第143話 二年目:学園創設とお弁当作り③




 ロゼが”魔力装甲”で服を纏い終えた所でフィオラのお説教は終わった。これでようやく俺は視線を二人に向ける事が出来る……朝からどっと疲れたな。


 その後はロゼが用意してくれた椅子に座り、フィオラとロゼは仕事である学園創設の話へと移行していく。

 部外者である俺が居ていいのか分からなかったので後で出直すと言ったのだが、二人に気にしないで良いと言われたのでお言葉に甘えて残る事にした。


 フィオラが同じ内容が書かれている二つの書類を亜空間からだして、片方をロゼに渡す。フィオラが口頭で説明してくれるのを聞きながらロゼは書類に目を通し、材料の確認、付与する魔法式の確認、ロゼへと支払われるお金の確認を済ませて行く。

 書類には契約書が挟まれていて、その契約書には様々な約束事が書かれていた。一番上にはロゼの付与する魔法式の完全秘匿が約束事として書かれている。


 仕事の話をしている途中に聞くのはどうかと思ったが気になって聞いてみると、二人は特に気にした様子もなく笑顔で答えてくれた。


「これはねー、付与魔法師を守る為にー、ロゼが考えた対策なんだー」

「付与魔法師を守る?」

「付与魔法師が行使する魔法式には、公にしている模範となる魔法式と個人が創り出したオリジナルの魔法式の二つが存在します。この契約書はオリジナルの魔法式を誰にも明かさないという事が明記されています。それと同時に魔法式を隠すための隠蔽魔法式の付与や隠蔽が破られた際に発動する迎撃魔法式の付与の許可など、様々な内容が纏められているんですよ」


 魔法式を付与する事を仕事にしている魔法師の中には、オリジナルの魔法式を盗みそれを自身の技術として使われてしまう事もあるのだとか。中には盗んだ技術で成り上がった貴族なども居るらしく、一時期は魔法師による技術の奪い合いが過激化していたらしい。


「この世界には特許みたいなものはないのか? 個人の権利を守るための法律みたいな……」

「権利を国が管理して生まれた利益の何割かをまとめて支払うという方法もあるにはあるのですが……何分、魔法式は盗まれやすい技術でもあるので難しいのが現状です」


 国や貴族が行う事業に関してはちゃんと契約書が交わされて行使する魔法式に関しても誰が考案したもので、その権利が国の管轄になっているのかなどの確認作業が行われるようなのだが、個人で使われてしまったり他国で魔法式を無許可に使われてしまうとどうしようもない。国で管理しているとは言いながらもその権利の全てを管理しきれていないのが現状なのだとか。


「ですので、オリジナルの魔法式を保有している魔法師のほとんどが、その技術を秘匿し仕事に関しても団体ではなく個人で行っている者が多いのです。幸いなことにエルヴィス大国にはオリジナルの魔法式を保有している王国直属の付与魔法師が一人だけいますが、その者が国の為に働く理由はディルク王に恩義を感じているからであり、オリジナルの魔法式を保有している者のほとんどがフリーの魔法師として活躍しています」

「でもー、国で管理していると公言している以上ー、ちゃんとお金は入って来るしー、もしも世界に変革をもたらす程の魔法式ならー、貴族にだってなれるよー? 隠蔽魔法式とかー、迎撃魔法式とかー、付与できない人もいるからー」


 オリジナルの魔法式を編み出したからと言って、その人が優秀だという訳ではないらしい。偶然の産物として生まれたり、それ一つを編み出す為に他の魔法式を覚える事を後回しにしていたり、様々な理由でオリジナルの魔法式を編み出す事には成功したが、それを一人で守り続けられるかと言われれば難しいと答える人もいる。そう言った人は早々に国へと権利を渡し、定期的に渡される使用料で暮らして行くのだとか。


「ローゼが考えたこの対策は、主に国や貴族に対しての牽制と技術の漏洩防止の意味合いがあります。【光魔力】を持つ魔法師の”契約魔法”を使用して作られたこの用紙は、使用する魔法師によってその効力に差がありますが、契約を結んでいる限りその契約により秘匿するべき事柄を絶対に他者へと伝えられない強力な物です。用紙自体も悪用されない様に厳重に国で管理されているくらいですから」


 口頭でも、筆談でも、念話であっても、契約が結ばれている以上、絶対に他者へと口外出来ないらしい。伝えようとすると酷い頭痛に襲われ気を失ってしまうのだとか。それも破ろうとした回数が増えれば増える程にその頭痛も酷くなり、最終的には死をも招く事になるという。


