第130話 五大国連盟会議⑥



「――ふぅ……ふぅ……」

「……満足したか? したならこっちの質問にも答えて欲しい」


 しばらくの間、からかってきたユミラスに対して怒鳴り続けていた(後半のほとんどはミラスティアについての愚痴だったが)レヴィラはその乱れた呼吸を整えようと深く深呼吸をしていた。そんなレヴィラの様子を見て隣にしゃがみ込んでいたユミラスは、塞いでいたレヴィラの方を向いている左耳からゆっくりと手を放して声を掛ける。


「……ええ、おかげでスッキリしたわ。それで、質問ってなに?」

「いや、だから……何故、我の攻撃を止めた?」

「は? 私ちゃんと説明したよね……?」


 レヴィラの言葉を聞いたユミラスは目を閉じ腕を組み小さく唸り出す。

 そうしてしばらく唸り続けた後、「あっ」と呟いたユミラスはレヴィラを見て放し始めるのだった。


「もしや、あの長ったらしくて気味の悪い話の事を言っているのか? ならばすまん。お前が巫山戯ているのだと思って聞き流していた……」

「…………スゥ」


 ユミラスの言葉を聞いたレヴィラは口で息を吸い込みその額に青筋を浮かべ目を伏せる。

 そんなレヴィラの姿を見て、ユミラスは申し訳なさそうな顔をして更に言葉を続けるのだった。


「いや、お前が何か言ってるなとは思っていたが、あの年寄りの爺がお前だと思ったら気持ちわる……変で、会話が頭に入ってこなかった」

「…………は、反省はしているのよね? 申し訳なさそうな顔をして物凄い悪口を言われている様な気がするんだけど……反省しているのよね?」

「そんなの当たり前だろ? 心から反省しているに決まっている……バカなのか?」

「――よしわかった、戦争ね? 私とお前で戦争をすればいいのね?」


 呆れたという様な口調で見つめるユミラスに対して、レヴィラは右手に魔力を込め始める。ユミラスもまたそれを面白がって自身の右手に魔力を込め始めた。


 しかし、そんな二人の間に仲裁に入る者が現れる。

 それは、しばらくの間二人の様子を見守って居たディルクとワダツミであった。


「まあまあ、落ち着きましょうノーゼラート様」

「プリズデータ王もその魔力を抑えてくれませぬか? それに、くだんの二人はもう此処にはおらぬ様じゃからなぁ」

「……恐怖状態が解けていたか」


 そう口にしたワダツミが視線を左へと移すと、そこに居た筈のクォンとガノルドは後方に控えていた付添人と共に姿を消していた。ワダツミにつられる様にクォンとガノルドが居ない事を確認したユミラスは予想よりも早かった状態異常の回復に興味深そうにそう呟くと、手に込めた魔力を霧散させる。

 ディルクの必死の仲裁によりその怒りを抑えることにしたレヴィラもユミラス同様に手に込めた魔力を霧散させた。






 ディルクとワダツミも混ざり、レヴィラは二人も交えてユミラスの攻撃を止めた理由を話す。とはいえ、その内容のほとんどは三名とも聞いた筈の言葉であり、その内容を覚えているディルクとワダツミにとっては復習の様なものであった。

 つまるところ……これはユミラスに対しての説明であり、ついでだからとディルクとワダツミが巻き込まれたのだ。


「――なるほどな……」

「わかった?」

「うーん……つまりは、殺さなければいいの?」

「あ、これ全然わかってないわね……」


 ユミラスの返事を聞き大きな溜息を吐いたレヴィラは、助けを求めるようにディルクとワダツミへと視線を送る。

 その視線に圧され、頷き合った二人はゆっくりとユミラスへ話し掛けるのであった。


「あの、プリズデータ王……例え相手を殺さなかったとしても、プリズデータ王が手を出した時点で国際問題に発展してしまう訳で……」

「そうなの?」

「既にあの二人に手を掛けようとした時点で、国際問題だと訴えられてもおかしくはないですのう……。しかし、幸いな事にここは民衆の視線はない。それに加えてノーガス……否、レヴィラ・ノーゼラート様が”結界魔法”でプリズデータ王の攻撃を防いでくれた今の状況なら、”傷つけてはいない””あれは攻撃ではなく怒りで魔力が暴発しただけ”などと体裁を守る事が出来ましょう……どうやら赤と緑の王は会議の記録を行っていなかった様子、後ろに控えていた者達も……カゲロウ!」


