第129話 五大国連盟会議⑤
――それは一瞬の出来事であった。
その場に居たディルクはおろか、ワダツミですら気づくことが出来ない速さで変わりゆく光景。
王達の目の前に置かれていた一つの円卓は、一人の王が座っていた席の近くから広がるヒビによって砕け散る。
そして……砕けた円卓の残骸の上で器用に立つ女性は静かに赤と緑を見下ろしていた。残骸の上に立つ氷の王――ユミラス・アイズ・プリズデータは鋭い視線を二人へと向けたままおもむろに口を開く。
「――どういうつもりだ?」
「え……い、一体何が!?」
「ッ……どうなっていやがる!?」
ユミラスと視線が合った状態のクォンとガノルドは目の前の光景に混乱しつつも、その瞳でしっかりとユミラスを睨み返している。それは王としての威厳を保つ為なのか、それとも意気揚々と語っていた所を邪魔された怒りも含まれているのか……。
しかし、クォンとガノルドのそんな強気な態度が続くことはなかった。
「――黙れ。今すぐにその口を閉じろ」
「ひっ……」
「ッ……」
ユミラスの【威圧】スキルによって、二人は恐怖状態へと陥りその場で身動きが取れなくなってしまう。
そして、ユミラスの右手から大量の魔力が放出され、その右手はクォンとガノルドの二人へと向けられる。
「……魔女様達の願いを踏み躙る愚か者どもに、生きる価値はない」
ユミラスに向けられた右手から冷たい冷気が流れだし、次第にそれは白い吹雪へと変貌を遂げる。
「――死ね」
ユミラスのその言葉を合図に、魔力で作られた吹雪はクォンとガノルドを覆い尽くしその姿を隠していく。
その光景を呆然と眺めていたディルクとワダツミは、クォンとガノルドの死を心の中で確信しその矛先がこちらへと向かない事をただただ祈り続けていた。
しかし、祈り続けていたディルクとワダツミはふと疑問に思いユミラスの方へと視線を移す。
二人の視線の先には、いつまで経ってもその吹雪を止める様子もないユミラスが居て、その怒りと殺意はクォンとガノルドを殺した事で治まるかと思われたが……治まる所か益々険しい表情へと変わっていき、その額に青筋を作っていった。
「〜〜ッ!!」
そして、とうとう我慢の限界を迎えたユミラスの怒りはその吹雪を止めて、ユミラスを後方へと振り向かせる。
「いい加減にしろ!! さっきからどういうつも――ん?」
「……」
ユミラスによる突然の怒号に周囲の空気が微かにピリつき始める。
緊迫した空気の中、ディルクとワダツミがユミラスの見つめる視線の先へと顔を動かすと……そこにはエルヴィス大国宰相のノーガスの姿があった。
ノーガスはそのしわがれた右手をユミラスの方へと翳し、絶え間なく魔力を放出し続けている。
「ッ!?」
ディルクはノーガスの姿を確認するや否や何かに気づいたかの様に慌てて視線をクォンとガノルドが居るであろう場所へと移し始めた。それにつられるようにワダツミも視線を動かすと、そこには”結界魔法”で覆われているクォンとガノルドの姿があり、二人は相変わらず硬直したままではあったがその体は無傷であった。
そうしてディルクとワダツミが安堵を浮かべている最中、ノーガスの姿を見たユミラスは怒りに満ち溢れていたその表情を次第に変えていき……気味の悪いモノを見たと言わんばかりに歪ませ始めた。
「……なんだその変な姿は? 呪いでも掛けられたのか――レヴィラよ」
「…………はぁ」
自分の姿を見ながら顔を歪める友を見て、ノーガス……に偽装してるレヴィラは盛大な溜息を吐いた。そして、”自分は姿を隠し行方をくらます”、”エルヴィス大国で働いているのは確かだから何か重要な事があれば来い”と伝えていた筈なのに、それをすっかり忘れている友を見て、その記憶力のなさに落胆するのだった。
(いや、そもそも何年もこの場に通っていて気づかれなかったのだ。完全に忘れていたのだろう……。それよりも……)
レヴィラがチラと視線を周囲へ動かせば、そこには青ざめた顔をするディルクとユミラスの隠す素ぶりも見せない声量で放たれた声が聞こえたのであろうワダツミ、クォン、ガノルドの驚愕した顔が映る。
もう手遅れ……、そんなことはレヴィラ本人が一番わかっていた。
しかし、それでもレヴィラは最後の悪あがきをする。
レヴィラが望むのはそこそこの自由と仕事、過度な注目を集めない生活であり宰相として陰ながら国の繁栄を見守っていくことだったからだ。
――まあ、それも実は建前であり……。
(このままでは各大国……いや、世界中にレヴィラ・ノーゼラートの生存がバレてしまう……嫌じゃ!! 国なんて正直どうでもいいが、魔法の研究をする時間が減るのは嫌じゃああああ……!!)
