第134話 二年目:白銀が探し求めていた者①
――そこは死祀の国があった場所からさらに東に向かった場所にある竜の渓谷と呼ばれる山岳地帯。
”常闇の魔女”ミラスティア・イル・アルヴィスは、その渓谷の入口へと転移して来た。
「やっぱり、ここだったわね……」
【魔力探知】スキルを使い探していた人物を見つけたミラスティアはそう呟くと、渓谷の内部へと足を進めた。
渓谷の内部はミラスティアが以前……黒椿に頼まれてグラファルトの亡骸を回収しに来た時とは違い、ミラスティアによって均されたその内部には緑が生え小さな花畑を作り出している。周囲の環境の変化に関心を持ちつつも、ミラスティアは渓谷の奥へと足を運んだ。
そうして辿り着いた渓谷の最深部。
そこは自然に囲まれた霊園と化していた。
最深部の上空からは暖かな陽が射し込み、地面に咲き誇る花々を優しく照らし続けている。その花々が広がる地面の中心地には十数個の様々な大きさの墓石が建てれらていた。
その景色に驚き、最深部の入り口で足を止めていたミラスティアだったが、中央にある一際大きな二つの墓石の真ん中へと視線を向けて、そこへゆっくりと足を進め出す。
「……時々出掛けているのは知っていたけれど、まさかあの子達のお墓を建てているとは思わなかったわ」
そうして二つの大きな墓石の目の前までたどり着くと、墓石と墓石の間でぐったりとした様子の少女――グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルへと声を掛けるのだった。
「……常闇か。すまぬ……今は、まともに話す事も、難しいのだ……」
ミラスティアの存在に気がついたグラファルトは、ぐったりとした青い顔をしながら力のない声音でそう言った。
グラファルトのその姿と声を聞いたミラスティアは直ぐさまグラファルトの側へと近寄りその白銀の頭部へ右手を翳す。
そうしてミラスティアは有無も言わせぬ間に”完全回復魔法”を施すのだった。
しかし、ミラスティアの掛けた魔法が成功したにも関わらず、グラファルトは青い顔をして呼吸を激しく乱すのみだった。
「やっぱり、回復魔法は効かないのかしら?」
「我も自分で試してみたが、結果は、同じだ、最近では食事も喉を通らず、見ての通り、顔色も悪くなって来てな……」
「……どうにかならないの?」
ミラスティアは未だ苦しみ続けているグラファルトを見て何とかしてあげたいと思っていた。しかし、グラファルトから返ってきたのは首を横に振りどうにもならないという意味を持つ返事のみ。
「それに、ここは家よりは幾分もマシなのだ。家に居ると……抑えられそうに、ない……ッ」
「去年よりも悪化している様に思えるのだけれど……去年に聞いたのと同じモノなのよね? 元々こんなに酷い状態に陥るものだったかしら?」
グラファルトの異変について心当たりのあるミラスティアだったが、ミラスティアの知るその異変ではここまで重症化する事はなかったのだ。だからこそ、ミラスティアは自分の考えが間違っているのではないかと疑い始めていた。
「……去年と同じモノで間違いない。だが、我にも分からぬのだ……竜種として生まれてきて、数万の月日を過ごしてきたが……ここまでのモノは、今まで経験した事もない……」
グラファルトの言葉を聞いたミラスティアは、その表情を険しいモノへと変えて
グラファルトと視線を合わせる様にしゃがみ込む。そして、真剣な眼差しをグラファルトへと向けるのだった。
「……ねぇ、グラファルト。去年も言ったと思うのだけれど……やっぱり、藍に相談するべきだわ」
「ッ……」
「今回、私がここまで来たのも藍に頼まれたからよ? 藍は、あなたに避けられて落ち込んでいたし、心配もしていた。それに、助けになれるのなら助けたいとも言っていたわ」
「……うぅ」
ミラスティアの言葉を聞いていたグラファルトの顔は徐々に赤みを増していき、湯気が出そうなほどにその頬を赤らめ始める。
そんなグラファルトの様子に若干の呆れを感じつつも、ミラスティアは話を続けるのだった。
「まあ、あなたの迷惑をかけたくないって言う気持ちも分からなくはないし、こういう事態だからこそ藍にお願いするのが嫌というのも理解は出来るけど……その苦しみは、いつまで続くのかわからないのよ?」
「そう、だが……でも……我は、藍に失望されたくないのだぁ……」
