第135話 二年目:白銀が探し求めていた者②




 工房部屋でロゼと別れた後、ミラに連れられるまま三階の客間の一つへと辿り着いた。部屋の中は少しだけ乱れている様子で、誰かが使用した跡が残っている。


「さて、とりあえず適当に座って?」

「……なあ、ミラ。もしかしなくても、この部屋って……」

「グラファルトが使っていた部屋よ?」


 ですよねー……。


 転移装置を中心として左側……二階で例えるとキッチンがある空間はロゼの計らいにより空き部屋が10個程作られている。

 これはもしもお客様が来た時に対応出来るようにした結果で、部屋数を増やした事により、部屋自体は一階よりも少しだけ狭くなっていた。でもまあ、元々一階の個室が広すぎるくらいなので俺にとっては三階の客間くらいの広さがちょうど良いんだけどね? 狭いといっても、トイレとシャワールームは別個で付いてるし、ベットだってキングサイズではないにしてもある程度の大きさがある。

 正直、俺から距離を置き始めたグラファルトが窮屈な生活をしているのではないかと思っていたが杞憂だった様だ。


 ……て、そんなことよりも。


「えーっと、ここって勝手に入っちゃ駄目なんじゃないか? グラファルトは女の子だし……」

「気にしなくて良いわ。あの子は竜だから」

「いやいや、婚約者なんだからそういうわけにもいかないだろ……」


 何だろう。

 今まではずっと一緒に居たからそこまで意識しなかったけど、部屋を分けた途端に感じるこのソワソワ感は……。

 しかし、そんな俺を無視してミラは我関せずという様に部屋に置かれていた木製のテーブルにティーセットを置き始めていた。


「さ、話をしましょう」

「……」


 うん、これは何を言っても駄目な気がする!


 そうして俺は諦めてテーブル近くにあるベッドへと座り、ミラの用意してくれた美味しい紅茶を飲むのだった。紅茶を飲んで一息ついたところで俺はミラの方を向き話の内容について聞いてみる。

 すると、予想はしていたけど内容はグラファルトの件だった。


「……グラファルトに会ったわ。そして、あなたを避け続けていた原因もわかったの」

「本当か!? それで原因は!?」


 思わず立ち上がってしまったが、我ながらがっつきすぎたと反省して慌ててベッドへと掛け直す。その様子が面白かったのか、ミラは小さく笑みを溢していた。


 ……うん、自覚はしているけど、どうやら俺はグラファルトの事がかなり心配だった様だ。

 そんな俺に対して、ミラは笑みを崩し少しだけ困った様な顔を浮かべ話を再開する。


「原因は分かったの。でも、それを話していいのか……そこが問題なのよね」

「……と、言うと?」

「この件に関してはちょっとデリケートと言うか――――いえ、もういいかしらね」

「んん?」

「……大体、少し考えれば分かる事じゃない。藍があの子の事を愛している事は確かだし、あの子も藍を愛しているのだから、何も問題がないわよね? 私ったらなんでこんな事に気づかなかったのかしら。こんなことなら一度置いてきたりせず一緒に戻って来れば二度手間にならずに――」


 お、おお……なんか分からないけど、ミラスティア様がご立腹だ……。

 俺に微かに届くくらいの小さな声でミラがブツブツと話しているのを見守る。すると、ミラはおもむろに立ち上がり急に”転移”をして何処かへと行ってしまった。


「……」


 俺はこれからどうすればいいんだ……?

 とりあえず空になったカップに紅茶を注ぎ飲み、注ぎ飲みを繰り返す。

 そうしてミラの帰りを待っていると紫黒の亜空間が目の前に現れて、その中からミラが姿を見せた。


「いきなり居なくなったからびっくりしたぞ? 一体何が……グラファルト?」

「〜〜ッ!?!?」


 色々と聞きたい事があったので早速問いただそうと思ったのだが……ミラの右脇に抱えられた人物を見て思わず名前を呼んでしまった。俺に名前を呼ばれたグラファルトはその顔を上げ俺の存在を確認すると、顔を真っ赤にして暴れ始める。そんなグラファルトに構う事なく、ミラは勢いをつけて抱えていたグラファルトを俺の後方へと投げ飛ばした。


