第133話 二年目:指輪を作ろう
工房部屋で一際目立つデコトラを見てしまった俺は、全力で制作を中止するように先ほどから続けてロゼへと言い聞かせている。
どうやら、グラファルトと一緒にミラが持ち帰って来た雑誌に載っているデコトラを見て”かっこいい”と思い、二人はデコトラを作ることを決意したらしい。だから、デコトラのコンテナ部分にグラファルトの絵が描かれてたのか……。
「なんで駄目なのー?」
「いや、何でって……この世界にはトラックどころか、自動車すらも無いだろう? こんなの走らせる場所も無いだろうし、仮に自動車を普及させるにしてもトラックはまだ早いだろう……」
「むぅ〜」
そもそもこれって良いのか……?
条約とかあったりして駄目なんだと思ってたけど……いや待て、居たわ。地球から色んなものを持って帰ってきている人、身近に居たわ……。
地球の神から怒られるなんて事も……地球の神様はカミールだしなぁ……多分無いだろう。
あれ、まずいぞ……なんか止める理由が無くなってきた。
「お願ーい、これ作りたーいっ」
「いや、そんな可愛くお願いされてもな……」
俺が唸っているとロゼは上目遣いでこちらを見ながらも、両手を胸の前で合わせてお強請りしてくる。
うーん……。
この魔法や魔物が存在する世界でデコトラが颯爽と走り抜ける姿はちょっと……あれ、かっこいいな。
いやいやいや! 落ち着け制空藍!
デコトラだぞ? 異世界でデコトラだぞ? これを機にデコトラがフィエリティーゼで流行りだして、デコトラが貴族間で主流な乗り物になったりしたらちょっと困る……。
別にデコトラが悪いわけでは無い。
地球ではまあ見かけることも多々あるし、かっこいいとも思える。
ただ、フィエリティーゼにおいて”俺、異世界に来たんだな……”と思わせてくれる様なファンタジーな雰囲気を一気にぶち壊してしまうその破壊力が問題なんだ。
「……そもそも、これミラは許可してるのか?」
このままお強請りされ続けたら流されると判断した俺は、六色の魔女の中で一番の姉妹的権力を持っているであろうミラの名前を出してみた。
ミラはきっと、デコトラを作っている事を知ら無いはず……。地球で長い間暮らしていたミラがデコトラを作っている事を知ったとしたら、必ず止めると思うから。
そう思いロゼに聞いてみると、ロゼはぶかぶかの白衣のポケットから一枚の紙を取り出して俺へと渡してきた。渡された紙を受け取り折られている紙を開くと、そこには漢字で「爆竜」と書かれている。
それは紛れもなく……授業中に何度も目にするミラの筆跡で書かれたものだった。
「ミーアはねー、いいよーって言ってくれたよー?」
「……本当に? ミラはなんて言ってたんだ?」
ロゼを疑いたくはないが……ミラがデコトラを許可するとは思えないんだけどな……。
そこで俺はミラがどういう状況で許可をしたのか聞いてみることにした。
「うんとねー、ミーアにかっこいいの作るって言ってー、何を作るの? って言われたからー」
「うん」
「”ランが喜ぶものだよー”って言ったらー、直ぐにいいよーって言ってくれたー」
「…………よし、今すぐミラを呼び出そう!」
ロゼがデコトラを作った原因を理解した俺は念話を使いミラにこちらへ来てもらえないかと相談する事にした。
……そうして合流したミラが、デコトラを見て肩をがっくりと落としたのは言うまでもない。
「……本当にごめんなさい。あなたが喜ぶモノって言うからてっきり掃除機とか新しい調理器具かと……」
「いやまあ、ロゼの話を聞いて何となくそうだろうなぁとは思ってたから……それに、結果的にデコトラを作るのは止められなかったけど、ミラのお陰で条件を付ける事が出来たし」
あの後、念話をしている最中に転移して来てくれたミラはデコトラを見て直ぐにロゼへ止めるように言った。だが、もちろんロゼは猛反対。最終的に子供の様に泣きながら”作りたい!!”と連呼され、困り果てた俺とミラは条件を付ける事でその制作を許可した。
1、作るのはこのデコトラ一つだけにする事。
2、家に住む家族以外に見せない事(ここには居ない黒椿、ファンカレア、カミールはOK)。
3、魔石でエンジンは付けず、あくまで観賞用として制作する事。
この三つの条件を付けて制作する事を許可したのだ。
最後の条件に若干不満を募らせていたロゼだが、その顔を見たミラがデコトラに向かって紫黒の魔力を流そうとすると、すんなり了承してくれた。
そうしてロゼは、現在進行形でデコトラをいじり続けている。
「それにしても、まさかデコトラに興味を持つとはな……」
「これからは、ロゼ……それとグラファルトに見せる本は少し考えないといけないかもねぇ」
「あ、そうだ……グラファルトについて話があったんだった……」
そこでようやくここに来た目的を思い出した俺は、ミラにロゼを呼んできてもらう事にした。……何で自分で行かないのかって? 俺が呼んでも来ないからだよ!!