「だからねー、フリーの付与魔法師のほとんどが契約を結ばないと仕事をしないっていう人ばかりなんだー、逆に言えばー、契約さえ結べばきちんと仕事はするって事でー、契約書を作ってからはー、表舞台で働く付与魔法師もいっぱい増えたんだよねー」

「ローゼのお陰ですね。”契約魔法”が活用される舞台も同時に増えたので、”結界魔法”を主軸としていた白魔法師の仕事も増えて、魔法師たちの可能性が広がりました」


 そうして微笑み合う二人によって、俺は契約書に書かれている事についてはある程度理解する事が出来た。



 ……さて、そろそろ突っ込んでもいいだろうか。



「二人とも……」

「んー?」

「なんでしょう?」

「なんで――二人は俺の両隣に座ってるの?」


 そう、この二人……何故か俺を挟んで仕事の話をし始めたのだ。俺が資料の詳しい内容を見る事が出来たのもこれが原因であり、右隣に座っているロゼが俺に寄りかかりながら資料を眺めていた為、自然と資料が視界に入ってしまったからである。まあ、ロゼが俺にくっついてきたりするのは前々からあった事なのでそこまで気にしてはいないが、問題はフィオラだ。

 フィオラがこんなに至近距離に居るのは珍しいというか、初めてかもしれない。普段の生活でも授業の際もフィオラは一定の距離を保っていて、落ち着いた雰囲気を持つ女性って印象だったから、そんな彼女が俺の隣に椅子を持って来てまでも来るとは思ってもみなかった。


 俺の質問にロゼはにんまりと笑みを浮かべて擦り寄ってきて、フィオラは顔を赤らめたかと思えば資料で顔を隠してしまった。


「えっと……二人とも?」

「むふふー、ロゼはねー、ランともっともっと仲良くなりたいからー、多分だけどーフィーも同じ理由だと思うよー?」

「そうなの……?」


 俺の右腕に抱きつき可愛らしく甘えてくるロゼの言葉を聞いて、フィオラの方を見る。フィオラは相変わらず資料で顔を隠してはいたが、僅かに見える頬が縦に揺れているの見る限りどうやらロゼの言っている事は事実のようだ。


「こ、こんな機会、滅多に無いと思いまして……。プライベートな時間には私の入る隙なんてありませんから……」

「そんな風に思っているなんて全然知らなかった……」


 資料を少しだけ下げてこっちをチラチラと眺めて来るフィオラは目元から下は隠しているのだが、それでも赤くなっているのが良くわかる。いつもとは違った雰囲気を見せるフィオラに少しだけドキドキしてしまった。


「フィーはねー、ミーアが居なくなってからー、みんなのお姉ちゃんとして振る舞ってたからー、リーアとかアーシェとかが居る前ではー、我慢してたんだよー」

「ロ、ローゼ~……」


 ロゼの言葉にフィオラが弱弱しく声を掛ける。


「そうだったんだ……フィオラってどちらかというと大人びたお姉さんって感じに思ってたけど、意外と可愛い所があったんだね」

「~~ッ」


 そう言ってフィオラの頭を撫でると撫でられたフィオラは俯いてその頬を更に赤く染めてしまった。そうしてフィオラの頭を撫でていると右隣りに座るロゼからも撫でて欲しいと言われ両手を使い二人の頭を撫でた。

 年齢的には年上なのかもしれないけど、見た目は俺よりも若い二人だからか、妹の雫と同じように接してしまうんだよな……。

 嫌がられる様なら止めるつもりだけど、反応が雫と同じだから多分大丈夫だと思う。


 普段はお姉さんとして妹である四人の魔女達の世話を焼くフィオラの意外な一面を知れて、なんだか嬉しく感じた。












 フィオラが落ち着きを取り戻したところで、二人は俺が中断させてしまった学園創設の話へと戻りロゼが契約書へとサインしている。


「はーい、終わったよー」

「ありがとうございます。それじゃあ、明日からよろしくお願いしますね?」


 ロゼのサインした契約書へと目を通し、不備がない事を確認したフィオラはロゼから資料を受け取り亜空間へとしまう。

 二人にお疲れ様と声を掛けるとロゼが俺に声を掛けて来た。


「そう言えばー、ランもロゼに用事ー?」


 あ、そう言えばそうだった……。

 何か、色々と驚くことがあってすっかり忘れてた。


「うん。指輪の受け取りとそれに伴ってちょっとお願いがあったんだけど……明日から仕事でしょ? どれくらい掛かりそうなんだ?」

「うーん……お願いされてるのは建物の大まかな形とー、建物を守るための付与魔法の行使だからー、大体10日くらいー?」

「へぇ、意外と短い期間で終わるんだな」


 俺がその仕事の速さに感心していると、フィオラから”普通は不可能です”と言われた。あー、やっぱりロゼだからそれくらいの日数で終わらせることが出来るだけで、普通は無理なんだな……。


 でも、それならまあ大丈夫かな?

