汚れたり破れたりしないように”状態保存魔法”を何重にも重ね掛けしているのだとか。
それだけ大事にしてくれているのを喜べばいいのか、それとも安物のシャツ一枚に高度な”状態保存魔法”を乱用している事に対して呆れればいいのか……正直微妙なところだ。まあ、本人が幸せそうだから特に何も言うつもりはないけど。
扉を足で閉めたあと、グラファルトはベッドへとダイブしてそのまま転がり始めた。そうして胡座を組んでいる俺の足に頭を乗せて、俺の顔を見上げる。まだ微かに湿っている白銀の頭を撫でると、心地好さそうな顔を見せた。
「黒椿とは連絡が取れたのであろう? なら、特に気する事でもないと思うが」
「うーん……なんだかんだ言ってファンカレアとはほぼ毎日念話で話してたから、ちょっと心配でさ」
「なら、悩んでいないでさっさと連絡すればいいではないか」
「そうなんだけど、連絡が取りずらい理由があれだからなぁ……」
そう言ってグラファルトを見ると、グラファルトは頬を微かに赤く染めてその朱色の瞳を俺から逸らした。
グラファルトは俺の後にミラからファンカレアが卒倒した話を聞いたらしい。その後に注意もされたらしいので、少なからず自分が原因だという自覚があるのだろう。
でもまあ、グラファルトの言う通り悩んでいても仕方がないよなぁ。
「……よし、ちょっとファンカレアと念話してくる」
「それじゃあ、我は先に休ませてもらうぞ」
ファンカレアに念話をすると伝えると、グラファルトは俺の足から頭を起こし、のそのそと掛け布団を捲り寝る体制へと移り始める。今日は無理を言って夕食後にも訓練してもらったから、多分疲れているんだと思う。
「今日はありがとう、おやすみ」
「うむ……おやすみ」
グラファルトにお礼を言いお休みのキスをする。
そうしてグラファルトが寝息を立て始めたのを確認すると、俺は静かに寝室を後にするのだった。
寝室を後にして、自室のキッチンへと移動した俺は早速ファンカレアへと念話を送る。基本的には魔力を受け取る側が反応してくれないと念話が繋がることは無いので、ここで何も反応が無かった場合……ファンカレアが拒否したことを意味する。
頼む……出てくれ……。
(も、もももしもし!?)
(こ、こんばんは……ファンカレア)
(こっこん、ばんは……藍くん)
良かった……ちょっと言動がおかしいけど出てくれた……。
(夜遅くにごめん)
(い、いえ……私には朝も夜も変わりませんから)
(あ、そっか……女神様に夜分遅くなんて言わないよな。いや、普通は女神様と話す機会すらないのか……)
俺の中の常識がこの一年半でガラッと変わってしまった気がする。
そんな風に考え事をしていると、ファンカレアから小さな笑みが漏れ出ている事に気が付いた。
(ふふっ……)
(どうしたの?)
(ご、ごめんなさい……ふふふ……藍くんが小さな声で独り言を言っているのが面白くて……)
どうやら俺がブツブツと呟いているのが面白かったらしい。こんな事で笑ってくれると言う事は、ファンカレアの笑いのツボは少しズレているのか、もしくは幅が広いのかもしれないな。
ファンカレアの笑いが収まるのを待ってから、俺は6日前の出来事について謝罪をすることにした。ミラや黒椿が説明をしてくれたらしいけど、俺からも謝ろうと思っていたから。
(ファンカレア……6日前の事なんだけど……)
(ッ……は、はぃ……)
(本当にごめん!! グラファルトとその……取り込み中で、俺、全く気付かなくて……)
(い、いえ!! わ、わたしが勝手に覗いてしまっただけですので!! それに、グラファルトと藍くんはふ、夫婦なのですから、そ、そそそいうこともあの……うぅ……)
念話で相手の表情を見る事は出来ないけど、それでもいまファンカレアは赤面しているんだろうなとわかる。
うん、次からは本当に気を付けよう。少なくとも周囲の音には注意を払っておいた方が良い気がする。
それから数回程、同じやり取りを繰り返していた俺達だったが、ファンカレアに『本当にもう大丈夫ですから、謝らないでください!』と言われた事で、もうそれ以上俺から謝ることは無く6日前の件については今後は気を付けましょうと言うことで落ち着いた。
その後は普段通りに話すことが出来たと思う。
話せなかったこの数日間の出来事だったり、相変わらず黒椿に絞られてるファンカレアの愚痴を聞いたり。
この一年近くで、黒椿とファンカレアの上下関係は明らかなものになったと思う。言うまでもないが黒椿が上だ。
でも、ファンカレアはそれでも嬉しそうに俺に話してくれる。多分、長い時間をひとりで過ごしていたファンカレアにとって、黒椿と言う存在はとても大きなモノでたまに二人の会話を聞いていると姉妹に見えて仕方がない。
その事をミラとフィオラに話してみたら『そもそも、念話に割り込んで入って来ることなんて出来るのかしら?』『私達では不可能ですね……』と違う所で驚いていたけど……そう言えば、念話は基本一体一なんだっけ。女神様だからかな?
