第137話 二年目:白銀が探し求めていた者④
ミラが去り二人きりとなった部屋で、俺はどうすればいいのか分からないでいた。
とりあえず、未だに泣き続けているグラファルトの涙を拭い、声をかけ続ける。
「俺はグラファルトの事を嫌いになったりしないぞ?」
「……うん」
「大好きだぞ、グラファルト」
「……我も、大好きだ」
そう言うとグラファルトは、涙を流しながらも俺に抱きつきしがみついてくる。
強くしがみつくグラファルトの体温は依然、熱いままで、その呼吸も酷く乱れていた。
「グラファルト、大丈夫なのか?」
そんなグラファルトが心配になり、背中を摩りながら声をかける。
「んっ……無理……もう、耐えられない……」
「……」
いつもよりも幼く思える言葉使いで、グラファルトはそう言い終えると俺の左側の首筋に甘噛みを始める。しかし、今回の甘噛みが先ほどは違い……なんというか、言うならば物凄く情欲的だった。ただ軽くはむはむするのではなく、舌を使い軽く舐めてきたり、噛む前に首筋にキスをしたりして求愛に思える様な動きをしている。
漏れ出る声もその色っぽさが増し、たまに名前を小さく呼ばれる度に心臓の鼓動が高まっていく。
ちょっとした魅了効果があるのではないかと思ってしまう程に、グラファルトの甘噛みは俺の感情を大きく揺らしていた。
どうやら、ミラの言う通りずっと我慢していてくれたみたいだ。
俺に気を使い、ずっと堪え続けてくれてたんだな……。
俺といる事を避けて、みんなとも離れ離れになって、それでも俺に嫌われたくないからって、ずっと独りで抱えていたんだ。
もう、グラファルトには我慢して欲しくない。
それに、当然だけど俺はグラファルトを嫌いになったりなんてしない。
むしろ、それくらいに愛してもらえて嬉しいと思ったし、男としては、いずれはそういう経験もしたいとも思っていた。
グラファルトの苦しみを和らげる事が出来るなら……なんて、責任を相手に押し付けるような真似はしない。
今からする行動の全ては俺のエゴであり、意志だ。
自分にそう言い聞かせた後、俺はしがみついているグラファルトのお尻の下に腕を入れて落とさないように抱きかかえる。そして、ベッドの縁ではなく真ん中へと移動し、グラファルトをベッドへと優しく倒した。
「ら、ん……?」
ベッドに倒されたグラファルトは湿らせた朱色の瞳を俺に向けている。
可愛らしく、そして愛おしいグラファルトの頬に手を添え、俺はグラファルトにキスをした。
「ッ!? んっ……んん……んはぁっ」
部屋の中にはキスの音とグラファルトから漏れ出る艶めかしい声だけが響く。最初は驚き体を震わせたグラファルトだったが、キスをされたと理解してからは俺の首に手を回し舌を絡めてくる。それに応える様に俺の方も舌を絡め、しばらくの間キスをし続けた。
そうして、どちらからという訳でもなく自然と絡めていた舌を離した俺とグラファルトは、呼吸を乱しながらもしっかりと見つめ合う。
「グラファルト……俺は、お前を愛してる」
「我も……藍を愛している……藍、もう……」
それ以上、もう言葉はいらないと思えた。
愛してると言った俺に応える様に涙を浮かべながらも笑みを溢すグラファルト。だが、どうやらもう……自分を抑える事が出来ないらしい。
激しく乱れた呼吸のまま、グラファルトはグラファルトの右頬を支えていた俺の手を左手で掴み指を絡めた。
グラファルトの言葉に応える様に頷き、俺は自分の体をグラファルトへと近づける。
――こうして俺達は体を重ね合い……互いの愛を再確認するのだった。
――――――――――――――――――――――――
「……」
竜の渓谷の頂上。
そこは山の麓とあって常に雪が積もっており、気温は氷点下に達する。
しかし、夜になれば澄んだ空気が星空を輝かせて幻想的な風景を作り出す場所だ。
――寒空の頂上、そこには布一枚のみを纏う白銀の髪を持つ少女の姿があった。
少女の名前はグラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニル。
見た目こそ少女ではあるが、その年齢は数千……または数万を超える長命種だ。
白銀の長髪をまとめることなく風に揺らし、その縦長の瞳孔が特徴的な朱色の瞳は夜空に輝く星々を眺めていた。
そんなグラファルトの背後に暴風ともいえる風が吹き荒れる。
その中心には一頭の竜がいた。
傷一つもない深紅の鱗を纏う美しい竜はグラファルトを見つけるとその体を光らせ、やがて15mを超えるその体格を小さくしていく。
そうして、170cm程に縮んだ赤髪の女性はグラファルトの隣へと歩みを進めた。
「こんな所でどうされたのですか、優しき我らが王――グラファルト様」
「……アグマァルか」
アグマァルと呼ばれた女性はグラファルトに一礼した後、隣へと腰掛けた。
