第139話 二年目:白銀が探し求めていた者⑥




 グラファルトと共に訪れた竜種達の霊園。

 この霊園は、グラファルトが造り上げたものらしい。


 まだ俺達が白色の世界に居た頃、ミラが竜の渓谷にグラファルトの亡骸を回収しに向かった時に戦いの跡が残ったこの場所を均したという話はミラ本人から聞いたことがある。その話を俺同様に聞いていたらしいグラファルトは、フィエリティーゼに降り立ってロゼの建てた新居への引越しが終わってからというもの、暇を見つけてはちょくちょくこの渓谷を訪れ一人で造っていたのだとか。

 転生者達を倒した時に俺が墓を造ると言っていたのを忘れていた訳ではなく、どうやら自分で造ってあげたかった様だ。


「――同胞たちの亡骸はほとんど残っておらず、形を留めていたのは母竜と子竜の骨が使われた剣と、討伐記念としてか分からぬが転生者どもが飾っておったヴィドラスとアグマァルの骨しかなかったが……それでも、誰の手も借りる事なく、我がちゃんと弔ってやりたかったのだ」


 俺の左隣りに立つグラファルトを横目に見ると、どこか寂しそうな顔をしている。

 無理もない……家族全員の遺骨を弔ってやりたいのに、そのほとんどが紛失しているのだから。

 そうしてグラファルトの顔を見ていた時、俺はミラから預かっていたモノがある事を思い出し亜空間を開く。そうしてグラファルトの名前を呼んで、白く染められた30cm四方の箱を取り出した。


「グラファルト、これ……ここ最近あまり会えなかったから渡すのが遅れちゃったけど」

「ん? なんだ、これは?」

「――グラファルトの家族の遺品だ。一応、運ぶときに傷ついたら大変だから箱の中はアイテムボックス同様に亜空間になってるらしいよ」

「なに!?」


 俺の言葉を聞いたグラファルトは直ぐに箱を片手で受け取り、上に被せられていた蓋を取る。そうして蓋を地面に置くと亜空間の中に空いた手を突っ込み中身について確認を始めた。

 亜空間の中身を確認するには、自分の体の一部を亜空間へと触れさせる必要がある。そうする事で使用者の魔力を亜空間が読み取り、使用者の頭の中に写真の様な状態で何が入っているのか映し出してくれる。それを見て使用者は中身を確認する事が出来るのだ。でも、アイテムボックスの中には使用者を識別する特殊な魔法式が組み込まれている物もあり、中には登録していない者が触れると中身を消去してしまうアイテムボックスも存在するらしい。だから、アイテムボックスを見つけたとしてもむやみやたらに手を突っ込まず、魔法式を読み取ることが出来る解析魔法師に依頼をするのが普通なのだとか。


 ちなみに俺がグラファルトに渡した箱には特にそういった魔法式は組み込まれていない。まあ、グラファルトに渡すためだけに用意された箱で常に使う物じゃないし、グラファルトに渡すまでは俺の亜空間でずっと保管していたからね。


 箱の中身を確認していたグラファルトは亜空間から手を放すと、愛おしそうに箱を見つめて優しく両手で抱え始めた。


「藍、ありがとう……。でも、これはどうしたのだ? 転生者どもを倒した場所には何もなかった筈だが……」

「実はあの戦いの後、ミラ達に頼んで竜種達の亡骸・遺骨……あいつらに関する何か残っていないか、死祀達が取引をしていたと思われる貴族や国々を中心に探して貰ってたんだ。ミラ以外の魔女達は元国王であり色々と人脈があるって言うから」


 残念ながら俺は探しに行くことは出来なかった。

 一年半前までは魔力制御も碌に出来ない状態で、俺の外出許可は結界内の狭い空間までしか出ておらず、こっそり抜け出そうとしてフィオラやミラに怒られた事もある。その為、俺自身では探しに行くことが出来ないなら、せめて頼むことは出来ないかと思ってミラに相談していたのだ。