 ディルクの後をワダツミが引き継ぎ、ユミラスに対して丁寧に説明を始める。そうして今の状況と今後の動きを予想しつつ、ワダツミは後方で控えていたカゲロウの名を呼び近くへと招いた。

 ワダツミに呼ばれ直ぐに駆け付けたカゲロウは堂々とした態度でその場に立つ。


「赤と緑の王の後方で控えていた者達はどうだった?」

「はっ! 特に怪しい動きは見られませんでした。魔道具を使用した際の魔力の揺らぎも一切感じられなかったことから、ただ護衛として付添って居た者だと考えられます」

「よし、ご苦労。下がって良いぞ」


 ワダツミの声を受けてカゲロウはその場に居る面々に頭を下げると再び後方へと下がり出入口付近で待機し始めた。


「カゲロウには後方に控える者の監視を頼んでいましてな。カゲロウの言葉が事実ならば、赤と緑の王は特にプリズデータ王を追及する為の証拠もないじゃろう。まあ、仮に体裁など考えずに戦争を望むのであれば――要らぬ世話かもしれませぬが、ヴォルトレーテはプリズデータへの協力を惜しみませぬ」

「それにはエルヴィスも同意見です。よろしいですよね? ノーゼラート様」


 ワダツミの言葉に続き、プリズデータ大国への協力を買って出たディルクだったが、その場に居るレヴィラに恐る恐る確認を取り始めた。

 そんなディルクの顔を見て盛大な溜息を吐いたレヴィラは、呆れ顔を浮かべてディルクの方へ顔を向ける。


「あのねぇ、私はもう国王じゃないんだから一々確認しなくていいの! お前が王で、絶対の権限を持っているんだから」

「ん、そう言えば……お前はこれからどうするんだ?」


 ディルクに軽いお説教をしていたレヴィラに対して、ユミラスはそんな質問を投げ掛けた。


「そうね……誰かさんユミラスの所為で五大国の王に【偽装】がバレちゃったし……」

「おい、我の所為にするな。お前の【偽装】が未熟で気持ち悪いのが悪い」

「こ、こいつ……ッ」


 ユミラスの言葉に片膝を立てて殴りかかろうとするレヴィラを、ディルクとワダツミが慌てて止めに入る。その様子を眺めてユミラスは楽し気に微笑んでいた。

 ディルクとワダツミの抑えもあって、レヴィラは次第に落ち着きを取り戻し今後の動きについて話し始める。


「はぁ……こうなれば仕方がないわね。多分、ラヴァールとヴィリアティリアには既に私の生存が知らされているだろうし……エルヴィスに帰り次第、私の生存を国民にも知らせるしかないわ」

「おお!! それは私としても嬉しい限りです!!」

「でも、私の立ち位置はあくまで宰相よ! それ以外の仕事も……まあ、時間があれば手伝うけど、魔法の研究が忙しかったらそっちを優先するわ!!」


 レヴィラの発言に喜びを露わにしたディルクに対して、あくまでこれまで通りの仕事しかしないと釘をさすレヴィラ。

 そんな二人の会話を聞いていたワダツミは、頃合いを見計らってから次の話題へと移るのだった。


「さて、レヴィラ・ノーゼラート様の問題が解決した所で……今後の儂らの国としての動きを確認しておきたいのじゃが……エルヴィス王、お主はこれからどう動く?」


 ワダツミの視線を受けて、ディルクは喜色に染まる顔を正し沈黙する。

 そうして思案していたディルクは、その顔を真剣なものへと変えて口を開くのだった。


「――ラヴァールとヴィリアティリアの事は残念だが……仕方がないとも思っている。今も尚お続く難民についても、エルヴィスでは引き続き保護するつもりだ。幸いにも土地はあるし、これから開拓していく為にも人員は必要だからな」

