第145話 学園創設とお弁当作り⑤
――創世の月18日。
エルヴィス大国の北部にある神殿が建てられていた広大な土地では、創世の月9日から大がかりな建設作業が行われている。
”五大国連盟”の解散により五大国連盟会議が開かれることが無くなった為、その使用用途が減ってしまった神殿。
エルヴィス大国では前々から神殿周囲の広大な土地を何かに利用できないかと頻繁に議題として挙がっており、様々な案が出されていたが”大国の王が集う場所にむやみに人を入れる訳にはいかない”と言う理由で棄却され続けていた。しかし、”五大国連盟”の解散、”三大国連盟”の締結、”栄光の魔女”フィオラの弟子であるレヴィラ・ノーゼラートの出現により事態は大きく変わる。
フィオラの弟子であるレヴィラが、直接フィオラに確認を取り神殿の解体とその土地の利用許可を得たのだ。ただし、フィオラは土地の端でも構わないから中に祀られている女神ファンカレアの像を奉納する為の神殿を新たに作る事を条件として出した。
そうしてフィオラからの許可が下りた事でエルヴィス大国では緊急会議が開かれ、広大な土地の利用方法について話し合われた結果、多数の票を獲得した学園創設が決定したのだ。
現在、エルヴィス大国の北部には広範囲に渡る”結界魔法”が施されている。
その効果は結界外から内部が見えなくなる隠蔽効果と、侵入者を防ぐための人避けの効果の二つであり、使用者であるフィオラは結界の内部から建設途中である学園の様子を見守っていた。
フィオラの目の前では膨大な茜色の魔力を放出する”爆炎の魔女”ロゼ・ル・ラヴァールの姿があり、ロゼはその魔力を手の代わりとして使い次々と石材を持ち上げ錬金術で生成した特殊な接着剤を使いその接地面を合わせて行く。
この作業はもうかれこれ10日目を迎えており、今日でロゼとフィオラによる作業工程は終了となる。2日前から『帰りたい』とぼやいていたロゼも今日ばかりはウキウキと楽しそうに作業を行っていた。
長い年月、定住場所のなかったロゼにとって”死の入り口”と恐れられる森にある家は、居心地の良い”帰る場所”となっていた。だからこそ、今日で家へと変えることが出来るロゼは上機嫌だったのだ。
「……まあ、気持ちは分からなくもないですけどね」
ロゼの姿を見ていたフィオラは、ロゼに聞こえない様に小さく呟く。
妹であるロゼを姉として宥めていたフィオラであったが、本心ではロゼと同じ気持ちだった。
早く帰りたいという気持ちでいっぱいのロゼは物凄い速さで作業を進めて行く。時々フィオラが『速いのは良い事ですが、ちゃんと指示書通りに』と軽く声を掛けるがロゼは「うーん」と空返事を返し作業に集中していた。
そんなロゼに呆れながらも笑みを溢すフィオラだったが、背後から感じた魔力の歪みに気づき後ろへ振り返る。
フィオラが振り返った先では、まるでその空間を無理やりこじ開けるかのように膨大な魔力が亜空間を開き……その中から一人の少女が這い出る様に現れた。
「っぁあ!! はぁ……はぁ……し、しんどい……」
「あら、レヴィラではありませんか。どうしました?」
「ど、どうしましたって……ふぅ……ふぅ……」
亜空間から這い出て来たレヴィラは、フィオラの質問に答えようとするが呼吸は乱れ、辛そうに肩で息をしている。
その姿を見かねたフィオラは溜息を吐いた後、右手をレヴィラへと翳し自身の魔力を放出した。放出した魔力はそのままレヴィラへと吸収され、魔力を吸収するし終えたレヴィラは徐々に落ち着きを取り戻していく。
「これで大丈夫ですね?」
「はい……ありがとうございます、お師匠様ぁ……」
「それにしても、この結界内に侵入するだけで”魔力欠乏症”に陥るとは……やはり、隠居生活で鍛錬を呆けていたツケが回ってきたのではないですか?」