「お、おい! 流石にやりすぎなんじゃ……ていうか、そもそも何がどうなって今の状況になってるのか説明してくれないかな!?」


 正直、意味がわからない。

 突然ミラが”転移”したかと思えば、右脇にグラファルトを抱えて帰ってきて、そしてグラファルトを放り投げた。混乱する俺をよそにミラはどかっとテーブルを挟んで向こうにある椅子に座ると、ミラには珍しくティーセットを片付けて亜空間からワインとグラスを取り出しコルクを抜き始める。そして、グラスにワインを少し注ぐと香りを楽しむ事もなく一気に飲み干すのだった。


「ふぅ……どうもこうも、別に大した事じゃないわよ」

「ミ、ミラ……?」


 あれ、そういえばミラがお酒を飲むとこなんて見た事ないな……。

 そう思っている間にも、ミラはボトルからグラスへとワインを注ぎ飲み始めている。


「ふぅ……大体ねぇ? グラファルトが意地を張らずにあなたに言っていれば、こんな面倒な事にはならなかったのよ!」

「う、うん……とりあえず、飲む手を緩めたら? 流石にペースが早いと思うよ?」


 半透明な緑色のボトルのだから、中身の減り具合がうっすらと見える。ミラが開けた新品のワインは残り半分を切っていた。身体に良くないと思い注意してみるが……ミラはジト目でこちらを見ながらもワインを飲む手を止める気配はない。


「大丈夫よ。私はお酒好きだからワイン一本くらいじゃ酔わないわ。要らぬ心配をしたせいで疲れてるんだから、一本くらい飲ませなさい!!」

「…………」


 本当に大丈夫なのか?

 なんか、顔少しだけ赤くなってる気がするけど……。

 結局ミラはそのままワインを一本飲み干した後、空になったボトルを亜空間へとしまい始めた。

 そして、そのまま何食わぬ顔をして二本目を取り出し始めたので俺は慌てて止めに入る。


「こらこらこら!!」

「あー!! 私のワイン!!」

「二本目を開ける前に説明をしろ、説明を!!」


 俺がワインを取り上げるとミラはしばらくの間取り返そうと手を伸ばしてきたが、途中で諦めてジト目を向けてくる。


「そんな顔をしても説明してくれるまでワインは返しません」

「……はぁ、わかったわよぉ」


 俺が返さない意思表示としてワインを後方へ下げると、ミラはため息を溢しながらもちゃんと説明すると言ってくれた。

 こうして、ようやくグラファルトが俺を避けていた原因を知る事が出来ると思い安堵していると、こっちをジト目で見つめていたミラが不意に笑みを浮かべ始める。


 何だろう? そう思っていた時……背後から何かがぶつかって来た。


「うおっ!?」

「…………」


 慌てて後ろを振り返ると、グラファルトが背中に抱きついていた。抱きついたグラファルトは両手を俺の脇の下へと入れてがっしり掴み、両足は横腹から前にかけて絡める様にしてしがみついて来る。

 だが、不思議とそこまでの力は感じない。俺が軽く抵抗すれば、直ぐに解けてしまうほどの強さだ。

 というか熱い!!

 抱きつくグラファルトの体温は普段よりも高く感じる。

 もしかして、病気とかなのか……? 最近は食事にも顔を出さなくなったし風邪でも引いたのかな?


「グラファルト? 大丈夫か?」

「ッ……」


 名前を呼んでみるがビクリと反応するだけで特に返事は帰ってこない。背中に顔をくっつけている為、俺からグラファルトの顔を見る事はできずどうすればいいのか分からなくなった俺はミラの方へ顔を向けた。


「……なに?」


 ……ダメだこの人。既に二本目も空にしている。テーブルの上には空となったワインボトルが二本転がっており、亜空間から取り出したのか追加のワイン一本とおつまみとしてチーズや生ハムが置かれていた。

 いや、もうこの際晩酌は好き勝手やっていただいていいのですが、説明だけはしてくれませんかね……。そう思い恨めしそうにミラを見続けていたら、本日何度目になるか分からないため息を吐かれた。