現在進行形で黒椿とのエピソードを俺に話してくれるファンカレアはとても楽しそうで、今の生活がとても充実しているんだなと感じた。
そうして話は、明日についての事に変わる。
黒椿の話では明日の朝から二人は遊びに来ると言う事だった。
昼からだと所用で森を離れている人もいるだろうと言う事で、全員が揃っている朝からフィエリティーゼに降り立ち、みんなに挨拶をするらしい。
俺がフィエリティーゼにやって来てから、二回開かれたクリスマスパーティーで既に全員が黒椿と交流し普通に会話をしているのも知っているからそこまで気にすることは無いと思うのだが、黒椿とファンカレアとしてはしっかりと筋は通しておきたいらしく、二人の強い要望とあって俺はその提案を快く受け入れた。
その事をミラに話したら”単純にあなたのご飯を多く食べたいだけなんじゃないの?”と溢していたが……まさかね?
(――それじゃあ、そろそろ寝ようかな)
お互いに沈黙が続いたところで、俺はファンカレアにそう言った。
ファンカレアと話すのは楽しいけど、会話の途中途中であくびが出始めていたし、これ以上話していたら多分寝坊する。
ファンカレアは『眠そうでしたもんね』と小さく微笑み、ゆっくり休む様にと言ってくれた。
(藍くん、今日はありがとうございました)
(お礼を言われるようなことはしてないよ。俺がファンカレアと話したかっただけだから)
(……いいえ、今日話せて良かったです。実は、ちょっとだけ不安だったので)
(そうだったの?)
そんな風には感じなかったから驚いた。
もしかして、俺に気を使って我慢していたのだろうか?
(言ってくれれば相談に乗ったのに)
(だ、大丈夫です! 藍くんと話す前は前回の降臨の際の出来事を思い出してしまって……楽しみな反面、不安でもありました。でも、今は不安を感じていません。藍くんと楽しくお話しできて、早く藍くん会いたいって思いが私の不安を掻き消してくれましたから)
そう話すファンカレアの声はとても綺麗だった。
明るく元気で、幸せそうに話す彼女に俺は思わず息をするのを忘れてしまいそうになる。
前回の降臨……その時の事はあまり詳しくは聞いていない。
六色の魔女達の手助けを借りて、何とか世界に被害を与えることなく降臨することが出来らしい。だが、その後直ぐに多くの人々が押し寄せ、次々に創造神であるファンカレアを崇め奉り続けたのだとか。
ファンカレアの性格を考えると、あまり楽しくなかったのかもしれないな。
好きな場所に行こうにも囲まれて自由行動も出来なかっただろうし、物おじせず友として接してくれる相手を探していた彼女にとっては、崇められるのは嬉しくなかったんだと思う。
今回も、そうなってしまうのではないか……そんな不安がファンカレアの中にはあったのかもしれないな。
(――大丈夫だよ、ファンカレア)
(藍くん?)
(明日の為にファンカレアは沢山の努力を重ねて来た。俺だって、ファンカレアの魔力が漏れ出た場合の事を考えて【漆黒の略奪者】の制御を訓練してきた。だから、きっと明日からの来訪は楽しいものになるよ。明日からの数日間はみんなでめいいっぱい楽しもう!)
(ッ……はい……はい! 明日がとっても楽しみです!!)
お互いに沢山の努力を重ねて来た。
大切な人達に支えられて、小さな願いを叶える為に。
だからこそ、明日は必ず成功させる。
心から楽しいと思ってもらえるように。
心から幸せだと感じて貰えるように。
ファンカレアの行きたい場所に行ってみるのもいいかもしれない。
流石に人が多い所は無理だけど、明日になったらファンカレアに聞いてみよう。
こうして、ファンカレアとの念話を終わらせた俺は、明日に備えて寝室へと向かう。
フィエリティーゼに転生してきて1年と7ヶ月……いよいよ明日、創世の女神達が降臨する。
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本当は来訪初日のお話も書く予定でしたが、思っていたよりも前夜の話が長くなってしまったので分ける事にしました。
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!!
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