レヴィラは、師であるフィオラとは真逆ともとれる思想の持主であった。
そして、レヴィラはしらを切る為にその口を開き始める。
「はて、一体誰と勘違いしておるのか分かりかねますが……ユミラス様、今はそれどころではなかろう? 仮にこの老いぼれが精一杯……全・力・の!! 結界魔法を張っていなかったとしたら……貴女様だけではなく、貴女様が治める大国を巻き込む規模の国際問題へと発展していたかもしれませぬぞ……? 確かに、赤と緑の王の発言は魔女様方を敬愛する者にとって許し難い発言ではありましょうが、そこで直ぐ様王を手に掛ける様な行為は……この老いぼれとしては許容しかねます」
「お判りいただけましたかな?」と最後に言い、レヴィラはノーガスとして完璧に振る舞えたと内心満足していた。
そしてレヴィラがチラリと周囲を見渡せば、ディルクはさっと目を逸らしワダツミは白く長い顎鬚を撫でながら首を傾げている。
既に事実を知っているディルクは別として、ワダツミが首を傾げている様子を見て『いける!!』と思ったレヴィラはまだ勝機はあると確信にユミラスの方へと視線を戻した。
だが……そんな僅かな希望さえも、ユミラスはことごとく消し去っていく。
長々としたレヴィラ(ノーガスを演じている)の話を聞いていたユミラスはその顔を更に歪め、更には蔑むような目を向け始めたのだった。
「――なんだその変な喋り方は……気持ち悪い」
「グッ……」
「もうこの際、後ろの羽虫二人はどうでもいい。ここで逃がしたとしても我にとっては虫であり潰すだけの存在だからな。お前が仲裁に入ったという事で今回は見逃すことにしよう。それよりも、その顔面とその言葉遣いはどうにかならないのか? 気持ち悪いぞ」
「グハッ……」
度重なるユミラスからの言葉を受けて、レヴィラはその場に膝をついてしまう。
次第に右手から解放していた魔力も弱弱しくなっていき……二度目の”気持ち悪い”宣言を受けて直ぐ、クォンとガノルドの二人を守っていた”結界魔法”はレヴィラの心境を表しているかの様に粉々に砕け散った。
最初は本気で気味悪がっていたユミラスだったが、ノーガスに偽装しているレヴィラの反応が面白かったのか、ニヤリと笑みを溢すと円卓の残骸から足を下ろし膝を着いて四つん這いになっている年老いたエルフの元へと歩き出す。
そして綺麗な所作でしゃがみ込むと、年老いた老人の耳元で囁き始めるのだった。
「ほんと、気持ち悪い。気味悪いな。まずそのワザと作ったかのような顔のシワが気持ち悪い。それになんだ”この老いぼれ”などと言う言い回しは……気持ち悪いぞ。大前提としてお前が我に丁寧口調で話してくるのが気持ち悪い。ああ、気持ち悪い。気持ち悪いです。友達やめますね。気持ち――「やめろおおおお!!」――うるさ……そして爺の姿でその声を出すな……気持ち悪い」
「また……また”気持ち悪い”って言った!!」
楽しそうに延々と囁き続けていたユミラスは突如として泣きながら叫びだすレヴィラの”本来の声”にその耳を塞ぐ。そして、年老いたエルフの姿で放たれた少女の声にその顔を歪め”気持ち悪い”と口に出すのであった。
レヴィラは友からの辛辣な意見に涙目を浮かべ、怒り心頭であった彼女はとうとう……自らの【偽装】を解除してしまう。
そうして姿を現したのは、150cmにも満たない深緑の髪を持つエルフの姿をした少女――世界から行方をくらましていた、世界で一人の”ハイエルフ”であるレヴィラ・ノーゼラートだった。
「私だってね……本当はシワシワの老人なんて辞めたいわよ!! でも、しょうがないじゃない!! 他らなぬお師匠様が『身を隠すのなら姿はもちろんですが、性別も変えた方が良いですね。それと、いつまでも若い姿のままでは何かと不審がられる事も多いと思うので、年老いた老人の姿であれば”長生き”という事でいつまでも隠し通せると思いますよ』って仰って下さったんだから!! お師匠様の意見を無下に出来る訳ないでしょう!? それと言葉遣いだってね!! なんか知らないけどいきなり帰って来たミラスティア様が『あなたバカなんだから、心の中でも常に年寄り口調でいないと直ぐにバレるわよ?』って仰られたからで――」
ツーサイドアップに纏められた髪を揺らし、レヴィラは目の前の友が口を挟む暇も与えず怒鳴り続けている。
そんな二人の外野では、ワダツミが驚愕した顔を隠すことなくディルクへと話し掛けていた。
「いやはや、生きておられるとは思っておったが、まさかあのノーガス殿がのう……エルヴィス王、お主は知っておったのか?」
「……ああ。実は、最近知る機会を得たばかりでな。バレない様にと内密にしていたのだが……」
ディルクとユミラス以外の面々は、レヴィラの姿を見てその事実に驚愕し困惑しているのだが……、ユミラスに怒鳴り続けているレヴィラはその事に全く気づいておらず、またユミラスもレヴィラにその事実を伝える様な事はせず――久しぶりの旧友との再会を楽しんでいた。
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もう一話程で連盟会議のお話は終わり、藍くん視点のお話へ戻る予定です。
今年も明日で終わり……今年最後の投稿は明日の15時予定です!!
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