 ミラは俺の頼みを快く引き受けてくれて、それだけではなく他の魔女達にも協力するように頼んでくれた。


「俺は特に何もしてあげられなかったから、お礼ならミラ達に言ってくれ。探してはくれたけどやっぱりほとんど見つけられなかったみたいで、少しだけ落ち込んでたから……」


 今回、亜空間の中に入っている遺品の数は少ない。

 骨の一部だったり、鱗だったり、中には防具や剣に素材として使われていたりしている物もあり、あまり見ていて気持ちのいいモノではなかったのでロゼに解体してもらったものもある。

 ミラの話では竜種の素材は魔法の触媒やアンデッドの素材として使われる可能性もある為、どこかの国が死祀と取引をして亡骸を隠していてもおかしくはないとの事だ。

 本当はこの事についてもグラファルトに話そうと思っていたけど……今の幸せそうな顔を見てからだと流石に言うのは憚られる為、やめておくことにした。


「わかった。常闇たちにも戻り次第感謝を伝えることにする。だが、我がお前に感謝しているのもまた事実だぞ?」

「約束したから。ミラ達と一緒に探すって。まあ、結局俺は探しに行けなかったから役に立てなかったけど……」


 頭を軽く搔きながら俺が言うと、グラファルトは箱を自分の亜空間へとしまい俺の方へと抱き着いて来る。その目には少しだけ涙が浮かんでいるように見えた。


「嗚呼……この気持ちをどう表せばいいのか、我には分からぬ。嬉しいはずなのに、涙を堪えられそうにない……。居なくなってしまった同胞が……こうして少しずつ帰って来てくれたのだ。我はお前にどれくらいの感謝を伝えればいい? この胸の中に溢れる気持ちをどう表せばいい? 我ら竜種を救ってくれただけに飽き足らず、叶わぬと思っていた願いまで叶えてくれた……そんなお前に、我はどうすればこの大きな恩を返せるのだ?」


 胸の中で感謝の想いを伝えてくれるグラファルトの頭を撫でる。


「十分に返してもらってるよ」

「……そんな訳がなかろう? 我はお前に何一つとして返せていない……」

「それは、グラファルトが気づいていないだけだよ」


 大きすぎる責任に圧し潰されそうになった時、俺を救ってくれたグラファルトの言葉は今でもちゃんと覚えている。


「『お前が道を誤ったなら、我が手を取り道を示してやる。お前が強大な敵に一人で立ち向かうというのなら、その隣に我は立とう。だから一人で抱え込むな、優しき我の略奪者半身よ』……その言葉に、俺は救われたんだ」


 一人で戦わないといけないって思っていた。

 この世界の人たちに迷惑を掛けている転生者の後始末は、同郷である自分がしなくてはいけないと。

 でも、グラファルトはそれを否定してくれた。

 間違えたら正すと言ってくれた。

 傍に居てくれると言ってくれた。

 それが凄く嬉しくて……心が軽くなったんだ。


「お前が俺に大きな恩があると言う様に、俺もお前に返せないくらいの大きな恩があるんだ。お互い様だよ」

「……それでも何かを返したいと思う我は、我が儘なのだろうか」


 どうやら、グラファルトはどうしても何お礼をしたい様だ。

 お礼が欲しくてやった訳じゃないから、別にいらないんだけどな……。


「うーん……じゃあ、俺の我が儘を聞いてくれる?」

「ああ、我に出来る事なら何でもする」


 俺の言葉に嬉しそうに頷くグラファルトの頭を撫でて少し離れて貰う。

 そうして俺は小さな箱を二つ取り出して、真ん中で開く様になっている二つの箱を開いた。


「これは……指輪か?」

「うん。俺とグラファルトの指輪」


 箱の中には二つの指輪が入っていてグラファルトは指輪を興味深そうに見ている。


「綺麗だとは思うが……特に魔法式が組み込まれている訳ではないのだな」

「これは結婚指輪だからね」

「結婚指輪?」


 予想はしていたけど、やっぱりこの世界では婚約指輪はもちろん結婚指輪の風習も存在しない様だ。


「こっちの世界では馴染み無いと思うけど、俺の居た地球では夫婦となる男女が指輪を左手の薬指に付ける風習があったんだ。だから、元々地球で暮らしていた俺としてはちゃんと指輪を用意したかったんだよ。互いに相手の指輪を持ち合って”永遠の愛を誓い合い、二人が永遠に結ばれる様に”って願いを込めながら指輪をはめ合うんだ」