ミラスティアの話に理解を示すグラファルトだったが、それでも藍に相談するのが怖くて不安なのか、その瞳に涙を溜めて弱々しくそう呟いた。
「我は、藍が好きだ……だから、こんな事で、藍と……我は……」
「……もう、しょうがないわねぇ」
涙を流し支離滅裂な発言を繰り返すグラファルトの頭を、ミラスティアは優しく撫でて小さく溜息を溢した。そして、亜空間から枕と毛布を数枚取り出してグラファルトへと渡す。
「ここでしばらく待っていなさい。家よりここの方が楽だというなら無理に引き戻すわけにもいかないし……でも夜には迎えに来るから。あと、藍には本題は告げずに確認してくるわ。”グラファルトがどんな状態だとしても、あなたはグラファルトを嫌いならないと誓える?”ってね?」
「……わ、わかった」
「いい? ちゃんとここに居るのよ? もし居なかったら……うっかり、あなたが居ない所で藍にバラしちゃうかもしれないから」
ミラスティアがそう言うと、グラファルトは首を大きく縦に振り床に敷かれた枕へと頭を預け、数枚の毛布を被り眠る体制に移った。
グラファルトが横になっているのを確認し満足そうに微笑んだあと、ミラスティアは紫黒の亜空間へと姿を消し藍がいる場所へと転移を始める。
「……」
(藍に嫌われたくない……でも、もう耐えられる自信もない……どうして、こんな事になってしまったのだ?)
ミラスティアが居なくなった渓谷の最深部、グラファルトは陽の光が降り注ぐ空を眺めながら赤く上気した自身の頬に両手を添えて愛する藍の事を考えていた。
――――――――――――――
――あれから時間は過ぎ、もう外は暗くなり始めている。
ミラがグラファルトの元へ向かったあと、俺とロゼは工房部屋で指輪作りに励んでいた。とは言っても、指輪を作った事のない俺に出来る事は少なくて、製作する指輪の細かなデザインを決めたり、指のサイズをロゼに教える為に【叡智の瞳】で恋人達の指のサイズだけを調べたり……それくらいしか出来なかった。
そして、久しぶりに【叡智の瞳】を使って気づいたのだが、どうやら【叡智の瞳】は使用する時間によってかなりの魔力を消費するらしい。
魔力制御が上達した影響なのか、【叡智の瞳】を使用する際に自分の魔力がどんどん減っていくのがわかった。これを黒椿はずっと使い続けてきたんだよな……。そう考えると、やっぱり黒椿も規格外の存在なのかもしれない。
そんな風に俺が考えていると、金床の前に座り作業していたロゼがおもむろに立ち上がりこちらへと駆け寄ってきた。
「ランー、出来たー」
「……相変わらず早いな」
ロゼの手元を見ると、そこには二つの指輪が掌に乗っていた。
一つは腕部分が銀色の指輪で石座の分は埋め込み式になっていて、どちらかと言えば脇石に近い構造にしてもらっている。そこに小さな白銀色の宝石……スノー・ダイヤモンドを埋め込んでもらった。
もう一つの指輪は腕部分は同じ銀色で、一つ目のとは違いちゃんと石座が作られており、そこには1カラット程の大きさのスノー・ダイヤモンドが中石として石座に爪で固定されて収められている。
「……うん。凄く良い出来だと思う」
「ランとグラのだからー、張り切ったーっ」
光に当てるとキラキラと輝く指輪を見て思わずそんな声が漏れる。
俺の声に、ロゼはえっへんと言わんばかりに胸を張りそう言った。
そうしてロゼに最大の感謝を伝えて、一緒に頼んでいた二つの箱に指輪を一つずつしまっていると俺とロゼの背後にある本邸に続いている方の扉が開く音がした。その音に振り返ると……そこにはミラの姿があり、俺を見るや否や早足でこちらへと近づいて来る。
「ど、どうしたんだ……?」
「ちょっと、話があるのだけれど……来てもらえないかしら?」
「う、うん……それは良いんだけど……何かあったの?」
「別に……呆れているだけよ」
何故かは分からないけど、話があると言ってきたミラはどこか不機嫌に見えてならない。グラファルトの所に行ってた筈だけど……焦っていたり駆け足ではなかったから命に関わる問題ではないということでいいのかな? でも、なんで不機嫌なんだ?
とりあえず、ミラの言葉に頷き指輪の入った二つの箱を亜空間へとしまったあと、ロゼにお礼を言って俺とミラは工房部屋をあとにした。
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