「いやいやいや!? お師匠様の”結界魔法”が強力過ぎるんですよ!! 私の魔力全部使わないと入れない結界なんて張らないでください……最悪死人が出ますよ?」
フィオラに疑いの目を向けられたレヴィラは自分の所為ではないと猛否定して、張られている”結界魔法”の危険性について訴える。
「無理に押し入ろうとすれば気を失う様にしてありますが、死人が出る事はありません。これもローゼの技術を盗ませない為の対策です」
「はぁ……まあ、死人が出ないなら文句はありません。それで、作業は順調ですか?」
「ええ、御覧の通り今日で作業は終わりそうです。契約通り、私達は今日で帰らせてもらいますね」
再びロゼの居る作業現場へと視線を向けたフィオラにつられる様にレヴィラも作業現場へとその視線を移した。
そこでは目にも留まらぬ速さで建設するロゼの姿があり、レヴィラはその光景に顔を引きつらせる。
「久しぶりに見ましたけど、相変わらず凄いですね……」
「まあ、現状でローゼ以上の技術を持つ者はいないでしょう。文字通りの天才ですよ」
「それには私も同意見です。あのぅ……やっぱり外側だけではなく内側もやって頂く訳には……」
手をもみもみしながら低姿勢で訪ねて来るレヴィラに、フィオラは首を左右に振る。
「嫌です。そもそも今回だって、”三大国同盟”の締結を祝う為にと貴女が懇願するから一番大変であろう枠組みを私からローゼにお願いしたんですよ? これ以上を求めるのなら私に仲介を頼むのではなく、貴女が直接ローゼと交渉しなさい」
「うぐっ……わ、わかりました、内装はエルヴィス大国で行わせていただきます……」
フィオラの言葉を聞いたレヴィラは、説得するのを諦めた。
物作りにおいてフィエリティーゼで一番の技術を持つロゼであるが、他者からの依頼を受け付ける事はほとんどない。ロゼはあくまで自分の為にその腕を磨いているだけであり、彼女が請け負う仕事は全て姉妹である”六色の魔女”からお願いされたものだ。自分から頼んでも請け負ってくれないと理解していたからこそレヴィラはフィオラに頼み込み、10日間というスケジュールで建物の大枠を作ってもらう事に成功したのだった。
「まあ、外装だけでも3年は掛かると思っていましたから。それを考えれば大助かりです。内装だけなら一年位で終わらせられますし、これならシーラネルの高等部への編入に間に合いそうですね」
「あら、そういった理由があったのですね。シーラネルは今お幾つでしたっけ?」
「いまは13歳です。今年の闇の月で14歳ですね。来年で15歳になるので、再来年までには生徒も募り学園に行きたがっていたシーラネルも一緒に編入して貰おうかなと。学園には私も特別顧問として就任しますので子守りは出来ますし、心配性のディルク王も私が就任するならばと納得していました」
「ふふふ、シーラネルは喜んだでしょうね」
度々エルヴィス大国の王宮へと赴いていたフィオラは、シーラネルとも会う機会があり時間があるときなどはお茶を飲みながら言葉を交わすこともあった。
その際に『学園という所に行ってみたい』『友達が欲しい』と寂しそうに話しているのを聞いていたフィオラは、シーラネルが喜びに顔を綻ばせる姿を想像して笑みを溢す。
「さて、そろそろ私はお暇しますね。作業が滞りなく終わったら一度王宮へ来てください」
「ええ、わかりました」
レヴィラはフィオラへと一礼し後方へ振り返る。そうして歩き味めたのだが直ぐにその足を止めギギギと音が聞こえてきそうなくらいぎこちない動きで再びフィオラの方へと体を向けた。
「あ、あの……結界外へ”転移”する場合は魔力消費は抑えられますよね?」
「……”私が入ってくることを認めた者”なら大丈夫ですよ」