 帰ってきて数日休んでもらった後に作って欲しいモノを頼んだとしても、学園みたいな大きなものを作ってもらう訳ではないので青の月には間に合うだろう。


「なら帰ってきて少し経ってからお願いする事にするよ。だから、とりあえず今日は指輪だけ受け取ろうかな」

「わかったー、泊まり込みだから渡すの忘れそうだしー、丁度良かったねー」

「ん? 学園創設の仕事って泊まり込みなの?」


 亜空間から小さな箱を二つ取り出したロゼはその箱を俺に渡しながら仕事が泊まり込みである事を話す。俺の質問にはフィオラが答えてくれた。


「規模が規模ですからね。毎回ここに戻って来るのも手間ですし、私達が毎回何処へ転移しているのかなどを探られる可能性もありますから、ローゼと私は仕事をする10日間程は王宮で過ごす事になっています」

「離れ離れー、寂しいねー」


 フィオラの話を聞いていると、ロゼが寂しくなったのか俺の体に抱き着き顔を擦りつけて来る。

 ”六色の魔女”として、卓越した技術を持ち世界から崇められる様な存在ではあるんだろうけど、こういう所は普通の女の子なんだよな。

 そう思い寂しがって離れる様子のないロゼの頭を撫でる。


「……」


 ロゼの頭を撫でているとなんとなく視線を感じるなぁと思いチラッと左へ視線を送ると、俺とロゼの様子を見ていたフィオラが羨ましそうに見ている事に気づいた。

 俺は先程までのフィオラの可愛らしい一面を思い出し、ロゼの頭から手を離しておもむろ両手をフィオラの方へ向けて広げてみた。


「~~ッ!?」


 俺の行動が予想外だったのか、フィオラは再び顔を赤くしてしまいあわあわとその場で狼狽えてしまった。流石にまずかったかな? と思って様子を伺っていたのだが、覚悟を決めたような顔をしたフィオラは恐る恐るといった感じに近づいて来て俺の体に抱き着いて来た。


 柔らかッ!?


 あまり意識して来なかったけど、フィオラって結構な大きさのモノを持っていらっしゃる……。

 だからと言って、今更離れて欲しいなんて言える訳がない。

 頑張れ……俺の理性……。


 そうして、思わぬ衝撃に襲われたがそれを堪えてフィオラの頭を撫でる事にした。

 一瞬ビクリと体を跳ねさせたフィオラだったが、俺から離れる事は無く顔を赤くはしているが何処か嬉しそうにしている。


 二人が幸せそうで良かったよ。


 でも、10日間もいないのか……確かに少しだけ寂しさを感じてしまうかもしれないな。俺に出来る事があれば良いんだけど、結界の外にはまだ出れないし……念話をするって言うのも明らかに仕事の邪魔にしかならなさそうだしなぁ。


「あっ、そうだ」

「んー?」

「ど、どうしました?」


 俺の声に二人が反応する。

 泊まり込みの仕事をする二人の為に出来る事を思いついた俺は、早速二人に提案する事にした。


「二人が10日間泊まり込みで仕事をしに行くから、何か俺に出来ることは無いかなーって考えてて、それで一つ提案なんだけど……二人の為にお弁当を作ろうと思うんだ。二人の亜空間なら時間の経過も無いだろうし温かさもそのままだろ? それなら10日分作ったとしても大丈夫だろうし、森から出れない俺に出来る事ってこれくらいしかないからさ」


 どうかな? と二人に聞いてみると、二人は目を輝かせてこちらを見ていた。

 その顔を見て、答えを聞くまでもないと思った俺は早速頭の中で献立を考え始める。


 こうして、嬉しそうにしている二人の頭を撫でながら食べたいものなどを聞いた後、俺達三人は工房部屋を後にした。


 さて、これで今日のやる事は決まったな。

 朝食を食べ終えたら、早速お弁当作りに取り掛かろう。





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【作者からのお願い】

 ここまでお読みくださりありがとうございます!

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