「もう、藍は鈍いわねぇ……」

「はい? どうしてこの状況でそんな言葉が出て来るんだ?」

「ふふ、どうしてでしょうか?」

「……よし、わかった。明日からミラのご飯は作らない事にしよう」


 こうなっては仕方がない……。

 俺はからかってくるミラに対して”ご飯作らない宣言”を発令した。それを聞いたミラは表情を歪め、恨めそうな視線を送り返してくる。一年半でこの家の食事担当は俺になっていて、特にミラは俺が作る料理が好きらしい。


「美味しいって言ってくれるミラの顔が見れなくなるのは残念だけど……こうなっては仕方がない……」

「ず、ずるい……もう! 私が悪かったわよ!!」


 はぁ……これでようやく聞けるのだろうか? 何か凄く疲れた……。

 ご飯が食べれなくなるのが嫌だったのか、意外と早くに音を上げたミラは恨めしそうな顔をしていたのに、俺の右肩辺りを見た途端、小さく笑みを溢した。


「――でも、私が説明する必要はないと思うのだけれど?」

「え? それって――~~ッ!?」


 どういう意味? と聞こうとした瞬間、右耳辺りに艶めかしい吐息が掛かる。いきなりの事に体を硬直させていると、右耳が変わらず続く艶めかしい吐息と小さなグラファルトの声を拾い続けていた。


「……うぁッ、ら、ん……ッ……」

「ちょ、グ、グラファルト!?」


 ど、どいうこと!? というかなんかグラファルトの声も異様に艶めかしい事になってるんだけど!?

 状況が上手く呑み込めずあわあわとしていると、耳元で囁き続けていたグラファルトの声が徐々に下がっていくのを感じる。耳から離れた事に安堵をしつつも、その吐息が耳からなぞる様に首筋へと向かうのを感じた俺は即座にグラファルトを引き剥がそうとした。

 それは意識的にではなく本能的に……過去のトラウマが呼び起こされ勝手に体が動いたのだ。


「待て待て!? 落ち着けグラファルト!! お前はいま普通の状態じゃない!!」

「フ―ッ……フ―ッ……」


 いや、怖いよ!? 何かフーフー言ってるんだけど!?


 先程までは力弱くしがみついていたグラファルトだったが、引き剥がそうとするとしがみつく力は強さを増して一向に離れる気配がない。そうしている間にもグラファルトの吐息は首筋へと近づいて行き……とうとうパクリとその口を首筋へと付けるのだった。


「ひぃっ!?」


 終わった……。

 このまま思いっきり噛みつかれて”首噛み”の刑が待っているんだ……。

 そう確信した俺は覚悟を決めて瞳を閉じる。無駄な抵抗をすることなく、直ぐに押し寄せて来るであろう痛みに耐える準備をするが……しばらく待っていても激しい痛みは来ること無く、たまに小さな牙が深く当たってチクリとするくらいだった。


「あ、あれ……?」

「ふっ……んっ……あむっ……」


 恐る恐る目を開き視線を右の首辺りへと向けると、そこには一生懸命にあむあむと首筋を噛んでいるグラファルトの姿があった。その顔は赤みを帯びていてその目には涙が溢れている。噛んでいると言っても”首噛み”の様な強いモノではなく、甘噛みだ。

 そうして甘噛みを続けているグラファルトは、体を俺へと押し付け必死にしがみついて離れようとはしない。たまに漏れ出る吐息と声はとても妖艶で艶めかしいものだった。


 その様子を見て困惑しドキドキしていると、テーブルを挟んだ向こうに座るミラがようやくグラファルトの状態について話し出す。



「その子ね――いま”発情期”なのよ」



 どうやら、魔竜王様はいま”発情期”に入っている様です。






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 こういう話が苦手な人もいるかなと思ったのですが、一応【性描写有り】にはチェックを入れていますし、そこまで生々しい描写をする予定はないので書くことにしました。夫婦ですしそう言う話が無いのもおかしいですからね。


 もちろん、運営様に取り下げるように警告されたり注意された場合は直ぐに非公開へとする予定です。


 追記 2022 1月6日


 椅子に腰掛けている状態だと、後ろから抱きついているグラファルトの構図は違和感を覚えるので、椅子ではなくベッドへと腰掛ける様にしました。


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