「うむ。それについてはヴォルトレーテも同意見じゃ。難民だからと言って蔑ろにはせぬとここに誓おう。プリズデータ大国は……どういう方針ですかな?」


 ディルクの言葉にワダツミは笑みを溢し同じ気持ちであると告げる。そして、恐る恐ると言った風にプリズデータ大国の王、ユミラスへと声を掛けた。

 ユミラスは恐縮してしまっているディルクとワダツミを見て微笑むと、柔らかい口調で話し始める。


「別にそう畏まらなくてもいい。まあ、我ら魔女様の弟子達がどういう扱いを受けているのかは理解しているし、仕方がないとも思うが……我も、そしてレヴィラもあまり人に注目されるのは好ましく思わないからな。馴れ馴れしくしろとは言わないしして欲しくもないが、少なくとも民たちが居る前では王として対等に接した方が良いだろう?」

「「……」」


 ユミラスの言葉にディルクとワダツミは静かに頷き、その提案を受け入れた。

 そうして二人の反応を見たユミラスも満足に頷き、ワダツミの質問へと答える。


「さて、ヴォルトレーテ王の問いに答えるとするか。といっても、プリズデータ大国を動かしているのは現状、我ではない」

「「「えっ!?」」」


 ユミラスの言葉にディルクとワダツミ、そしてレヴィラさえもが驚きを隠せないでいた。そんな三人の反応が面白かったのか、ユミラスは愉快そうに笑みを溢した後、話を再開し始める。


「実の所、我は数千年の間ずっとお飾りだった。一応国王として君臨してはいたが……その実態は我が城の使用人達が全ての実権を握っている。ああ、だからと言って我が操られているとか、弱みを握られて逆らえなくなっているという訳ではないぞ? あ奴らはな、心を病んでいた我の事を心配して我の代わりに仕事を請け負ってくれていたんだ……」


 ユミラスは語る。

 師であるアーシエルがその心を閉ざした日から、同様に自分も心を閉ざし始めていたと。

 心を病み、師であるアーシエルが居なくなった事で深く傷ついたユミラスはもう仕事も碌に出来ない状態になっていた。そんな時……ユミラスの傍を離れず支え続けてきたのが城に仕える使用人達だった。


「あ奴らは常に我の傍に居た……そして我が回復するその時まで、我の代わりに広大な大国を動かしてくれていたんだ。メイド長はすごいぞ? 今では我よりも仕事が出来る」

「自信満々に言う事ではないでしょそれ……」


 堂々とメイド長の仕事ぶりを自慢するユミラスにレヴィラはそう呟き、ディルクとワダツミは苦笑を浮かべていた。


「まあ、そういう訳だ。今プリズデータ大国を動かしているのは我ではない。だが……困っている者が我が国を尋ねて、アーシェ様の庇護下にあるプリズデータ大国で生きて行くと誓うのなら――我が名においてプリズデータの民と認め、平等の権利とその安全を保障しよう」


 全ての権限は他の者にあると口にしたユミラスであったが、ユミラスの前に座る三人は同じくこう思っていた。


――凛とした雰囲気を纏い、堂々とした口調で語るその姿は……正しく”王”と呼ばれる存在であると。







@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


 ごめんなさい!! 五大国連盟会議編は後一話だけだと昨日言いましたが、思いのほか文字数が多くなってしまい、後もう一話だけ続きます……!!



 そして、これが今年最後の投稿となります。

 9月から始まった本作ですが、今日まで多くの方々に呼んでいただき本当に感謝しています。


 2021年、本当にありがとうございました。


 また来年も本作をどうぞよろしくお願いいたします。


 それでは、また来年お会いしましょう!!


                                 炬燵猫


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る