第128話 五大国連盟会議④




 会議が始まり、円卓が置かれた部屋には五大国の王達の声だけが発せられる。


 五大国連盟会議の主な目的は情報の共有だ。

 大国と呼ばれる程の国を統治している者にとって、自国とその周囲以外に目を向ける時間は限られている。その為、もし魔物の突然変異などが自身が管理できる土地以外で起きた際、その対処に致命的な遅れが生じてしまう可能性がある。


 それを防ぐために設けられたのがこの会議であり、この会議で得た情報の中で世界的脅威とみなされた情報は大国の傘下に入っている中小規模の国々にも伝えられる。かつて魔女自身が大国を統治していた時代から現代まで、皆一丸となって平和と繁栄をしていく為に……こうして五大国連盟は続いて行き、会議もまた同様に受け継がれてきた。


 そして現在行われている会議の内容は……去年、継続的に行われてきた五大国連盟会議を中止させる事態までに追い込んだ”とある事件”についての話へと移っていた。


「儂の方でも調べさせたがこれといって成果はないのう。魔物の突然変異も確認できなかった」

「……ラヴァールも同じだな。魔道具協会で魔道具の暴走について当たってみたが、結果は白だ」

「ヴィリアティリアも同じです。エルフ種の者に頼んで精霊に聞いてもらいましたが……これと言って情報は得られませんでした」


 ワダツミ、ガノルド、クォンの三名が続けてそう言うと、視線はエルヴィス大国の王……ディルクへと向けられる。というのも、今回の事件の発端ともいえる場所はエルヴィス大国付近の東部であり、死祀の事や娘の誘拐騒動など各王はその事実を既に知らされていた。だからこそ、三人は一番情報を持っていそうなディルク方を見て、その言葉を待っているのだ。


「……残念ながら、皆が期待している様な情報は持ち合わせていない」


 当然ながら、これはディルクがついた嘘である。

 ディルク、並びにノーガスや今回のシーラネル誘拐騒動に関わったエルヴィス王家で働いている者達は事件の犯人を知っている。それはエルヴィス大国を、シーラネルを、世界を救ってくれた英雄でありその英雄が魔力の暴発をさせてしまった事によって起きた被害である事も。

 幸いにも死者が出たわけではなく、軽症者が複数名出たというだけで済んだのでディルクはこの事実を知る者全員にその名において箝口令をしき、真実を隠し通すことを徹底した。


 しかし、エルヴィス大国の側で起きた今回の騒動。

 何も知らないと言うだけでは疑惑の目を向けられることも分かっていたディルクは、事前に”六色の魔女”の一人であるフィオラに相談しており、その際にフィオラからある噂を流す様に頼まれていた。

 そうしてディルクは情報が無いと口にした途端目を伏せてしまった三人に対して咳払いをしてその口を開く。


「これは、とあるお方から聞いた話ではあるが……どうやら”邪神が倒された”らしい」


「「「ッ!?」」」


 その言葉に先程まで目を伏せていた三人はおもむろに顔を上げ驚愕を露わにする。そんな三人の様子を伺いながらも、ディルクは話を続けるのだった。


「今回の事件の真相……それは、邪神が倒された際に流出した膨大な魔力の余波ではないのか? それが、エルヴィス大国の意見だ」

「その話をエルヴィス王にしたとある方というのは……いや、敢えて聞くまい」


 ディルクが話し終えたタイミングでワダツミはその話の出どころの正体を聞こうとするが……王族であるディルクが”とあるお方”などと畏まって口にする人物はごく僅かであり、その中で今回の話をディルクに伝えることのできる可能性がある人物はワダツミの頭の中で一人しか思い浮かばなかった。


 こうして、漆黒の魔力が世界を覆った事件については”邪神が倒された事によりその余波として膨大な魔力が流出した為”という内容を広めるという事でその場に居る全員が納得をした。


 加えて、ディルクはあえて口にしなかった”漆黒の略奪者”の噂についてもここで発言し、”あれは我が国の冒険者が酒場で酒を飲みながら言っていた話である”と説明をした。

 ディルクはあえて虚偽の報告をせず、遠回しにこの場に居る各王に”その噂は酔っ払いの戯言だ”と認識させる様に事実を織り交ぜて説明したのだ。


 それぞれの王が静かに頷いているのを確認して、ディルクは”漆黒の略奪者”の噂が沈静化するのも時間の問題だなと内心安堵する。

 ディルクとしては、森で隠れて暮らしている娘を救ってくれた漆黒の英雄に、一早く感謝を伝えたいという気持ちがあり、その為にも良くない噂を早急に消しておきたいと思っていた。


(これで、少しは森での生活を早く終わらせる事が出来るであろう……シーラネルも会いたがっていたし、私としてもあの青年には早く感謝を伝えたいからな……)


 一段落した会議はここで一時中断され休憩となる。

 その間に各王は連絡用の魔道具を使い今回の情報を自国で待つ重鎮たちへと送り始めるのだった。











 休息が終わり、再開となった会議は順調に進んで行く。

 天候による災害の話や、魔物の突然変異の有無の確認など、通年通りの議題が提示されていき、それに各王が答え情報を共有する。

 そうして話は進んでいき、そろそろ会議も終わりを迎えようとしていた最中……ワダツミがクォンとガノルドへと視線を送り二人に声を掛けた。


「ヴィリアティリア王にラヴァール王、少しよろしいか?」

「……ええ、構いませんよ?」

「……なんだ?」

「いやなに、会議を始める少し前にエルヴィス王と話しておったのじゃが……」


 そうしてワダツミはディルクへと目配せをする。ディルクはワダツミの視線に気づくと一度頷き、それを見たワダツミは再びクォンとガノルドへと視線を向けて南からやって来た難民についての話を始めた。

