第140話 二年目:白銀が探し求めていた者⑦




「グ、グラファルト……今のは……」


 口づけを交わした直後に発生した魔法陣は、瞬く間に消えてしまった。

 一瞬の出来事ではあったが、それは確かに俺達の上空に存在していて、眩い光と共に鳴り響いたベルの音も鮮明に残っている。

 俺にはさっぱり分からなかったので、目の前に居るグラファルトに聞いてみた。

 上空を見つめているグラファルトは驚いた顔をして声を漏らす。


「間違いない……婚姻の儀が成功した時のものだ……我らの誓いがファンカレアに認められた証でもある」

「……え、ファンカレアが見てたって事!?」


 ファンカレアならあり得なくもない。なんせ俺が生まれてから白色の世界へと降り立ちその日までずっと見ていたと言う位だから……。しかし、グラファルトから返って来たのは否定の言葉だった。


「いや、いくらファンカレアと言えども毎日世界の全てを監視し、婚姻の儀の全てに対応することなど不可能であろう。恐らく、婚姻の儀が行われると祝福が授けられる様に魔法式を設定しているのだと思う。つまりは直接ファンカレアが見ている訳ではないということだ」

「そ、そうか……びっくりした……あれ? でも確か婚姻の儀には女神ファンカレアの像が必要なんじゃなかったっけ?」


 前にグラファルトから聞いた話では女神ファンカレアを前に永遠の愛を誓わないといけない為、簡易的でもいいから女神ファンカレアの像が必要だったはずだ。


「俺達の前にファンカレアの像なんて無いし……どうなってるんだ?」

「別にファンカレアの像でなくても良いのだ。そもそも、ファンカレアの姿を見た事がある者がほとんど居ないからな。似てる似てないに関わらず簡易的な像を造り、その像に対して誓いを立てる者がほとんどだ」


 考えてみればそうか……確か、グラファルトの話ではファンカレアの姿を精巧に模した像はフィエリティーゼに一つしかないんだっけ。フィオラの建国したエルヴィス大国の北部、そこにある神殿に祀られているって授業の時にフィオラから聞いた覚えがある。


「それじゃあ、今回は偶然にも俺達が墓石の前で永遠の愛を誓ったから、墓石を女神像だと誤認されて婚姻の儀が成功してしまったと……?」

「婚姻の儀には、互いに愛を誓いあい、それが真実であるかどうかを確認する意味合いが含まれている。指輪交換や多少の違いはあれど、婚姻の儀として認められてもおかしくない行動だったのだろう。我らの目の前の墓石が石造りであるのも原因であろうな。それで婚姻の儀が成功したのだろう」


 なるほどな……今回の出来事は偶然が重なった結果という訳か。


「まあ、特に害はないだろうし……グラファルトとの結婚が認められたのは素直に嬉しいから問題はなさそうだな」

「いや、約束を違えてしまったであろう?」

「……あ、そっか」


 そう言えば、ファンカレアと黒椿にプロポーズをしてから婚姻の儀をやろうって話だったっけ……。


「我としては堂々と藍の妻だと言えるのは嬉しいが……二人で相談して、ファンカレアと黒椿に求婚をしてからという話だっただろう? その、大丈夫なのか?」


 申し訳なさそうにしながらも、その表情は明るく僅かにはにかんでいるグラファルト。チラチラとこちらを見てくる奥さんに思わず笑みが零れてしまう。

 わかるよ、グラファルト。

 今までは結婚出来るのにみんなに婚約者って紹介し続けてたから嬉しいよね。愛する人を堂々と夫婦として紹介できるのは。


 でも、ファンカレアと黒椿の事を考えると自分だけ先に結婚してしまった事に対して申し訳なく感じているんだろうな。

 そんなグラファルトの気持ちを察して、俺は優しく白銀の頭を撫でる。


「心配しなくても大丈夫だよ。グラファルトの指輪を作った時に、ファンカレアと黒椿の指輪も頼んでおいたから」

「そうなのか?」

「うん。グラファルトの指輪を受け取って直ぐにミラが来たから、二つの指輪は後日受け取る事になってる」


 実は、グラファルトの指輪の宝石を選んでいる時にファンカレアと黒椿の宝石も選んでたんだよね。今日中に間に合うかなって考えてた矢先にミラが来たから後日取りに行かないとな。