そうして、グラファルトが口を開くのを静かに待つ。
チラチラとアグマァルを横目に見ていたグラファルトは、鬱陶しそうにアグマァルを見つめた後、帰る様子のないアグマァルに溜息を溢し諦めた様に話し始める。
これはアグマァルとグラファルトのいつもの光景であり、アグマァルはグラファルトが本気で鬱陶しいと思っていないことを分かっていた。
「……別に。ただ、我には理解できぬ事があって、それについて考えていただけだ」
「我らが王にも、分からない事があるんですね……」
「我だって全知ではない。分からぬ事の一つや二つくらいある」
わざとらしく驚いた表情をするアグマァルを睨み、グラファルトは口を尖らせながらもそう言った。そんな少女の様子が面白かったのかアグマァルニコニコと笑みを浮かべ風に揺れる長い横髪を後ろへと靡かせる。
「ふふふ、それで……我らが王は何が分からないのですか?」
「…………」
グラファルトはアグマァルの事をしばらく見つめた後、その頬を膨らませアグマァルから視線を外し正面へと向き直ってしまう。
そんなグラファルトの態度を不思議に思ったアグマァルは首を傾げながらも「どうかされたのですか、我らが王」と声を掛け続けた。
いつまでも心配したように声を掛けて来るアグマァルに、グラファルトは根負けし話すつもりのなかったことを話し始める。
「……のだ」
「え?」
「だから、お前とヴィドラスの様に番同士でその……あ、愛し合っている意味が分からなかったのだ……」
「…………」
小さく呟いたグラファルトの言葉にアグマァルは思わず固まってしまう。
そうして、しばらくの沈黙が続いた後、プルプルと肩を震わせたアグマァルは遂に堪える事が出来ず、大きな声を出し笑ってしまうのだった。
腹を抱えて笑い続けるアグマァルを見て、顔を真っ赤にしたグラファルトはアグマァルの体をポカポカと叩き始める。もちろん、力は加減している為アグマァルが痛みを感じることは無かった。
「だから話したくなかったのだ!! 笑うな!! 我は真剣なのだぞ!?」
「も、申し訳ありません……ふふ、我らが王が可愛らしいと思ってつい……ふふふふ」
アグマァルは拗ねて頬を膨らまし続けているグラファルトの小さな体を抱きしめて、優しくその頭を撫で続ける。そうして、グラファルトを抱き締めながらもアグマァルは優しく話し掛けるのだった。
「それにしても、どうして急にそんなことを考えるようになったのですか? 我らが王はそう言った事に対して、あまり興味をお持ちではないと思っていたのですが」
「……我が同胞も増え続け、今では15頭にもなっている。一頭は子供だからまだいい、しかし……我以外の成竜には必ず相手が居るであろう? それに、その……発情期になると……声が、な?」
「ああ……申し訳ございません。番を持つ者にとって、発情期とは大切な時期でして……気分を害しましたか?」
「いや、それ自体は問題ない。我も発情期への理解はある。だが、相手が居ると言うのはそんなに良いモノなのか?」
グラファルトは申し訳なさそうに謝罪をするアグマァルに対して気にするなと言った後、アグマァルへと質問をした。
グラファルトからの質問に対して、アグマァルはどのように答えればいいモノか考え始める。良いモノですよ。と言うのは簡単だ。しかし、それを具体的に説明し何が良いのかを話すのは難しい。
そうして考え続けていたアグマァルは、結局説明するのは難しいと言う結論に至り、自身の目下で首を傾げ唸っているグラファルトに優しく声を掛け始める。
「ふふふ、申し訳ありません我らが王。その質問には答えかねます。何故ならば、その答えを知るには自らが体験するしか方法がありません」
「そ、そうなのか……」
「もちろん、それを口にして説明できる者もいるでしょう。ですが、その答えを聞いて、我らが王が納得できるかと言われれば……難しいかもしれません。我らが王が抱えている疑問は、答える者によってその内容が変わるとても難しい疑問なのです。その正しき答えを知るには、自らが心から愛する事が出来る異性を見つけ、生涯を共にする誓いを立てるしかないと思いますよ」
アグマァルは、言い聞かせるようにグラファルトへと語り続けた。そんなアグマァルの言葉にグラファルトは小さく口を尖らせ不服そうに「うぅ……」と唸り続けている。そんなグラファルトを見てアグマァルは小さく微笑むと自らの頭をグラファルトへとくっつけてその小さな体を強く抱きしめるのだった。
「ふふふ、我らが王にもいずれその答えが分かる時が来ますよ」
「そうか? 我が番にしたいと思える存在が現れるとは思えないがな……」
「この世界は広く、そして多くの未知で溢れています。きっと、貴女様にふさわしい相手がいずれ現れますよ。ふふふ、我らが王の隣に立つ者は一体どんなお方なのでしょうね?」