 クォンとガノルドは”難民”という言葉に少しだけ反応を示したが、それ以降はなに食わぬ顔をしてワダツミの話を聞き続けている。


「――というわけじゃよ。難民の数があまりに多いのでな? 儂らとしてはお主らの国で何かあったのではないかと心配しておったのじゃ」

「「……」」

「……我が国は直ぐにでも援助する用意がある。無論、事態の収束についても手助けしよう」


 ワダツミの言葉を聞いて黙り込んでいた二人に、ディルクは手を貸す準備は出来ていると伝える。しかし、その後も二人から反応がない事を不思議に思いディルクは首を傾げながらも視線をワダツミへと移す。


「……」


 ワダツミはディルクの視線に気づくことなく鋭い視線をクォンとガノルドに送っていた。そんなワダツミの様子を見て、ようやくディルクも何かがおかしい事に気が付く。


 慌てて視線を移すディルク、その視線の先で――二人の王が静かに笑みを浮かべていた。


「お優しいのですね、エルヴィス王。ですが、手を借りるつもりはありません。というよりも……手をお借りする理由がございませんので」

「……どういう事だ?」

「……わからんか? そっちの爺はとっくに気づいている様だがな」


 幅の広いドレスの袖で口元を軽く隠し話すクォンに説明を求めるディルク。そんなディルクに声を掛けたのはクォンではなくガノルドだった。ガノルドは悪態を吐く様に呟くとその視線をワダツミへと向ける。


「生憎と儂は年寄りなもんでな。エルヴィス王の様に優しくはなれぬのじゃよ……それくらい察する事も出来ぬのか、小僧?」

「ふんっ……」


 ワダツミは顔を顰めてガノルドの悪態に対して悪態で返し、ワダツミの返しにガノルドは不機嫌だと隠す事なく鼻を鳴らした。

 この中で、状況を理解できていない王は終始無言で目を閉じているユミラスを覗いてディルクだけである。そんなディルクの後方で、ノーガスに偽装しているレヴィラは事の成り行きを見守っていた。


 未だに困惑した状態のディルクをクォンは小さく微笑みその縦長の瞳孔で見据える。

 そしてクォンはディルクに対してゆっくりと説明を始めるのだった。


「エルヴィス王、貴方様が先ほどから口にしている”難民”ですが……その難民を作ったのはわたくしなんですよ?」

「なに!?」

「……ついでに言うと俺の所からも幾許かの人数が出て行った様だな。まあ、勝手にしろと言ったのは俺だが」


 クォンの言葉に驚愕するディルク。

 そんなディルクの声に続いたのはガノルドの言葉だった。二人の言葉を聞いて、ディルクはその動揺を更に強いものへと変えていく。

 なぜ……。そんな思いがディルクの心を蝕み始めていた頃、その答えはクォンによって告げられる事となる。


「エルヴィス王、先ほどの”とあるお方”のお話……とても参考になりました。これでようやく、わたくしとラヴァール王は安心して行動に移れます」

「……あの不気味な魔力の所為で一年は大人しくせざるをえなかったからな。お前の話を聞いて、問題ないと判断した」

「ふむ……きな臭いとは思っておったが、どうやら随分と前から計画していた様じゃな?」


 白く長い顎髭を撫で、ワダツミは納得した様に頷きながらそう言った。

 その言葉に、クォンは楽しげに声をあげる。


「ええ、ええ! わたくしは国王として君臨してから、ずっとこの日を楽しみにしておりました! ”古き掟”を断ち切るこの日を!」

「「…………」」


 古き掟という言葉にユミラスとノーガスは静かに反応する。

 二人の反応に気づくものはおらず、興奮冷めやらぬ状態であったクォンはガノルドの咳払いで落ち着きを取り戻した。


「ッ……失礼しました。わたくしとした事が、本題も告げず取り乱してしまいましたね」

「……早く本題に移れ」


 ガノルドの面倒だと言わんばかりの口調に、クォンはにっこりと笑みを浮かべた後、正面を向いた。

 そして、その場にいる全員に聞こる声量で高らかに宣言する。


「――わたくし、ヴィリアティリア大国国王……クォン・ノルジュ・ヴィリアティリアは、長きに渡り続いてきたこの五大国連盟からの脱退をここに宣言します!」

「――同じく、ラヴァール大国国王……ガノルド・ラヴァールも五大国連盟からの脱退をここに宣言するぜ」


 その場で立ち上がり脱退を宣言したクォンとガノルド。

 ディルクはその場で驚愕を露わにし、ワダツミは静かに二人を睨みつける。


 そんな中……年老いたエルフは一人の人物へと視線を向けていた。


(……こりゃ、ちとまずいかもしれんな)


 ノーガスに偽装中のレヴィラは冷や汗を垂らしながらも視線の先の女性を見続ける。その視線の先には、友である吸血種の姿があった。

 プリズデータ大国の女王、ユミラス・アイズ・プリズデータ。


 氷の主は嬉々として脱退を告げる二人に対して、冷ややかな視線を送っていた。


(……殺す)



――静かなる殺意を胸の内に秘めながら。



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