 それに……ファンカレアの訓練もそろそろ終わるみたいだし、そうすれば二人とゆっくりと過ごせる時間も増えるだろう。

 グラファルトとの一件で男としての責任と言うか、共に生きて行く覚悟みたいな物がはっきりとした気がする。

 俺の事を好きでいてくれる二人にはちゃんと幸せになってもらいたい。この一年半の生活で心にも大分ゆとりが出来た。だが、森での生活が終わればどうなるかは分からない。そう考えると早い方がいいのかもしれないな……。


「どうしたのだ?」


 気づけばグラファルトが頭に置かれたままになっている手を握っていた。

 どうから考え込んでしまっていた様だ。右手に重なる様に置かれたグラファルトの左手にはしっかりと指輪がはめられている。見た感じ邪魔にはなっていなさそうだな。日常生活でも使えるように宝石のサイズを小さめにしておいて良かった。


「いや、なんでもない。とにかく二人にも近々結婚を申し込むつもりだから。心配しなくても大丈夫だぞ」

「そうか、ならば我からは特に言うことは無い。今はお前の妻となれたことを素直に喜ぶとしよう」


 可愛らしく笑みを浮かべて嬉しいことを言ってくれたグラファルトを抱き上げて思わず抱きしめる。


「あぁ……俺の嫁が可愛い……」

「なっ!? い、いきなり何を言うのだ馬鹿者!!」

「さ、ヴィドラスとアグマァルに惚気話でも聞かせてやるかなぁ……グラファルトとの毎日とか、発情期の話とか、話すことがいっぱいだな!」

「やめろ!! 我にも威厳というものがあるのだ!! というか、発情期の話って何を話すつもりだ!?」

「そりゃあ、避けられていた事とか、”首噛み”じゃなくて甘噛みをされた事とか……夜にあった痛い話とか」

「ちょっと待て、痛い話ってなんのことだ!? 全然記憶にないぞ!?」


 あれは酷かった……。

 発情期の所為なのか知らないけど、やたら俺の体を噛んだり引っかいたり……おまけに全然収まる気配が無くてグラファルトが眠るまで続いたし、朝方のベッドの上は俺の血が所々に広がっていて”回復魔法”と”浄化魔法”を掛けなきゃまずい状態だったんだよなぁ。初体験だった俺でもあれが普通じゃないと言うのは理解できる。竜種の性行為はあれが普通なのかな?


 抱き上げられたグラファルトは俺の頬を両手で挟んで「何があったのだ!?」「頼むから先に我だけに教えてくれ!」と懇願している。

 そんなグラファルトを温かい目で見つめながら、俺はヴィドラスとアグマァルの墓石へしゃがみ込み話し始めるのだった。


 魂は成仏したと聞いてるけど……もしこの話が聞こえていたら、あいつらはなんて言うかな?


 ヴィドラス、アグマァル。

 お前達の優しき王は必ず幸せにしてみせるから。

 幸い、どうやら俺は【不死】のスキルを持っているらしいし、寂しい思いをさせる事は無いと思う。

 だからさ、たまの惚気話くらい許して欲しい。


 俺達はいま……幸せだよ。





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 これにて、白銀が探し求めていた者編は終わりになります。

 次回からは学園創設のお話を挟んで黒椿とファンカレアへの求婚編に突入する予定です。ですが、頭の中のプロットですので変更する可能性もありますのであしからず……。


 【作者からのお願い】

 ここまでお読みくださりありがとうございます!

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