「そ、そうなのか……夫婦で……永遠の愛を……」


 俺の説明を聞いていたグラファルトの頬は少しだけ赤みを帯びている。どうやら意味は伝わった様で、少しだけモジモジとしているグラファルトが可愛らしく思えた。


 プロポーズをしたグラファルトには、ちゃんと形として贈りたかった。何より、贈るなら今がいいのではないかとも思ったから。魂はもう輪廻の輪に加わり新たな生を授かる為に送られたのかもしれないけど、それでもここにはあいつらが居るように思えた。あいつらの前で、しっかりと宣言しておきたかったんだ。


 そうして下を向いてモジモジとしてるグラファルトの前でしゃがみ込み、俺はグラファルトの為に用意した指輪をグラファルトに掲げる。


「――グラファルト、俺の妻としてずっと傍に居て欲しい。受け取ってくれるかな?」

「――ッ……ああ、我は藍の妻になりたい!」


 その頬を赤らめながらも、グラファルトは満面の笑みで指輪を受け取ってくれた。

 その笑顔につられる様に俺も自然と笑みがこぼれてしまう。


 グラファルトに指輪を渡し終えた後、俺達は霊園の中心へと足を進めた。

 そこにはヴィドラスとアグマァルの墓があり、俺はヴィドラスの前にグラファルトはアグマァルの前に移動する。そうして俺は指輪交換のやり方を軽く説明し、俺の指にはめる指輪をグラファルトへと渡した。


「それじゃあ、グラファルトに指輪をはめるけど……いいかな?」

「うむっ」


 グラファルトの了承を貰い、俺とグラファルトは一歩ずつ前へと進む。

 そうして差し出されたグラファルトの左手を、同じ左手で下から支えた。右手で持っていた指輪を左手の薬指へと通し第二間接の所で止める。そうして支えていた左手を離しグラファルトの指先へと移動させた後、今度は指輪を持っていた右手を離し下から指先を支えている左手で指輪を奥へと押し込んだ。


 綺麗に収まっている事を確認した後、俺はグラファルトから一歩離れる。本当ならこのまま俺が指輪をはめる番になるんだろうけど、式場でやっている訳ではないのでそこまで堅苦しくしなくても良いかなと思ったからだ。

 まあ、目の前で目を輝かせて指輪を眺めているグラファルトが、近くで見たそうにしていたって言うのが本当の理由だけど……。


「ふふふ……宝石などに興味は無かったのだが、何故だろうな……すっごく嬉しい」

「それなら良かったよ……」

「っと、すまぬ。次は我の番だったな」


 しばらく指にはめられた指輪を愛おしそうに眺めていたグラファルトだったが、俺が温かい目で見続けている事に気づいた様で慌ててこちらへと近づいて来る。

 そうして、ぎこちない手つきではあったが、俺の左手の薬指に指輪がはめられた。


 互いに向かい合い、両手を重ねて微笑み合う。


「――俺は、制空藍は、グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルを妻として、永遠に愛し続ける事をここに誓います」

「――我は、グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルは、制空藍を夫として、永遠に愛し続ける事をここに誓う」

「愛してるよ、グラファルト。これからも妻として俺の傍に居て欲しい」

「愛しているぞ、藍。我の夫としていつまでも我の傍に居て欲しい」


 そうして互いの愛を確認すると、俺達は自然と顔を近づけ合いヴィドラスとアグマァルの前で口づけを交わした。


 その瞬間――周囲に眩い光が降り注ぐ。


「「ッ!?」」


 口づけを終えた俺達がその光景に驚き茫然としていると、光は上空で魔法陣を創り出し、その魔法陣は俺達を中心に広がっていた。

 何が何だか分からず、困惑している俺達の耳に鐘の音が鳴り響いて行く。

 しばらくの間鳴り響いていた鐘の音が止むと、次第に光は収まっていき魔法陣も消えて去った……。



 いまの、なに?



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