そうして、ミラに引っ張られてやって来たロゼ。
……丁度いいし、ミラにも聞いてもらうか。
「ごめんな、ロゼ。直ぐに終わるから……」
「ううん、ロゼはー、作業してるといつもこうだからー」
「自覚しているのなら私が引っ張る前に直して欲しいのだけれど……まあ良いわ。今は藍の話を聞きましょう」
そうして俺はグラファルトに避けられている事、心配だし俺に出来る事があればしてあげたいと思っていることなどを簡潔に二人に伝えた。
「そう……あの子がねぇ……」
「ロゼねー、グラといっぱい仲良しだけどー、ランの事は特に聞いてないよー?」
「うーん……、やっぱり二人にも話してないのか。アーシェにも話してないみたいだったし、仕方がないか」
「でもねー、ランの事を嫌ってはないと思うなー」
「それには私も同意見よ。あの子があなたを嫌うなんてありえないわ」
うん、それは俺もちゃんと理解している。
嫌われている訳ではないと。
でも、それでも避けられるのはちょっと悲しいし、寂しく思ってしまうものだ。
何も出来ない自分に対して怒りも覚えてしまう。
「……まあ、全部俺の勝手な思いなんだけどね」
そうして、二人に愚痴を溢してしまった事に対して申し訳なくなり謝罪をすると、二人は「気にしなくていい」と言ってくれた。
「そうねぇ、私には少しだけ心当たりがあるのだけれど……」
「本当か!?」
「ええ、でも今までとは少し様子が違うみたいね……あなたに話す前に私が確認して来るわ。それでもいいかしら?」
どうやらミラには心当たりがあって、それを確認してきてくれるらしい。
俺としては理由を教えて貰えなかったとしても仕方がないと思っていたので、ミラの提案に大きく頷いた。
「それじゃあ、私はグラファルトに会いに行ってくるわ。その間に……あなたはロゼと何か作ってみたら?」
「ロゼと?」
「おーー、ランと一緒ー?」
立ち上がりそんなことを言い出したミラに首を傾げると、ミラの視線はチラチラとある場所へ向けられていた。そこにはロゼの改造によりさらに光を増したデコトラがあり、それを見た俺はミラの言いたい事を何となくだが察する事が出来た。
『私がグラファルトに合っている間に、ロゼのデコトラを作る手を止めなさい』
一応許可はしたけど、心の奥底では反対なんだろうな……まあ気持ちはわかる。
とはいえ、何を作るべきか……。
「うーん……ロゼは何でも作れるのか?」
「魔石とか鉱石を使う物なら何でも作れるよー?」
「そっか……なら、指輪も作れる?」
一緒に作れるなら、指輪を作りたい。
ロゼの技術は多分世界一と言っても過言ではないだろう。そんなロゼだからこそ俺は指輪作りを頼みたいと思った。
「作れるよー? でも、何で指輪ー?」
「えっと……俺とグラファルトは婚約してるんだ。だから、指輪を贈りたいと思って……もちろん、他の恋人達の分も作っておきたいとは思うけど! もう婚約しているグラファルトには一番に贈ってあげたいんだ」
正式な結婚は、まだ先になるだろう。
それはグラファルトとの約束で決めた事だから問題ない。
でも、それでも気持ちとしてはもう夫婦の様なものだと思っている。だからせめて、形としてでも婚約指輪は贈っておきたいんだよな。
そう思って、作れないかどうかロゼに聞いてみたんだけど……さっきからロゼは首を捻って小さく唸っている。
「ロゼ?」
「指輪を作るのは分かったけどー、婚約したらー、指輪がいるのー?」
「えっ……だって夫婦になったら指輪を付けるだろ?」
「そうなのー? 結婚したことないからわからないけどー、そんな風習聞いたことないよー?」
え……こっちの世界ってもしかして指輪を付ける風習がないのか?
俺はゆっくりとミラの方へ顔を向けて、どういうことなのか説明を求めた。
そうして、俺は改めて見たミラの左手の薬指に指輪が付いていないことに気づく。
「……そう言えば、地球ではそうだったわね。私はフィエリティーゼで蓮太郎と結婚したから指輪は付けてないわ」
「つまり、フィエリティーゼでは本当に指輪交換をしたり、婚約する際に指輪を渡したりする風習が無いのか……」
「藍、何度も言うけどこっちの世界では一夫多妻が普通なのよ? 地球と同じ原理で考えたら、多くの女性を娶る男性は幾つ指輪を付けなきゃいけないのかしら?」
……左の薬指に3つの指輪を付ける自分を想像してしまった。
そうか……盲点だったなぁ……。
「うーん……でも、指輪は贈りたいんだよな。日本人としてそこはしっかりとしておきたい」
「なら、その辺りも含めてロゼと相談しなさい? それに……まだ増える可能性だってあるんだから」
「え、それってどういう――「それじゃあね」――ちょ、ミラ!?」
何か物凄く意味深な言葉を残してミラは転移してしまった。
「……とりあえず、指輪を作りたいと思う」
「わかったー、じゃあこれはしまうねー」
ミラの発言は深く考えないことにした。
そうしてロゼに指輪を作りたい旨を伝えると、笑顔で頷いてくれたロゼは製作途中のデコトラを亜空間へとしまい、デコトラで隠れて見えなかった机と椅子が置かれている場所まで誘導してくれた。
「それじゃあー、細かい形とかー、使う鉱石とかについてお話しよー?」
「うん、よろしく」
こうしてミラがグラファルトに事情を聞きに行ってくれている間に、俺はグラファルトへの贈り物として指輪を作ることにしたのだった。
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