アグマァルが優しく微笑むと、グラファルトはフンと鼻を鳴らしアグマァルから視線を逸らしてしまう。そんなグラファルトに微笑み続けて、アグマァルは小さく呟くのだった。
「楽しみですね……グラファルト様」
敬愛する王の名を呼び……アグマァルはその小さな体を強く抱きしめる。
――――――――――――――――――――――――
「……アグマァル?」
先程まで我を抱きしめていた者の名を呼ぶが、返事が返って来ることは無かった。
そうして瞳を擦り意識をはっきりとさせて、我はようやく気づく。
嗚呼……あれは、夢だったのだと。
自身の体に目を向けると、服は着ておらず裸の状態だった。相も変わらず小さな体、昔から変わらぬその体を少しだけ忌々しく思いながらも、足元から腹部に掛けられている白いシーツに気が付く。そうしてシーツを手繰り寄せ胸元まで持って行くと、隣から小さな唸り声が聞こえて来た。
「……藍?」
隣には寒そうにしている婚約者の姿があった。
藍も我同様に服を着ておらず、我が手繰り寄せた所為で腰から上あたりのシーツがなくなってしまったらしい。我は起こしては悪いと思い慌ててシーツを藍に掛けた。
「そうか、我は藍と……」
昨日……いや、正確には今日の日が昇るまでのひと時を思い出すと顔が熱くなっていくのが分かった。
知識としては理解していたが、体験するのは初めての行為。どうやら藍も我と同じく経験が無いらしく、互いに不慣れながらも体を重ね合っていたのが思い返すと可笑しくも思えた。
昨日まで続いていたあの衝動はもうない。
あれ程まで胸が苦しく、常に藍の事が頭から離れず、会いたい……繋がりたい……そんな事を思い続けていた心は、今は静まり落ち着いていた。
それにしても……愛し合う行為があんなにも気持ちの良いものだとは思わなかった……。今なら、発情期を迎えた同胞たちがあんなにも声を出して伽をしていた理由が頷ける。まあ、流石にあそこまで声を出してまでしたいとは思わないが……大丈夫だよな? 我はあそこまで激しく声を上げてはいないよな!?
ら、藍が起きたら念のために聞いておこう……。
そう思いながらも隣を見れば、藍が気持ちよさそうに眠り続けている。
「全く……我が起きていると言うのにぐっすり眠りおって……」
思えば、藍よりも早く起きるのは貴重な体験かもしれないな。いつもは我の方が遅く起き、目が覚めると藍が優しく頭を撫でている事が多い。
「ふっ、ならば今日は我がお前の寝顔を堪能しようではないか」
藍が起きぬようにその寝顔を見る為に我はベッドへと横になる。
眠り続ける藍を見て……我は何故かアグマァルの事を思い出していた。
夢を見たからか、それとも……昔に話してくれたあの内容が我の胸に刻み込まれていたのか。その真相は分からないが、アグマァルの言葉が頭の中で木霊し続ける。
――ふふふ、我らが王の隣に立つ者は一体どんなお方なのでしょうね?
今の状況を、アグマァルが見たらなんていうだろうな?
我を救ってくれた青年と婚約し、そして愛し合ったなど知ったら……お前はなんて言うのだろうな……。
「……んぁ? グラファルト?」
どうやら、我が考え事をしている内に我が婚約者が目覚めてしまった様だ。
その愛おしい顔に手を添えて、我は藍へと口づけを交わす。
「チュッ……おはよう、藍」
「お、おはよう……グラファルト」
口づけされた事に驚き、そして一瞬だけ我の体の方へと視線を向けた藍は、その頬を赤らめながらも我へと挨拶を返し、我が下に敷いていたシーツを引っ張り我の体へと掛けて来た。
「お前なぁ……少しは恥じらいを持て」
「今更恥じらう必要などないであろう? あんなに激しく求めあったのだ」
そんな反応が面白く思い、つい悪戯心が働いて我は藍へとそう告げる。だが、言っている我自身も恥ずかしい……どちらかと言えば、求めたのは我の方だからな……。
我の言葉に更に顔を赤らめた藍は「元に戻った様でなによりだ」と言うと我の頭を力強く撫で始めた。
力自体は強いモノだったが、藍に頭を撫でられるのは好きだ。
そうして頭を撫でられた後で「これからどうするか」と呟く藍に我はある提案をすることにした。
「――藍、お前と一緒に行きたいところがあるのだ」
あ奴らも、きっと喜ぶだろう。
そう思い……我は藍に竜の渓谷へ行くことを提案する。
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今回はいつもより長くなっております。
最近体調があまり優れず、もしかしたら何の連絡もなしに一日休載する事があるかもしれませんが、連日休載する事は無い様にいたしますので、あしからず。
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