「…………ちなみに、手伝って貰ったりは――」
「頑張りなさい」
フィオラの満面の笑みを受けて、レヴィラはその肩を落としながら涙を浮かべて”転移”をするのだった。
朝から始まったロゼによる建築作業は順調に進んで行き、あと少しで終わると言う所でフィオラにより声がかけられる。
「ローゼ、そろそろお昼ですよ」
「ッ!? 食べるー!!」
レヴィラが来ていた頃に見せていた笑顔は消え去り、つまらなさそうに作業をしていたロゼだったが、お昼という言葉に目を輝かせ魔力で持ち上げていた石材を放り投げた。それを予想していたフィオラは石材が地面に触れる寸前に”硬化魔法”を石材へと付与する。”硬化魔法”を付与された石材は地面に大きな凹みを作ったが、石材本体は傷一つ付くことなく無事であった。
「ローゼ! 石材は丁寧に置きなさいと言っているでしょう!?」
「ごめんねー?」
えへへと笑みを溢しながら謝るロゼにフィオラは大きく溜息を吐いた。しかし、ここで長々と説教をしても意味がないと判断し、直ぐに昼食の準備を始める。
大きな布を地面に敷き、水で湿らせた布巾をロゼへと手渡した。
ロゼは布巾をフィオラから受け取るとせっせと両手を布巾で拭いて、拭き終わると両手をフィオラの前へと伸ばす。
「綺麗になったよー」
「はい、確かに。それでは、これが最後のお弁当です」
「ありがとーフィー、このお弁当楽しみだったんだー」
10日間の中で”特別だ”と言われていたお弁当箱を受け取り、ロゼは嬉しそうに顔を綻ばせる。そんなロゼを見てフィオラも微笑み、自分用のお弁当箱を膝元へと乗せた。
そうして互いに蓋を開けて、そのお弁当の中身を確認する。
「「……わぁっ」」
お弁当の中身を見た二人は満面の笑みを浮かべてお弁当にくぎ付けになってしまった。
それは、地球で”キャラ弁”と言われているお弁当であり、ロゼのお弁当にはデフォルメされたロゼが、フィオラのお弁当にはデフォルメされたフィオラがおかずとお米を使い作られていた。
「可愛いー! 見てみてー、これロゼー!!」
「わ、私のも見てください! 可愛いです!!」
藍が一生懸命に作ったキャラ弁は二人のハートを見事に射抜き、ロゼだけではなく普段は妹達のお姉さんとしてあまりはしゃぐことのないフィオラでさえも頬を赤らめ子供の様にはしゃいでいる。
「た、食べるのがもったいないですね……」
「うーん……でも、美味しそうだからー、食べるー!」
「……そうですね。食べ物ですし、ランくんに感謝をして頂くとしましょう」
食べるのを躊躇っていたフィオラだったが、ロゼの言葉に頷き食べる決意をする。
そうして二人はキャラ弁の中からそれぞれのおかずを取り出して、口へと運び始めた。
「「ん~~ッ」」
フィオラは右上に置かれていた卵焼きを口にして、ロゼは左上に置かれていた角煮を口にしてその顔を恍惚な表情へと変えていった。
藍のキャラ弁は見た目だけではなく味でも二人を魅了し、その体と精神の疲れを癒していく。
こうして二人は、藍の作ったお弁当を心いくまで堪能し、残りの作業と完了報告を高速で終わらせて、夕食前には森にある家へと帰ったのだった。
尚、キャラ弁を作ってもらった事を二人は全員に話してしまい……その結果、藍が全員分のキャラ弁を作る羽目になったのは言うまでもない。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
【作者からのお願い】
ここまでお読みくださりありがとうございます!
作品のフォロー・★★★での評価など、まだの方は是非よろしくお願いします!!
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます